トラック1台を廃車にしたものの、なんとか帰ってきた蒼からの報告を受け、玄野は売春街周辺にいる超常遺児の脅威を実感する。
「トラックを数秒で廃車にするレベルの異能……強いな。そりゃ帰ってこねえわけだ」
「消し飛ばす前に異能を幾つか見ましたけど、これまでに比べると能力の平均値が高いです。多分ですが千並ちゃんクラスじゃないと護衛厳しいですよ」
突然変異的異能の千並であれば敵対しても殺しきれるだろうが、第1世代の普遍的な異能ではその性能差によって押し負けるだろう。
こればかりは鍛えてもどうしようもない部分がある。
更に第2世代には第1世代よりも異能の拡張性があるため、解釈を拡げやすい節もあるのだ。
原作の時代、オールマイトを筆頭に鍛えられた第4世代と、それらを継いだ第5世代では車どころか建築物すら容易く破壊する事が可能なのだが、この時代では車一つを簡単に破壊できる異能は少ない。
第1世代においては鍛え抜いて解釈幅を拡げてようやく可能と言えるラインであり、それは世代における標準差をわかりやすく示す例でもある。
ただ、忘れてはいけない事だが人間は振り抜ける程度の鉄棒一つで死に至る。
異能の性能が未来に比べて低い事が、未来より安全かといえばそういう訳では無いと言うことは確かな事実だ。
「……両親が異能持ちの異能産を売春街と同じ回転率でやると損耗が激しいのがなぁ」
「あそこの強みをウチに落とすのは無理だと思います。中途採用でぐるぐるやるにも限度がありますし」
「種を一人確保できただけでもマシなのはそれはそうなんだが、シノギに響くってのがよ……」
そもそも、母胎の管理は非常に難しい。
これは確保自体は簡単であっても、生命維持が難しいという話に他ならない。
売春宿にいるのは生きる意志があり、それでいて生きていくためにそこにいるからこそ、多数の母胎が自主的に生存管理されている状況にある。
わざわざ死なないように手を入れて管理する組織の異能産のシステムとは似ているようで違うのだ。
だからこそ、向こうの回転率は組織においては再現不可能とも言える。
「そういえば遺児の異能は液体系が多かったので、売春街で使われてる
「廃車もその異能が原因でいいんだよな」
「はい。多分ですが特定の液体を固形化する異能です。内部からの傷は燃料やオイルに関する部分から発生しているようでしたので」
「自己以外を対象に取れる上に性質の変化で戦闘にも利用できるとは……千並以上だな。そいつらの中で確保はできそうなのはいるか?」
「精神壊すだけなら簡単そうでしたが、うーん……長期的に見たら利益出ないと思いますね。彼等、何かに
「最悪の引き抜き防止策だな。確保は無しで行こう」
玄野は渋い顔で溜め息を吐いた。
損害を受けてその回収を行う手段として提案したそれが、逆に致命的な損害へと至る可能性が示されたからである。
もしもそうであった場合、引き抜いて利用した時に異能産のグループ内で蔓延する可能性があり、その時は回復まで時間を要する。
そしてこの時代においてその損失時間は、勢力の衰退に直結していく。
狙ったわけではないのだろうが、それによって強力な異能を持つ浮浪者を引き抜いて種または戦力にしようとは思えなかった。
だからこそ、売春街はそれを利用し続けることが出来ているのだが。
わざわざ調査しても利益が出ない可能性が高いと判断されているため、他の組織からすれば第2世代の超常遺児達は売春街から捨てられた面倒な浮浪者だという認識でしかなかった。
「輸送は引き続き任せて大丈夫か」
「いいですよ。ただあの辺、壊れた建物とか多いので車体が傷つくのは許容お願いします」
「……ま、いいだろ。永景會本部に余ってるトラック回せるか聞いとくわ」
