人身売買は意外にも総合体育館や小ホールといった場所で行われている。
情報の統制と警備はしっかりと行われているものの、なぜそのような目立ちやすい場所で行われているかといえば、それほど隠す必要が無いからであった。
この時代、形骸化したような法を犯したところで、誰がそれを咎めるというのか。
コソコソと隠れるような慎みが必要のない時代では、暴力によって場所取りをして近づけさせなければいいという安直な考えが
蒼はそれを会場と呼ぶが、それの名称は特に決まっておらず、各々が自由にそれを呼んでいた。
それによって和反や裏での呼び名の違いから情報が割れにくいという対策にもなっていたりする。
襲撃への警戒はあれど、利便性を考慮して隠すことはしない。
法の機能しない時代において、秘匿性に気を遣う者などいないものだ。
そんな場所へ、蒼はトラック助手席側の足元へ隠れながら近付いていた。
「ふーふふーん、ふーふっふーん」
「蒼ちゃん、こういうときに子守唄はどうなの?」
「だってほら、千並ちゃんのおかげで一番聞いてる曲だからさ。あと他の曲とか知らないし」
「昔の曲とかも聞こうと思えば聞けるよ?」
「そのために持ち込むのはなんか……面倒じゃん」
トラックの標準装備であるDVDプレイヤーは
一応は技術屋と呼ばれる、近頃の闇市に時々出没する謎の集団に依頼すればそれっぽく直るものの、彼等は社会に思う所があるらしく、裏社会は元より和反や潔癖症などの組織に対してもあまり協力的ではないので結局は直す当てが無かった。
「逆に千並ちゃん歌う?」
「歌詞わかんないからふにゃふにゃになるよ」
「おっいいね、私も歌詞とかわかんないから大丈夫!」
義務教育に通うことも出来なかった彼女達には、合唱という文化が無い。
音楽に親しみを感じることは出来ても、歌詞を見る機会は殆ど無いので曲を聞いてその大枠を覚えることしか出来ないものだ。
文化というものを享受することが出来なかった彼女達がうろ覚えとはいえ、歌うという行為を選択した事はこの時代では奇跡にも等しい事だった。
「で、流れはどうすんだっけ?」
「報告とか間に合わないタイミングでペカって警備を消して、会場の目立つところで発光。その後は千並ちゃんに合流して脱出」
「これ私が蒼ちゃん側だからいいけど、やられる側からすると最悪のヒットアンドアウェイじゃない?」
「あは、アウェイなんていらない、
そんな事を言いながら、蒼は玄野から聞いた会場までの道程を脳内で思い返していた。
会場や売買に関してある程度の情報は聞いていたが、蒼は会場入りを明確に禁止されていたため、今まで入ったことがない。
蒼は永景會を破門された雇われの運送屋という扱いのため、そもそも入る資格が無いのだ。
故に、今回が初となる。
「はぁ、千並ちゃんが付いてきてくれればいいのに」
「私のこと消し飛ばそうとしてる?」
「そんな事無いけどわからない場所って怖いじゃん。なんか急に覚悟とか決めて私の光に耐えられたりしない?」
「無理」
「くそ〜!」
千並は裏社会に属するだけの女性だ。
倫理観はこの時代らしいものとなっているが、まかり間違っても裏社会を支配しようだとか、平和を打ち立てようなどという狂気を宿してはいなかった。
それでは、蒼い光には耐えられない。
「流石に車は折り畳めないし、ある程度離れて待ってるから」
「はぁ、一人で行くの怖いな……」
「光れば無敵でしょうに。何が怖いのよ」
「迷子」
「ふふふ、糸旗じゃないの」
つい先月頃、冒険と称して部屋から出た結果、見事迷子となってギャン泣きしていた長女、糸旗を指す言葉に2人で笑う。
終わった今では笑い事だが、敷地内から出ていなかったので良かったものの、これで間違って出ていた日には恐らくその姿をもう見ることは無い。
周辺は掃除されているとはいえ、食事に困らない場所というのはいつだってそれを狙う困窮者が尽きず。
