洗濯、洗い物、掃除。
主にそれだけをして超常遺児とほぼ関わらずに二週間を過ごした蒼は、この仕事が思ったよりも平和で拍子抜けしていた。
「平和っすねー」
刺激のない日常は、良くも悪くも時間が流れるのが早く感じるものだ。
ハンドルを握って物を運ぶついでに蒼い光で消滅させたり轢殺したりといった仕事に比べればなんと平和な事だろう。
欠伸をしながらそう口にした蒼へ、近くにいた水島は心底理解できないことを聞いたかのように顔を引き攣らせた。
「へい、わ……?」
蒼の感覚的には二週間も過ごしていれば道理の通じないボケカスがそれなりに来ると思っていたのに、3人しか来ないので洗濯の技術を磨くことに楽しみを覚えていたぐらいだ。
足元、躊躇無き鉄パイプのフルスイングによって上腕骨と肋骨がへし折れて痛みに呻く男を道路脇に蹴り寄せながら、蒼は水島へとニコニコとした顔を見せる。
スッと、視線を逸らした水島は、
「ごめんね呼んじゃって。酉野がいなかったから……」
「いえいえ、大丈夫ですよこれぐらい。まだ異能とか使ってこないですし」
「本当は俺が戦えれば良かったんだけど、そういうのはどうしてもダメでね」
「んえ、そうなんですか? 水を出せる異能なら向いてる気がしますけど」
「そうかい?」
「はい。水を溜めてボケカスの手足を縛って死ぬギリギリまで溺れさせるのを道路で大々的にやれば暫く来なくなると思いますし」
「発想が裏社会すぎるね」
「えっそうですか?」
表の価値観とのギャップに悩まされながら働いてみた結果として、酉野と水島からは荒事では頼りになるが任せきりには出来ない女として信頼を勝ち取ることに成功した蒼。
発言の節々から子供に良い影響を与えない事が把握できた今、酉野は最初に子供に関わらせないようにするという正しい判断をした己を褒め称えていた。
年齢は近く、蒼のほんの少し前にここを任されることとなった二人は、その驚くほど乖離した価値観の違いにたった二週間で何度も直面していたのだ。
生かしてるだけ温情すぎると思うんだけどなと首を傾げつつ、蒼は元々路上に落ちてた鉄パイプを呻く男へと投げ当てる。
「次は無いから二度と顔見せんなよ。んじゃ洗濯戻るんで、また何かあったら呼んでください」
「うん、よろしく。水が足りなくなったら呼んでね」
そうしてのそのそと建屋の裏へと戻った蒼は、台車の上に積まれた洗濯物を洗う作業を再開。
汚れるほど活動的ではない子供達の服は、年齢の割には驚くほど綺麗だった。
現在、施設には10名程度を保護しており、それは街に存在する遺児の総数に比べてごく僅かなもの。
選別に関しては自治会が管理しているもので、行き倒れている遺児に生きる意思があるのならばこうして街に幾つか点在する施設へと送られる。
その殆どは幼く、生活を送ることがままならない年齢が多い。
超常黎明期を30年程経て出生率は極端に下がったものの、子供が全くいないわけではないのだ。
表で暮らし、細々と生きながら伴侶を見つけて子を産む者もいれば、売春街や裏から子を抱えて流れてきた者もいる。
そうして、不幸にも子を遺し亡くなる者もまた多いものだ。
遺された子供は赤子程であればそもそも生き延びることが出来ないか
しかし中途半端に大きく、それでいて幼ければ管理コストの観点から見向きもされない。
元々は時代の中で親を喪った子供を包括して指していた言葉だったが、時代の移り変わりによって超常遺児とはそういった子供だけを指すように変化してきていて。
「おっ」
思考を殆ど停止させながら洗濯を続けていれば、中からふらりと男の子が出てきた。
ギザギザと雑に切られた黒髪が動きによって揺れていて。
ぼうっと蒼の洗濯を見て、そのままそこで停止する。
「今日は洗濯手伝ってくれたりする?」
「…………」
「ダメか〜」
言葉を交わさずただそこにいるだけの子供を前に、蒼は糸旗や板葵を思い出しながら洗濯を続ける。
暫くすれば、走る際に足裏から空気を噴出することで滑るように移動をする、蒼からすると使い勝手が良さそうで羨ましい異能を使用して酉野が帰宅した。
