結月ゆかりは画面を見つめる   作:hikoyuki

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結月ゆかりは自嘲する

 コントローラーをカチャカチャと鳴らすあかりを横目に、ゆかりは再びモニターへ視線を戻す。

 

 同時にゲーム画面のキャラクターが動き始めたのを見て、あかりはゆかりの手元に視線を向けた。一体どんな超人的な操作を行っているというのか、現役の使用者を参考にするためだ。

 

 コントローラーには『A』から『Z』までの物理ボタン、それから小さな黒い長方形のエリアとスティックが取り付けられている。

 

 ゲーム中ではボス討伐も終わり、今は徒歩での帰還中だ。戦闘中ならまだしも、この状況で大量のボタンが必要だとは到底思えない。

 

 にもかかわらずゆかりはすべてのボタンを凄まじい速度で活用し、何らかのアクションを行っている。

 

 その姿は、ただめちゃくちゃにボタンを押しまくっていると説明されたほうが、まだ信じられるほどの異様な光景だった。だが画面内を見れば、確かに何らかの明確な意図に従って操作が行われていることもわかる。

 

 たとえばコントローラーの左右に存在する黒い長方形のエリア。一見するとサイズの小さいタッチパッドのようにも見えるその領域だが、実際にはペンタブレットと同等の機能が備わっている。

 

 そのエリアをタップすることで画面内の対応する箇所にクリック判定が行われるのだ。

 

 しかし実際のウィンドウサイズと比較して、タッチパッドの領域はあまりにも小さい。常識的に考えて特定の箇所に狙ったタッピングを行うことなど不可能で、設計段階の時点で破綻していることが明白な欠陥製品――。

 

 それをゆかりはまるで空気を吸うような自然さで使いこなしていた。

 

 画面内に表示されるアイテムウィンドウを、一瞬の隙もなくタップして操作する。時にはウィンドウの描写が行われる前に結果が反映され、システムすら置き去りにする最速の技術。

 

 その的確なタップは、彼女の親指の先に装着された指サックによって実現されている。サックの内側からは、注射針のように細いペン先が伸びており、それをタップに用いることで対応する箇所を正確に突いているのだ。

 

 理論だけで言えば成立する。しかしそれは机上の空論だ。たとえ針でタップしたところで本人の操作感覚がなければ絶対に成立し得ない。

 

 そんな神の所業に等しい行為がさも当然のように行われていた。

 

「いやいやいや、こんな操作技術が必要なゲームなんて無理だよー!?」

 

 たとえゲームが普通だったとしてもプレイヤーが普通ではない。この技術があればどんなゲームでも曲芸染みたプレイングができてしまう。

 

「というか最近まではもっと普通のコントローラー使ってたよね?こんな曲芸専用コントローラー使ってなかったよね?」

 

「そうですね。まあ慣れれば使えますよ。私も使い始めてまだ1週間ですし」

 

「天才かな?」

 

 どう考えても一生を賭してようやく極められる類の技術としか思えない。しかし、確かに横で見ている時の印象と実際の操作感は違うことがほとんどだ。

 

 あかりは意を決して、ゆかりおすすめの最強コントローラーを使って【マジックファンタジー】をプレイすることに決めた。

 

 もはや彼女にとってはゲームへの興味よりもコントローラーへの興味のほうが勝ってしまった状態ではあるが、無事に【オグメレンズ】へのインストールも完了。あかりはコントローラーを両手に構えながら椅子に腰を下ろし、ゆかりの隣へとスライドさせる。

 

「じゃあ序盤用の装備とか回復アイテムを渡しましょうか。チュートリアル終わったら初期位置で待っててくださいね」

 

「はーい。……おっ、ムービー来た」

 

 最初は特に複雑なキャラクターメイキングもないようで、ほとんど初期設定のままキャラクターを作成しログインしたあかり。画面には柔らかな朝焼けが広がり、BGMが小さく流れている。直後にムービーが流れ、キャラクターの背景が物語を通じて説明される。

 

 とはいえ設定はないに等しい。あてもなく旅に出たキャラクターが空腹の末に倒れ、近くの村で介護されるというだけの流れだ。

 

「あかりちゃんはいつもお腹を空かせていますからね」

 

「でもゆかりさんもここで行き倒れたんでしょ?」

 

「始まりのパターンはランダムみたいですよ。導入の内容は本当に関係ないみたいです」

 

「ふむふむ、結構凝ってるんだ。……その凝り具合がダウンロード数に反映されてないのは残念だけど」

 

「……まあ、化石の模造品みたいなものですからね」

 

 ゆかりは小さくため息を吐き、ぽつりと言葉をこぼす。自分の好きなゲームが他人には受け入れられない。そんな現状に対する自嘲のようなつぶやきだ。

 

 他者の評価など関係なしとばかりに傍若無人な態度をとる彼女だが、その実、好きなゲームの評価については人一倍気にしている。

 

 世間一般のプレイヤーであれば、気にすることではないのかもしれない。しかし結月ゆかりの本質は、ゲーマーではなく実況プレイヤーだ。ゲームをただ遊ぶだけではなく、自分の好きなゲームをもっと知ってもらいたい、よく思ってほしい……かつての彼女は、常にそれを意識して世界に発信し続けていた。

 

「……ねぇ、ゆかりさん。なんで実況やめちゃったの?」

 

「やめてないですよ?この前もあかりちゃんと一緒にやってたじゃないですか」

 

「クラクラのときは、ついに復活する!って思ってたのに」

 

「……」

 

 あかりの問いは動画に出ただとかコラボをしただとか、そんなつまらない話ではない。紲星あかりのチャンネルで投稿した動画はあくまで彼女が主体だ。

 

 その意図を理解しているにもかかわらずゆかりは意図的に話をそらし、さらに詰められた彼女は無言を返す。

 

 それからしばらくのあいだは、カチャカチャというコントローラーの操作音だけが部屋に響き渡り……。

 

「ちょっと、雰囲気が悪くなっちゃったじゃないですか」

 

 沈黙の空間に耐えられなくなったゆかりが責任転嫁も甚だしい文句を言う。

 

「もう、ゆかりさんがいかにも気にしてほしそうなトーンだったのが悪いんじゃん」

 

 対するあかりがそんな彼女に苦笑しながらも応えると、部屋の薄暗い空気が一瞬で霧散した。

 

『喧嘩するほど仲がいい』とはいうものの、2人は今まで1度も喧嘩をしたことがない。それは互いの信条を理解しているからだ。

 

「自分の『好き』を強引に通したくないんだよね?」

 

「……まあ、平たく言えばそうですね。私の実力があればどんなゲームだろうと瞬く間にバズらせることができるでしょう。しかし嘘はつけません。それはレビューではなく煽動ですから」

 

「低めのテンションの割には、ずいぶんと自信に満ち溢れたことをさらりと言うよね……」

 

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