個性【蒼星】   作:指ホチキス

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31:正しい理由

施設にいる子供達の年齢は5から7歳程度と、ある程度近いものだが、予測される異能の出力幅は大きく異なるものだ。

それが何故かと言えば、()()()1()()()()()()()子供が含まれるからである。

 

ある時期より産まれた子はその全てが第2世代として括られるが、当然ながら親の年齢幅はかなり広く、異能を持たない両親から産まれて異能を発現した第1世代のような子がいる。

故に、第2世代と括られてはいても、第1世代の出力しか持ち得ないという場合があるのだ。

 

 

「いて」

「う、ごめッ、ごめんなさい……!」

「いいよー気をつけてねー」

 

 

異能の発動によって弾けた小石が頭に当たり、そこを摩りながら過剰に怯える女の子へと声をかける蒼。

 

施設内にいる子達の異能発現率は十割と全員であり、これについては遺児の割り振りにおいて異能持ちの大人が二人もいるという事で、異能持ちの遺児は優先的にここへ送られていた。

蒼からしてみれば卒業を気にしなくても良い保育所のようなもので、気楽に見ていられるものだ。

 

 

「いやあ、全員異能持ちだなんて、素晴らしい環境だと思いません?」

 

 

隣接する、駐車場だった空き地で異能を使い、何ができるのかを確かめる子供達を監督する蒼は、手に持っていた鉄パイプを路上に転がる潔癖症に投げ当てるのだった。

 

 

 

 

 

昼寝の時間として全員を室内に戻し、大人達で一息。

 

 

「やっぱ原動力は生きる糧ですよ」

「……」

「すごいね、酉野とは結構長いけどこんな顔は初めて見たかもしれない」

 

 

水島が渋い面の酉野から目線を逸らしつつ、蒼の事を前向きに評価した。

この一週間ほどで、子供達は停滞をやめていた。

鬼気迫る、とまではいかないものの、やはり目的がある事で暇があれば外へと出ている。

時折、酉野に対して良いのかなという戸惑いにも似た表情を見せるものの、それぞれが自分なりに試行錯誤を繰り返していた。

 

 

「後はもうぶん投げて良いですか?」

「最後まで責任は持て」

「まあ、間違えそうな子がいたら爪で、間違えた子がいれば歯が数本折れるぐらい蹴っ飛ばしてやりますよ」

「責任持ちすぎだねそれは」

 

 

冷や汗が伝う水島の言葉に首を傾げつつ、責任という部分には大まかに同意する蒼。

子供の万能感と異能が組み合わさることで間違いを犯しやすくなるというのを蒼は経験則で知っている。

痛みは手っ取り早い抑制手段になり得るので、もし万が一があれば爪の1つや2つは覚悟しろとは脅してあった。

怯えられているのはどう考えてもそこなのだが、当の本人からしてみれば簡易制御法となっているため特に気にしていない。

 

 

「今のところ暴走しそうなのは吐炎、凝固、質量倍化。殺人に直結できるほど出力の高い異能は増長しやすいし、一番難しいタイミングだね」

「わかった。それは引き受けよう」

「制圧は流石に無理だから助かる」

「そこはいいんだが……よくもまあ目が届くな」

「異能が監視に向いてるからね」

 

 

自らの顔に巻かれた包帯を指差して笑う蒼。

光る異能であることは伝えたが、後々に情報が露骨すぎた事を反省し軌道修正。

聞き辛そうに包帯について訊かれた際、ついでのように光という解釈を拡げた結果、光を全身で()()()事で結果的に周囲の知覚ができる異能だと伝え直していた。

 

知覚能力は有るのでまったくの嘘ではないものの、知覚の過程については正しくもないのだが。

瞳と異能の同時使用を行うと酔うから視界を閉じていると解説し、それは簡単に受け入れられた。

 

ちなみに実際にどうやって知覚しているのかという点について詳細な解説は蒼には出来ない。

 

出来ているから出来る。

蒼は細かいことを考えるのが得意では無かった。

 

 

「───んぁ、お客さん来てますね」

「勢力は」

「潔癖症……いや、異形系がいる。異最上かな」

 

 

最近では、異能を持たぬ人を劣等種と呼んでいる人々が数を増やした事でおおまかに()()()主義者と括られ、俗称を得た。

これまでは異能を持たない世代が仕切る裏社会が台頭していたことでそこまで幅を利かせていなかったのだが、それらが数を減らしたことで急激に勢いを増しており、この街ではそれなりに数を見る。

 

また裏社会の動向の他に増加している原因の一つとして、潔癖症やらヤクザもどきに抑圧され虐げられてきた第1世代の多くが全盛期を迎えた事で、活動が過激になったという事実があるわけで、彼等の怒りもわからなくもない。

そのため初期の頃の扱いを体験した身として、蒼は彼等に積極的な敵対を行おうとは思えなかった。

 

 

「引き抜き目的か……? 異形はどんな感じだ」

「魚っぽい?」

「……面倒な奴だ、行ってくる」

「あ、水島さんは桶に水溜めといてください」

「使う気だね!?」

「いい機会ですから」

 

