個性【蒼星】   作:指ホチキス

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32:暴力という資産

裏社会の支配層が多数消し飛んだことにより、AFOを含む裏社会そのものの影響力は弱まった。

それによって治安はどちらかと言えば良化していくものだと蒼は考えていた。

しかし日を重ねるごとに異最上が目立つようになり、潔癖症や裏の残党との対立がそこかしこで起きている。

和反も何やら水面下で動いているような情報も聞こえており、想像より遥かに混沌とした時代が始まっていて。

 

強盗目的で侵入してきたカスをしっかりと殺して吊るして警告看板を()()()から出勤してきた蒼は、開口一番に酉野へと意見した。

 

 

「とりあえず異最上の声がデカそうな人をとっ捕まえて水責めしない?」

「もう一回言ってくれるか裏ボケバカモノクロ単細胞女」

「なんだド滑りマン、耳に入る言葉まで滑るようになったのか?」

 

 

異最上を水責めしてから1ヶ月が経過し、子供達も自らの異能が出来ることを探し当てた。

水責めのおかげか施設近くで異最上はそれ以降見ておらず、異能持ちが集まる環境のせいで時折潔癖症と思わしき不審者が来るものの、蒼が勝手に住みついているマンション周辺に比べれば平和なものだ。

 

 

「いやほら、ド滑りマンって異最上とか嫌いじゃん」

「……まあな」

「街でうるさいし、一緒にキッチリ締めて迷惑かけるなよっていうのを教えるのとかどうかなって」

「お前が裏でどんなことをしていたか察するが、表で嫌いだからとそこまでやる奴はトチ狂ったサディストみたいな扱いだからな」

「えっ平和的解決……」

「平和ってもんを知らねえのか」

 

 

その言葉を口から出した直後、顔を見合わせて二人で笑い合う。

 

 

「知らねえか、俺もお前も」

「子供達と手とか繋いで買い物に行ける日とか来たらいいよね」

「一番いいな、それ」

 

 

黎明期以前の小説や漫画などから概念だけは知っている二人は、当分叶いそうもない夢を共有した。

そんな会話をしていれば水島が入ってきて、揃ったので子供達を呼び、朝飯を準備して、片付けをして、異能の制御をするために外へ出ていった子供達を見て。

洗濯をするために水島が離れた事で、蒼はもう一度話を蒸し返す。

 

 

「でさ、水責めしない?」

「まだ言うのか」

「うるさいじゃん、それでいて面倒だし」

「あのなあ、それはお前の感情だろう。それであの子達が迷惑を(こうむ)る可能性があるなら賛同する訳無いだろ」

 

 

考えるように黙った蒼に対し、酉野は言葉を続ける。

 

 

「報復された時、俺達は生き延びるとしても、子供達は呆気なく死ぬ。勝手にやるのは自由だが、ここにそれを持ち込むのなら話は別だ」

 

 

守る者がいるという立場に未だ慣れない意識を叱り、正そうとする酉野の言葉に、言われてから気づいたとばかりに蒼は納得の意を示した。

自衛出来ない弱者を背後に抱えるという状態は確かに面倒で、それをすべて捨て去って違う場所へ消えるという選択があるのを、蒼はしっかりとわかっている。

 

だが、この時代に少ないとはいえ、ちゃんと飯を食べられるのはこの仕事ぐらいだ。

 

略奪は主義により論外。

異最上はその理由により選べない。

潔癖症はそもそも異能持ちなので選べない。

裏は離散、残党もAFOに近づくため選べない。

隠居、悪くないが飯が無い。

異能は使用を控えており、なおかつ体格が劣るため、他の仕事は難しい。

 

蒼の第一優先事項は飯である。

食欲は全てに勝るのだ。

 

自治会が確保した僅かな食料を異能で加工し、管理する施設へと配給を行っているため飯が食える。

その条件だけで、蒼にとって職を離れたくないと願うに値するのだ。

 

 

「ま、それはそれとして。せめて異最上の遺児攫いはどうにかしたくない?」

「……それは……まあ、そうだな」

 

 

自治会が施設で遺児を保護する活動を推進しているのは、この時代に貴重な若い労働力となり得るからである。

出生率の低下に加え、治安の悪化に伴い死亡率も高い。

こんな時代だからこそ遺児を保護し、次世代を見据える自治会の方針は後の世で驚くほど評価されるだろう。

 

 

対し、異最上もまた遺児の、当人たちに言わせれば()()を行っている。

それは将来を見据えた労働力確保のためではなく、今この時この瞬間の影響力を強める事だけを目的としていた。

異能持ちの遺児のみを攫い、時に言葉で、時に暴力で支配し、消費する。

その行いはまるで己がされた事を同様に行う鏡のようなもので滑稽ですらあるものだが、第2世代を掻き集めている現状は影響力の増大に直結するため笑ってもいられない。

 

 

