小ホールの壇上にて蒼い光が放たれた。
それは救いだ。
それは終わりだ。
そしてそれは始まりだ。
どこまでも蒼く、蒼過ぎる色。
あの星に我々は手を伸ばそうとしていたのだと、それを見た人々はそれぞれの形で気が付いた。
絶望の深淵を生き、新しい始まりへと至るのに身を投じる事に何の疑問を抱こうか。
範囲内にいた人々が障害物を無視して瞳を蒼くする中で、範囲外がその光から逃れられたかと言えばそんな事はない。
AFOを注目するにあたり、落下してきた蒼など目を引きすぎるものだ。
それを見た人によって反応は異なり、落下してきたのに驚き、自爆特攻かと咄嗟に身構え、どうなるのかと期待をし、状況を理解しようと全員が蒼を注視する。
そうしてホール内のほぼ全員が蒼い光を見て、識った。
蒼の色を脳裏に刻み込んだ数多もの人間が輪郭を失い、ぐねぐねと歪んでいく。
理性と本能は目的を一致させ、在るべき場所、蒼い星の下へと皆が向かって。
低く響く音がホール内を満たし、蒼の下へと辿り着いた肉体が消滅するたび、瞬くように蒼い光が高音と共に輝く。
「……」
「……」
光に眩む目を押さえ、それでも見覚えのあった顔と色を認識していたAFOは眉間へ皺を寄せた。
蒼い星、そしてそれが誘う救済という道筋。
久々に認識を揺さぶるそれを浴びて、AFOは不快げに舌打ちを一つ。
「……」
「……」
ホール内から人の気配は無くなり、空となった座席だけが並ぶ光景。
AFOはゆっくりと目を開き、今回によって得るはずだった利益と繋がりが尽く消え去ったことを実感した。
己の所有するものを奪われる事に深い憎悪を覚え、AFOはゆっくりと掌で顔を覆い、深い息を吐く。
人々が消えていくと同時に鳴る高音が酷く耳に障り、掌の内にある表情が苦々しく歪んで。
「……」
「……なぜ、こんな事をする」
「…………」
「なぜ、僕から奪うのか」
AFOの視線の先。
古く劣化した板材に上半身が深々と刺さり、腰から下だけが逆さまに飛び出す蒼の滑稽な姿は、怒りを越えた感情を抱かせるものだ。
落下の勢いによって深々と刺さった事でまったく抜ける気配はなく、時折足が平泳ぎの様に動いている。
灰色のコートが穴からはみ出して花びらのように広がり、細く痩せた足を包む黒いジーンズと相まって色彩のない植物のようにも見えて。
「…………」
「…………」
AFOは酷く疲れた顔で近くにあったパイプ椅子を2つ持ってきて、片方を利用して蒼の前に座る。
ジタバタと動く足を数秒見て、無表情のまま立ち上がると異能を使用してフルスイングでパイプ椅子を横薙ぎに叩きつけた。
パイプが割れる程の威力を受けた蒼の細脚はしかし折れる事もなく、なんら痛みを感じたような素振りすら見せない。
AFOにとって人の骨を折り、砕く事など数えることも億劫なほどに経験したものだが、それは
暫し考えるように黙り込むと、掌を高熱化させる異能を使用し、破壊されたパイプを掴むと足へと押し当てる。
「……!」
ジーンズ生地の焼ける音と臭い。
驚いたように蒼の足がピンと伸び、蒼い光が板材を通過してAFOの認識へと突き刺さる。
ぐらりと視界の揺れるような錯覚。
発動していた異能が蒼い光によって消え、奪われたことによる気持ち悪さだけが残る。
「……痛みはあるのか?」
「……」
「五感は……感情は……ッ」
「…………」
「人間らしさなど、お前には無いのだろう!!」
感情に任せて何度もパイプを叩きつければ、その衝撃に耐えられず手元から
怒号が、低く唸るような音の中に消えてゆく。
荒い息遣いを前に、足が折り畳まれ、ようやく上半身が床下よりゆっくりと現れた。
「やあ」
「…………」
「随分と荒れてるね」
「……ッ」
一瞬の内に、蒼の眼前には拳があった。
肉体強化と何らかの異能の組み合わせ。
制御を放棄した蒼い光がAFOの肉体を突き抜けることでそれらは消えるも、勢いは消えない。
鼻っ柱へと叩き込まれた拳に、蒼はシート席の方へと吹き飛んだ。
破砕音が連続し、蒼は見た目通りの軽さによってホールの壁間際まで転がることとなる。
埃っぽい煙と、破損して積み重なったシートの奥。
薄暗い中、蒼い光だけが浮かぶように見えていて。
「嫌なことでもあった?」
「……」
また拳が蒼の顔へと放たれる。
