個性【蒼星】   作:指ホチキス

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28:診断

AFOと蒼の激突より一週間。

裏社会の勢力は大きく削られ、特に支配層が軒並み消滅した事でAFOは表からの撤退を余儀なくされた。

 

とはいえ蒼の討伐を達成したということでそれ以降は消化試合だとばかりに、そこに焦りなどは見えず。

ただ表の激動をその艶の無い瞳で眺めながら、驚くほど静かに姿を晦ませた。

それに伴い和反は蒼がいた周辺より撤収を行った後、各地へと息を潜めるように散っていく。

 

そうして、裏社会の手が伸びず、俗に表と括られる人々が台頭する時代が始まろうとしていた。

 

 

「保菌者が隠れているぞ!」

「異能を持たない劣等者は淘汰されるべきだ!」

「おう、金持ってるだろ? 助けるから払えよ」

「わかっちゃいない……だ、誰も、知らない……僕だけが正しい……」

 

 

これら、表の人々が台頭する時代である。

掃除の頻度が減ったことでそれらの騒ぎが増え、裏社会が沈静化したところで治安については特に変わりなく。

むしろ運送などに影響が出たことで既に物資に関しての奪い合いなどが増加しており、どちらかと言えば悪化傾向にあると言っても過言ではなかった。

 

それに対し、ある程度のまとまりを見せていた自治体は鎮圧や代替打診などといった反応を見せる。

治安は悪いが、裏社会が握っていた利権を表が確保し始めた分、社会的な復興は見かけよりも進んでいて。

 

 

「───名前からお願いしてもいいかな」

「願星蒼です」

 

 

そんな喧騒が聞こえる中、黒いソファに座り、背筋を伸ばす蒼。

目の前、深い皺のある強面の男を前に、蒼は緊張した面持ちで回答する。

 

ここはAFOと相対した街からそれなりに離れた場所であり、対決後になんとかして千並と合流後、思ったよりだいぶ怒られたうえで運んでもらった街の一角。

廃ビルの中、蒼に向かう形でデスクチェアに座る恰幅の良い男は白いワイシャツを着ており、この時代にしては異様なほど身綺麗だった。

 

部屋の外には武器を構えた数人が立っており、異常があればすぐにでも突入してくる事は想像に難くない。

 

薄暗い部屋の中、男は蒼の緊張をほぐすように、やわらかな口調で声を出す。

 

 

「ここ、初めてだよね?」

「はい」

「恥ずかしいかもしれないけど、緊張はあまりしないでね」

「う、はい」

「じゃあ、話してくれるかな」

 

 

手元へと目を落とした男は、一瞬だけ困惑した表情を見せるも、すぐに安心させるような笑みを浮かべて蒼の顔を見て。

それを受け、気まずそうな顔で蒼はボソボソと喋り出す。

 

 

「この前、エメラルドグリーンのおしっこが出て……」

「エメラルドグリーン!?」

 

 

前もって記入をお願いしていた問診票の情報が変な色の尿が出たという漠然としたものだったため、血尿や尿路感染かとあたりをつけてヒアリング重視へと転向した直後に飛びだした予想外すぎる症例に、男は思わず大きな声を出してしまった。

酷く慄いた表情を作る、超常発生以前に婦人科にて勤務していた医師を前に、蒼はそれがどんな原因で起きているかなど全く分からないため血の気の引いた顔で頷く。

 

 

「エメラルド、エメラルドね……エメラルド……? えっと、そうなるとまず尿検査から……になるのかな」

「それなんですが、その時から2回ほど出たらもう出なくて」

「あ、そうなの……」

 

 

過去に症例も無く聞き覚えもない色だったため、何を聞くべきなのか、どう検査すればよいのかを考えつつ男は渋い顔をした。

 

 

「あのー……単に緑とかではなく?」

「暗闇で(ほの)かに光ってました」

「えっ、ひか、光っていたの? お小水が?」

「僅かなんですが一応採取は、はい。これなんですが」

「ウワ───ッ!?」

 

 

