「くくくく、クビェごヴォエッ!」
「親父、すいません」
「いや構わん」
動揺のしすぎで頭をひっぱたかれた蒼は、徐々に解雇という事実が頭へと沁み込んできて目を白黒させた。
一応お世話になったので白黒するだけで、蒼くはしなかったが。
蒼が甲野の足に縋り付き、付き人が反射的に動こうとするのを甲野自身が手で以て制す。
「クビですか!?」
「おう、運転手
「……運転手
「奴の天敵だってんならちょうど良い。お前、ウチの組のもう少し中枢にめり込んでもらうぞ」
にこやかに刀傷を歪ませて笑う甲野は、手を擦りながら付き人へ指で合図する。
幾つかの紙を受け取った甲野はそこに書かれている構成員を指で示し、蒼を見た。
「まず、光るなよ」
「光りません」
「よし。じゃあ話すぞ。奴……AFOは既に永景會のかなり深い部分まで入り込んでいる。構成員の一部が有用な異能を移植してるのは知ってるな?」
「あぁ~ちびっこ達から引き抜いてるやつですか」
永景會では異能産、異能選別を組織的に行っている。
それは戦力や影響力の増大という観点において最も手早く、それでいて金にもなるからだ。
その中でより有用な異能を持つ子供がいたとき、組員がAFOの元でその異能を移植するケースがある。
異能を奪い、与えるというそれにより、永景會の中でも影響力を増した組は少なくない。
この時代ではよくあることだ。
だがそれは、AFOが目をつけていると言う事に他ならない。
その組がAFOに利用されているのではなく利用しているのだと息巻いたところで、強い異能の持ち主を明確に判別されてしまっているデメリットがある。
「うちのように異能産で出来たガキを手元に置いておくという発想が無ェのは駄目だ。その紙に書いてある組なんか全部売るか移植してるからな。あれでは奴のいいカモだ」
「それは、本当にそう思います。奴は際限無く異能を溜め込むことができますからね」
「で、ウチは逆に最初から持ってるのを育ててるだろ。長期的に見れば相性なんてのを気にしなくていい分、より強く育つが、恐らくそれまでに奴が手を伸ばす」
甲野組はこの時代では珍しく、強力な異能を移植しない。
火を吹く異能を移植し、喉を焼いた例。
筋肉強化の異能を移植し、筋を断裂した例。
鱗の異能を移植し、皮膚の下に鱗が生えた例。
持っている異能に適した肉体を持つのは、その異能を発現した者であると甲野は気付いていた。
だからこそ千並などは移植等を行わず、本人を育てている。
数年前に蒼が聞いたその考えは、確かに原作で言及されていた部分であり、その洞察力に驚愕したものだ。
そして移植されたものより抵抗無く、強く鍛えられた末の異能は、AFOからしても垂涎ものである。
原作でホークスの剛翼を奪った際、爛れた個性因子がそのまま発現していた事から、AFOが奪ったそれらはその現状が参照される。
熟練度はまだしも、鍛えられた個性因子をそのまま奪えるというのはAFOにとって魅力的な筈だ。
即物的では無い分、甲野組のこれからを担う異能持ちはまだ弱く、逆に異能を移植した組は相性というハンデがあるも、今は勢いを増しており、それはある意味でAFOの影響力が増していることを意味していた。
このまま乗っ取られれば、永景會で今は立場の弱い甲野組は最も良い餌となるだろう。
「俺ぁ、奴が裏社会に君臨するのを恐れている」
眉間に皺を寄せ、甲野は暗い声でぼやいた。
「全てが手足となり、奴の支配によって動く社会は奴の気分次第で破滅する可能性がある」
蒼を真っ直ぐに射抜く、甲野の目。
「俺ぁ、組の奴等がそうなって欲しくはない」
だからこそ、奴が手を引かざるを得ない天敵を探していた。
そう続けた甲野の声は、どこか弾んでいて。
「お前、いっそ組とか作るか?」
「向いてないです」
「ま、それもそうだな」
少し面白そうに蒼へ笑い、甲野は構成員の書かれた紙をまとめていく。
その手つきは、楽しそうですらあった。
「ウチが裏社会を牛耳るのは無理だ。手が足りねえし、同業との抗争を行うのは得がない」
この時代で抗争など起こせば、相手から奪うより己の損失が大きい事はすぐに分かる。
永景會は治安の悪化につけ込んで物流や食品に食い込み、暴徒や過激者からそれを守っており、それを奪われるぐらいならと破壊すれば両者共倒れだ。
かといって奪おうと同業に攻め込めば、それはまた逆の事をされて共倒れになりかねず、手を出すわけにも行かない。
つまり、この時代では基本的に同業者と戦う体力が無いのである。
異能を奪い、与えるなどという余程の影響力でもない限り。
「だが、牛耳られるのもまた困る」
その影響力が手を引くぐらい、強烈な存在。
一強として君臨しても、迂闊に手を出せない天敵が欲しい。
それがいるだけで、甲野組へ簡単に手を伸ばす確率は減るはずだと甲野は算段を立てていた。
事実、AFOは蒼をどうにか目の届かない場所へ飛ばそうと画策しており、永景會の手が届く範疇を動かそうとしている。
しかしその感情的な部分が強い判断こそAFOの若く青い部分が出ており、甲野の老獪な決断がそれを未然に防ぐこととなった。
「運転手は一旦中止。お前を正式に組へと入れ、俺の付き人として扱う。文句はあるか?」
「時々トラック乗っていいですか。好きになってたので」
「それは構わん。ただ、お前は今日から運転手ではなく甲野組の組員だ」
