風が吹くその日まで   作:Pawerfull Kurage

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プロローグ 日常と双眸

朝、柔らかな陽光が瞼を撫でた。

いつものように目を覚まし、深く息を吸い込む。森の空気は清らかで、ほんの少し湿っていて、草の香りが混じっている。

 

「……うん、今日も、いい風」

 

ログハウスの扉を開け、身を乗り出すようにして大きく翼を広げた。透き通るエメラルドグリーンの長髪が風に乗って舞う。緑の翼が天へと伸びる。羽ばたくたび、陽の光が翼の金のふちを煌めかせた。

 

雲へ飛び込む感触、雲の中で雨に濡れるのだって嫌いじゃない、気ままに流れる風の音。

 

空を飛ぶのは、好きだった。

それはこの世界に転移する以前、ゲームの世界を飛んでいた頃から変わらない。

どんな高価な装備より、どんな称号より、自分の翼で空を翔ける瞬間の方が、ずっと誇らしかった。

 

それは窮屈だった現実世界への反動だったのか、私の根源的な欲求だったのか。

 

広い空を一巡りして森へ戻った時には日は中天。今日は木の実がよく採れた。小さなかごに詰めた果実を抱え、川辺に腰を下ろして釣り糸を垂らす。しばらく待つと、跳ねた魚が針にかかった。

 

「ふふ、ありがとね」

 

森の恵みに礼を言いながら、家に戻って料理を始める。

魚を焼いて、木の実でソースを作って……と、途中で手が止まった。

 

――塩も、香菜も、切らしてる。

 

「……あら」

 

少しだけ眉を下げて、肩をすくめる。街まで買いに行かなくてはならない。面倒ではあるけれど、仕方がない。日持ちする乾燥果実や雑貨もいくつか補充しておこう。

 

久しぶりに甘いものを用意してもいいかもしれない。

 

けれど、それは明日でいい。

今日の空はまだ、わたくしを呼んでいる。

 

再び翼を広げ、木々の間を抜けて宙へ躍る。鳥たちのさえずりと、木々のざわめきが遠ざかり、代わりに夜風と星明りが耳と瞳を包み込む。

 

「星が……きれい」

 

夜空を飛ぶのは、昼間とはまた違った喜びがある。

吸い込む空気は冷たく、けれど静謐で澄んでいて、どこまでも高く飛べそうな気がする。

 

いつもと変わらない、ただの一日。

明日は少し遠出をするけれど、それでも変わらない日々が、このまま続いてくれたなら――

 

そんなことを考えていると、ふと、誰かに見られたら気がした。

結構高いところを飛んでいるのに…?

 

見渡してみるが、特に何もない。気のせい…?

 

その時。

 

大きな魚を抱えた大鷲とすれ違った。

視線の主は彼だったろうか。

すっかり暗くなったあとだというのに随分高く飛んでいるのね。

 

「あ。」

 

遅れて鼻をくすぐる香ばしい匂いにふと気が付く。あの魚はわたくしの焼き魚!

窓を開けっぱなしだったのを忘れていた。

 

もしかしたら見せびらかしに来たのかもしれない。

抗議しようと振り返った時にはすでに不埒ものは小さな点になっていた。

 

まったく!

 

「……うん、やっぱり、わたくしはこういうのが好き」

 

誰に聞かせるでもなく呟いて、空をひとまわり。

それから、流れ星を見送った。

 

静かで穏やかなこの暮らしが、永遠に続きますように。

その様子をはるか地上から見つめる、青と緑のオッドアイに気が付くことなく、希うエメラルドの翼は今日も気ままに空を飛ぶ。

 

 

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