与一との会話からこれといって大きな諍いに巻き込まれることもなく、気付けば4年近くが経過した。
世間では、政府が立ち直るより先に各地で自治会が勃興し、異能を前面に立たせるという形で地域がまとまり始めていた。
つまり、ある意味ではプロヒーローの雛形がこの世に産まれたのである。
ただし、その本質は暴力に対抗する暴力であるため、ヒーローどころか自警団以下であり、制度の雛形とはいえ暴力団の結成にも近いそれが後の歴史で語られる事は無かったが。
また、それに伴って表面上の平和は戻り始めたものの、単純な話では終わらず、逆に倫理観の欠如が目立ち始めていた。
それが何かといえば、全体的に殺人への忌避感が低下したのだ。
裏社会では当然だったそれも過激派を除く一般人にまでは波及していなかったのだが、平和維持という名目で組織を動かしていった時、敵対者への抑制が利かなかったのである。
元より過激派へのヘイトが高かったのも相まって、一般人が徒党を組んで過激派を潰す動きが見られるようになってきた。
これには何より、多くの異能持ちが育ったのもある。
これまで子供だった異能持ちもそれなりの数が大人となった事で、超常以前に当たり前に浸透していた法律による犯罪抑制という概念を知らない世代が台頭しているのだ。
それがあくまで自治会に向けられたものではないので雇用の形は保てているものの、その状態はどこか歪であり。
血錆に塗れた歯車が軋みを上げ、社会は動き続けている。
そんな中、蒼は何一つ変わっていなかった。
「今日の積荷、Gold tips imperialがあるから配送気をつけてね!」
「ゴ……なんすか?」
「Gold tips imperialだよ、Gold tips imperial」
「…………うっす!」
原作のどこかにあったような謎の呪文が積み込まれていくのを見ながら、受付からの言葉にとりあえずわかってる風に頷く。
自治会が立ち上がっても、運送に影響があるかと言えば特に無い。
せいぜいがトラックに襲撃を仕掛けるカスが気持ち減ったかもしれないという程度だ。
自治会も過激派もどちらかといえば表の組織なので、ちゃんとした裏社会に属しているとあまり変化を感じられなかった。
「あっヤベ」
トラックの後部を角で削りながら道へと出たのを見て、受付は渋い顔で頭を抱える。
4年が経過しても、蒼は本当に何も変わっていなかった。
そんな蒼とは異なり、更に4年前から大きく変わった事の一つに、AFOの目撃情報が上がり始めたことが挙げられる。
未だに特定されるほど定位置では確認されていないが、和反との抗争が激化したことにより、刺客では異能の出力で対抗できない場面では本人が顔を見せる機会が増えていた。
激化した原因は与一の喪失による八つ当たりのような暴走だったのだが、AFOはそれを自覚しておらず。
和反を率いる駆藤は、与一の遺した意志を引き継ぐようにAFOは悪であるという被害情報をばら撒きながら賛同者をジワジワと増やしていた。
対してAFOはその行動をより過激なものとし、より残忍な手段を以て和反に攻撃を加える。
表では過激派と自治会、裏では和反とAFO。
現在はそのような対立図が出来上がっていた。
そんな世でも、運送は変わらず必要とされ続ける。
トラックを駐車場へと停めて事務所へと戻った蒼は、自分のデスクにバインダーなどを置いてドカリと椅子に座った。
「今日の分終わりましたァー!」
「おう、トラブルは?」
「これというのは無かったです。1ヶ月見てないんで、うるさい方の重症者はこの辺からいなくなったと見ていいんじゃないですかね」
「そうか、ようやくか……」
「ちなみに静かな方の重症者はかなり増えてます。今日も2人ぐらい踏んでるんで掃除したほうがいいっすよ」
「増えてるかぁ、面倒だな」
もう一つ4年前から大きく変わった点。
街に、廃人が異様なほど増えていた。
獣のような早すぎる第2世代だけを指していた重症者という言葉は、いつしかそれらも内包する言葉となっていて。
それは何故か。
「中には人の形保ってないのもいましたよ」
「AFOの仕業ってわかってなかったらガチで怖いだろうな」
「見た目のおかげで潔癖症が増えましたからね。勘弁してほしいですよ本当に」
それらが、多重個性の成れの果てによる廃人だからだ。
自治体が出来たことで、強い異能を持つことは生活の安定に直結しやすくなった。
とはいえこの時代に異能を鍛えるなんて発想が一般化しているわけもなく、ならば異能の数を増やせばいいのだと安直な考えに走るのは当然の話。
そして、AFOもまた複数の異能を持った人間を駒にしようとして、かなり手広くその依頼を受けており。
結果、その内の大半が異能に人格が呑まれる事となる。
短期間では有用に見えたそれも、長い時間を掛けていくと徐々に精神が変調をきたし、理性を失う程度ならマシな方で、その内の大半は最終的に意識の有無すらハッキリしない最低限生きているだけの屍となり。
その精神状態は蒼い光を当てても消えない程で、症状の発生が遅効性だったせいもあり、かなりの人間がそのような状態となっていた。
AFOは失敗を悟ると廃人から異能を抜くため、巷では何の異能も残らない廃人がそれなりの数転がっている。
