風が吹くその日まで   作:Pawerfull Kurage

3 / 8
一話 街にて

朝――

鏡の前で、スゥアフターは大きな翼と格闘していた。

 

この翼は、わたくしの誇りであり、大切な身体の一部。

けれど、それをそのまま晒して歩けるほど、この世界は寛容ではなかった。

 

「……巻いて、抑えて、ええと……よし。変じゃない、はず」

 

手慣れた手つきで緑の翼を身体にぐるりと巻き付け、ローブの内側に納めていく。

先端の金のさし色がきらりと光ったが、上手く布の陰に隠れた。

 

尻尾も同様に、足に絡めるようにして収める。歩きづらくはなるが、目立つよりはずっといい。

 

衣装の裾を直しながら、部屋の棚を見渡す。

乾燥果実、採れたての野菜、干し肉、魔物の爪と革の端切れ。必要最低限の品だけを小さな袋に詰め込んだ。金額はさておき、多少でも換金できればそれでいい。

 

「塩と香菜、それから……贅沢を言えば、石鹸と、布。それくらいで十分ね」

 

空を飛べば、街までひとっ飛びの距離。

けれど、人の視線を受ければ一瞬で怪しまれてしまう。翼も尾も隠した今は、空を飛ぶことさえ避けなければならなかった。

 

「……はぁ。こういうとき、透明になる魔法があれば便利なのに」

 

たぶん、あるんだと思う。でもしらない。

独り言を漏らしながら、森を抜け、街道へと出る。

翼を締めつけるローブが肌に貼りついて、歩くたびに擦れる。

少し息苦しさを覚えて、ふう、と短く息を吐いた。

 

街に近づくにつれ、音が増えていく。

馬車の音、人々の足音、売り子の声、子どもたちの笑い声――

静かな森の生活とは、まるで別世界。

 

木組みの家々が並ぶ通りに入り、なるべく人混みを避けながら歩く。

周囲の視線が気になるのは、慣れていないせいか、それとも本能的なものか。

 

思ったより魔物の爪が高く売れた。

森から出てくる獣が増えていて、案山子の材料にと需要が増えているそうな。

 

森に棲んでいるのに初耳だったので、密かにばつの悪い思いをしたものの、ありがたい話だった。

 

街の果物屋の前に立ち、籠の中を覗く。

赤く熟した果実が、太陽の光に照らされてつやつやと光っていた。

 

「あら、美味しそう。そうだ、ケーキかパイを作るのもいいかも」

 

一つを手に取り、微笑む。

人の気配に囲まれたこの街で、自分がどこか異物であると感じながらも、それでもこうして穏やかに買い物ができることに、どこか安堵していた。

 

「こんにちは。おねえさん!」

 

突然、声をかけられたのはそんなとき。

 

「……?」

 

振り向くと、そこには色鮮やかな服に身を包んだ少女。年の頃は十いくらいだろうか。ずっと昔に見た、チョコレートのような肌、緑と青のオッドアイ、輝くような金髪から覗く、ピンと伸びた耳。

 

(ダークエルフ…どうして街中に)

 

「綺麗な翼だね! どうして隠してるの?」

 

心臓が、一拍ぶん跳ねた。

 

「……こんにちは、かわいらしいお嬢さん。ひらひらした服が、翼に見えちゃったかしら? 褒められたみたいで嬉しいわ、うふふ」

 

柔らかく笑ってみせながら、自然な動きでローブの合わせを直す。

(まさか、見えていた? それとも……気づかれた?)

