結月ゆかりは画面を見つめる   作:hikoyuki

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サリーは大海を走る

 ゆかり達が自分のキャラクターと遊び始めてからしばらくして——ふと気がつくとリリース時刻が過ぎていた。

 

「あれ?いつの間に!?」

 

「どうして教えてくれなかったんですか!もう!」

 

『だって2人とも楽しそうにしてたから……』

 

 2人は急いで【バーチャルガーデン】のダウンロードページを開く。まだリリースから10分ほどしか経っていないが、既に1000を超えるゲームのダウンロードが行われていた。ダウンロードの大半はリリースと同時に自動で行われる予約ダウンロードだが、中には新着のリリースを見て興味を持ったユーザーも少なくないらしい。

 

 もちろんこのダウンロード数は大手のゲーム会社や幾多の実績を持つインディーズに比べれば宇宙とミジンコほどの差があるかもしれない。

 

「けれど——幾多の実績を持つインディーズは生まれた時から実績を持っていたわけではない。大手のゲーム会社だって最初は1からのスタートだ」

 

 ソーシャルネットには待ってましたと大向うから声が轟き、ストリーミングサイトでは最速配信が産声を上げる。

 

 スタートダッシュは絶好調。あとはゲームそのものが評価を決める。

 

「バグ報告とかは……まだないね」

 

「気が早すぎですよ。リリースして10分で見つかるようなバグがあれだけデバッグしてまだ残ってたら末代までの恥ですよ」

 

『あっ、手に物を持った状態でゲームを起動してそのままキャラを生成すると双子が生まれるバグだって』

 

「ゆかりさんかわいそう」

 

「いっそもっと馬鹿にしてくれたほうがマシなんですけど?」

 

 同情するような口ぶりのあかりに対してゆかりが文句をつける。しかし同じゲームを開発する仲間なのだから過度な煽りはブーメランを通り越した自傷行為。あかりはあくまで彼女の間の()さに同情をしただけだ。

 

 ゆかりは落ち込みのあまり、シェリルと目を合わせながらどんよりとした雨の感情表現(エモート)を出し始めるが、すぐに立ち直りバグの修正に取り掛かる。

 

「今回のバグはスタート画面の時点でなぜか生成機能が有効化されてしまっていたのが原因でしょうね。……ですが」

 

 サリーが共有したSNSの投稿を見ると、2匹の四角い猫がころころと転がりながら戯れている。投稿したプレイヤーはそれを2つ重ねて遊んでおり、その動画はバグとして報告しているとはとても思えない。

 

「少なくとも双子が生まれることにゲーム的な不都合はないし、いいんじゃない?」

 

「ゲーム的に不都合はなくともバグじみた特定の動作でしか双子が生まれないのは問題ですね。かと言ってランダムにするとキャラクターを生成しまくって厳選する人とか出てきそうです」

 

 私ならやりますね、とゆかりは付け加える。

 

 厳選を行ったからといって誰が困るというわけでもないが、生成したキャラクターと戯れるようなゲームでそれが行われると外聞が悪い。故にランダム性のある要素は極力減らすというのが開発時に定められた方針だった。

 

『じゃあ、特定のアイテム消費で双子にできる感じにする?既に生成済みのキャラクターに使った場合は時系列的には妹や弟ってことで』

 

「わかりました。仕様を定めたら共有しますので確認お願いしますね」

 

 ゆかりが新機能の仕様作成とバグ修正に取りかかる間もゲームに対する様々な反応が送られてくる。単純なゲームの感想をSNSに投稿するだけの人もいれば、早くも開発者への感想と要望を送る人もいる。

 

 少なくともその中には今のところ否定的な意見は存在せず、バトル機能を試そうとする人や可愛い映像を公開して自慢する人、AR系の操作デバイスをキャラクターに総取り替えする人など、それぞれ思い思いの遊び方をしていた。

 

 あかりは思念操作で逐一書き込みながらユーザーの疑問に回答していき、サリーは期日の関係上後回しにしていた機能の実装に取り掛かり始める。

 

 ほんの数時間前ののんびりとした光景が嘘のような、大忙しの環境になっていた。とはいえ1人はソファーに寝転がり、もう1人はゲーミングチェアに倒れ込みながらコントローラーを操っていたりして、傍から見れば全く忙しそうには見えない。

 

 しかしコントローラーのボタンはキーボード入力に対応しているので立派に入力デバイスとしての役割を果たしているし、プレイヤーの反応を見て回り要望を収集したり、質問や疑問に答えるのは立派な仕事だ。

 

 とはいえ隣の芝生は青いとはよく言ったもので、からかい混じりの言い争いが始まる。

 

「あかりちゃんは自動巡回でも走らせれば他の仕事もできるでしょう!実質サボりですよサボり!」

 

「ゆかりさんだって普段あれだけマルチタスクしてるんだからコード打ちながらサボるくらいできるでしょ」

 

「それはサボってるうちに入らないと思うんですけどー!」

 

 2人がそんな言い争いをしている間にもサリーはプログラミングに集中していた。

 

 傍目からはドット絵の少女がマウスに腰掛けているようにしか見えないが、彼女はAIだ。生まれつきプログラミングに関して一定の適性を持つサリーは入力デバイスに頼らず思考から雪崩のようにコードを打ち込んでいくことができる。

 

 仕様が定まってさえいれば、その通りにコードを書くのは文字通り一瞬。刹那すらも比較対象として適さない。彼女が行き詰まっていたのは指標のない娯楽という概念に対する試行錯誤のみ。

 

 故に電子の海と舵を切る操手が彼女に筋道を指し示せば——ゲーム業海を風切り走る大船となる!

 

『はい、次回アップデートの実装テスト版できたよ。デバッグよろしく!』

 

「試しに起動しようとしたら【オグメレンズ】がフリーズしたんですけど……」

 

 船とは時に沈むものでもある。

 

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