「AFOの事だしどうせ回してくると思いますけどね」
「お前ここ数年で厚かましくなったよな。いや元からか」
「慎ましく生きていける世じゃないんですよそもそも」
そうして輸送係として正式に異動となった蒼は、玄野が本部へ確認した翌日に中古とはいえトラックが準備されたことにドン引きすることとなる。
この時代において、トラックというより車両全てが貴重なのだ。
いくらなんでも翌日に来るというのは流石にAFOからの贔屓が過ぎるだろう。
頭が痛そうに眉間を押さえる玄野は、トラックを前に顔を引き攣らせた蒼にメモを渡した。
「永景會の方から売春街の動向を探るように指示が来ている」
「AFOが掌握したいって話ですか」
その言葉に玄野は一度周囲を見渡し、声のトーンを落として返答する。
「これは予測だが、掌握するつもりは無い筈だ」
「……そうなんですか?」
「まとめられないから手に入れるには得がない。かといって滅ぼすにしては裏社会も利用している分ヘイトを向けられやすいのもある。あそこはいい
「えっと、じゃあなんでですかね」
「潜在的な敵対者の炙り出しじゃないかと睨んでいる。今回の種に関する情報に始まり、異能産を意図的に行う奴の情報を求めている筈だ。逆にそこの席だけを奪えるのであれば奪いにかかる気もするが」
「あぁ、それなら納得です」
第1世代の異能産を行っていたのは全て裏社会に属する組織であった。
しかし、売春街は裏社会と深い関係があるが、それそのものが裏社会に属するかといえば違う。
誰かが糸を引いているのであれば、その大本を把握しておかなければ想定外の事態になり得るというAFOの懸念は間違っていない。
未だ端々の掌握に至っていないAFOからしてみれば、その外が勢力を増しているのはかなり厄介な状況である。
そしてそれが強力な異能持ちを保有しており、下手に手を出しにくいという状態もまたむず痒い。
故に、玄野の想定はかなり近い場所を指していた。
違う部分と言えば、調査中に次世代の突然変異的な異能によって蒼が死んでくれないかなとAFOが願っているところぐらいか。
「あ、そういえばこの前さらっと流したが、異能の形質って遺伝するのか?」
「……………………実はそうかなって思っただけで実際のところ確証は無いんですよ」
「そうか。いずれその辺りもハッキリ判ってくるといいんだが」
玄野の疑問に、蒼は背筋に冷たい汗が伝う。
個性婚という概念の輪郭がぼんやりと出てきた程度の時代に、異能は掛け合わせで強くなります等と断言できるわけがない。
先の時代を知っていることで口を滑らせた過去の自分を悔やみつつ、蒼は包帯の下で目を泳がせるのだった。
○
「こんにちはー」
「あぁ、どうも。お疲れ様です」
「危うくまた廃車にするところでしたよ。ここ、治安悪すぎませんかね?」
「すみません、我々でも自浄出来ないばかりに……」
工場などとは違い受け入れ所が無いため、喘ぎ声の漏れるホテルの横で荷下ろしを任せ、蒼は受付と言葉を交わす。
今日はその能力の把握を進めようと木っ端をぶつけ、無事にその全てが消滅し、その上でそれを監視させていた情報屋すらも消滅した事でそれらと連絡が取れなくなり、かなり冷や汗を流した受付は、さも無関係ですという顔でサイン欄にペンを走らせた。
蒼は知覚を高めても心を読めるわけでは無いので、受付の精神が平常ではない事はわかるものの、それがどういう理由なのかまではわからない。
ただ、言葉の通り裏社会に嫌味を言われて焦っている可能性もあるので蒼としてはなんだろうな程度にしか思わなかった。
「そういえば、あの周辺で見る子達、あの子達の親ってわかります?」
「……いえ、申し訳無いのですが。可能な限り探しましょうか?」
「あぁ、いえ。わからないのであればこちらで探しますのでお構いなく」