 

積極的に敵対しないとはいえ、平和が欲しい身として、不必要な排斥を大々的に掲げられると賛同し辛い。

ので、子供達のお手本として復讐も悪くないけど、そういう道を歩んでいくとこうなるよというのを実際に見てもらうにはちょうど良い機会だろう。

 

 

「うっ、これは必要なこと、必要なこと……」

「そんな嫌ですかねこれ。殺さないですって」

 

 

ギュッと目を瞑って空気中の水分を集めだす水島を置いて、蒼も酉野を追って外へ向かう。

知覚範囲的に、異最上は子供と接触するより先に酉野と対面することになるだろう。

───対面することと、なる筈だった。

 

 

「離してくれるか?」

「俺も行く」

「……ダメだ。俺に任せてくれ」

「俺だって……!」

「頼む、わかってくれ」

 

 

男の子に服を掴まれた酉野が入口で足止めされていた。

手荒に振り払うことも出来るだろうに、それでは納得せずに付いてきてしまうからと言い聞かせるような口調の酉野を見て、蒼は男の子へとゆっくり顔を合わせる。

 

 

「うーん、爪毟っとく?」

「ひっ……」

 

 

会話の内容から察するなり牽制を飛ばせば、子供の顔がサッと青くなる。

吐炎、燃える粘性の液体を吐き出せる彼は、しかし怯えながらも酉野の服から手を離そうとはしない。

 

 

「お、俺だって、戦うよ!」

「あ〜そういう感じね。見学する?」

「オイ」

「いや、復讐したいとかじゃ無さそうだし、良いんじゃないかなって」

「……勝手にしろ」

 

 

子供に対する優しさは一転し、無表情で蒼へと目を向ける。

手が離れたと同時、扉を吹き飛ばすかのような勢いで出ていった酉野を見て、蒼は頬を掻いた。

 

 

「なんか嫌われてるかなコレ」

「……っ、う、うぅ」

「あ、ハイハイ、今回は見ようね。ちなみに勝手に異能使って攻撃したら指折るから」

「グスッ……しない、絶対しない。絶対」

「ヨシ」

 

 

そうして外へ出れば既に敷地外で言い合いが始まっており、徐々に怒号へと切り替わっていくのが聞こえて来る。

 

 

「───お前の願いを叶えるのなら奴等は排除すべきだろう!」

「お前がッ、お前等が俺を語るんじゃねえよ!!」

「おわ〜……」

 

 

先頭にいる魚のような造形の男に対し、思ったより激憤している酉野を見て言葉が出ない。

酉野が匂わせていたのに加え、異最上の口ぶりからするに知り合いなのは察せられるが、決して友好的なようには思えなかった。

 

魚男の後ろに控えていた数人は、酉野がそれ程までに怒鳴り散らすのが想定外だったかのような顔で驚いており、何か考えがあったのかと思わせる。

 

 

「何故協力しない、お前にも得のある話だろう!?」

「お前等みたいなのがいるからだろうが……ッ!」

「クソッ、やるぞお前ら!」

 

 

囲まれると同時、殴り合いが始まったのを子供と見る。

爪を伸ばす異能、小さな火を皮膚上に出せる異能など第1世代らしい異能に対し、酉野のやる事はシンプルだ。

足裏から噴き出す風によって間合いを詰め、加速した蹴りを放つだけ。

その威力に人体が地から浮き上がるのを見て、蒼は上機嫌に口角を上げる。

 

 

「強いね」

「う、うん」

 

 

無傷とはいかず、異能によって傷を受けながらも蹴りを放つ酉野を見て、男の子はそこで暴力の恐ろしさを思い出していた。

遺児として街で生きてきて、何度も見てきたもの。

酉野という庇護下でしばらく見ていなかったそれを直視し、血の気が引いたような顔で頷く。

 

それ以降、二人は撃退まで無言のままそれを見るのだった。

 

 

 

 

気絶した一人の四肢を縛り付け、迷惑をかけるとどうなるのかという水責めを子供達に見せ終え、黄昏時の中で大人が二人、建屋の裏に座っていた。

 

 

「割と無茶したね」

「……そうだな。それと、悪かった」

「はい?」

「出る時、お前に当たっただろ」

「や、アレぐらいは別に」

 

 

物資狙いのために、トラックの通り道に死にかけの遺児を積み並べるような、生きる為に他を踏み荒らす悪意を見てきた蒼にとっては、特に引きずるようなものでもない。

濡れた布で顔を拭う酉野へ、蒼はこの機会だと思い、気になっていたことを訪ねてみる。

 

 

「ここを守るのに、理由とかあるの?」

 

 

手を止め、僅かに沈黙。

濡れた布を頭に掛け、俯いた事で表情も見えないまま、酉野は小さく声を絞り出した。

 

 

「……赤ん坊の泣き声だった」

「赤ちゃん?」

「あぁ、俺が……俺が昔、家族と住んでいたアパートの隣室に夫婦と赤ん坊がいたんだよ」

 

 