「理想は攫いの阻止、次に攫われた第2世代の回収……保護が一番かな。思想洗脳されて異最上みたいな動きされると出力が高くて結構危ないし」

「言いたいことはわかるが、遺児を増やす余裕は無いぞ。配給も大本が減ったせいで危うい話も出ているからな」

「……物資の奪い合い、ヤバい?」

「工場の方は死体だらけだ。裏社会が仕切ってた方がまだマシだったな」

「意外と肯定的。……私が言うのもアレだけど、裏は遺児増やした原因の一つだぞ」

「いやまあ、わかってはいるんだが……あっちだけで完結してたせいで、異最上や潔癖症と比べるとその実感が無いんだよな……」

「あー……」

 

 

黎明期において裏社会の動向は、独立国家を目指していたといっても過言では無い。

 

田畑や工場等を囲い、元より稼業であった暴力によって独占を行う。

そうして生存に必要な物資を集めて完結させ、動向だけを見れば自治政府になろうとしていたのが黎明期の裏社会だ。

 

 

「近付かなければ潔癖症に比べて無害、時々市場におこぼれを流す。関わらなければ得があった分、静かに暮らしてた俺等からすればあったほうが良かったまであるんだよ」

「すごいこと言うね」

「だからお前が裏出身だって聞いても不快感が薄かった。異最上に所属してたって方が不快感は強かっただろうな」

 

 

裏社会は表の混乱を見て長期的な搾取は不可能だと悟った事で、表そのものから殆ど興味を失っていた。

奪い、奪われる時代において暴力は最も価値の高い資産で、その資産によって産業を掌握した時点で裏はそれを運用する以外に使い道を無くしたのだ。

 

人は基本的に主観を第一とする。

 

酉野のような近付いてはならない場所へ近付かない事を徹底していた者からすれば、裏社会というのは手を出さない限り産業を保護している組織といった印象だけが先行する。

異能産は和反がAFOへの批判として使用したため情報だけは表に漏れているが、詳細や規模までは出ていないため印象には薄い。

また、裏に反抗的思想を持つチャレンジ精神に溢れた者は帰らない訳で、それによって関心の無い人間が増えていき、表と裏の断絶は深まっていった。

 

裏に所属し、異能産を含む多くを知る蒼からすれば酉野から嫌われていてもおかしくないと思うのは当たり前だが、逆に酉野からすれば何をやっていたのかよく知らないので嫌うも何も無いのだ。

 

 

「裏が動かなくなったせいで工場は物資の強奪が頻発して終いにゃ離散、輸送屋もいなくなって明日の飯も確実じゃなくなった」

「……実際、どう?」

「加工食品や工具類といった有用なものの大半は異最上に持っていかれたらしい。異能が強い奴ほど異最上にいるからな……相対すると潔癖症じゃ勝てん」

「潔癖症もなぁ、数は多いけど結局生身だからね」

「まあ、噂だと裏の武器が潔癖症に流れたらしいがな」

「えっ」

 

 

裏の所有していた武器。

暴力という稼業に応じた数多くのそれらは、常人には過ぎた力だ。

第1世代は出力が弱く、第2世代はまだ子供。

拳銃を向けられた場合、容易くその生命は散るだろう。

 

 

「それは、潔癖症が武器争奪戦で異最上に勝ったとか……?」

「まさか。残党が潔癖症と合流したんだろ。異最上は異能持ちのためだけの組織だからな。敵の敵は味方になり得る」

 

 

異最上は文字通り、異能持ちが最も上であることを主張する組織だ。

裏社会の残党の大半はAFOよりも歳上であり、異能を使うのではなく、異能持ちを使う側が殆ど。

当然ながら過激な思想のもと、簡素に言えば異能持ちだけの地位向上を掲げる異最上は敵であり、殺せるならば殺したほうが良いという判断にも理解はできる。

 

 

「治安の底値を更新する時が来たのかもしれないぞ」

「なんで裏社会が無くなったのにより悪くなるかなあ……」

「元々裏社会の仕事ってのは治安維持だったからな」

「建前みたいなものでしょ?」

「少なくとも異最上はあそこまでデカい顔をしていなかった。異能持ちが大々的に暴れないってだけで随分と違ったんだよ」

「……」

 

 

異能持ちの酉野が辟易とした顔で語るのも変な話ではあるが、蒼もそれが間違いではないことは分かる。

 

 

「いっそさあ、まずは畑とか作る?」

「それは……ありかもしれないな」

 

 

話を逸らすように提案した意見に、酉野もまた流された。

結局、蒼は異最上への突撃を選択しなかった。

それが真っ当な生き方なのだと、なんとなく頭の片隅で自らへ言い聞かせるようにして。

 

施設の一日が終わり、情報収集のために闇市で木彫りのお面を被った蒼は端のほうで座り込んだ。

顔が割れれば蓄えなどが推測されて襲撃の可能性が上がることから、闇市では顔を隠す人間も多く、木彫りの仮面はそこまで浮かない。

血の乾ききった死体が転がる闇市で、蒼は聞こえてくる声に集中する。

 

そうして暫く聞き耳を立てたが、入ってくる情報の中で気になる事といえば、異最上の増員に加え、近辺工場は全て略奪の対象となり、まともに動いている場所はなくなったという事ぐらいだった。

