久し振りに会うからって、土曜日の昼間に呼び出しってどういう事だよと思いながら準備する。
大学卒業後は親フラを防げる防音の出来るマンションに一人暮らしにしてるから、今の自分を見てもデートとは思われんだろ。
男の時みたいにボディスクラブで身体を洗って、女の身体で全身脱毛をしてはいるがムダ毛をチェック。
うん、男の時より痛みも少ないし毛が薄いだけあって我ながら綺麗だ。
相手は歴戦のマチアプ男、此方も磨かねば無作法というもの。
ヘアトリートメントの後に、オイルクレンジングと普通の洗顔を使ってから風呂を出る。
よし、コンビニで買ったフェイスパック8分も終わった。
スキンケアとして肌に特化したプチプラで水分と油分を確保。
トラネキサム酸とかビタミンCとか入ってて良いんだよね、あとヒアルロン酸が複数入ってる乳液はプルンプルンになる。
「今日は、酒やめとくか」
そのまま早めに就寝の7時起き。
プロテインを飲んでシャワーを浴びる。
9時からはジムで筋トレして、なんか昨日のスキンケアとか配信ネタに使えるかなとか、ふと思う。
11時、いよいよ遅刻しそうと思いながら服を着替える。
「うーむ」
舐められたくないので、厚底ブーツ、今は春先とはいえ5月だから少し寒いか。
足がスースーするのは嫌なのでロングスカートを履く。
……うーん、靴が黒いし、黒のマーメイドスカートで良いか。
なら上は可愛い白系のシャツにカーディガンでも羽織るか。
どうせ携帯と財布しか持たねぇし、リュックじゃなくてワンハンドルバッグでいいか。
「うーん、あっ忘れてた」
男の自分の時から好きだったエルメスの香水をつける。
ナイル川ってすげぇ名前だよな。
ミニバッグにIQOSを2つ、財布、携帯を入れて家を出た。
やべっ、12時じゃん。1時間遅れる連絡しとこう。
串カツとか餃子の店で良かったのだが、なんかフレンチ予約してくれたらしいので今日はフレンチである。
扱いの差よ、男の時より丁寧過ぎないか?
いつも予約は俺がしてたのに自分からしたがるとは、女の特権やな。
自分のピンクのネイルとか、ヘアオイルを通した髪の毛先とか弄って、携帯小説を読みながら電車に乗ってたらケツを触られる。
チッ、ウゼェなぁ。
偶に痴漢に合うから、電車ってのは嫌いなんだよな。
気合の入った痴漢なのか、ちょっとではなくずっと触ってきやがる。
うーん、捕まえて時間取られるの嫌だけど、抵抗出来ないと思われて調子乗られるのもな。
触ってた指をつねりあげる。
「いっ!」
「おい、悪いことすんなとは言わねぇが、ダセェことすんなや」
「何すんだ、君!」
「あぁ!警察呼ぶか?指紋取れりゃ負けんぞお前」
振り返って睨んでやったら、冴えない普通のオッサンだ。
んだよ、風俗でやってろよ。
暫く見てたら、なんか文句言いながら移動していくオッサン。
よし勝った、そして着いた。
連絡しながら待ち合わせ、久し振りに会った奴は随分と若かった。
いや、もっと若い頃も知ってるか。
キョロキョロしてる奴、やっくんに話し掛けたら、口開けてポカーンとされた。
「えっ、お前が胡蝶?」
「にひひ、久し振り」
「メッチャ、地雷系じゃん」
「あぁ、殺すぞ」
「えぇ……ギャルやん」
いえーいと手を上げたら、普通にスルーされる。
なんか距離取られるし、違和感がすげぇ。
何チラチラ見てんだよ、何かついてるか?