小さな小瓶に詰められたそのあまりの色に、男は思わず腰を浮かせてそれから距離を取った。

それは薄暗い室内で目を凝らせば分かる程度に発光しており、鮮やかなエメラルドグリーンが目に痛い。

 

 

「……大丈夫ですか!?」

「ビックリしただけ!」

 

 

声に反応した数人が武器を構えた状態で突入してくるも、医師は驚いた表情のまま宥める。

外へ戻っていくのを尻目に、医師は信じられないものを見るかのような目を蒼へ向けた。

 

 

「これが出たの!?」

「それなりに出て……」

「ヒィなんかキラキラ泡立ってる! えー糖尿病の疑いアリ、と……」

「急に冷静にならないでもらえます?」

 

 

メモ紙にペンを走らせる男を前にそうツッコみ、5秒ほど遅れてその内容に蒼は立ち上がる。

 

 

「私、糖尿病なんですか!? 知らないけどおしっこって甘くなるとエメラルドグリーンに光るんですか!?」

「まだわからないからね、わからないけど糖尿病になったとしてもエメラルドグリーンなんてこんなバケモン塗料みたいな異常色は出ないから安心してね」

「安心もなにもそれを出した患者を前にバケモン塗料の異常色とか言わないでもらえますか?」

「どう考えても異常だよ……エッこれどこの何でなんの色? 緑膿菌じゃあり得ないし人体から出ていい色じゃないでしょ」

 

 

二人揃って冷や汗を流し、デスクに置かれた小瓶を見て。

 

 

「一応、一応ね、確実事項があるからそれから始めようか」

「はい」

「まず、これはお小水で間違いないのかな」

「感覚からして間違いありません。紛うことなきおしっこです」

「間違いじゃないのか……そうしたら誰かと性的問わず過度な接触など心当たりのあるものは?」

「過度……えっとそれは人体が破裂飛散するぐらいの接触とかは含まれますか?」

「絶対に含まれてはいけないね」

 

 

反射的にそう返した医師は、反芻するようにその言葉の意味を咀嚼して、じっとりと汗を滲ませる。

 

 

「……もしかして誰かを破裂飛散させたり、その肉片を浴びたりしたの?」

「いえ、誰もさせてはいませんが」

「不安にさせる質問はやめてね」

「うっす」

 

 

蒼からすれば破裂したのは自分なので嘘ではない。

街では誰かが破裂して肉片を飛び散らせていることなど日常茶飯事だが、最近はカスを轢殺していないのでしていないと言っても過言ではないだろう。

 

ひとまず既知である感染症の疑いが幾つか消えたことで男は少し安心しつつ、思い当たらないからこそ手探りで情報を書き留めていた。

 

 

「うーん……異能持ちだよね?」

「はい」

「これには関係している異能? 水とか、色とか」

「いいえ、光る異能ですので」

「そう……あ、でも光ってるのはもしかしたらそれかもしれないね」

「色が違いますし、光ったのは今回が初でして」

「そっかぁ」

 

 

カリカリとボールペンを走らせ、非常に困った顔でエメラルドグリーンの液体が入った小瓶を眺める医師。

未だに小瓶へ触れていないあたり、強い忌避感があることが伺える。

 

 

「うーん……原因の心当たりはあるかな」

「異能を全力で使いました」

「ほう、どういう感じで?」

「えっ、こう、こんな……こう、んで……」

 

 

ジェスチャーで説明しようとする蒼に苦笑し、医師は落ち着くように伝え、謝罪した。

 

 

「言い方が悪かったね。言葉で簡単に説明できるかな」

「ペカー、ビカァー、キューン、キューン、ゴッ、パァンみたいな感じで」

「うんうん、これ僕の言い方が悪いんじゃなくて、君の頭が悪いのかもしれないね」

「おい言い過ぎだろ」

 

 

青筋を浮かべる蒼に対し、しばらく考え込んで、医師は眉間に皺を寄せながら自信のない口調で言葉を紡ぐ。

 

 