「戻ったぞ───お、蒼が気になるのか」
「ほらほらド滑りマン帰ってきたぞ。こんなとこ見てないで一緒に遊んでおいで」
「暴言か?」
「ド滑りマンのどこが悪口というのか」
「語感」
「わはは」
笑顔で誤魔化す蒼に、酉野は脚裏を向けて異能を使用した。
単に空気を放出する異能であるそれは、第一世代らしい出力しか伴わない。
送風機を当てられたように灰色の長髪が後ろへと流され、バタバタと暴れる。
「んぼばばばばぼ」
「なんか俺に対して扱いが雑だよなお前」
「んべっ、まあ今まで周りに振り回される側みたいな男っていなかったから面白くて」
「水島は?」
「オイ水島さんにド滑りマンとか言ったら可哀想だろ! 謝れ!」
「俺は?」
「わはは、ド滑りマン」
無言で送風され、髪がバタバタと暴れる。
それを見てほんの少しだけ男の子が笑い、酉野が表情を緩める。
「さ、中戻るぞ。蒼の手伝いでもするか?」
「ん」
「いつでもお手伝い待ってるからな〜」
手を引かれて中へ戻っていく男の子を見送りつつ、蒼は包帯の下で目を細めた。
やはり、遺児は意思が弱すぎる。
蒼い光を見た時、彼等の殆どは一拍の猶予もなくその瞬間に瞳を蒼くするだろう。
抵抗が無い人間はこれ程までに脆く見えるものかと、彼等を見るたびに思う。
誰もが救いを求めている。
それでいて、誰もが今生を諦めているような顔だった。
死にたくないという願いはあるが、生き続けていたいという意思が無い。
「はぁ……」
痛ましく見えるそれらに、蒼は溜め息を吐くだけに留めた。
誰もがいい子すぎるのだ。
悪意をもって近付いた人間を容易く殺害した千並の幼い頃を見習ってほしい。
洗濯を終えて中に入った蒼は、外装通り居酒屋の居抜きであるフロアで子供達と話している酉野へと目を向ける。
相対する子供の目は暗く、やはりその意志は弱い。
前々から考えていた事もあったので、ちょいちょいと酉野の服の裾を引っ張れば、会話を切り上げて裏へと付いてきてくれる。
謝罪の意を込めて子供達に手を振れば、数人が振り返してくれて。
あまり話したことはないが嫌われてはいないのだとちょっとばかり嬉しくなる蒼。
ちなみに子供から見た蒼の印象は比較的歳上の怖いお姉さんといった具合であり、酉野などと比べて大人として見られていなかったりするのだが、当人はそれを知らない。
そうして建屋裏に回った蒼は、酉野へと自らの考えを口に出した。
「これ私が言うのもアレですけど、異能の制御とか教えてみません?」
「それは、自衛のためか?」
「それもありますし、割り切りでもあります」
何故それを言ったのか。
暫く働いてみて実感したのだ。
この施設を運営するにあたり、環境は意外にも悪くないが当人達に問題が多すぎる。
大前提として、生きていこうという意思に欠けるのが大きい。
生きる意思のある遺児を保護したと言うが、それは死にたくないという話であり、これから生きていくという決意と同じ事ではないのだ。
酉野や水島といった大人の中でも若い人達は、彼等のように救われる手立てが無かった幼少期を生きてきた。
それが蒼には分かるからこそ、安全地帯を準備して貰いながら悲しみに明け暮れてその大人の背に寄りかかり続ける子供達に、もう少し自立を促してもよいのではないかという思いがあった。
「生きていく気の無い子の世話をするのは、救われない話じゃないですか」
「だが、見捨ててはいけない」
そんな蒼の言葉へ繋げるように、酉野がそう断ずる。
口を閉じる蒼に、酉野は気まずいような、それでいて諭すような顔で蒼を見る。
「価値観が表と裏で違うことはわかっているんだ。蒼の言うことも正しいけど、それをしてしまうと裏社会と一緒になってしまう。俺が、彼等が耐えてきた全てが無駄になってしまうんだ」
「……まあ、はい」
「だから見捨ててはいけない。できれば蒼にも、人の命を数として見るような裏の価値観を捨てて欲しいとも思っている」
その言葉に手を差し伸べられているのだと気が付いた蒼は、表の人間が裏を選ばない理由を肌で感じ取る。