「ある意味でちゃんと雇用されたってことになるんですかね」
「ま、そうなるな。千並に改めて挨拶でもするといい。今までとほぼ変わらないが、お前の名前を俺は使っていくぞ」
と、そんな話があり、その日は解散。
翌日に蒼は少し離れた育児用アパートの管理人に連絡を入れ、その後に部屋を片付けて。
一夜明けて綺麗になった部屋で蒼が静かに座っていれば、脂肪と筋肉を兼ね備えた屈強な肉体の少女が蒼の部屋へとあがり、昔と変わらない朗らかな笑みを浮かべる。
「聞いたよ、組員になったって」
「今まではどちらかといえばバイトみたいな扱いだったからね……」
背丈は165センチと高めであり、その肉体は80キロを超えるパワー系。
それは絶対値ではなく、どう鍛えても体重に起因する異能をより適切に運用するために磨かれた肉体。
現在は4倍近くの重量を平面化することができるようになった13歳の千並が、10センチほど小さい歳上である蒼の頭を撫でる。
「よかったねぇ、よかったよかった」
「おい私のほうが歳上なんだぞ」
「うんうん、でもウチが先輩〜」
舐めているというよりかは親しく思われている事から生じるそれに、蒼はまったくと形だけの怒りを見せながら千並へ麦茶を出した。
暫く盛り上がったあたりで、蒼は管理人から聞いた千並の最近について話題を出す。
「育児練習はどう?」
「正直大変。あと3年後ぐらいには子供って言われても実感があんまり無いんだよね」
第一世代の中でも比較的年上に分類される千並は、異能産の価値観に照らし合わせるともう数年後には母となる。
それがおかしいと叫ぶ価値観の持ち主はおらず、本人もそれが早い事には気付いていない。
この時代で異能産により産まれ異能産により産むのは良い事と教育されており、千並もまたそれに倣っている。
千並が現在住まう育児用アパートというのは俗称で、そこは異能産をした大人と、これからする子供達を交ぜることで育児を学ぶ場所。
当人がそれ以外を知らないのでなんら抵抗もないというのが、緩やかに狂っている部分だと蒼は頭の片隅で感じていた。
とはいえこの時代、この業界を広く見渡したとき、甲野組の異能産はマシな方なのであれこれ口を出す気も無い。
これで産まれれば超常第二世代となる。
異能産同士でかけ合わせる可能性が高いことを考えると、恐らくここから優性遺伝的思想が強まっていく。
個性婚という概念が生まれ始める頃だ。
これは赤子の選別に近いため、恐らく超常遺児が一時的に増加するタイミングが来る。
第5世代の価値観というよりは、運転手として襲撃の面からあまり好ましくない光景だ。
「千並の子供はどんな異能でも私が可愛がるからね」
「蒼ちゃんがいるなら気が楽だよ。蒼ちゃんはどうするの?」
「私は多分ダメだね。できたとしても確実に光に巻き込まれる」
平然と交わされる会話の中で、蒼は自身の体が子を産むことに適していない事を打ち明けた。
蒼の異能は5歳での発現である。
それは珍しくも後天性異形個性であり、遺伝した場合もそうなる可能性が高い。
つまり胎児は蒼い光に対してなんの抵抗も持たず、障害物を貫く光はたとえ蒼の体とて関係が無かった。
蒼の体は正確に願星蒼という人間の形をしているので妊娠はできるが、その異能故に出産まで保たない。
「そっか、まあそれならしょうがないね。最近ウチの棟からも産めなくて追い出される人もそれなりにいるからね。無理なら無理でね……」
「おぁ〜急にこの時代っぽい価値観が出ると心臓ビックリしちゃうからね〜」
用が無くなればポイというのは裏社会で当たり前の話なのだが、感覚的にトラックで往復する普通の会社員感覚だった蒼からするとその冷酷さが正直怖い。
「なんかねえ、和反対処に本腰入れるみたいな話も出てたし、もしかしたらそこの
「あっ、遂にやるんだ」
「私からすると勝手にしてくれって話なんだけど、こっちにも若干被害出てたから本腰は入れるだろうね」
AFOの指示によるものだと思うが、こちらを左遷可能な状況にするよう、誰が襲撃してきても運送が可能という蒼の誇る有用性を削るために、裏社会に敵対している和反から減らしていこうという動きが出始めた。
結果的に後の魔王自ら治安の良化に貢献するというよくわからない状況となるわけだが、和反の発生は死柄木のせいであり、和反が治安を悪化させている原因となっているのも死柄木のため完全にマッチポンプだ。
だが、奴はそれも上手く己の名声の糧として消費するだろう。
未だ青く若い部分は大いにあるとは言え、人を先導し、惹き付けるカリスマ性は老年に至った時と変わりないか、若さの分上とまで言える。
蒼と関わらなければ、死柄木は何かあってもその場で始末できるというマインドの中で堂々と振る舞うことで、この時代において更にカリスマ性を高めていた。
逆を言えば、蒼と対している時は殺せず奪えないにも関わらず、逆に溜め込んだ異能という所有物を消滅させていく可能性が否定できないせいでカリスマ性を著しく損なうのだが。
「とりあえず、ここから出て行かなくて済みそうなのは良かった」
「蒼ちゃんはそうなったら足に縋り付いて泣き喚きそうだね」
「……そんなことないよ。ないない」
事実、告げられた直後に甲野の足に縋り付いていた蒼は、千並の鋭い考察に目を逸らすのだった。