「───保菌者がいたぞ!!」
「やめ、ウッ、グ、やめろ……!」
本日の目覚ましはだいぶ賑やかな喧騒である。
いつものベッドから起き、ガラスの無い窓から地上を見下ろせば、何やら元気そうな人々の群れ。
よく見てみれば異能持ちの青年を囲み、大人達が何やらよくわからんスプレーをぶち撒けている。
本日も通常運転で治安が終わっており、少年誌でこれが日常と紹介されれば順当に打ち切りとなりそうなぐらいには鬱々とした朝だった。
「おしまいだよこの街」
彼の仲間なのか、横から異能持ちらしき集団が突入することで更に大きくなっていく騒ぎから意識を逸らして朝食を何にするか考える。
この街における日常にも、慣れたものである。
○
超常黎明期、自らの属性と異なる反対勢力に目を付けられれば平和的には終われないこの時代では、人々は基本的に慎ましく生きている。
蒼の住む、窓ガラス無きマンションもなんだかんだ住人はそれなりに住んでおり、隣人トラブルなどが起きた日には保菌者または差別者というレッテル貼りのもと、ストレスの捌け口にされかねないと皆揃って大人しいものだ。
「おはーっす。いつものでーす」
「あぁっありがとうね、ありがとう」
そんなマンションで、蒼は売店の仕事を行っていた。
とはいえしている事は簡単で、店の商品が書かれたチラシを配布し、欲しいものを代わりに買ってくるというもの。
流通が滞ったせいで、一般人が気軽にショッピングをするというのはとても難しい。
平和ではなくとも仕事はあるもので、働いて稼ぎはしたが、買い物ができないというのはよくある悩みだ。
下手に買い込んで街を歩けば良くて引ったくり、悪ければ強奪される可能性がある。
だから、仲介をする。
これはこの時代で珍しい、自衛ができる程に強力な超常を持つ人が善意でやっているサービスの一種。
公権力が失墜している中、より強い力でせめて身の回りの平和を維持したいと願う自警団未満の小さな活動である。
蒼の場合は希望者がいたら注文書を兼ねる売店のチラシを届け、記入後のそれらを集めて店で買ってくるというもの。
余裕無き時代でも金次第で商品を卸す店長にかなり後ろ暗い部分があるのはわかっているのだが、こんな時代ではそれを気にする必要もないだろう。
「うーん結構集まったな。店長と相談かなあこれは」
自室で欲しい商品などが書かれたチラシをまとめていれば、玄関扉がノックされる。
チャイムなどという文明的で
小さくも確かに聞こえた音に対し、蒼は軽い返事を返す。
「はーい」
先程チラシを渡したおばあちゃんかと扉を開ければ、薄汚れた男が腕を隙間へとねじ込んできた。
「食料を買い込んでいるというのはお前だな?」
「うわ出た」
いつもであれば来訪者を覗き穴から見るのだが、油断していた。
一週間ぶり、数えるのはもう諦めた何十人目の不審者出現である。
近くの部屋からは面倒事を恐れたか、息を殺す気配。
流石にここで不審人物を異能によって消すと関係良好な近隣が巻き込まれる可能性があるので、少し様子を見ようと、包帯の巻かれていない瞳で蒼は男を見上げた。
「ご要件はなんですか?」
「この世は助け合いだ。わかるだろう?」
「そうですね〜お支払いは現金ですか〜?」
「お前らのせいで迷惑を被っている。補償としてお前らは差し出すべきなんだよ」
「論理の飛躍がすごいことすごいこと」
超常をウイルスによるものだと叫ぶ
超常を持たぬ者を劣等種と嗤う
わかりやすく時代に存在するそれらではなく、単に餓えて他者から奪う事でしか生きていけない時代の犠牲者がそこにいた。
憐憫の目は向けない。
この時代ではそれを向ける対象が多すぎて、もはやその感情が湧き上がってこないものだ。
僅かな応答で蒼が何かを渡すことがないと察した男は、ギラついた目で胸元から錆びた包丁を取り出した。
「出さないのなら奪い取るまで」
「部屋に大事なものを置いておくワケがないんだよなあ」
盗まれる物を置いておく方が悪いと言われる時代に、奪われる物を部屋にわかりやすく置いておくはずもない。
食料も、貴重品も、盗まれて困る全ては空き巣では見つけられないように隠してある。
「いいや、あるはずだ。無いなどと嘘を吐くな。殺す、殺して聞き出してやる」
「わァ、キマった目をしてらっしゃる……」
危ない色を宿す目を見て絶対に平和的解決が望めないことを理解し、扉を一気に開けて内へ引き込むと、カウンターの要領で一気に閉めて男を扉で打ち飛ばした。
「きゃー」
