胡蝶の夢、或いは不労所得の夢   作:nyasu

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浅い夢見て酔いもする

自分から誘っておいてバイバイした。

そんな日に、携帯で調べてその足でフォロー社に1日掛けて移動する。

こんなブッ飛んだ行動、普通はしない。

だからネタになるかな、なんて骨の髄まで配信者思考だ。

何となくなったつもりが、ちゃんと配信活動出来てたのかもな。

 

「申し訳ありませんが、アポイントの無い方は」

「そこをなんとか、いつなら良いですか?」

「すみません、また募集があった時に書類の方を出して頂けたらと思います」

 

まぁ、よく考えたらそれはそうだった。

なんで来ようと思ったんだろうか。

諦めて、確かに募集に応募するしかないか。

そう思って、オフィスビルの一室である小さい事務所から帰ろうと思った時だった。

 

「すいません、ちょっと良いですか?」

「はい、なんでしょうか」

「あの、私、この会社の社員なんですけど話だけ聞いても良いですか。採用面接とかじゃないんですけど、会社まで来る人って今までいなくて」

「はい、ぜひ!」

 

帰ろうと思ったら、奥のパーテーションから男の人が現れた。

どうも社員らしくって、テーブルとパイプ椅子が置いてある場所に案内された。

今、考えるとヤバいな私。

……結構アレだな、零細企業というか、怪しい感じだな。

案内された部屋を見てそんな事を思ってると、呼び止めた男性がやってきた。

 

「初めまして、事務の加藤です」

「はじめまして!」

 

そう言って加藤さんは名刺をテーブルに置く。

おぉ、ちゃんと名刺もあるんだ。

 

「正直な所、こんな感じの人が来ましたと報告はします。採用の権限がないので、期待はしないで下さい。窓口対応としてお話だけさせてください」

「分かりました」

「まず1期生に応募したと言うことですが、どうしてフォロー社のライバーになりたかったんですか?」

 

その言葉は、さっきまで答え辛かった物だった。

でも、今なら全然言える、むしろ聞いてほしいくらいまである言葉だった。

なんて言おうか、言いたいことを整理して、ゆっくりと私は口を開く。

 

「何となくで応募しました。それで落ちて、自分の中で考えてみました。そりゃ落ちるなって」

「なるほど」

「今は違います。配信経験があるんですけど、それを通して元気になった人がいるのが分かって、配信の為に生きてるみたいな……誰かの生きる理由になってるんだなって」

 

なんの為に生きてんだろは、自分が逆行してからずっと考えてた。

今でも、男の自分が女になって子供からやり直してる事に関しては、意味が分からない。

そもそも意味だってないのかもしれないし、現実だと思ってるこれも、長い長い夢なのかもしれない。

どこか現実感のない夢の中で、現実ならと株に手を出したら大金が手に入って、もっと現実味がなくなった。

上手くなんか行かないで不登校になって配信を見てたリスナーは、何処かの私と似てる存在だった。

違うとすれば、リスナーには生きる理由があって、私にはなかったことだ。

 

「推しの為に生きてるって言葉、そんなの人に言えるって良いなって……たった1回の配信で世界が変わったリスナーがいて、変えたのが私で、私の配信が世界を変えたかもって」

 

だから、人生のための配信じゃなくて、配信のための人生にしたくなったんだ。

可もなく不可もない人生から、波のありまくる人生にだ。

だって、昔に戻るなんてすごい体験して、人生が2回目だ。

でっかいことやりたいと思ってた私は、何かを成し遂げたくて、そしてそれは人に認められたり、その人を応援出来るような仕事なんだ。

 

「推してくれるファンの為に、今までもこれから出会う人達の為に、推されるために生きてるアイドルみたいに、エンタメやってみたいなって……あっ」

「そうなんですね」

「すいません、ずっと喋ってました」

「いやぁ、配信向いてると思いますよ。無言配信より、ずっと話してる配信って大事ですからね」

 

また失敗した。

もっとこう、入ったらこんな事出来ますよとか、英語や投資経験を活かせますとか、もっとアピール出来る気がしたのに事前に考えた言葉が出なかった。

熱に浮かされたように、考えなしに思った事をそのまんまだ。

まるでクソお気持ち長文のリスナーみたいに纏まってない言葉の羅列。

リスナーと配信者は似てるって言うもんな。

 

「すいません、仕事の時間に……よく考えたら、会社にまで来てしまって」

「まぁ、来る人はあんまいませんね」

「今日はありがとうございました」

「すいません。お名前、もう一回聞いていいですか」

「あっ……市川です。市川胡蝶って言います」

 