「聞いた限り、これは君の異能の一端としか診断ができない」

「エメラルドグリーンの尿が出る能力って事ですか?」

「エメラルドグリーンの尿が出る能力って事だね」

 

 

顔中の皺を中央に寄せたかのような顔をする蒼に、医師は励ますように頷く。

 

 

「正直触って良いかもわからないし何もかもよくわからないけど、聞いた限りだと出力の副反応のようなものだと思うんだ」

「まあ、はい」

「痒かったり、痛かったり、変な色のおりものがあったりというのは無いんだよね?」

「はい」

「台も無いし衛生的な器具も用意できないから詳細な検診はできないんだけど、一応簡易的にする?」

「と、とりあえずは……」

「わかった。じゃあちょっと準備するね」

 

 

そうして検診を行い、医師がその結果をメモに書いて情報をまとめていく。

結果として特に異常は見られず、蒼は服を着直しながら肋骨が浮き出る胸を撫で下ろした。

 

 

「臓器までは断言できないんだけど、病気っぽい症状はなさそうだね。もしかしたら抗生物質で解決するかもしれないから本当は処方したいところだけど、薬がなくてね。ごめんね」

「あぁ、いえ。なにかの病気ではないのであればまあ」

「断言は出来てないんだけど、僕の知る病気ではなさそうだからね。本当はこれを検査に出したいけど、研究機関が動いてないからそこまではできないんだ。重ね重ね、ごめんね」

「はい」

 

 

そこで小瓶を見て、医師は沈黙。

突如ふとなにかへ思い至ったように顔色が悪くなり、徐々に汗が伝っていく。

 

 

「あの……万が一精製されたとして、運悪く結石ができちゃったりするとどうなるかわからないから、出始めたら可能な限り出しきってね」

「出しきれないとどうなるんですか?」

「未知の物質が体内で殺意の塊みたいな形になって痛みにのたうち回ってしまうかもしれない」

「やめてくれますか怖いこと言うの」

 

 

内股となった蒼に、これ以上できることはないと医師は謝罪して。

 

 

「お大事に。あ、これは持ち帰ってね。怖いから」

「はい……」

 

 

押し付けられるように小瓶を引き取り、廃ビルを出て、暫く路地を歩き。

埃っぽい風の中で、蒼は空を見上げた。

 

 

「エメラルドグリーンの尿が出る能力……?」

 

 

使い道もよくわからない能力の上に、恐らくは活用方法も思い当たらない。

全力で異能を使うとエメラルドグリーンの尿が出て、なおかつ運が悪いと未知の物質による尿路結石が発生するなんて訳のわからない副作用を抱えて生きていくのかと若干気分を沈ませながら、新たな住まいへと帰るのだった。

 

そこは以前暮らしていた場所と似た、廃マンションの一室。

組は一応残っているが、蒼と関わりの深い千並と玄野は隠居し、実質的に解散という形になっているため、蒼はまた一人暮らしへと戻っていて。

 

 

「保菌者だ!」

「叩き出せッ、おい抵抗するぞ、囲め!」

「おっ、カスの街に帰ってきたって感じ」

 

 

階下から連日聞こえてくる賑やかな声を背景に、ある程度貯めていた食料を齧るのだった。

 

───世では超常第一世代の全盛期は陰りを見せ始め、第二世代の発現が始まっている。

裏社会の縮小により表がどう動いていくのかを含め、蒼は動乱期の慌ただしさに懐かしさを感じながら、以前の部屋から回収していた布団に寝転がるのだった。

 

勢い任せに職と住まいを失ったが、AFOの異能を数多く消し飛ばせたので後悔はない。

 

ようやく引っ越し作業の終わった部屋に、小さく子守唄が響く。

それはいつも聞いていたせいで、なんとなく口ずさんでしまっていたもので。

 

 

「千並ちゃんとはまたどっかで会えるかな〜」

 

 

寂しさはとくにない。

別れの言葉を言えただけ、この時代では十分だ。

働き続けていたので、暫く休むのもまた悪くないだろう。

 

何をするのかぼんやりと考えていれば、やがて小さな寝息が一室にこぼれていくのだった。

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