「そうですか……」
蒼の言葉に、受付は売春街にて上司が所有する幾つかの種と胎が失われる可能性が浮上した事で少しばかり動揺する。
自身の判断ではそれを止めることが出来ないと理解した瞬間、以前何かあった時に名前を使って構わないという上司の言葉を思い出した。
「あの、もしよろしければ上に掛け合ってみましょうか。もしかしたら何か知っているかもしれませんので」
「お、本当ですか」
「少々お待ちいただいてもよろしいですか? すぐに確認して参ります」
「お願いします」
一応、知覚で何か情報を得られるかと集中するも、当然ながら範囲外へと出ていったのを確認し、蒼は普通にその場で待つこととなる。
十分程度待てば、受付が誰かを連れて帰ってきた。
茶髪を後ろで纏めた、20代半ばといった風貌の男。
「初めましてこんにちは」
「初めまして。願星です」
「噂はお聞きしております。私は四ツ橋と申します」
その名前を聞いた瞬間、蒼は内心で驚いた。
その姓が異能解放軍の初代リーダーであったデストロ、四ツ橋 主税と同一だったからである。
ただし顔は違うことに加え、年代を計算すると合わないため主税ではない事はすぐに分かったが。
現在はまだ、異能解放軍に類する組織は発生していないのである。
原作を知るからこそ、一気に疑念が湧いてきた蒼に対し、そのような疑われ方を知る
「彼等の親ですが、ある程度利用者の把握をしていれば大体の目星は付きますね」
「ほう」
「恐らくですが、東区をよく利用する異能持ちの男の可能性が高いのではないかと」
「成程、利用者ですか……」
若干疑いつつも頷く蒼に対し、僅かばかりの不信感を抱きつつ四ツ橋は問いかける。
「ちなみにこの機会にお聞きしたいのですが、願星さんは異能が遺伝する事をご存知ですか?」
「…………まぁ、そうだろうなとは」
「私としても利用者と嬢の間に産まれた
蒼はその胡散臭い話の始め方に包帯の下で目を細めるも、話を促すように頷くに留めた。
それに頷き返し、四ツ橋は自らの願いをゆっくりと口にする。
「異能を買い取って頂くことは可能ですか?」
「……それは、
遠回しに浮浪者を片付けてくれという依頼かと問えば、四ツ橋は慌てて首を振った。
「いえ、彼等ではなく、異能そのものです」
「異能そのもの……」
「最近はお姿を見た話は聞きませんが、以前は異能そのものを買い取って頂ける方がいるという話を聞きましてね」
「あぁ……はい。なるほど」
そこまで言われて、蒼はようやく理解できた。
つまり四ツ橋はAFOに第2世代の異能を売りたいと考えているのだ。
AFOの異能が強力になることを考えると、蒼としては非常に気が乗らず。
ただでさえストックを増やしているだろうに、第1世代が大半の時代に第2世代の異能を幾つもストックされては堪ったものではない。
「周辺で既に育った個体は危険ですが、まだ幼く暴れられないのも裏路地を探せばいますので、どうかなと」
「えーっと、その。やめといたほうがいいですよ」
「願星さんのお眼鏡に適いませんでしたか?」
「いや、なんて言いますか……」
所属先の頂点に薄っすら存在しているのを知っているだけに、あまりハッキリと言葉にするのも微妙な気分ではあるが。
蒼にとってAFOが利益を得るというのは言いようもない不快感がある。
「その場所にいればそれができると察知された場合、そこを奪いに来ますよ、奴は」
その蒼の言葉を聞き、四ツ橋は驚いたように表情を作って口を閉じた。
数秒の沈黙を挟み、ようやく思考を落ち着かせた四ツ橋は、ゆっくりと息を吸う。
「───もしや願星さんは、かの方と敵対しておられますか?」
そう蒼へと問いかける四ツ橋の瞳の奥には、野望に燃える色が僅かに見えていた。