トラックの窓から見える風景を、蒼は眺めていた。
これまで見ていた街とは違う、どこか治安が維持されているように見える住宅街。
何度見ても過去と比べてしまうそれは、
ハンドルを握る蒼は、思い切り前に出した座席に座ったまま、いつも通りにアクセルを踏み込んだ。
「があ……ッ!!」
少し前に14歳となった蒼は数日ぶりにキルスコアを増やし、鼻歌交じりに目的地へと向かう。
今日も今日とて、運び屋仕事は順調であった。
〇
14歳となった蒼はしっかりと成長に合わせて人の模倣も調整し、その背丈は170を越え───る事などなく、無事150cm程度に収まった。
異能が人を模しているため可変ではないのかと思うかもしれないが、模しているのは願星蒼であり、その大枠から大きく外すと大きな違和感を伴う仕上がりになる。
既に筋骨などを見た目以上にしていることで、人間なら無意識下で無視される程度とはいえ、若干の違和が生じている。
つまり背丈は願星蒼が異能無くして育っても14歳時点ではそこが限界だったというだけであり、これは栄養不足など関係ない遺伝的なものだった。
ただし若干伸びたのは事実で、サイズの合っていなかったダッフルコートは、若干サイズの合っていないダッフルコートとなり、髪と合わせた灰色の塊という印象から、灰色の塊から足が伸びているという程度に進化している。
「こんちゃー」
「おう、包帯ちゃん。今日もいつものとこに回しといてくれ」
「はーい」
入口にいる明らかにカタギではない集団に挨拶をして工場の裏手にトラックで向かい、停車すると荷台を開けてフォークリフトを待つ。
従業員たちが搬入と搬出を行い、色々と運ぶのを近くの休憩所で見ながら、蒼は青い空を見上げた。
───四年前と比べ、世間はAFOの手が更に伸びた事でむしろ治安が良くなっていた。
なぜかと言えば、過激な集団が数を減らしたためである。
潔癖症は、独自の暴力行為によって異能を減らす可能性があるため真っ先に標的となり、AFOの息が掛かったヤクザもどきにより激減。
次に過激思想の異能持ちは人心掌握の糧として見られ、大々的にそれらを捕まえて異能を奪った事でAFOは地位を盤石なものとした。
更にヤクザとの連携も安定化し、発言権の強さは留まることを知らない。
ただし、根本の飢えや貧しさが解決はしていない。
抗争を行う過激な差別者が数を減らしただけで、略奪や窃盗は未だに変わりなくそこらで見かけるどころか数を増やしたと言ってもいい。
当然ながらこの時代で食品に深く関わるヤクザに手を出す挑戦者もそれなりにおり、蒼が朝に
ただ、治安の底から若干の回復はしたというのは事実。
少なくとも無秩序ではなく、悪が使っているものとはいえ若干の秩序は生じている。
そうして変わりゆく時代の中、蒼はひたむきに労働へ勤しんでいた。
それは、トラックによる輸送係である。
車をバリケード等で停車させ、集団での取り囲みによって略奪の成功を経験した挑戦者達に対する人員として、蒼は最適だったのだ。
バリケードやスパイクによって車を壊すこと無く、それを見かけたら瞳を蒼く光らせながら車を降りてそれらを片付けるだけ。
確実に輸送を成功させるドライバーとして、畜産農場と工場を毎日往復する日々。
蒼は、信じられないほど充実していた。
懐かしくも、運転未経験で日が浅かった頃はあちこちにぶつけては玄野に怒られたものだ。
お前は運転したことが無いのかと言われて、あるわけがないですよと怒鳴り返したのも今では懐かしい思い出。
あの頃と比べればそれはもう上手くなったもので、具体的に言えば昨日も出るときに塀へぶつけてきたものの、怒鳴り返す事なくしれっと誤魔化す事が上手くなっている。
輸送は成功させるものの、教習所なんてものはないので蒼の運転は四年経っても下手だった。
「積み込み終わったよ。書類これね。後よろしく」
「はーい」
そうしてトラックを運転して倉庫へと戻った蒼は搬入係へ受け渡し、夕焼け空を眺めて気持ちの良い労働を終える。
道路交通法などという誰が守ってるのか知らない法律に唾を吐きつけるかの如く、10歳でここに来てから蒼はトラック輸送の運転手を続けていた。
「ふぃ〜……今日もいい1日だった」
額の汗を拭い、のそのそと自室へと帰っていく姿は、おおよそAFOと敵対して生き延びたとは思わせない。
