『うーん、多分これやり直しで』
『何でですか?』
決裁中の文書が机の上に放り投げられる。
えっと……なんの書類だっけ?
『今までは良かったけどさ、これ何に基づいてるの?様式って最新の奴?そもそも教わってきたやり方が間違ってるけど自分で気づけなかった?』
『今までこのやり方でしたけど、違うって事ですか?具体的にどこが違うんですか?』
自分の意識と関係なく、口が勝手に反論する。
あぁ、そうか、これ夢だ。
『書いてあるから、勉強不足だよ。頑張りが足らないんじゃないの?ちゃんと読んで、読めば分かるから』
『読んだ上で解釈は問題ないと思ってるから回してるので、違うならどこか教えて下さい』
『あのな、とにかく違うから自分で考えて、怠けないで基準なりマニュアルなり読みなよ、文字を見てるだけで読んでないんだよ』
呆れた顔の……呆れた顔のはずの、のっぺらぼう。
顔も思い出せないそれ、この時はどんな気持ちだったっけ?
見慣れたクッション、窓からの日差しに照らされたフローリング、つけっぱなしのテレビは最近流行りの迷惑系youtuberが逮捕されたとニュースが流れる。
なんだか、懐かしい夢を見ていた気もするけど、あまり思い出せない。
足元にあったペットボトルのお茶を手に取って飲んだら、少しだけ喉の渇きが癒える。
暑い……アイツ、冷房切りやがって汗だくだぞ。
胸やら脇やら背中の汗が気になりながらも、自分の寝室に行く。
「どうよ、調子は?」
「アカン、コロナ舐めてた……喉痛い」
「アイス持ってこようか?」
「ボーゲン!でっかいの!」
「声でっか……だから喉痛いんだよ」
自分の寝室に行けば、私からコロナが移された弟がやかましく騒いでる。
元気そうに見えて、濃厚接触者からの感染者なんだよなぁ……すまない。
とはいえ、弟のおかげで私は元気だ。
弟の亮太は犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな。
アイスを渡して、風呂に入る。
何もすることは休止中なのでないけど、10月からは頑張って元気な姿を見せないといけない。
リスナーの温かい声とアンチの冷たい戯言で、サウナみたいに整いそうだぜ。
「よーし、頑張るぞ!」
しかし、現実は非情である。
「えっ……」
『すいません、案件なくなりました』
「いやいやいや、結構ありましたよね!えっ、炎上のせいですか!」
『原材料の高騰や別企画への変更とか、先方は言ってますけど……恐らく……』
なんで!だって、今までは炎上しても別に仕事は関係なかったじゃん。
炎上中でも、公表とかは先だから全然出来たじゃん。
『あと……安堂さんと陽街さんとの全体企画ですけど……胡蝶さんだけ、不参加ということで』
「休止明けなのにですか……」
『運営的には、コメント欄が荒れることが予想されますので……良くも悪くも昔よりも影響力が……』
それは、今までとは全く違う対応だった。
コロナという時期、50万人超えの登録者を多数抱え、なんなら100万人も夢じゃないと言われるような時期だ。
マネちゃんの言う通り、確かにデカくなったのだ。
少しだが、でも確実に、変わったのだ。
『落ち着いたら、一緒にまた頑張りましょう。胡蝶さんなら大丈夫ですよ……』
「そう……ですね。すいません、ご迷惑をお掛けします」
まぁ、タイミングが悪かったから仕方なかったのである。
「大丈夫、なんか出来ることがあるはずだから……」
サムネとか配信ネタとか、考えて……そうだ、SNSの更新とか。
あとは……えっと……どうしよ。
「あっ……」
まだ、大丈夫。
9月末、そろそろ休止も明けになる。
暇な時間はずっとゲームと看病に明け暮れていた。
そんな折に、事件が起きた。
赤井ラブ先輩が、自身をプロデュースするという企画でマーケティングの一環からアナリティクスを公開。
アナリティクスとは、配信者側が得られる様々な情報のことで、見ている性別や地域、チャンネル登録がどのくらい伸びたかなどが分かる。
これからの方向性、リスナーが何を求めているのか、自分の強みや弱みが分かる。
どんな配信をすればいいか、どうしたら人気を得られるか、何が楽しいか探る配信だ。
『どの国が多い?えっとね……日本が3割、アメリカが1割、台湾も1割ね。海外の先輩が多いかも』
そして、翌日にはフォローライブの時事ネタを翌朝に取り扱う真島ココさんの朝の配信で前日の配信がまとめられる。
『赤井ラブ氏が海外ニキ共に媚びてたんですねぇ……じゃあ実際どんな感じなのか、私のチャンネルではこんな感じでーす』
それは、自身のチャンネルでのアナリティクス情報。
使っているプラットフォームの機能、そして表示される画面をそのまま流しているだけの配信だ。
国別まとめと表記された画面、その下にはよく見るバーチャート。
横軸と%、国別にと紹介された中に、3番目、親日国として有名な台湾の表記があった。
ただのエンタメだ。
プラットフォームの情報をリスナーに公開して、こんな感じなんだ、ふーんって、海外の人からも人気なんだねという、身内のノリみたいなものだ。
だが、ネットの海は広大で、ひっそりと狭いコミュニティで盛り上がってる姿を色んな場所から色んな人が見ている。
社会の縮図とか言われる、学校の教室に近い。
教室の隅っこで話す友達同士の会話、それを離れた所から色んな人がじっと見てる感じだ。
陰キャどもが集まってキャッキャしてるのを、陰キャと合わない陽キャと呼ばれる奴らが遠巻きに見ている感じ。
陰キャやら陽キャやら分けてないと生きていけない奴らが世の中にはいるのだ。
「あぁ……」
2020年10月、私の休止明けと同時に赤井ラブ、真島ココが3週間の休止に入った。
理由は、企業勢としての機密情報の公開、また一部地域への配慮に欠ける配信をした事による謹慎と言うものだった。
「そうだ……分かってたのに……」
まるで、お前達のそれは現実逃避。
我々の世界は現実に根差しているのだから、例えバーチャルだとかエンタメだからと言っても、ただのごっこ遊び、仮想の世界なんて存在しないんだと言われているような気分になる。
政治的なイデオロギー、そして企業としての方針が悪い方向に作用した結果、中国リスナーに対して配慮に欠けていたとして、フォローライブのタレント2名が炎上した。
「私のせいだ……」
そして、それを私は止めることが出来たはずだった。
何故ならそれは、予め分かっていた事だから、知っていたはずだからだ。
止めれる人間が未然に防げなかったのである。