己の幼少期が例え失った物を見返す余裕がなかったものだったとしても、誰かが同じ目に遭う必要はないと己の不幸を割り切る事のできる温かな精神性は、蒼がこれまで生きてきた中では不慣れなものだった。
そうして数度頷いた蒼は酉野の予想に反し、ものすごく明るい雰囲気で笑顔を作る。
「ド滑りマンの方針、めっちゃいいと思う」
「えっうん」
特に拘りもなく、原作を知っているからこそ表の価値観にも容易く順応できる蒼は、さも自分は言ってみただけですけどねという面でそう応えた。
あまりにも呆気なく同意どころか肯定までした蒼に、裏の価値観を引き摺っているのかと若干身構えていた酉野は拍子抜けする。
「じゃあ目指せ全員参加の方向性で。頑張れない子達のケアは頼んだ」
「えっうん」
思ったより受け入れられたため困惑が抜けずにいれば、蒼がにこやかな顔で中へと戻り、子供達へ向かって声を出す。
「はーい、じゃあ復讐とかしたい子がいたらこれから異能の扱い見てあげるからこっち来てね〜!」
「えっ」
「───ぐぇ」
裏社会の価値観に染まりきった言葉が聞こえてきて、酉野は驚きのまま異能を使用してまで中へ高速移動すると、蒼の胴を乱暴に抱えてそのまま個室へと連れ込んだ。
濁った音を喉から漏らして部屋へと転がされた蒼は、仁王立ちする酉野を前に腹を
「いてて、なんだド滑りマン」
「話聞いてた?」
「聞いてたから表の流儀に合わせたんだが!?」
「うんうん、ちょっと常識の擦り合せをしよう」
思ったより深刻な認識のズレに、冷や汗を垂らして提案する酉野。
対し、すっとぼけた顔で瞳を隠す包帯の緩みを直す蒼。
「あくまで異能を鍛える口実であって、拷問の方法とかは教えないよ?」
「当たり前だろ裏ボケバカ全身モノクロ女、バカ!」
「口悪すぎだろ」
当然の事に、酉野は唾を飛ばしながら語彙力を低下させて怒鳴った。
「うーん……彼等にとっては割と分かりやすい理由になるだろうし、意思は尊重してあげてもいいんじゃない? 少なくとも生きる理由になるかもしれないし」
「それは……」
「健全じゃないのはわかってる。けど、そんな事言ってたら生きる理由を見つけられずにただ異能を使えるだけになっちゃうよ?」
裏と売春街を見てきたうえで、蒼は生きるのに必要なものは理由であると考える。
たとえその理由がおおよそ真っ当なものではなかったとしても、生かすためにはそれを肯定してでも理由を与えなければならない。
生きて何かをしたいという理由は、生きていく事に直結するのだから。
「原動力になるならなんだっていい。その理由の内容が正しいことじゃなくたって、それぐらいは許してもよくない?」
「……」
「まずは分かりやすい理由を与える。それ以外の事は余裕ができたらでいいじゃない」
考えるように黙り込んだ酉野に、蒼は言葉を続けた。
「それに、異能を肯定する事は本人の肯定にも繋がるからね。親の代わりにはなれないけど、先生にはなれるんだからやっておいたほうがいいでしょ」
「経験があるのか?」
「いやまったく。学校とか行ったことないし。でも裏で子供と関わる機会は多かったからその辺はね」
「まさか、実は俺より子供の相手が向いていたりする……?」
「弱肉強食みたいな価値観の子供達にしたいのであれば間違ってない」
「したい訳ないので最低限の接触に留めよう」
「そらそう」
表に合わせようとはしているが、ズレが出てしまうものは仕方が無いのだ。
そうして共に子供達のいるフロアへ戻り、気乗りしなさそうな酉野の横でニコニコと笑う蒼。
「よっしもう一度。復讐をしたい子はいるか〜?」
「なあ、せめて言い方もうちょっとどうにかならないか?」
「あ、難しいか。そうだよねごめんごめん」
ぽかんとした顔で蒼を見る子供たちに向けて、もう一度笑いかけて。
「気に入らないカスをボコボコにして街で二度とツラ見ないようにしたい子はいるか〜?」
「おい裏ボケモノクロ女」
しかし、分かりやすい言葉によってそれなりの子供が寄ってきた事に、酉野は釈然としない顔を蒼へと向けるのだった。