未だ自らを表す名を持たず、後に死柄木 全と、そしてAFOと名乗る筈の少年と目を合わせる。
あまりにも想定外。
蒼の瞳を通して知覚したその存在は、悍ましいほどに淀んで見えた。
こちらに意識を向けられているというだけで、刃物を突きつけられているかのような威圧感を錯覚する。
やがて獲得するであろう、人の心を懐柔しようという甘く昏い雰囲気を纏わない、澱んだ重圧が蒼の喉を締め付けた。
「おい」
「はぃー」
「何か光ったのを見た。それは恐らく異能によるものだ。僕はお前がやったのかと思ったが、違うか?」
緊張から気の抜けた声が出たものの、蒼は
これですっとぼければ良いなどという甘い考えは無い。
嘘を見抜く類の異能を持っていない保証はなく、虚偽を発すれば敵意を向けられる確率が高いのだ。
「その光は私の異能ですね。すみません、眩しかったですか?」
蒼は真実を告げた上で、時間の引き延ばしへと思考を切り替える。
恐れはなく、若干申し訳なさそうな態度の蒼に、死柄木は少し拍子抜けした顔をした。
「光る異能はよく目立つ。お前はこの時代に目立つことが怖くないのか?」
「光る程度、懐中電灯と区別付かないですからね」
「はは、懐中電灯と同じか、全くもって同意するよ」
言葉を聞き、上機嫌に肩を揺らす死柄木。
どこがツボで何が地雷なのか掴みにくいため、蒼は逃げるなどというおおよそ不可能な事は諦めてどうやって離れることが出来るのかを思考する。
「ただ光るだけ。ただ目立つだけの異能が、どうやって人の役に立つというのか。何故最初に産まれたというだけでその言葉に意味が生まれるのか。今の世界は度し難い」
光る赤子とこちらの光る異能を絡めて考えられている事実に冷や汗が背を伝う。
その存在をつい最近殺して異能を奪った当人から、そんな事を言われると平和的解決が不可能だと言われるようなものではないか。
「えぁ、ま、まあ役立たずで目立つだけなのは事実だと思います。それで、あの、すみません。仕事があるので失礼してもいいですか……?」
嘘ではない。
雲行きが怪しくなったのですごく申し訳な顔を作って蒼は死柄木に質問する。
「そうそう、光る異能はよく目立つ」
対して、死柄木は目を手で覆い、緩く微笑む。
それはいずれ大人となり、巨悪へと至ったAFOと同じ嗤い方だった。
「───だから、どうにも腹が立つんだ」
筋骨強化と、兎の異能。
第一世代に代表される、それほど複雑ではないシンプルな異能を使用し、死柄木は地を蹴った。
並の反応速度ではその接近にすら気付けないものだが、初めから警戒してい蒼は突き出された掌を回避する事に成功する。
転がった先で、蒼は嫌そうに顔を顰めて先程まで己の立っていた場所にいる死柄木に対し、ため息を吐いた。
「これは命乞いなんですが、逃がしてくれませんか?」
「ダメだね。僕には夢がある」
「夢ですか。私にもありますね」
「へぇ、最期にどんな夢か聞いておこうかな」
全てを見下すような笑みの死柄木へ、蒼はその瞳を蒼く輝かせて言葉を放つ。
「人として生きて、この世界を見ていくという夢」
「僕の夢は、全てが僕のために存在する世界。君は僕にとって邪魔だから、その夢はここでおしまいだね」
「ほんと終わってんなこの時代」
心の底からの本音をこぼし、蒼は全力の指向性を以て死柄木を直視した。
単なる目眩ましと思っていた死柄木は、強化した反射神経によって目を閉じることでそれを回避しようと試み───
失敗した。
瞼を突き抜けた蒼い光は死柄木の視覚に侵入し、その本質を叩きつける。
精神を破壊せんとする、人知を越えた蒼い光を認識した死柄木は、その危険性を身を以て理解した。
脳髄に響き渡るような、蒼い星への誘惑。
至るべき場所とはどこかを識ってしまいそうになる光。
「ぐ、面倒な……!」
本の知識を蓄える異能を使用して今の光を解析しようと試みるが、類似情報は放射線による青い光、チェレンコフ光であり、しかしそれは自身の体を分析する異能によって否定される。
では、あれは何か。
導き出された観測されたことのない未知の現象であるという推察を、死柄木は脳内で即座に肯定した。
異能によって発生する現象に、これまでの知識が当てはまるとは限らないことなどよく知っている。
「むしろ、その光は目立ちすぎてダメだろう……!!」
洗脳か、はたまたそれに類するであろう人を誘惑する光。
死柄木は蒼い光をそう認識した。
正確に言えば常人は見ただけで精神に異常をきたす破滅的な光なのだが、常人と精神構造が異なる死柄木はそれを比較して認識する事が出来なかったのである。
日は落ち始め、夕暮れ時の赤い光が廃墟へ射し込む。
その光量の中でも、蒼から放たれる光はあまりにも浮いていた。
気付けば全ての音は消え、低く響くような音だけが脳へと届く。
