駆藤への説明より明らかに襲撃を仕掛けてくる和反も数を減らし、そうして気付けば3年と少しが経過した。
先月に18歳となった蒼は、その欠片も伸びやしない背丈のままトラックの荷台に荷物が積まれるのを眺め、魔法瓶のハーブティーを啜る。
「いい天気だなあ」
肉体も成長させ、幼さを失い大人の顔立ちへと近づいた蒼だが、スタイルは幼少期からほぼ変わらず、単に肉付きが薄くなった程度に留まっていた。
願星 蒼という人間の可能性から逸脱しない形では、これが最も違和感が生じない。
栄養失調が原因の細身かと思えば、同じ飯を食べられる環境で80キロをキープする千並がいるので全ては遺伝のせいである。
そんなこんなで本腰を入れて裏社会の掌握を進めるAFOにより、街の治安に対して平和に見える裏社会の中で今日も蒼は運送を行っていた。
仕事を終えて家に帰れば、あの頃とは異なり小さな寝息が聞こえてくる。
「ただいま、
「ようやく寝たとこ……」
ぐったりとした千並と、奥の部屋で眠る赤子。
少し前に千並は甲野組で再開された異能産に組み込まれ、1児の母となっていた。
しかし本人はそれを望むべくして産んだため、特にそこに関しては何も感じておらず、子育てへの抵抗も薄い。
父は甲野組の子供ではなく和反からかっぱらってきた、念動力という異能を持つ少年。
第一世代においては自分が持ちうる器官の拡張が多く、自身以外に干渉する異能は希少とされていた。
つまり物質を平面化する千並や、速度を変化させる駆藤は第一世代の異能持ちの中では珍しい。
ちなみにその希少な素質を持つ少年は甲野組において、種馬のように
晩御飯を食べる蒼を眺め、千並は今日聞いた話を思い返していた。
「連絡なんだけどね、永景會の異能産グループの人達から売春街が勢力を大きく増してるって注意喚起されたよ」
「あそこが? というかあそこって組織だったっけ」
「ううん、そこで暮らす超常孤児がかなり手強くて、管理ができないって話みたい」
その話を聞いて原作を思い返すが、思い当たるようなネームドも、売春街のような場所に関係するようなことも特に描写されていなかった。
少年誌だから当然ではあるのだが、この時代で裏社会と対抗できるような組織があれば匂わせ程度に描かれているはずだと考えた辺りで、その理由に気が付いた。
「───異能産か」
「あそこは年齢も体調も関係ないからね。あのエリアの異能産はこっちに比べて回転率が良い」
「回転率ってことは、第2世代が既にいる可能性がある……? え、早すぎない?」
「確定情報ではないけど、割とその説が有力だよ。異能も発現したばかりじゃなくて、少なくとも扱えるって程度には育ってるって噂だし」
第1世代を産むのに、母胎の年齢は関係ない。
誰もが異能を産める可能性があり、だからこそ母胎を確保できる組織は数を産ませることで異能持ちを増やしてきた。
だが、第2世代を産むのには下地が必要だ。
異能と異能を組み合わせるため、異能持ちの両親を必要とするそれは親の年齢帯に実質的な上限が存在する。
現在の異能持ちは最年長にしてようやく20半ばであり、蒼と5歳も離れていない。
組織としてその異能を失わせるわけにはいかないと十全に管理し、ようやく第一子の出産を行った千並はこれでも
千並の第一子、糸旗は外れ値が存在しなければ、本来は第2世代の最初期産まれとなる筈だった。
「何歳で産んだんだか」
「あそこはまあ、妊娠しても出産しても仕事するらしいし気にしないでしょ」
「しっかしあの辺が物理的危険域になるのは想定外だったな。配置換えもあり得るかな?」
そんな話をした翌日、玄野が始業前点検を行う蒼へと歩み寄る。
普段であれば事務所から出てこない玄野がわざわざ車庫にまで入ってきたことで、蒼は肩を落とした。
「おう、おはよう」
「……配置替えですか」
「察しが良くて助かる。売春街だ」
「護衛グループでも厳しい感じで?」
「あの一帯、強力な異能を使う奴等がいる。恐らくは親が異能持ちの世代だな」
「異能産グループでも話題になってたらしいですね。親の年齢どうなってんだって話ですよ」
「ウチでも中途採用ならその扱いしてる分理解できるんだが、あそこは古参でも稼ぎ頭として働かせてるからな……」
裏社会に伝手が無い中で生きる方法を模索し、売春街へと辿り着いた人間も少なくはない。
特に異形系などは迫害されやすい中、誰でも働かせる売春街はこの時代において受け皿となっている面もあった。
そうして働き、子を宿し、しかしそれを養う方法などはなく、限界を迎えて手を離し、心を殺して働き、また子を宿し───
そうして一帯に遺児が増え、特異点と化したであろう売春街の書類を玄野から受け取り、蒼はそれらをペラペラとめくる。
「えっ、あ、通過とかじゃなくて売春街に配送とかしてたんですかウチ」
「ちょっと前に他の組が音を上げてウチが巻き取った。これまではなんとかなってたが、本格的に厳しくなったからお前に回す」
「おあ〜工場回りの道に慣れてるから好きだったのに……」
