朝、鳴り響くアラームを何度も消す。
スヌーズ設定のせいで5分置きになるアラーム。
起きて、回らない頭で時間を見る。
時間は8時を過ぎており、完全に遅刻だ。
テレビは自動再生で流れるVTuberの配信、昨日の記憶が呼び起こされる。
帰ってきて、唐突な告知ツイートで配信つけて、19時からの配信を待ってる間に寝てしまって。
あぁ、お客さんとの約束の時間は何時だったか、間に合わなければ誰か行くかな。
確認しなきゃいけない見積り資料は、行かなくなるだろう現場の分だけ、怒られたら時間が出来るから見られるだろうか。
作成しなきゃいけない設計は、確認しないといけない部下の進捗を終わり次第だが、そいつが代わりに現場行ったら順番を逆に出来るか。
自分の現場を部下に行かせて自分の仕事だけやるみたいな状況、何処かで部下に謝らないといけない。
あぁ、いや、現場に出るために打ち合わせ断ってたから部長と打ち合わせに出ないと行けないし、打ち合わせに出たら議事録は作成しないと行けないか。
風邪という事で全部投げ出して今日は休んで、いや明日にスライドするだけで一番まずい。
というか、電話がなっている、出なきゃ……出なきゃ……まずい。
『アハハ、長いかもしれない。草とか言わんかも』
『私、会社入ってから草とか知った!』
『えー、ギャルは草とか使わんの!ウケる!』
『えっ、てか、草とか付けないwwは使うわ!』
つけっぱのテレビからは楽しそうな笑い声がずっと響く。
楽しそうで、嫌なこととか無さそうで、楽そうでいいな。
鳴り響く笑い声と鳴り響く携帯の呼び出し音。
「うるさいな……」
しんどいだけの生活に、意味なんかあるんだろうか。
鳴り響くアラーム音が聞こえた。
「……ハッ!?」
カッ!と目を見開きながら、ベッタリとついた寝汗まみれのタンクトップ姿で私は天井を見ていた。
「夢……なのか?」
それは、どっちが夢だろうか。
今が夢なのか、さっきのが夢なのだろうか。
うわ、しんど……てか、頭痛い。
氷が溶けた飲みかけのウイスキー、グラスに残った水割りを勿体ないから一気に飲み干す。
酒瓶を転がしながらハイハイで缶まで近付いて、ジッポと煙草を取り出して火を付けた。
「ふぅ……はぁぁぁ」
胸の谷間の汗をタンクトップで拭きながら、ガシガシと片手で頭を掻き乱す。
やっちまったぁ、という感想しか出てこない。
あー、記憶飛んでる。男の時は記憶なんて飛んだことなかったのに、身体が違うからか、許容値とかペース配分が違ってた。
自分が酔ってる自覚もなく、急に酔いが回ってた。
テキーラ飲み続けても平気だったのに、この人生でこんな酔ったの初めてかもしれない。
この身体はそんなに飲めないのか、ウイスキー数杯で……何杯飲んでんだ?
自分のアカウントをエゴサする。
知名度もないVTuberだからか、メン限だからか、昨日の事を話題にしている奴らは少ない。
いや、そもそも金払ってメンバーシップに入ってるからか、入ってない奴に教えたくないのか。
なんかファンマークが付いてるし、なんでウチのファンマーク草なんだよ。
大丈夫なやつだよな、煙草とかだよな?いや決めてなかった弊害か。
てか、酔ったらすごいみたいな事とウイスキーの話しかねぇな。
「飯……食うか……」
灰皿に灰を落として、少し多めに吸ってから煙草を押し潰して消す。
ハーフパンツとノーブラタンクトップのままキッチンに向かい、冷蔵庫から適当にエナドリを取り出して、飲みながら適当に朝飯を作る。
オートミールとか、目玉焼きとか、胸肉とか、やべっ作り過ぎたかもしれん。
食いきれなかったら昼に食うか。
「やべー、もう昼間か」
ゴールデンウィークだから休みといえば休みだが、同期や先輩は稼ぎ時と長時間配信とかやってんだろ。
対して自分は酒のんでぶっ倒れて、呑気に飯なんか食い始めてる。
サムネ作んなきゃな、あと一応一時的に非公開にして配信チェックして編集、あぁマネちゃんからの連絡チェックもしなきゃか。
普通に仕事だな、まだ大丈夫、まだ大丈夫。
「どうしよっかな……」
VTuberになって一番困ったことは、自分で何かを考えると言うことだった。
