タバコの紫煙が立ち込める。
見晴らしだけはいいベランダ、久し振りに火をつけたタバコは絡みつくようなクソみたいなタールの味と矛盾するような芳しいバニラの香りで、美味しくない。
なんだこの苦行は、気持ち悪いといい気分がごちゃ混ぜになってるような、吸わなくても良いのに何となく吸ってしまう、ヤニカスにしか分からない感覚に襲われる。
「禁煙失敗したなぁ……」
吸いたいと言えば吸いたいが、言語化しようにも何でとは説明出来ない。
美味しいかといえば美味しくないし、なんなら身体に悪いのも分かるし、自分が傷付いてるってのも分かる。
別に気分が良くなるとか、気持ちがいいとかでもない、寧ろ吸えば吸うほど具合は悪くなる。
でも、やめれない……これは完全にニコチン依存症である。
「あぁ……畜生……」
私の炎上騒動は、呆気ないほどに沈静した。
だって消え掛けの焚き火の横に、燃えまくってる一軒家があるみたいなもんだ。
みんな焚き火なんかジッと見るより、燃えまくってる一軒家の方を見に行く。
そんなもんだ、ネットの世界って。炎上の理由は、配信というバーチャルの世界とは全く関係のない物だった。
中国資本、海外の資金を求める会社の方針によってリアルタイムでアメリカのプラットフォームを使っている我々の映像を、ミラー配信という方式で中国側にも配信していたのが主な原因である。
ツースリーさん、他一部の企業も当たり前のように中国市場に参入しているのでそれ自体は問題ではない。
問題だったのは、国家的な立ち位置や戦略上の国民意識、つまりはイデオロギーによる物だ。
文化の違いと言ってもいい、その認識の甘さが問題だったのだ。
中国というのは、いろいろあって分裂や合併とか独立とか、どこの国も似たようなことはあるが、そういう歴史がある。
この辺はシミュレーションゲームオタクの人達は詳しい、私もよくやるから調べたこともある。
で、1つの中国という思想が何も知らないサブカルの人間達に認知され、余りの騒動にサブカルに触れてない層の人達にも知られ、未来じゃ知ってる人は知ってる程度の知識にはなった思想がある。
「はぁ……」
台湾問題と後々に話題になる社会問題がある。
問題意識は諸外国に比べて、良くも悪くも島国というか平和ボケというか、独立や革命だらけの大陸と違って、閉鎖的な日本では意識している人が少ない問題だ。
台湾という国が中国に侵略されたらと言うやつだ。
なんで侵略するんだよと、今の時代の人達は言うんだろうけどそれは今に始まった話ではない。
それこそ、1つの中国という思想が原因としてある。
中国が大陸あるあるの独立と合併の繰り返しなら、台湾もその余波を食らった場所であった。
台湾自身も、中国の地域だと言ったり中国じゃなくて台湾って国だよって言ったり、その時の代表者によって主張が変わる。
そして、周りの国も台湾は国だよねとか地域だよねとか時代によって話が変わるし、その時の立場ごとに条約とか協定とか色々と政治的な面倒事があるのだ。
で、まぁ色々あったのは分かるけど、そこまで拘るのと思うのが文化の違い。
日本人の平和ボケしてる奴らからしたら意味わかんねぇーが大多数である。
ただ、株の世界を知ってると少しだけ見え方が変わってくる。
2020年、この頃の台湾というとコロナで需要の増してきた半導体関連の企業や技術が極めて高く、集約されている国であった。
つまり、手に入るとすごく経済が良くなる。
軍事の世界で言えば、中国と沖縄の間くらいに台湾はあり、そこに拠点があると輸送もしやすく簡単に海上封鎖も出来るし、ミサイルの射程とかも米軍基地を直接狙えたりと、だいぶ軍事拠点としてのメリットもある。
つまり、手に入るとすごく戦争に強くなる。
国際的な話で言えば、共産主義国家とイデオロギーの統一によって、台湾という民主主義国家の取り込みは国際社会への影響も良くなる。
つまり、手に入ると権威とか名声がちょっと上がるのだ。
そりゃ、手に入れるしかないよね。
デメリットはアメリカに睨まれたり日本に何かされるかもくらい。
アメリカとは仲が悪くなってきたから今更だし、日本は昔から問題はあってもアメリカほど強く出てこないし、領土が増えれば国が豊かになる。