この場で異能を使うのは流石に無差別すぎて夢見が悪いので、痛みに呻く男を蹴飛ばしてからマンションの階段を目指す。
一応悲鳴を上げたほうが自然かと考えたが、思ったより平坦な声となってしまい、むしろ出さなければ良かったと後悔した。
遅れて、後ろから怒号と荒い足音。
順当に釣られてくれてありがたい限りである。
「デイリーじゃないのはいいけど、流石にウィークリーなのはやめてよねホント」
階段で待ち伏せをして、来た瞬間に目を合わせて蒼い光を宿して消失させ、何事もなかったように建物の外へ出た。
すぐに部屋に戻った場合、消したことが容易に察知される可能性があって面倒だったのだ。
普段から持ち歩いている包帯で改めて目を覆い、マンションから少し離れた道端でやっている闇市に顔を出すと、時間潰しに交わされる会話に耳を立てる事にした。
端に座り込んだ目を包帯で覆う蒼を見て、超常遺児だと思い込んだ大人達は気まずそうに見なかったものとして目を逸らすため、蒼にとってここはちょうど良い情報収集の場所なのである。
「……超常を消せる噂、知ってるか?」
「長野の北には平和な街があるらしいな」
「この顔を知ってる奴はいるか……?」
「なあ、御光様が殺されたらしい」
気になる話題が聞こえてきたため、自然に近寄ってそちらへ意識を集中する。
「は、はァ……!? 殺されたのか!?」
「犯人はわかってるのか?」
「いや、情報が入ってきてないが、亡くなられたのは事実らしい」
「あんなに平和を唱えていたのに……やったのは邪魔に思った政府じゃないか?」
「我々の旗頭となってくれるかもしれなかったのに、惜しい方を亡くした……」
会話を聞くに、どうやら世界で最初の超常持ちとされている光る赤子……否、もう青年だったはずの彼は、原作通りAFOの手に掛かったらしい。
日本ではその超常から一部で御光様と呼ばれているのを知っていただけに、その話はかなり衝撃的だった。
原作ではシンパが100万人を超えていたとされていたが、日本にもやはりそれなりの影響力があるようだ。
恐らく彼の死は世界中で陰謀論等によって脚色され、不信感や不安を大きく煽る事になるだろう。
癇癪のようなもので殺したAFOには面倒なことをされたものだと憤りすら感じる。
が、止めることはしない。
というよりもできない。
この世代、超常第一世代として異常とも言えるほど強力な蒼の異能だが、AFOと戦闘になった時に勝てるかと言われれば怪しいものがある。
少なくとも蒼にとっては、勝つ自信がなかった。
「───ぎゃあ!」
「は? ッ、うちのが刺された!」
ほんの僅かに離れた場所から聞こえてきた声により、反射的に周囲の知覚を開始。
それは普段情報収集をするような場所で、過激な行動を行うような奴は以後を考えれば早めに消しておきたいという考えの基だった。
素早く現場から離れようとする人間が、三人。
そのうち凶器を持った馬鹿は、いた。
何故そのようなことをしたのか、理由など気にすることもない。
ここではよくある事で、驚くほどでもないからだ。
ただ、人を刺したなどという迷惑そうなのは周辺から消しておきたいと思うのもまた当たり前の話。
逃げ込むように路地裏から廃墟へと入るのを知覚し、ゆっくりと歩いてそこへ向かう。
廃墟の影で蹲り、血に濡れた自らの手を見下ろす女は蒼の足音に身を縮めるようにして息を殺す。
気付かないでくれと願う女に対し、蒼はゆっくりと近付き、よく聞こえるよう明るく声を出した。
「ナイフ落としましたよ〜」
「ッ!」
先程の行動と相まって反射的に顔を上げた女の目に映るのは、蒼い光。
焦り、不安、そして恐怖。
既に精神が限界に近かった女はその光を見た瞬間に、安堵したように表情を緩ませて瞳を蒼く輝かせた。
その体は瞳に吸われるように消失し、廃墟に静寂が戻る。
「───今、光ったのはお前か?」
そして突如、背後から聞こえた声に背筋が凍る。
蒼い光と知覚は並列使用できないため、全く気付くことができなかった。
錆びついた機械のような動きでゆっくりと振り返れば、絶対に見たくなかった顔がそこにある。
こちらを見下ろす、艶のない瞳。
背は高く、まだ幼さの残る顔に浮かべた薄い笑みは余裕の表れか。
原作で覚えのある大人の喋り方ではなく、若い青年期の声。
蒼はそれを、見間違う事はない。
後の
「おァ〜……」
こちらの包帯は既に外れている。
しかし、その濁ったようにも見える瞳には、蒼い色が灯りそうにないなと本能的に感じ取ってしまった。
これより、命を賭けた試練が始まる。