酉野は超常遺児ではない。

超常黎明期という混沌に呑まれながらも、顔の広い両親の庇護下で上手いこと生きてきた。

それはこの時代において何も悪いことではなく、幸運だと喜べる話だ。

 

 

「ある日、赤ん坊の泣き声が止まない日があった」

 

 

目を瞑れば思い出せるほど、忘れる事の出来ない声。

酉野は無意識の内に自らの耳を触り、言葉を続ける。

 

 

「赤ん坊の泣き声は前から時々聞こえてたんだが、いつもはすぐ隠すように小さくなる声が全く変わらない」

 

 

それが長い間止まぬ事で、黎明期の初期だった事もあり、ピリピリとした嫌な空気があったことを覚えている。

親が仕事で出払っている中、いつまでも続く泣き声が壁の向こう側から聞こえ続けていた。

 

 

「それが徐々に、徐々に小さくなっていくのが聞こえていた。捨てたのかと疑って、せめて何かしたいと見に行ってみればドアの隙間から血が拡がっていた。多分、強盗だろうな」

 

 

親に、命が惜しければ出るなと言われていたのを無視してまで出てみれば、なんてことはない。

黎明期ではよくある事で、しかしそれは酉野にとっては当たり前のことではなかった。

 

 

「窓から侵入したのかドアは開かず、ウチはベランダを完全に閉鎖したうえで窓なんて塞いで開かないようにしてたから侵入経路が無くてな」

 

 

ただ救いようもないという事実を突き付けられ、その泣き声を聞いているのが辛くなって耳を塞いだ。

強盗が赤ん坊を殺さなかったのは、時間がなかったからか、無駄に命を奪う事への抵抗感からか。

中途半端な善意にも思えるそれは、結果的に酉野の心へと深い傷を残す。

 

 

「泣き疲れて眠ることも無く、やがて喉が裂けて血に溺れるように小さく、小さくなっていく。そんな泣き声だけが聞こえ続けていて、助けられもしないのが余りにも可哀想で、俺は……」

 

 

言葉が小さくなっていき、酉野は項垂れたまま首を振った。

 

 

「だから助けたい。せめて、何もわからない子供ぐらいは出来る限り助けてあげたい。それだけが、あの時の俺の心を救ってくれる」

 

 

その言葉を聞いて、蒼は包帯の下で目を細めた。

正しさを貫く意志を持っているように見える酉野が、蒼い光に対して抵抗が薄いと感じられる謎が解けたのだ。

 

全ては結果的に正しいように見えていただけの事。

彼は英雄になろうとしているのではない。

ただただ、救いを求めていたのだ。

 

 

「復讐と聞いて良い顔が出来ないのも結局はそれだ。俺はあの時の赤ん坊から、ここの子達から親を、幸せを奪う全てが許せない。異最上の願いは子供の幸せに繋がるのかといえばそんな事はない。奴らは遺児を増やす一因だ」

「……」

「だから、俺を語った奴が許せなかった。異能を持った子が集まっただけで意味を見出す馬鹿が嫌いだ」

「…………」

「子供達が俺と同じにならないよう、仇討ちやら暴走を止めている内に活力が無くなっていってお前が来るまでの形になっていった。結局俺は暴力で平和を望むだけで、指導者には向いてねぇんだろうな」

 

 

沈黙。

ゆっくりと顔を上げた酉野へ、蒼は顔を合わせて微笑んだ。

 

 

「それでも、その優しさは否定できるものでもないし、この時代に他の人のために怒る事が出来るのは偉いよ」

「偉い……ね、どうだかな。俺は彼らのためではなく俺のためにここにいる。それは正しい評価じゃない」

「結果が全てだし、理由に善悪は関係ないからさ」

 

 

自罰的に笑う酉野へ、蒼はハッキリと告げた。

蒼は売春街を見ていたからこそ知っている。

いくら言葉を飾っても、やっている事は変わらない。

保護する等と嘯いて子供を取り上げて裏へ流す事はよくある話だ。

 

言葉は保証になり得ない。

思想もまた、同様に。

結果という、成した事だけが事実として在るのみ。

 

 

「あなたは間違ってない」

 

 

蒼は自身の成してきたこれまでを、客観的に()()()()()()とわかっていた。

生きるために人を殺めなければならない時代であっても、だからといって人を殺めて良いとはならない。

強烈な程に眩しい後の時代を知っている蒼がそれを知らないわけもなく。

わかっていて尚、蒼が蒼らしく生きていくためにそれらを選択してきた事は変わることのない結果だ。

 

 

「間違ってなんかいない」

 

 

こんな時代に、せめて手の届く誰かを助けようとする酉野の精神は高潔で、しかし崩れそうなほどに脆く。

蒼はそれきり口を結んだ。

 

沈黙の中、包帯の隙間からすっかり日が落ちた夜空を見る。

電灯はその殆どが機能を停止しており、星月の明かりが黎明期の夜を照らしていて。

裏社会の時に見えていたものとなんら変わらない筈のそれが、今では少しだけ澄んで見えていた。

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