スマホ見ても特になさそうな自分しか自撮り画面には写ってなかった。
気を取り直して、店まで二人で歩いていく。
「チェーンのフレンチなんかあるんやな」
「ランチとかで手頃なんだよな、テーブル小さいけど」
「へー」
最近の近況とか話したりしながら店に向かう。
前世というか未来というか、今じゃ過去になった男の記憶と同じように大手の電機メーカーにやっくんは就職していた。
発電所とかに機械の搬入しているなんて話をしてきて、キャバ嬢時代の感じで適当に褒めてやった。
内心じゃ、その話知ってるし懐かしいと思ったが口には出さないけどね。
「フレンチって少ないけど、この身体だとたくさん食えないからちょうどいいな」
「そのさ、胡蝶は今何やってんの」
「えぇ……っと……個人事業主?」
店につき、食事をしながら雑談。
フォアグラうめーとか思ってたら、向かいに座っていたやっくんがそんなこと言ってくる。
フォアグラから視線を向かい側の男に向けると、しっかりと俺の目を見てくる。
うーん、ちょっとドキッと来た。
これはメス落ちのドキではなく、気まずさだと思う。
ちゃんと社会人やってる奴からの視線、辛い。
「その、上手く行ってねぇとか?どうした、話聞こうか?」
「あー、出た出た、マチアプ女にそんなことばっか言ってんだろ。遊んでんの知ってんだよ」
「あ、遊んでねぇよ」
「まぁ、上手くいってたらお前に連絡しないだろ。すいません、この赤ワイン下さい」
言うか言わないか、自分でも何でコイツと飲みに来たかも分からない。
何となく、こう、モヤッとしてる自分がいる。
「何だろな、こう行けるって思ってたらミスった時みたいな……分かる?」
「分かるーとか言ったら、またチャラそうって言われそう」
「あ……マリカで1位だったのに一気に最終ラップで最下位になる感じ?」
「やけに具体的だな、分かったわ」
そう、それだ。
自分で言ってたけど、謎の自信で出来ると思ってたことが踏み外してしまった感じだ。
それとなく、遠回しに芸能関係に就活しようとして失敗した体で話してみた。
ポツリ、ポツリと、自分でも思った以上に言葉が続く。
コイツ、マチアプ女喰いまくってただけあって、ずっと話を聞いてくれるな。
「まぁ、聞いてる限りだと、ぼかしてる所が見られてるよね。なんかこう、楽して生活したいみたいなとことか」
「なんで言ってねぇのに分かるんだよ」
「昔言ってたし、アイドルやりたいとかそういうタイプじゃないじゃん」
「まぁ……それは、そう」
「あと書類選考、嘘そうだからで落とされてそう。具体的に書くのと、余計な金銭トラブルはないですとか、書くな」
クソ、コイツ大手にいるだけあって刺さること言いやがる。
赤ワインを堪らず飲んでしまう、ボトルが半分も空いた。
「もうどうしろってんだよ、分かんないことが分かんないよ」
「うーん、その会社でやりたい事とか、採用したらこんなメリットがあるとかかな。聞いてんと、なんか民間というより公務員向けの就活みたいな考え方してる。民間なんて稼ぐかどうかさえ伝わればなとこあるよ、入って誰かのため云々じゃなくて」
「世知辛すぎる」
「人に尽くすじゃなくて、営利活動が民間だしな。俺も転職の勉強しての受け売りだけど」
受け売りかい!でも、確かに入ったら何がしたいとか自分の中ではなかった。
何なら、何もしたくないが本音だしな、楽して金を稼ぎたいだもん。
言うなればそれすら、もう株で1億ある時点で達成してるしな。
「お会計しようよ、あとカラオケ行こうぜ」
「ここは俺が出すよ」
「良いって、私が誘ったんだからよ。こんなとこでグダられると萎えるから2軒目出してよ」
「男らし過ぎるやろ、分かったわ」
クレジットカードで支払いを済ませて、一緒に店を出る。
店を出た途端、やっくんが手を握ってきたので、何これとあげてやったらスッと手を離された。
いや、何がしたいねん。
「あーあー、でもやりたいことかー」
「カラオケじゃないの?」
「カラオケはやるけど、ちょっと探しといてよ。喫煙所」
やっくんカラオケを探させてる間、アイコスを吸いながら携帯をいじる。
自分のアカウントのチェック、癖になってんだ配信者になってからな。
ボーっと煙を吸いながら携帯を見ていると、一通のDMが来てた。
「…………」
あー、この垢、アイコンの画像一緒だから分かるわ。
やめないでと連投してイライラさせて来た奴からの長文お気持ちだった。
別に、やめたっていいだろうに。
同接だって10人少しの底辺の配信者だぞ、動画だって1000行かないの量産ばっか。
チャンネル登録者は多いのに、全然見られてない。
「そんな奴だぞ……んだよ……」
長文のお気持ちは、そんな奴の半生だった。
今までの生活、不登校になったこと、配信を見て元気になったこと、何が言いたいのか滅茶苦茶な構成で伝えたい事も何も分かんねぇ。
話は飛ぶし、戻るし、結局辞めないで欲しいしか書いてない。
「あぁ、畜生……重いわ……」
そんな事言ったか?
そんな雑談の話を持ち出されて、覚えてないことが嬉しかったとかいうリスナー、自分が適当にしてた事が誰かに影響を与えていたって事が知らされて、それで簡単に嬉しくなってる自分がいる。
俺は……そんなにお前の事を大事にしてないのに、お前は私が好きなのか。
本当の俺はヤケになって昔の友達で処女でも捨てたら何か変わるかなとか、病みまくったマインドしてた男だぞ。
そんな男が女になって、始めた私というVTuberで救われたとか大袈裟過ぎんだろ。
リスナーのこと、ちゃんと見てなかったな……
「お待たせ!」
「あっ、近くにラウワンあったけど、そこでいい?」
「悪い、用事が出来たわ!」
今はもう遊んでる時間が勿体ないとすら思う。
こんなタイミングでDMしてくんなよ、タイミング悪いな。
いや、自棄になってたし良いのか?
でも、今は感謝してるぜ。
だって、配信やってて最高に気分が良いからな。
「えっ?」
「何だって本気でやれば叶う、成さねばならぬ、だからなせば成るって奴だぜ」
やりたい事が出来たなら、後はやるだけだ。
見てろよ、お前みたいな奴を増やしてやっからよ。