それらにあっという間に捕まり、人質が意味を成さない事など分かっているので売られるか、慰み者として消費されるか、または食料となるか、少なくとも悲惨な末路である事はほぼ間違いないだろう。
「じゃあこの辺で……」
「はいよ、合流地点は大丈夫だよね?」
「うん、予定時刻までに帰って来なかったらそのまま行っちゃっていいからね」
「了解」
やり取りは短く、蒼はトラックから降りて会場へと歩き出す。
会場の警戒は人数任せとシンプルで、監視カメラなどといった電子機器はその殆どが使い物にならないため異常察知をされると単に大声などで情報が共有されていた。
そのため、見つかってから光ったのでは連鎖的に人が人を呼び、大事となって今回は中止となる可能性がある。
最も被害を大きくする方法を考えた時、発光トラックでのカチコミを選択しなかったのはそれが理由だった。
そんなわかりやすい襲撃では、散ってしまって狙いが分散してしまう。
何より段差などでうまくいくとは思えないのもあったが。
そんな訳で場所さえ把握できていれば、この荒廃した建物が連立する街では道順など無いようなものだ。
知覚範囲を緩く拡げ、ある程度の視線を避けながら会場へと歩を進める。
───そんな中でふと、突如として会場の方で瞳を蒼く光らせた人間が発生したのを把握した。
それは輪郭を失い、その場から蒼の下へと全てをすり抜けて向かい、消滅する。
「……サーチ……いや、何かを把握するとか探知系の異能かな。うーん、もったいないことした。第2世代の中でもかなり有用な異能だっただろうに」
瞳を光らせずとも、蒼という存在そのものを異能を用いて把握しようとした場合、蒼い光を直視したのと同様の結果を招く事がある。
それは異能を介して蒼という異能そのもの、願星蒼という外殻ではない剥き出しのそれに触れてしまうための事故。
単なる五感では外殻によって異能の余波を受けずに済むが、異能を介したとき、それは蒼も防ぎようがない形で起こり得る。
幸いな事に消えた瞬間の目撃者がいないことでそこまで大きな騒ぎにはなっていない。
この時代では人がいなくなる程度、よくある事として消化されるだろう。
蒼の知らぬ事だが、その当事者はAFOに奪われる事を考慮して探知型異能を秘匿して使っていた会場の周囲を監視する組織の一員であり、だからこそ組織はそれが情報漏洩による拉致だと判断した。
故にその組織は周辺一帯の警戒を強める事で対応とし、散っていた警備に偏りが生じ始める。
それは蒼の知覚でも把握できていて。
「よくわかんないけどラッキーってことにしておこうかな。今のうちに行けるとこまで行っちゃえばヨシ!」
どうしても邪魔な場所にいる人間には蒼い光を視覚外から見せることで消失させ、こんな程度の失踪ぐらいはよくある話だと収まる最低限度の消失数で会場へと辿り着くことが出来た。
そこは、黎明期以前にコンサート等に使われていた小ホール。
整備も補修もされておらず、清掃も最低限。
しかし衆目を集める事に適した造りをそのまま利用できるということで、今回はここが会場に選ばれた。
雑な選定基準だが、その雑さが法という抑制力が効力を欠片も発していないことを感じさせる。
元々この一帯に潜んでいた人間は掃除された。
それは普遍的なことであり、特別なことではない。
邪魔だったからという理由は、この時代では人の命と釣り合う理由になり得る。
「……うぅん、侵入はまあ……まだ無理か」
小ホールまでの通路内を埃に汚れた小窓から覗けば、裏社会の人間と、見回りを行う人員。
計画では壇の上部、照明等の整備用天井裏から侵入しようとしているが、開始前から強行突破などと無茶をして突入すれば幾つかの組織は逃がすだろう。
小ホール全てを範囲内に収められるほど異能の影響範囲は大きくない。
最も良い光り方は壇の天井で待機し、開場によって視線が集中する瞬間に奇声を発しながら落下して発光すること。