先程よりも強烈な威力が乗ったそれにより、ホールの壁を砕き、通路を超え、遂には外へと蒼は放り出された。
特に抵抗することもなく地を転がり、鼻血すら出ない顔で蒼は大の字のまま空を見上げて。
気付けば、足を振り上げるAFOがそこにいた。
「いい異能は見つけた?」
「……」
顔を砕く勢いで踏みつけられ、劣化したコンクリートの地にクモの巣状の亀裂が走る。
足を上げれば、若干嫌そうな顔をした蒼が面倒そうに上半身を起こした。
「満足?」
「……何が目的だ」
「邪魔をすること」
「何故、突然動き出した」
「気分」
思いつきで光ったなどとAFOにとっては予測もできない事で、ただ本当のことを言うつもりが無いのだと認識した。
青筋を浮かべるAFOだったが、蒼は後戻りができない事を理解しており、だからこそ開き直っている部分がある。
「……ッ、今からでも帰るつもりは?」
「無いよ。それに、来たからには改めて怒る機会だとも思ってね」
その言葉にAFOはほんの僅かに無表情を緩めた。
「何か不満だったのなら改めよう。君がここから帰ってくれるのならそれぐらいはするさ」
「私の夢を笑った」
端的に返されたそれに、AFOは目を細める。
蒼はゆっくりと立ち上がり、灰色のコートから汚れを叩き落として。
「……随分と昔の話だろう」
「それだけ。でも、過去の話だと終わらせられないからこそ……今日はいっそのこと私が怒り、夢を笑ってやろうかなって」
顔をAFOへと向け、両手の人差し指で口角を上げると、蒼は目を見開いた。
大昔に笑われた、生きてこの世界を見ていくという夢は未だ変わること無く蒼の内にある。
それこそが、蒼が人として生き、人として暮らす理由。
生きていきたいという望み、願星蒼の原点とも言うべき細やかな願い。
「全てが僕のために存在する世界だっけ」
改めて思い出せば怒りが沸くものだ。
まるで腹の深くで熟成させたかのようなそれが噴き上がる。
全く意図していなかったとはいえ、AFOの顔を久々に見て。
夢を笑われたあれより、久しく攻撃などしていない。
日和ったのもある、平和を望んだのもある。
だがもはや言い訳のしようのない状況だからこそ、改めてそれをぶつけたいという気持ちが止まらない。
その辺のカスに笑われたのなら、消し飛ばして終わりだった。
だが消し飛ばせない奴に笑われたというそれは、未だに蒼の心の奥底に棘として引っ掛かり続けている。
感情の起伏へ蒼の異能が呼応するように、荒ぶる光の脈動が瞳という出力先を超えて。
「はは、その夢、叶わないんじゃない?」
言いたいことをようやく口にして、蒼は心が煮え滾っていることを自覚した。
瞳孔の形が、歪んでいく。
黒く、その奥はどこまでも深く深く。
まるでハート型へと変形した瞳孔の奥底に。
そこより覗くは蒼の星───
対し、AFOは静かにその瞳を真っ直ぐに蒼へ。
頭痛すら感じさせないほどに表情は凪いでいた。
光の脈動をすり抜けるように、肉体強化を発動して高く跳び上がる。
宙で腕を拡げ、ただ思うがままに喉を震わせる。
「この時代に、夢を追う僕を誰が止められるというのか。ただ走り抜ける僕を誰が掴めるというのか」
その歩みは数多を踏み越えてきた。
ただ、多くを奪い、従え、進み続けて。
夢を追い、ありとあらゆる全てを己の下へと。
「───お前だ。お前だけが僕の夢を、歩みを阻んでいる……!」
そこへ立ち塞がるはただ一つの色。
蒼く蒼く、夢を真っ向から阻む星。
それは総てを以て存在から否定すべき、
異能が通じるかなど、今更論ずる気もない。
ただ、そこに居て邪魔をすると言うのであれば、激情に身を任せるだけだ。
障害が現れた時、不測の事態だからと逃げて怯えて蹲ることを選ぶ精神性であれば、疾うに光の中へと身を投じている。
手段は模索してきた。
いつだって計画通りに進むわけでは無い事ぐらいは知っている。
偶然にも今日がその日だったと認めるだけでいい。
衣服を内より貫き、裂いてゆくのは第1世代、そして第2世代より収集した数多もの異能。
骨が、肉が、金属が、植物が、無機物が、正体も不明なそれらが寄せ集められた姿は、人工の星のようで。
夢へと向け、ただ堕ちて征く───
「だから、お前だけのために総てを───!!」
「───私は私だけのために、私を」
その蒼い星は絶望より輝く。
───光の中では、全てが平等だ。