私がシミュレーションゲームやってたら、真っ先に抑えるところだし、ゲームやってる人はその辺なんで取らねぇんだと思うくらいには地理的なメリットがデカいのだ。
「クソ、どうでもいいな……」
思い切りVTuberとか内輪でキャッキャしてる私達と切り離された、どこまでも現実的で、醜い欲望が原因で、社会とかの問題だった。
キラキラしたものしか見たくない、バーチャルの世界は夢や希望に溢れていて、現実の嫌なことを忘れられる場所という、私の思想と全く違う物だった。
久しぶりに外出した。
また違う病院、いつもの場所は干渉が強くなってきてそろそろダメだ。
コロナのせいで手続きはすごく面倒になったが、まぁ仕方ない。
個人的に色々としんどくなってきたし、薬も耐性が出来たのか効かなくなってきたからだ。
薬を貰う前に、簡単な会話がある。
いつものやり取りだ、どこも同じ対応、システマティックな感じ。
感情とか心理状態を言葉によって制御する技術は、虐殺器官やハーモニーの伊藤計劃の思想を思い出す。
あぁ、クソ、あれ急に販売促進の一環でカッコイイアニメキャラが急に番宣するとかいう冷めた演出入れられたの思い出した。
アニメにスポンサーの意向をねじ込むの世界観が壊れるから辞めてほしい。
「市川さん、聞いてますか?」
「あっ、すいません。ボーっとしてました」
「ハハハ、リラックス出来てる証拠ですね」
「どこまで話してましたっけ、何を話していたか」
医者との会話を思い出す。
あぁ、確か仕事関係の話をしていたっけな。
「少し、自罰的というか責任感の強さが原因ではあるかなと、力が大きくなれば責任が必要になるという考えもあるんですけど」
「ハンナかハイデッカーですかね、技術論でやりました」
「ハンナ・ヨナスですね。最近の子だと映画で知ってたりするのかな、アメコミ作品とかそういうの多くて、映画は好きですか?」
「映像関係の仕事なのでよく見ますね、あぁ、言われてみればそうですね」
大いなる力には大いなる責任がとか、スパイダーマンでやってたな。
私は普通に、ヴィラン側の方が、特にヴェノムとか可愛くて好きなんだけどなぁ。
「予見的リスクと言いますか、医者なら今まで救えなかった命が手術で救えることによって医療ミスという概念が生まれるようなイメージですね。もっと分かりやすくするなら、トロッコ問題でもいい」
「トロッコ問題は、倫理の話では?」
「そもそもトロッコ自体発明されてなかったら、その責任を取ることなんか発生しない問題なんですよ。トロッコが出来たから、レバーを押す責任と押さない責任が生まれる訳です」
「あぁ、なるほど。予見できてしまっているから、先生は責任を感じていると言いたいんですね」
「そうですね。業務上のトラブルも予見出来なかったら貴方のせいと言えるのか、果たしてそれは本当に貴方のせいなのか、人に相談することは違う角度の答えがあるからいいと思います。少なくとも、貴方は助言して、互いに予見出来なかったトラブルは誰も悪くないと私は思いますよ」
それは、ぼかして伝えた仕事のトラブルへの回答だった。
だが、それは本当にそうかと言えば、私の事情は人とは違う。
未来を変えることを怠ったのは、私の責任だと思うのだ。
でも、少しだけ、仕方なかったんじゃないかと心が軽くなる。
「少しだけ、楽になった気がします」
「技術は道具じゃなくて見え方を変えるものだと思ってますからね」
「ハイデッカーですね、美しい森も伐採によって資源にしか見えなくなるって奴の」
「私は、市川さんがひょっとして流行りの配信者なんじゃないかなと思ってたりするんです。最近はそういう技術が発展して、ストレスを抱える患者さんも居ますから」
少しだけ、ドキッとしてしまう。
そこまで私は話したっけ、いや単に勘が良いだけだ。
決定的な事や抱えてる悩みを全部は言ってないからだ。
「…………」
「こんな世の中で、技術を使うことで世界の見え方を素敵な物にできる素晴らしい仕事だと思いますよ。もし、配信者ならの話ですけどね。ここが最後の通院場所になればとも思ってます」
「……残念ながらそんな素敵な仕事はしてないですね。でも、私もここで最後になればいいなと思ってますよ……」