「慣れてるのに削るんじゃねえよ。お前一昨日もガリッたろ」
「…………」
「おいコラ、書類読んでるフリすんじゃねェ」
そうしてなんとか躱しつつ、蒼はその日の仕事を開始した。
街にいた頃から近寄らなかったエリアは流石に道も分からず、数度停車しながら地図を見て運転していれば。
「オイ、停まれゴラァ!」
「テメェ殺すぞ!」
「お、野生のチンピラだ。久々に見たけど活きがいいなぁ」
「ヴッ!? ───ァ゛」
売春街は裏社会の管轄外である街の一角に存在するため、ヤクザによる
都市伝説としてトラックの噂が広まっていない事を考慮していなかった蒼は、前に立った男をノーブレーキで
躊躇の無い殺し方を目撃した周辺の男達は一気に沈静化し、そのトラックを見送った。
「デコレーションでもしたほうが良かったかなこれ」
ここを元々走っていた車はデコレーションをしていたため、あまり舐められなかったのだろう。
これまで組織と敵対または損害を与えかねない人員を見せしめとして
工場回りでは掃除をされていた上に、近寄れば惨たらしい末路を迎え死体すら残らないとまで言われる噂のお陰でトラックに近寄る考え無しのチンピラなどいなかったので忘れていた。
これが裏社会の傘がない、表の治安だ。
「うーん……ちょうど良いのがいたら吊るしとこうかな」
そうして売春街へとキルスコアを稼ぎつつ進んでいけば、雑多な闇市や腐乱した塊などが目に入るようになってくる。
時折仕事で来ていたとはいえ、過去に住んでいた街らしさが前面に見える景色には思わず表情も緩むというもの。
「いや〜街って感じ」
吊し上げるちょうど良いカスも見当たらないので、のんびりとキルスコアを増やしながら道中を楽しんでいれば、売春街の付近で突如としてトラックが減速する。
「う……ッ?」
後部より響く破砕音と、ブレーキの利きが悪くなったかのような感覚。
まるで地面を滑るように、ハンドルの制御を無視してトラックが道端へと突入した。
衝撃が蒼を襲い、ハンドルへと頭を叩きつけられる。
クラクションの大きな音が響き、周辺の人々がその異常音を聞いて蠢き出した。
この時代に、第4世代以降のように複雑に絡み合って産まれるような異能は無い。
だが第1世代に比べれば、掛け合わせによって拡張の方向性に富んだ異能が産まれ出る。
頬は皮と骨で丸みはなく、
その視線の先で、蒼はゆっくりとトラックから降りる。
「何……?」
背後を振り返れば、内部から巨大な刃物で滅多刺しにされたかのような廃車確定のトラックが見えて。
犯人であろう少年へ顔の向きを合わせ、蒼は眉を顰めるのだった。
「交渉の余地はないよね」
「死ね、死ね……!」
「そういうタイプ久々だなあ」
街の頃を思い出し、蒼は包帯を解く。
背景などどうでもいい、思考も思想もどうでもいい。
ただ、敵対したからには蒼い光を見てもらう。
「よし、売春街にも都市伝説を打ち立てていこう」
デコレーションなどという面倒な事は向いていない。
やはり、噂によって牽制するほうが蒼の好みだった。
黒く、吸い込まれるような瞳が蒼く光り、少年と、隠れていた数名の視線へと侵入する。
誰からも救われず、売春街において泥水を啜り生きる事に全力を賭してきた彼等は、その日救いを知った。
○
ギラギラと輝く、この時代では珍しいネオン灯の明かり。
目立つ事を忌避する時代に、逆に目立つ事でここが売春街であると主張するその姿は、虫を寄せる火のようにも思えるものだ。
「すみません、トラックの廃車に伴って幾つかダメにしてしまいまして。次回の配達はもう少し本腰入れますので大変申し訳なく……」
「あぁ、いえ。あの、むしろよくここまで来られましたね?」
そんな街の中で調達受付に謝罪をすれば、非常に困惑した反応が返ってくる。
台車を転がし、なんとか無事だったシーツ等の荷物を運んできた蒼に、売春街の周囲で何が起きているのかを知っている受付はどうやってという疑問が先に来た。
方法は単純。
次に襲ってきた集団を壊すだけに留め、その頭部をデコレーションとして台車に飾り付けただけだ。
それだけで襲撃は激減し、売春街の内部に入れば買えないかという声掛けを紐付きだと断るだけで済む。
本来であれば第2世代の抵抗によってそう簡単にいかないそれも、蒼にしてみれば精神力に欠けた者しかいないので蒼い光への抵抗も無く楽な仕事だ。
不備に関して書類に記入を行って受付からサインをもらうと、蒼は台車を転がして帰っていく。
それを尻目に、受付は少し考えるように眉間に皺を作りながら事務所へと向かった。
「───四ツ橋さん、確定です。蒼い星が輸送に就きました」
「……うわ、キッツいな。強奪も厳しくなるか」
「あの、異能を受けた奴は消滅するってホントなんですかね。死体も残ってるみたいでしたけど」
「それに関してはわからんが……少なくとも今日行かせた奴らの中でも数人の死体が無い。蒼い星が就いたならちょっと考えるか……」
受付からの報告を受けた、茶髪の若い男は酷く面倒そうに息を吐くのだった。