それは時に人の形を残していない場合もあり、早すぎる第2世代の様に、異能という感染症が激化した場合はこうなるのだという話が信憑性など関係なく拡がった。
自治会側は廃人となった理由がAFOという存在までは辿り着かずとも、異能を増やしたという事だけは聞いていたためそれが原因であると共有されているが、それに相対する過激派はそれを信じない人々の集まりであり、より偏見が強まるだけである。
おかげで潔癖症は数を増やし、その文字面とは逆に野垂れ死にする重症者によって街の衛生面が若干悪化した。
原作ではスピナーが重症者の一歩手前になったり、多重異能を押し付けた場合の話があったりしたが、いざ当事者としてその用無しとなった肉体を引き取らずに異能だけ引っこ抜いてポイ捨てされて迷惑を被ってみれば、流石に文句の一つでも言ってやりたいところ。
消し飛ばして掃除出来ない廃人は、蒼にとって本当に面倒だったのだ。
運転中、轢き潰し方が悪いとパンクする可能性もあるのだから。
「ハァ……組、動きありました?」
「無ェな。自治会なんてのにみかじめ取る話が出るかと思ったんだが、動くなって話が来るぐらいだ」
「そもそも街の自治会なんてみかじめ取るほど蓄え無いでしょうに」
「ウチの街で用心棒雇うってのには筋が必要だろ。というか自治会って言ってるがほぼ暴力団の結成みたいなもんだしな」
「まあ、組としてはそうですが、上はするなって言うんですよね?」
「言うんだよなぁ……これ絶対お前に関係した何かだろ」
「…………否定できないっすね」
元甲野組には、その上部組織である永景會から表と関わるなとのお達しが来ている。
確実にAFOが何らかのコントロール目的でそうしているのはわかるのだが、かといって下手に動くと駆藤や、いるのであれば他の後継者を消し飛ばす可能性もあるのだ。
原作パワーによりなにがあっても奇跡的に生き残るなどという楽観視はしていないので、OFA組がいるのであれば慎重に様子見すべきという冷静さが蒼にはあった。
どこかに、いずれ第5世代がAFOを終わらせるのだから積極的に動く必要もないか、という消極性を孕んでいるのも事実ではあるが。
「バリケードがどっかで連日張られたりみたいなのも無いですよねえ」
「和反に関しては特に無いな。第2世代産の仕込み時期だから和反でもなんでも、バリケード張ってるようだったら種とか分けてもらいたいところだが」
「高額レートの買えばいいじゃないですか」
「千並に
「分けてもらえないから高額レートなんですけど」
第2世代が産まれ始めて4年も経てば、異能がある程度遺伝することが知られ、時に両親のそれが混ざり合う事が周知の事実となった。
おかげで裏社会では種に金額が付くような、競走馬の種付料のようなシステムが発生している。
特にAFOや過激派との抗争を生き残った和反は有用な異能を持つものが多く、半数以上がAFOの手の内である裏社会に種を供給しようという所属員がいるはずもないので、捕らえて無力化して高額で売られているのも時々目にするものだ。
ちなみに胎に関してはこの時代では絶対数が少なく、確保するだけで第2世代の生産が容易になることから売買レートが極めて高いため、まだあまり出回ってはいない。
「でもお前の目からして当たりって無いんだろ」
「まぁ……そうですね。期待値は低いかなと」
原作を知るからこそ、強個性を宿していたヒーローと同じ姓を持つ種があるかとリストを見たのだが、地域が悪いのか、はたまた別の理由か、覚えのある姓はそこになかった。
後世である程度名を馳せていないのであれば、高い金額を払っても当たりの異能を引く確率は低いだろう。
「えー……マジで和反に話持ちかけたい感じですか」
「売春街に依頼するよりは話が早いだろ」
「絶対無理ですよ、向こうからしたら裏社会にいるってだけでAFOの仲間みたいなもんですよ?」
「でもお前AFOから嫌われてるじゃん。お前行ってその部分押し出せばいけねえかな」
「えっ逆に種いけそうだったらなんかいいことあります?」
「……輸入牛、食べ放題でどうだ」
「激アツじゃないですか!」
やる気を出した蒼はそのまま家に帰り、千並と大きくなった糸旗に肉食べ放題の約束をしつつ就寝。
翌日には工場地帯へと走り、バリケードがあった位置でクラクションを長めに鳴らしまくる。
しばらく待っていれば、その日、偶然にも近くに来ていた駆藤が顔を出した。
和反は組織全体が姿を隠して活動しているものの、蒼の仕事場周辺ではAFOも動きがほんの僅かに鈍るため、主要なメンバーは場所を変えつつもあくまで近辺に潜伏している事が多かった。
「……久々だな。緊急事態か?」
「お久です。ちょっと聞きたいことがありましてぇ……」
時折姿は見ていたが、まともな会話など数年ぶりなのでなんとなく緊張しつつ、蒼は肉のためにド直球で切り込むことにする。
「そっちに若い女に興味ある男とかいます?」
「は?」
「強い異能持ちの種とか欲しくてですね」
「見た目は身綺麗だし売春街で立ってれば選びたい放題だろ。俺は好みじゃないのでいらないが」
「勘違いで私の心を傷付けるのは止めてもらおうか!」
哀れみのような目を向ける駆藤に、勝手に勘違いで振られた蒼は地団駄を踏んで憤慨した。