胡蝶の夢、或いは不労所得の夢   作:nyasu

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つまんない話

肉の焼ける音だけがする。

味が分かんなくなるとか言うけど、そんなことないから肉はすごい。

どんな時でも美味しい、肉はアイドルと一緒かもしれない。

 

「肉ってアイドルだと思うんですよ、だから沢山食べたらアイドルに近付けるんじゃないかなって」

「何言ってるんですか?」

 

ごめんそうだよね、頭おかしいよね。

あぁ、思い出してきた。

確か、時期は忘れてたけど一度辞めようとした時期が陽街ちゃんにあったんだった。

太陽のように輝いてる彼女も最初は悩みに悩んでたんだった。

 

私は答えを知っている。

知っているが、それは私のいない世界での話だ。

私の一言に人生が掛かってる、そういう局面。

一瞬でこれから生まれてくる100万以上のファンを失う可能性がある。

今、私は、その分水嶺にいる。

分水嶺、水の分かれ道、昔の農民はどのくらい流れるかで作物に影響あるから殺し合うくらいな重要な場所、文字通り命に関わる人生の選択肢だ。

 

「この話って、他には……」

「まだ誰にもしてません。あっ、胡蝶さんのマネージャーさんには」

「取り敢えず肉食べようか。空腹だと頭も回らないしね」

 

楽しい焼肉の筈が、向かいに座ってる子が険しい顔で胃が痛いよ。

というか25歳の小娘が、20歳越えたばかりかどうかの歳下に何を教えるんだよ。

 

多分、ほっといても何とかなる。

ならない可能性があるのが、すごく不安だけどそういう選択肢もある。

俺としては関わらない、その悩みも全てが成長の糧だと思うからだ。

じゃあ、私としてはどうだろうか。

 

遊び半分で始めて、年甲斐もなくマジでやってるけど、そんな奴が何を言えるのだろうか。

やってみて分かったことは、俺が見てるのは一面でしかなくて、いいとこばかり見てる。

いや、頭では分かってるけど、そんなのは無視してコンテンツとして楽しんでる。

 

「どうしよっかな……」

「えっ」

 

肉が焼ける音がする。

牛タンはいいね、焼けるのが速くて、コリコリしてて、しっかり味もある。

口の中に放り込んで、脂とレモンと塩でさっぱりといただく。

グラスに入った日本酒を軽く飲んで、アルコールで脂っこさを流して、さてと話を切り出した。

 

「私から言えることなんて、当たり障りのない社会人研修でもやってんのかって内容か、私の経験から言える言葉のどちらか……その上で、私が思うに何も言わなくても貴方は立ち上がれるし、夢を叶えると知っている」

「そんなの……分かんないじゃないですか」

「そうだね、でも私はそう思ってるよ。そんな人間の言葉でも良いなら、まぁ話して欲しいかな」

 

でも正直何も言いたくないです、責任取りたくない。

さて、辞めたい理由は分かっている。

憶測というか、端から見てもどういうことだよって言うのが、今の彼女の状況だ。

考えられるのは、プロジェクトが違うことで色々な制約があることや冷遇だろう。

 

本人は契約の関係か、余り明言してなかったタイカイミュージック時代の話ではオリジナル曲出せるよで契約して、結局出せなかった話とかある。

あと、何故か高額で売り出される水……批判が全部、衛ちゃんに来てる。

金の亡者とかね。

 

「今の活動に悩んでます。私はやれる事やこうした方がいいと思う事がいっぱいあって、でも企業として出来ない事がたくさんあるんです。分かってはいるけど、個人勢よりは恵まれているけど、それで納得出来ない自分がいます」

「それで……君はどうしたいのかな?」

「私は必要とされてないし、ここに居る意味はないんじゃないかなって……だったら、もうVTuberは辞めていい歳だし普通の仕事をしてもいいのかなって、今抱えてる案件とかはスタッフちゃんに相談して、辞めようかなって」

 

あー、うん、知ってる知ってる。

それで掛け合ってくれて好転するんだもん。

いや、でも、本人から直接聞くと、こう来るもんがあるな。

ちょっと涙声だし、顔から悔しさがすごい滲み出てるもん。

 

