新たに引っ越してきた街は、以前住んでいた街よりは秩序があるように見える。
それは時代が進んだことで変わったものなのか、はたまた場所によるものなのかはわからない。
「おい聞いたか、建築の求人があるらしい」
「行くのか? 潔癖症のグループが入ってたら面倒だと思うが」
「だけど金が貰えるなら俺は……」
それになにより、元々の街に比べて仕事の数が多い。
聞いた話によればハローワークのような場所を自治体で作り、公費で行うような社会インフラの復旧を目指しているそうだ。
裏社会の規模縮小に伴って流れてきた物資を元手とし、人間を動かそうとしている立派な人間がいるのだ。
路上でぶん殴られて動かなくなった人間が集団に囲まれて身ぐるみ剥がされているよくある光景を尻目に、それを聞いた蒼も利用してみることにした。
金が無ければ飯は食えず、裏には帰れず奪えば噂になる可能性があるので働くしかないのだ。
そうして情報を元に、雑居ビルのような場所で対面に座った強そうな男を前に、蒼は心なしか小さくなりながら会話する。
「働きたいです」
「これまでは何を?」
「運び屋やってました」
「あぁ……裏の下請けみたいなやつですか?」
「はい」
「うーん、その辺りの巻取りは出来ていないので、もしかするとご紹介できるお仕事は無いかもしれませんね。力仕事は……あまり向いていなさそうですし」
「あ、保育みたいなのもやってました」
「……超常遺児の世話とか、できますか?」
「まあ……多分?」
「ではそれで」
などというやり取りがあり、そういう事になった。
新たな職場は超常遺児を集めた孤児院のような場所。
街の外れにある居酒屋といった外見のそれに、昔に働いていた売店を思い出しつつ扉を叩く。
「こんちわー」
「───はいはい。あー、とりあえず中へ。手は必要かな?」
「いえ、大丈夫っす」
出てきたのは背の高い、茶髪の若い男。
見下ろすと同時、瞳を隠すように巻かれた包帯を見て気遣う素振りに、蒼は申し訳なさそうに周辺把握が出来ていることを伝える。
それならばと、超常第一世代の年齢帯であろう男へ促されるまま中へと入った蒼は、どんよりと暗い雰囲気に物理的な重さを錯覚した。
横たわったまま動かない子供。
毛布にくるまった数多の塊。
何かを呟く声、啜り泣く音。
超常遺児は、数多く存在する。
親を知らぬ子もいれば、喪った子も多い。
良い親であればあるほど、それを奪われ続けた子供達の傷は深いことだろう。
「……おぉーん」
「こちらへ」
蒼が主に見てきた裏、売春街にいた子達は、他者への害意を当然としてきた。
だからこそ善良で静かに息を殺してこの時代を過ごしてきたであろう子達を多く目にして、なんとなく住んでいた世界の違いを感じてしまい、息を漏らした。
少なくとも蒼の知る世界の遺児は、こうして大人しくせずに誰かから奪うために、刃物を、異能を向ける事に抵抗感を抱かず、ここに初めて顔を出した蒼へ敵意の一つでも飛んでくる筈だ。
それらから視線を外して奥の部屋へと入室した蒼へ、男は悼むような、それでいて優しい目を向けた。
「まず、ここには君を傷付けたいという大人はいないからね」
「───あ、違いますゥ」
一瞬何を言われているのか理解できず、数秒経ってから誤解があるのだと把握した蒼は渋い顔をする。
スッと紹介所より渡された書類を差し出せば、男は恥ずかしそうに手で顔を覆った。
「本当に申し訳ない」
「いえ、構わないっすよ」
向けられたのは善意だった。
確かに背が低いので誤解されやすいのもあるが、駆藤などから言われたそれと違い、善意によって生じたそれに怒る事はできない。
書類を読み進め、内容を把握した男は改めて蒼へと向かい合う。
「重ね重ね申し訳ない」
「いえ」
「俺はここを任された
「……あ、はい」
偽名として明灯蒼という名前を使っていた事を忘れ、一瞬反応が遅れるも、取り繕うように頷く蒼。
そうして訊かれるのはこれまでの暮らしや仕事、そして異能に関する事。
異能産に関しては印象悪化の可能性があるため控え、異能に関しては情報が拡がるとAFOが気付く可能性があるため、異能の詳細とAFO周りを除くほぼ全てを語り終えた蒼を前に、しかし酉野はすっかり恐怖の目を向けていた。
「あの……君、ひょっとしてだけど、蒼い星?」
「いやいやいや、違うっすね。全然、はい。全然違うっす〜止めてください変なこと言うの」
「そ、そうだよね。よかったぁ」
酉野は裏社会に属してはいなかったが、異能持ちとして黎明期を生きてきた大人だ。
当然、関わってはいけない場所や行ってはいけない場所などの情報は知っていた。
故に、襲撃すると絶対に帰ってこれない、なんの飾り気もない運送トラックの事も当然ながら知っている。
そしてそれが、噂では見ただけで作用するタイプの光る異能である事も、蒼い星だと呼ばれていることも薄っすらと聞いていて。
光る異能と運送という情報を結び付けた酉野を前に、蒼は冷や汗を流しながらそれを否定した。
その様子に、酉野は裏を生きていた人間からしても蒼い星は間違われただけでも焦るほどに危険な存在なのだと勘違いをするのだが、蒼はそれに気付くほどの余裕が無かった。
「そしたら、一応採用という形なんだけど、裏出身だから子供達と会わせるのは……正直、不安かな」
「ですよねえ」
「だから裏方っぽい、基本的な業務から……まあ、一緒にやっていけばそのうち覚えるだろうし、そこからやっていこう」
「そうですね。お願いします」
「じゃあ来てすぐだけど、洗濯からやっていこうか」
そうして裏へと回れば、何やら不審な行動をして桶に水を溜める人がいた。
空気をかき集めるような、奇妙な踊りをする存在を前に蒼はどう反応して良いのか困っていると、向こうがこちらに気付く。
「あれ、新人さん?」
「この人は水島。空気中の水分を集める異能」
「エッ……羨ましい……」
「あはは、はじめまして、水島です。
異能姓と言われたそれに、そういえばあれらに名前が付いたんだっけなと蒼は思った。
超常遺児や親と離れた者、血縁を悟られないようにといった理由などで、異能に絡めて自らの姓、つまり苗字を創り出して名乗る事が黎明期ではそれなりにある。
そして遂に、渾名やニックネームのようだったそれらを、名前として使う人間が増えたことで異能姓という俗称が発生したのだ。
出生届が提出されず、戸籍にも載っていない異能持ちが多いため、名乗っているそれらが名前であると言うのであれば、それは真実となる。
この時代、自らの姓名を知らない異能持ちも多いものだ。
自虐のようでいて自信のある顔をした水島に、蒼は笑いかけた。
「いいですね。明灯です。蒼って呼んでください」
「おう、よろしく。人手不足だったから助かるよ」
「じゃあ水島、俺は子供達の方に行ってるから蒼に洗濯の事教えといてくれ」
「あいよ。んじゃ、洗濯の経験は?」
「普通にやったことあるぐらいですね……」
そうして裏社会とは異なる文化を前に、既に擽ったいようなものを感じながら、蒼の新たな生活が始まるのだった。