クリエイターとはよく言ったもので、勝手に発生しては溜まっていく仕事と違って、自分から仕事を作っていかないといけない。
何をやりたいか、やるために必要な物を、やっても大丈夫か、やるなら準備もしなきゃいけない。
よく企画物や通しでゲームをやっていたのを見ていたが、やる側になって分かることはアイデアを出さなくていいから楽であるという事だ。
ただ、そればっかは飽きが来るのはリスナーとして見ていた頃の自分が物語っている。
「何が面白いか、マジで分かんねぇ」
VTuberとして、何をしたいかは見失わないように決めてはいるが、人によってはそうしなきゃいけないという枷になるのかもしれない。
少なくとも、個性的で挑戦的で憧れる配信を身上としている自分としては、配信ネタを考えるのが一番苦手だ。
誰もやってないような、そんなことやるのかと思われるような、すげぇと思われるような、そんな配信だ。
「やるか、覚えてないけど今は誰もやってないしな」
1個思いついたが、だいぶ博打だった。
画面に映るもう一人の私、いつも可愛い最高の自分。
一生懸命作ったサムネを使って配信スケジュールを設定。
急で事前に告知しろとか文句言われそうなのを申し訳なく思いながら、リスナー……マイメンとか言うファンネームの奴らに告知。
そして、配信が始まったら二日酔いな私から、元気な胡蝶舞姫に切り替える。
「あなたの夢、私の夢を乗せて……こんこちょー!フォローライブ所属、胡蝶舞姫……です、はい」
コメント:始まった
コメント:こんこちょー
コメント:はいじゃないが
「ゴールデンウィーク、我々がやるべきことはなにか……NHKマイルゥゥゥ!」
コメント:お嬢様どこ行った
コメント:貴族の遊びかぁ?
コメント:今回は一強だろ
「ここに100万用意した私が、今からガチで競馬をやる。えぇ、競馬はお嬢様の嗜みですわ!うちにも馬がいるかもしれない」
コメント:馬主ならワンチャンお嬢様か
コメント:競馬予想するお嬢様嫌だろ
コメント:持久力というより先行差しやろな
いつもと違ってだいぶ余裕がなかった。
というのも、自分はこの結果を知らないのである。
知らない状態で競馬をする。
配信してないなら経験はあるが、配信でなら経験はない。
そう、本気のギャンブル、遊びじゃない余裕のない配信だ。
コメント:2番人気のアドマイヤは呪われてるからな
コメント:追い切りからしてアレグリアだろ
コメント:今回はそんな荒れんやろ
「有力馬は一番人気グランアレグリア、強い馬なのは知ってる。次点がアドマイヤか、アドマイヤって名前はよく聞くな。3番人気はダノンか、ダノンも強い名前だ」
コメント:見事に上位人気
コメント:混合戦のマイルで春の3歳牝馬が1.5倍はおかしい、荒れる
コメント:どうやって買うつもりなの?
「今回はだいぶ自信がない、応援馬券で行こうと思う。応援馬券ってのは、単勝と複勝で勝負する奴だ」
コメント:しょぼいと思ったけど賭け金がな
コメント:マジで金持ちかギャンブル狂いじゃん
コメント:VTuberってそんな儲かるの?
「な訳ねぇだろ、今月の給料5万くらいだったぞ。今みたいな人気じゃそんなもんだよ!」
コメント:話題作りのためなら頭おかしいwww
コメント:流石に嘘やろwww
コメント:5万人の配信者の姿がこれか?
「しばらくオートミールか、勝ってササミ肉になるか、食事が掛かってる!いいか、競馬は遊びじゃねぇんだよ!」
コメント:お嬢、口調口調
コメント:胡蝶ステイ
コメント:買っても負けてもトレーニーみたいな食生活してんな
「一番人気、確かに強い馬だが、このオッズは旨味がない。しかも、飛んだら2番人気からは4倍つく」
コメント:飛ぶ前提で二番人気から流すか?
コメント:距離的に瞬発力勝負だな
コメント:胡蝶、俺未来人、カテドラルが勝つよ
「うわぁぁ!コメント見てたら、あれもこれも勝つような気がしてきた!」
コメント:混乱してて草
コメント:買っても負けても競馬だから
コメント:生活費にまで手を出すお嬢様は終わりだよ