本気で光れば一帯を無人にできる異能を持つ蒼は、飯のために普通に労働者をやっていた。
アパートの自室に帰ってきた蒼は、ベランダで育てたキュウリを齧りながら加工食品を棚から取り出す。
ヤクザの庇護下でぬくぬく暮らしは空き巣にも遭わないので最高だ。
これがある意味でAFOの恩恵でもあるというのは敵対している身としてはあまり喜びたくはないのだが、食べ物に罪はない。
そうして手動圧式のシャワーで体を洗って1日を終え、またいつも通りにトラックのところへ行けば、玄野が何枚かの紙を手に立っていた。
「違うルートの輸送係が事故ってな。今日はそっちのルートに行ってくれるか」
「なんかあった感じですか?」
「多分襲撃で車ごと未帰還。まぁ、和反だろうな。こういうときにお前の便利さに気付くよ」
どれほど強力な異能であっても、基本的には集団が武器を持って襲い掛かれば殺すことができる。
それをヤクザなどAFOに類する側の組織に対し、組織立って行う連中が増えてきたのだ。
それは、2年ほど前にAFOが
この時代では非常に珍しい、自分だけが目の届く場所へ移動できる異能と鎌鼬によって切り刻む異能の2つをもつ超常孤児の少女がいたのだが、その利便性が高すぎる異能を必要としたAFOが交渉するも決裂。
最終的にその手腕を
そしてそれは、最終的に水面下で反抗組織の結成へと至る。
名は無く、活動も組織も人員も曖昧。
だからこそ追えず、だからこそ掴めない。
恐らくはOFAの歴代継承者が属していたと思われる組織が結成されているのを、蒼は知識と照らし合わせて理解していた。
各々がそれらを適当に呼ぶ中、永景會ではそれらを平
蒼もできればそちら側に属したいぐらいの気持ちではあったが、現状の気持ちの良い労働とそれに伴う衣食住に困らない生活を投げ出すのは難しい。
蒼にとっては、もし消滅させたらすまんぐらいの気持ちだった。
「トラック替えます?」
「いや、お前のトラックに積むからいい。お前のトラック、今じゃ都市伝説みたいになってるしな」
ヤクザのトラックなのに、蒼のトラックにはパレードの飾り付けがない。
だが、飾り付けがないからと舐めて襲撃したグループは、なぜか帰ってこない上に、それ以降姿を見なくなる。
飾りにも利用されず、捕まったわけでもなく。
忽然とそれを機に姿を消す。
残った人間達は、やがて飾り付けの無いトラックには人間を消し飛ばす異能持ちが乗っているという噂を流し始めた。
立ち塞がったりすれば普通に轢き殺すだけなので、別に全員消失させているわけではないのだが、都市伝説的に噂に尾鰭がついた結果、今ではキルスコアも中々伸びなくなっている。
そんな訳で準備ができたので地図を見つつ、いつもと違うルートを通りながら、普段の2倍ほど車体を擦って輸送先を回る。
普段と違う顔に工場や畜産の担当者からは少し面食らったような反応を貰うも、向こうも訳ありかと深入りはしない。
そして慣れない道をなんとか走って仕事をこなしていき、最後によくわからない工場へと辿り着く。
一応の名目は畜産だが、なんの臭いもせず、見た目が小綺麗なビルにも見えるため多分人の出荷に関するところだろうとあたりをつけて守衛に話しかけると、何やら待機命令が出た。
暫くすると、守衛から無線機が渡される。
『やあ、こんにちは。今日は永景會で噂になっている運転手が来ていると聞いてね。ぜひ挨拶をしたいと思ったんだ』
「あ、はい」
『搬入口で待っているから、少しお話でもどうかな』
随分と物腰が柔らかな人だなと思いつつ、蒼はそれを了承。
運び屋で働いていて、物腰が柔らかい人間は大体が怖い人だったが今回は果たしてどうか。
───そうして搬入口に辿り着けば、なんだか見覚えのある顔が立っていた。
色の無い髪と艶の無い瞳。
AFOこと、大人になった死柄木 全がそこにいる。
まだこちらを視認しきってはいないのだろう。
人好みする笑みを浮かべて、警戒心を抱かせないような姿勢でこちらを待っている。
もはや逃げることもできない。
蒼は帽子を深く被り、サングラスを掛けて傍に停車すると、バレてくれるなよと思いながら車上から死柄木へ挨拶をする。
「……こんちわ〜」
死柄木はスッと笑顔を消し、無言で掌を蒼に向けた。
空間が軋むような音を立ててトラックが吹き飛ぶ。
「ふざけるなよ」
「こっちの台詞だが!?」
破壊されたトラックの運転席で、蒼は死柄木に中指を立てて怒鳴りつけた。