たとえ範囲外であっても、障害物を挟まずに蒼を注目していれば光は届くため、そうすればホール内の殆どが蒼い光を直視することだろう。
中途半端な被害に留まったのでは種を渡してくれた駆藤に申し訳が立たない。
蒼は運転が下手ではあるものの、一度任された仕事には真面目に取り組むタイプだった。
「待機、開場っぽいタイミングになったら強行して突入、光って消して、点検口まで一直線……ルート、あそこ行って曲がって……」
小柄だからこそ入れるような瓦礫の隙間に隠れ、時折小窓を遠くから覗いて人の流れを見る。
やがて小ホールへと入っていく人の流れが止まり、小声でシミュレーションをしていた蒼は暫く様子を見て、それが開場間近だと判断すると一気に駆け出した。
包帯は解き、露出した黒瞳は蒼い光を放っていて。
「んべッ!」
そうして小ホールの通路口へと突入した蒼は、入場して一歩目で転び、鼻を地面へ強打した。
とはいえそれによって異音に目を向けることなった周辺の警備は涙目で顔を上げた蒼の瞳、蒼い光を視認することとなり、その瞳を同じ色に染める。
「うひぃ、恥ッず……」
対し、若干頬と鼻を赤くしながら、コソコソとその場を後にする蒼。
叫び声はなく、また肉体も残らないので少し離れた持ち場にいる人間が気付くのはもう少し後になるだろう。
異能使用に際して自然音を掻き消す低く響くような音が多少ホール内にいた人間に聞こえたが、元より遮音性の高い内部ではほんの耳鳴り程度にしか思われない。
通路を駆けながら目的地までにいる人間の瞳を全て蒼くし、辿り着いた点検用の入口へと身体をねじ込んだ。
壇の上部、照明整備用の天井裏。
交換などされているわけもない天井ボードの崩れた隙間からは小ホール内が見え、蒼は発光していない瞳で一帯を見下ろした。
人はそれなりに入っており、発電機で
「───皆様、本日もお集まりくださりありがとうございます」
一分ほど待っていれば、持ち運び式のスピーカーマイクを持った司会が現れる。
その声に、ホール内の視線が壇上へと集まった。
しかし全員が視線を向けているわけではなく、精々が半分といったところなのは蒼にとって少し想定外だったものの、ここで壇上へと落下して光るのが一番良いというのは変わらない。
「良い品が揃っておりますが……本日はまず、最も良質な商品を仕入れてくださる方にご挨拶を戴こうと思います」
蒼は落ちるために身を乗り出そうとして、その言葉に動きを止めた。
「───ははは、柄ではないんですがね」
「嘘でしょ……」
聞こえてきたのは、低く響き渡る、節々からカリスマ性が発露する声。
耳に心地良くも、上に立つ事を当然とする傲慢さすら感じさせるような聞き馴染みのあるそれが、壇上の裾から聞こえてきて。
声の元を見れば、大人らしいハッキリとした顔立ちのAFOがいた。
相変わらず人の心の隙間へと差し込むような、心を許してしまう雰囲気を醸し出す表情を貼り付けた顔を久々に見たが、やはり良い印象は抱けそうもなく。
ただただ、運が悪い。
当然ながら参加者名簿など無く、AFOがいることなど予測もできない事で、ここまで来たが止めようかという思考が脳裏を過ぎる。
この場で光った場合、それはもう遠回しどころか言い訳もできない宣戦布告なのだから。
眼下では中央へと移動していくAFOは余裕のある笑みを浮かべ、緩慢な動作はその顔を知る者、知らない者を問わずして開場のタイミングより人の目を惹き付けていた。
そしてそれは、蒼にとって限り無く都合が良いもので。
何を考えるより先に、体は動く。
奇しくもそれは、未来においてトップヒーローが逸話を語るときに結ぶ言葉と同じであり。
「挨拶だけですが───」
「やべっ」
「……は?」
そうして奇声を出す事も忘れてAFOの眼の前に落下してきた蒼は、今更止めるという選択肢を選ぶことも出来ず。
その異能を全力で解き放つのだった。