「はぁ……厳しい事を言うけど、心折れるような言葉だけど、言われた方はショックだけど、君の代わりはいるんだ。誰でもいいんだ。じゃないと会社ってのは、病気とか育休とかで依存してると回らない不健全な状態だからだ」

「はい」

「その上で与えられる仕事は出来て当たり前だから褒められないし、怒られたりだけはする。責任は出世するだけで重くなるし、他人の責任も取らないといけない。若い頃は仕事を押し付けられてたのに、上がったら状況は悪化するんだ」

「そう、なんですね……」

 

つまんないよね、クソみたいな現実だよ。

もっといい生活もあるのかもしれないが、私の経験から学んだ仕事ってのはそんなもんだ。

 

「企業ってのはそんなもんで、それがたくさんあって、中で働いてる人はお互いで約束を交わして、そんで一緒に何かやる訳で……まぁ、その辺の手続きとかトラブル対応とか、ノウハウ……まぁ経験則がある会社の人が、肩代わりしてくれてるのが音楽レーベルにいる今の陽街さんね」

「はい」

「でもそれは、我慢しなきゃいけないもんじゃないんだよ。まぁ、今の時代は厳しいけど、アメリカあるでしょ、アレ、アッチみたいに転職しようぜみたいな社会になるから。昔のアメリカは今の日本みたいに年功序列だった訳だしね」

「えっ、そうなんですか」

 

60年だか、70年代、ロックとか流行ってたあの頃のアメリカは戦争とか貿易関係のせいで社会情勢が色々あって、終身雇用出来ねぇとか、やってられるか俺は自由だみたいな人で溢れてた時代だ。

まぁ、元の成り立ちから植民地を開拓したのに金とか権利を取られるとか意味わかんねぇ、自由になるんやで出来た国でもあるしな。

国民性が俺はやるんだ束縛するな自由の権利は俺の物みたいなとこあるし、だから音楽とか社会の発展がすげぇんだけどね。

 

「逃げて良いんだよ。若い時は、抱えてる物も少ないし、身体は動くものだからね。歳を取ると抱えてる物が増えて、気力も湧かないから動けないんだ。家族とか友達とか部下とか、新しい事を始めるにも不安や体力や今までの費用とかね、辞めづらくなって頑張らなきゃいけなくなる」

「そんな時、どうやって頑張るんですか?というか3つくらいしか違いませんよね?」

「あっ、うん、そうだね。そうだな……私は弱い人間だから、酒とタバコに依存してるかな。依存しないと生きていけない弱い人間だから、頑張ってない人間なんて居ないと思ってるから、多分みんなそんなもんだよ……」

 

どんなにスゴイと思ってる人も同じようなとこはあるし、頑張ってる尺度は人それぞれだけど頑張ってない人は、殆どいないと思うんだよな。

 

「喉に悪そうだからちょっと」

「それがいい、こんな物は頼るべきじゃないし、私はそういう強い女である君が好きだよ。あぁ、うん、だからそうだな」

「なんですか?」

「多分、私はアイドルに一番依存してるかな。勝手に期待して、勝手に感動して、勝手に救われて、何時だって妬ましいくらい楽しそうで」

 

クソみたいな現実と対極の夢の塊だ。

そう、偶像、本物じゃない信仰の対象だよ。

 

「私の中のアイドルって奴は、クソみたいな現実を忘れさせてくれる麻薬だよ。タバコや酒より、よっぽどいい。つまんない配信もあるかもしれないけど、たった一回の配信で人生が変わる事もあるんだ」

 

少なくとも、変えられた奴を私は知っている。

それを知った時に私は救われたし、羨ましかった。

 

「つまんない話だったな……いやまぁ、取り敢えずスタッフちゃんに辞めるんじゃなくて転職の相談しよう。ほら、音楽関係のノウハウとか調整のためのレーベルだけど、配信とは関係ないからフォローライブに移るとかさ」

「弱くないじゃないですか、少なくとも謎の自信にいつも満ち溢れてるし」

「そうかな?いや、よくわかんないや。新しい肉とか注文しよう、愚痴とかあるでしょ、聞く聞く、奢るから!後輩できたら、そのかわり奢ってあげんだよ」

「はい!いっぱい食べます!」

 

いっぱいは良いかな、ここ高い焼肉屋だし……いや、これも推し活だから仕方ないんや。

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