 

少女は、にこにこしながらこちらを見つめていた。

 

「ねぇねぇ、おねえさんって冒険者? それとも……なに?」

 

何気ない口調。しかしその問いの奥に、何かを量るような気配があった。

 

「わたくしは、ただの旅人よ」

そう答えて、そっと目を細める。

「久しぶりにこの辺りに来たから、お買い物にね」

 

「ふーん、旅っていいよねぇ!」

少女は無邪気に言って、それから首をかしげる。

「あ、もうひとつの質問にも答えてもらっていい? どうして翼を隠してるの?」

 

子供独特の鋭さと好奇心を前に逃げ場はなかった。

 

スゥアフターは観念したように小さくため息を吐くと、しゃがみこんで少女と目線を合わせた。

 

「……ねえ、お嬢さん。わたくし、目立ちたくないの。だから、翼のことは――秘密にしておいてくれないかしら? お願い」

 

柔らかく微笑みながら、さっき果物屋で買った実をひとつ取り出す。

 

「これは、お礼。甘くておいしいのよ。ね? おねえさんのお願い、聞いてくれる?」

 

いかにも旅慣れた者のような、したたかな煙幕――

そう装ったつもりだったのだけれど。

 

「えー? どうしよっかなー」

「そうだ! おねえさんのおうちでケーキごちそうしてくれるなら、今日のこと忘れちゃいそうだなー」

少女は口元に指を添えて、いたずらっぽくニンマリと小首をかしげる。

 

「もう、ちゃっかりしてるんだから……。仕方ないわね」

スゥアフターは肩をすくめ、軽く笑った。

 

「本当? やったー! あたしはアウラだよ! じゃあ明日にでもお邪魔するね! ばいばーい!」

 

そう言い残して、少女は土煙をたてんばかりに駆けていった。

足取りは軽く、振り返りもせず、雑踏の中へと消えていく。

 

声をかける間もなく、スゥアフターは唖然としてその背を見送る。

 

(…家の場所、教えてないのに)

 

子供らしい無邪気な様子と、安堵でふふっと笑みがこぼれた。

 

再び市場の通りへと足を向ける。

甘味の素材を求めながら、スゥアフターの心には、どこか柔らかな余韻が残っていた。




閑話 アウラ・ベラ・フィオーラの思惑

その子を見つけたのは偶然。

ある日。見たことない子が森の上を飛んでた。
……ほんとに、ただ飛んでただけ。戦うでもなく、逃げるでもなく。
すっごく綺麗な翼で。色も、形も、なんか幻想種みたいで――
それで、ちょっと気になっちゃって、鑑定魔法を飛ばしてみたんだけど……

……弾かれた。

しかも、意図的じゃないっぽい。
“反応しない”って感じ。まるで、こっちの魔法が存在してないみたいに。
ね、ちょっと変じゃない?

だから、尾行してみた。
数日かけて様子を見てたら、山の奥――川の源流あたりに、小さなログハウスを見つけたの。
外から見える範囲だけでも、薪とか、水瓶とか、ちゃんと生活してる痕跡があった。

……つまり、あそこが住処。
定住者で、しかも相当長く暮らしてる。

そして今日。
その子が、街に向かって歩いていくのを見かけた。
翼と尻尾をぐるぐる巻きにして、ローブに包んで、すごく目立たないように気を遣ってた。

せっかく綺麗なのにもったいないなぁ……と思いつつ、でも、それってつまり――正体を隠したいってことよね?

なら、今がチャンス。

尾行を続けて、街の中で声をかけてみた。

…思った通り。
隠してる翼を尋ねても言葉だけでなんとかしようとしてくる。

強そうには見えないんだけど、受け答えは手慣れてる。
質問ははぐらかすし、嘘もバレにくいタイプ。
ああいうの、実はけっこうやっかい。

でもね――
あたしが子供に見えたからって、油断したでしょ?

「旅人よ」って自分で言ったのに、
「お家でケーキ作って」って言ったら、否定しなかった。

ふーん? じゃあ家、あるんだ。
うっかりボロ出しちゃったね。ふふっ。

……さて、どうしようか。
鑑定を受けつけない時点で、只者じゃないのは確か。
もう少し探ってから、アインズ様にご報告しないとね。

それにしても――
ほんと、あの翼きれいだったなぁ。
ふわっふわで、金の筋が入ってて……
コレクションにしてもいいし、羽ペンに加工しても綺麗かも。
……ハタキにしたら、掃除がちょっと楽しくなるかもね!

今度は、もっといろいろ、聞き出してみよう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。