 

明日を保証されない日々を生きてきた異最上は、継続性という概念が浮かばないからこそ、今日のために全てを奪って有るだけを蓄える。

彼らがいつか己の首を締めているのだと理解できる日が来るとは、蒼にはとても思えない。

 

 

「本当は使い倒して全部消し飛ばしたいな……」

 

 

お面の下で、蒼は小さく呟いた。

 

蒼の異能は、この時代において例外を除き発動した時点で目撃者を残さない。

しかし一定の条件を発生させた時、例えば施設に襲撃をした異最上は必ず行方を晦ませるといった噂が拡がった場合、蒼が過去に打ち立てた都市伝説に極めて近い状況が起きた場所へAFOが訪れることが予測され、結果的にAFOとの早期再戦をしなければならなくなると蒼は考えていた。

 

───蒼はAFOに勝てない。

 

能力の仕様上、蒼の異能は効けば消し飛ばせるが、効かなければその先は無い。

AFOは一度、蒼の鎮圧法を確立した。

噂が耳に入った時、確実に再現性を以て同様の手段を選ぶだろう。

そして何度も遭遇するうちに、蒼の異能の解析を進め、より効率的に、より少ない犠牲で蒼への有効打を導き出していく。

 

何より不意打ちを食らった場合、あの時と同じ手段を使われるのであれば異能を出力する猶予はない。

そうしていつか蒼が鎮圧後に弱った状態で別の場所に移動するのを把握され、何らかの対策を打つだろう。

よって、可能であれば潜伏の後、最も嫌がるタイミングで蒼からの不意打ちが最善。

向こうに気取られ、後手に回ることが確定した場合、鎮圧が可能という前提でAFOは積極的に介入してくる。

 

被害を嫌って遠方より制御を試みていたあの時は、蒼という存在に押し勝てるかどうか不明だったからこそ消極的だっただけなのだ。

 

異能の全力使用によって出力が上昇し、下手に発動する事も出来なくなった使い勝手の悪さに溜め息を吐く。

 

 

「……和反がずっと引き付けてくれればな」

 

 

駆藤がいる限りAFOはそちらを見るだろうが、その次の継承者からは果たしてどう動くかがわからない。

原作の限り、駆藤の後、4代目継承者まではAFOが辿り着かないとは思うが、果たして。

 

 

「あー、駆藤さんの知り合いとかいないかな」

 

 

この時期の駆藤周辺にはAFOの影がある筈だ。

迂闊に動いて察知されるわけにもいかない。

駆藤へ現状の共有すらできていないが、果たして和反は現在どうなっているのか、駆藤はどれほどの情報を掴んでいるのかが気になり、蒼は頭を抱える。

 

 

「───お前、目的はあるのか」

「うぉッ」

 

 

ふと闇市の人混みより、背の高い男が蒼を見下ろしていた。

それは麻袋のような生地を被り、顔を隠した男。

見るからに不審者ではあるが、この時代においてその程度で目を引くことはない。

 

 

「クドウ、と聞こえた。お前は()()を志す者か?」

 

 

それは、確認のようなものだった。

知っている者からすれば判る内容で、知らない者からすれば何の話か判らないもの。

蒼はその言葉がAFOの打倒を目指す者であるかという問いだと理解した。

 

 

「……そうとも言えるし、今は言えない」

「どういう事だ」

「和反には入らないよ」

「ワハン、和反。お前、裏の残党か」

 

 

短いやり取りで、男は蒼の出身を把握した。

裏社会はAFOの巣であり、手足だと男は認識している。

途端に声を硬いものにした男へ、蒼は困ったように眉根を寄せた。

 

 

「あー……駆藤さん、わかるでしょ。あの人とちょっとやり取りしてたのよ」

「……」

「んで、確認したいことがあったから連絡取りたいけど、A……ほら、色々動いてるでしょ。そっちの人達の事とか知らないし困ってたの」

 

 

人混みでかき消されるだろうとは思いながら、AFOと呼ぶ事は控えた方がいいかと蒼は若干声のトーンを落とす。

 

 

「……名前を言え」

「名前……」

「リーダーに聞いて、本当に知り合いであるならば繋いでもいい」

 

 

その瞬間、蒼の脳内には数多もの選択肢が浮かび上がる。

少なくとも偽名の明灯蒼では良くない。

アオイという名は珍しくもないが、和反越しにそれがAFOに伝わると興味を向けられる可能性がある。

最悪誰かに聞かれても願星蒼だとAFO側に漏れず、駆藤にはそれが誰であるかが伝わる言い回し。

 

これまでを思い出し、そして、閃いた───

 

 

「とりあえず駆藤さんに顔蹴っ飛ばして歯をへし折った女と一緒にいた女って言えば分かるかな」

「よし、分かった。お前は敵だな」

「顔蹴っ飛ばしたの私じゃないのに!」

 

 

戦闘の構えを取った男を前に、蒼は手を上げて諭しつつ、全力で首を振るのだった。

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