ブラックリストにでも入れられるんだろうか。

そうだろうな、会社凸してくる奴なんてやべぇ奴だもんな。

まぁ、でも、最悪金はあるし個人勢でやってもいいか。

今もガワに15万使ってる訳だしね。

 

 

 

手応えはなかったが、蟠りはなくなっていた。

やっくんとは蟠りは出来ていたが、昼飯奢ったし許して欲しい。

理由も今からVTuberになるは、流石にリアルバレするから言えんのや。

ヤリモクだったかもしれんが、やっぱ男に抱かれるとかあの時の私はどうかしてた。

てか、酒臭いな……こんな状態で会社凸もヤバ過ぎたな。

酒の勢いで都内まで来てるって今気付いたわ。

 

「ははは、でも会社凸したってネタに出来るわ」

 

代わり映えのない日常もエンタメで変わるなら、エンタメで生きてみたいよな。

 

家に帰って、なんで使う機会ないだろで買った勝負下着なんて着けたんやろと上下揃ったそれを脱いでシャワーを浴びる。

メイクを落として、スキンケアをして、晩飯を食って、履歴書を書くことにした。

何回も書き直したけど、冷静になって言葉を整理出来たそれの出来は1回目に書いた奴よりもマトモな出来だった。

見抜かれてたんだろうか、あやふやな感じの自分の考えとか。

 

「ツイートして……よし、頑張れ私!」

 

疲れ切った俺とバイバイして、いつだってキラキラした私に変わる。

延長線上の自分でやるユーチューバーとの違い。

なりたい自分でやりたいことやるVTuberだけの出来ることだ。

 

 

 

2018年の夏、私は面接を受けていた。

なんと書類選考に2回目にして合格出来たのだ。

一度来たことあるオフィスにやって来て、冷や汗を掻いていた。

 

「それって、ウチじゃなくても良いですよね。何故ウチなんですか?」

「あっ……その……元々ゲームなどを作っていた会社なんで、これからの技術の発展に強そうなのとかアイドル路線でエンタメを重視しているからです」

「ウチとしましては方針としてはバラエティではなくアイドルとしての売り方を考えているのですが、ご自身に合ってると思いますか」

「正直な話、今のように初期のキャラ設定を守るような配信は1年も保たないで、VTuberも有り触れるほど増えていくと思うので、多様性という点では他にない部分が個性になるかなと」

 

滅茶苦茶、圧迫面接であった。

加藤さん、貴方加藤さんですよね!助けて!

あと、横の山内さん!配信で見てました社長ですよね!ニコニコするな、ヤマァァァ!

真ん中の、この人事担当の人から助けて!メッチャ質問してくる!

 

「配信活動の経歴は素晴らしいですね。配信も見させてもらいましたが、だいぶ弊社のイメージとは違うかなと思うのですが」

 

そうだね!俺の知ってる時代は飽和してたから酒もタバコもやってたけど、初期はそんなの許されてないというか求められてなかったもんね。

アイドルよりの配信者であって、配信者よりのアイドルじゃなかったもんね。

アイドルが酒や煙草や競馬やらんもんね!

 

「私は!御社が大きくなると思ってます!その時に没個性にならないのが強みだと思います。今は受け入れられないと思いますけど、逆に他の人と違ったファン層を獲得出来ると思います!」

「なるほど、ちなみに合格したらどういった事をやりたいですか?また、どんな配信をする予定ですか。弊社はタレントのやりたいことを応援する事を企業理念としてますが」

「何でもやります。安定よりも、常に挑戦します。他にない配信をやりたいです。何かしらの目標を掲げて、ファンに達成させる姿を見せれる、そんな配信者になりたいです」

 

言ってやったぞと、バクバクする心臓を落ち着かせる。

相変わらずヤマァァァ!は配信に出てくるおもしろおじさんのようにニコニコしてるし、加藤さんは何かオッケーってしてくれてる。

何がだよ、良いのか?

てか人事担当うるせぇよ、黙って見とけよ、証明して見せてやるからよ。

 

「具体的なビジョンがあって素晴らしいと思います。良ければ一緒に働きませんか?」

「それって……合格ですか!」

「まぁ、このあと契約書の方を見ていただいて納得されたらですけどそうなります。正直な話、貴方の配信活動はメリットにもデメリットにもなりますので、その辺の話を出来たらと思います」

 

サンキュー人事担当、俺は最初からお前を信じてたぜ。

愛してるぜ、早く契約しよう。

 

「まずは……引退ですね」

「はい!……えっ、あっ……そっか……」

 

よく考えたらな事にぶつかり、気が重くなった。

今までのリスナーに何て言おう。

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