これは異能によって知覚のチャンネルを替えても変わらず、複合的な異能かと死柄木は認識する危険度を更に跳ね上げた。
「蒼くならないよなぁ」
対して蒼は認識しうる限りの全力でその異能を発揮しているにも拘らず、死柄木がふらつく程度で収まっていることに落胆しつつも納得していた。
蒼としても異能を全く活かせていないのはわかっているのだが、この異能の使い勝手が悪すぎるのがいけない。
原作のように強化訓練など行った日には、周囲一帯の生物が消失することだろう。
そんな事を考えながら脈動するように発せられる蒼い光は全てを貫き、異能を利用して咄嗟に金属による障害物を作った死柄木の視界へと届き続ける。
「くそっ、なんだその光は!?」
「なんだろうね〜本当に」
「その異能は目立ちすぎる……人を操る光、お前は僕にとってあまりにも邪魔だ!!」
「操るのは多分無理だけどね?」
低く響く音で答えても聞こえないとは理解しながら声をかけつつ、思ったより余裕の無い死柄木を前に、蒼は警戒を緩めないまま思ったより優位に進んでいる現状に首を傾げた。
それは、蒼がAFOという異能の終点の姿を知っているからこそ陥った視野狭窄。
未だ少年であるAFOは、黎明期において
状況判断も、場の支配も、そして話術などによる誘導も。
成熟した時代と比べることが烏滸がましい程に若いそれらが、蒼の感じている齟齬の正体であった。
だが、その精神性が怪物である事に変わりはない。
蒼い光を何度浴びようと、その瞳に蒼い光は宿らないのだから。
「光る赤子のように、光に関する異能はどいつもこいつも僕を苛立たせる……!」
「偶然だよ」
「ぐぅ、ううう……!!」
呻きながら歯を食い縛り、死柄木は掌を蒼へと向けた。
頭痛はするが、光によって囁かれる誘惑、蒼い星へ至る事が正解ではない事を理解している。
死柄木は既に、蒼い星への道筋を否定していた。
それは、全てが己の為に在る世界ではないのだから。
掌より放たれるは数本の釘。
撃つと表現しても間違いではないそれは、警戒を緩めずとも僅かに油断のあった蒼の腹へと深々と突き刺さった。
「ぅ、え……」
呆然と腹に加わった衝撃に動きを止めた蒼。
蒼もまた、本格的な異能持ちとの戦闘経験が無かったのだ。
蒼い光を受けながら攻撃に転じられた事が無かったため、無防備だったからこそ真正面からそれを受けることになった。
「ふんッ!」
瞬間的に跳ね上げた脚力で距離を詰め、その勢いのまま蒼の顔を殴り飛ばした。
声すら出せず、廃墟の壁へと叩きつけられた蒼は石床に落ちると、ぐったりと地面へと伏せたまま動かない。
即死はしていないだろう。
死柄木は横たわった蒼へ近寄ると首を掴み、そのままその異能を吸い取ろうと集中する。
「ふぅ……その光、貰うぞ」
異能を奪いながら、この妙な光をどう使えば効率的に世をコントロールできるかと考え始める。
そして異能を奪いきった瞬間、蒼の姿が消えていることに気がついた。
「……?」
異能を奪っても人の体が残るなどという当然の認識から外れたことに、死柄木はここで初めて困惑の意思を宿す。
そして、現象は始まった。
○
さて、個性の、この時代では超常や異能と呼ばれているものについて、少し語ろうと思う。
願星 蒼の異能は、蒼い光によって精神に作用し、対象の精神が限界を迎えた時に消失させるものである。
───と、いうのは間違いだ。
正確に言えば、蒼い光によって精神に作用し、対象の精神が限界を迎えた時に消失させる
後の世代的に当てはめて言えば、蒼の個性は発動型ではなく、異形型。
蒼はその現象とも呼ぶべき存在、
異能、後の時代に当て嵌まる形で言えば、個性【蒼星】は個性因子に紐付いたものである。
蒼という存在は、個性の実体化とでも呼ぶべき存在。
その個性は、人に収まるものではない。
人という崩れやすい容れ物を超える存在を象った個性は、その個性因子そのものによって人を模しているのである。
願星 蒼は蒼星という個性を発現した。
願星 蒼は人間
願星 蒼は、蒼星という個性そのものである。
○
蒼が消失するのと同時、死柄木の心象世界に光を返さない漆黒のハートが現れた。
死柄木は、それが何かを知らない。
死柄木は、それが何をするのかを知らない。
気付けば消えたはずの低く響くような音がまた耳の中で鳴り始め、しかし先程とは異なり、その中でも耳鳴りにも似た、喝采の音が聞こえてきた。
常人であれば発狂しそうなその音に、しかしその精神構造が常人と一線を画する死柄木はただ顔を顰めるだけに留まる。
何が起きているのかを理解しようと、体の状態を異能で確認しようとして───
───心象世界に浮かぶハート型から、何処までもを貫く蒼い光が煌めく。
その瞬間、死柄木の保有する幾つもの異能が消失した。