個性【蒼星】   作:指ホチキス

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33:和反の現状報告

「フンッ」

「ウッ……おい、こういうのは普通、結局構えただけで終わるやつだろ!」

 

 

パンチが放たれ、蒼は咄嗟に腕で防ぐ。

こういうのはなんだかんだ殴らないやつではないのかと思いつつ、蒼は眼の前の不審者に抗議した。

 

思ったより硬いが、()()()()()()()()

男は蒼の事を裏社会出身ではあるが、肉体強化に関する異能持ちではないと判断した。

 

 

「親しい人間の歯を折った話を聞いて何故怒らないと思う。裏の人間にそれを言うのは無意味か?」

「それは……正しいかも……」

 

 

真っ当な意見が胸に刺さり蒼は呻く。

黎明期的価値観に生きているだけで、後の価値観を知ってはいるため、蒼は正論に対して極めて弱い。

 

未だに構えを解かない男を前に、蒼はガード姿勢のまま首を傾げる。

 

 

「え、ウソウソ、続行?」

「嘘ではない」

「こういうのは苦手なんだが!」

 

 

身体能力については並より強く作っているとはいえ、そもそも当人の運動センスがあまり無い。

山登りが出来る程度には普遍的なのだが、肉弾戦を行えるほどの才覚は無かったのだ。

返しで殴ってみるが、腰の入っていない力任せのそれはガードすら打ち抜けず。

 

 

「クソッ」

 

 

相手のパンチは辛うじて防げる。

男も本気で殺そうとはしていないものの、一旦捕縛してから考えを聞こうとする思考が透けて見える。

このまま続くようなら繋がりを気にせず消滅させてもよいのだが、使い所が難しい。

異能を使用して消し飛ばすにしても、誰もこちらを気にしていないとはいえ闇市の近傍であり、巻き込まれとそれに伴う情報流出が怖いのだ。

仮面の下で、どうしたものかと男を観察すれば、驚くべき事実に蒼は目を見開く。

 

───眼の前の男に、蒼い光が極めて効きが悪い事を察知した。

 

発光した蒼の瞳を直視しても消し飛ぶことが無い程の覚悟、または狂気を宿しているという事実。

それは、この時代において極めて希少な精神性。

 

 

「……ォあ?」

 

 

疑問に動きを止めれば、拳が迫る。

蒼は無防備にそれを額で受けた。

仮面がズレて、包帯の巻かれた顔が露出する。

 

 

「何ッ!?」

 

 

それを見て驚いたように飛び退き、両手を挙げる男。

仮面をつけ直して何事かと様子見に入った蒼へ、男は猛獣に遭遇したかのような、刺激しないような動作を意識してゆっくりと息を吸う。

 

 

「待ってくれ、話したいことがある」

「おいこういうのは普通腹とかだろ。一直線に顔面パンチしといて待ってくれが通じると思うか? いっそやってやるぞ私はよ!」

「やるも何も、その雑魚パンチでか?」

「煽りよる。対話を求める態度って知ってる?」

 

 

身体の使い方が下手くそなだけで筋骨は丈夫な蒼がブンブンと大振りのパンチを見せるが、男はそれを無視して言葉を続ける。

 

 

「お前、蒼い星だろう」

「は? なんで知って……いや、そっか、駆藤ニキと繋がりあるなら聞いてるのもおかしくないのか」

 

 

声のトーンを落として呟かれた言葉に、蒼は動きを止めた。

一瞬、バレたのなら手段を選ばずに殺して片付けようという思考が掠めるも、駆藤と顔見知りであれば下手に襲撃をかけないよう周知されている可能性に思い至り、大人しく腕を下ろす。

 

 

「……ふぅ、本人で間違いないな」

「ひょっとしてカマかけた?」

「カマ? 単なる事実確認だ」

 

 

男としては蒼が別人だと言えば、場が止まったこの機会に別の話をしただけだ。

聞いていた蒼の情報と合致したため咄嗟に飛び退いたが、その選択が間違っていなかった事に安堵する。

と、同時にこの場で異能を発揮されていた場合の被害を半ば無意識のうちに想定してしまい、涼しい口調ながら背筋には冷や汗が流れていた。

 

 

「しかし、生きていたのか」

「まあ、なんとか」

「AFOに敗北して死亡したというのが濃厚だと聞いていたのでな」

「負け……いや負けてな……ぐっ、負けっ、は? 負けでいいよじゃあ!」

「お前は一人で何と戦っているんだ」

 

 

負けたという事実があるとしても、他人に言われると心がささくれ立つ。

地団駄を踏みながら事実を言わされた屈辱に身を震わせる異常女を見た男は、駆藤の言っていた()()()()()という身も蓋も無い人物評を実感していた。

 

 

「……話を戻すが、お前が()()なのであればウチの話を少ししておきたい。時間はあるか?」

「まあ、仕事終わってるし……いいけど」

「何、仕事をしているのか? 仕事……仕事というのは、仕事か?」

「ひょっとして今私は馬鹿にされているのかな」

 

 

どうにも会話のテンポが合わない事をひしひしと感じながら、蒼は溜め息を吐いた。

 

 

「とりあえず場所変えようよ。ウチ来る?」

「……」

 

 

こんな場所で込み入った話などするものではない。

たとえ路端の殴り合いが日常として消費される時代といっても、話によっては盗み聞きした情報が金になることもある。

蒼が親指で家の方角を示せば、男は怪訝そうに首を傾げた。

 

 

「ふむ、逆ナンか」

「顔面に躊躇無くパンチ打ち込むような奴がボケてくるなバカ」

 

 

演技や駆け引きではなく、素が愉快な性格としか思えない男に、蒼は未だ距離感を掴めずにいた。

 

もはや慣れによって意識しなければ脳が音だと処理できないような、暴力と惨劇によって生み出される声が響く街中を抜け、男を連れて蒼は家へと向かう。

そうして廃マンションに辿り着けば、建物付近に設置されている人体を極めて前衛的に配置した警告看板に対し、男は非常に渋い声を滲ませた。

 

 

「何だこれは。こんな、死体を弄ぶような奴がこの辺りにいるのか? こんなところに住むのは止めたほうがいいぞ」

「……そうなんだよね、怖いよね」

「待て、お前に怖いという感情はあるのか?」

「私のこと感情を知らないバケモンだと思ってる?」

 

 

真っ当な意見に、蒼は包帯の下で目をバタフライの如く激しく泳がせながら言葉を交わす。

蒼からすれば()()()()()()()という文化が一般常識に類する世界に生きていたので、比較的秩序側に属する和反からそう言われると居心地が悪い。

 

血の気の無い皮膚(寒色を混ぜたような肌色)と、酸化した血(焦げ茶にも近い赤)と、()()脂肪()(個人判別色)

それらの混ざりあった塊を前にしても、蒼はなんの感想も抱かない。

精々が髪を見て、塊となったそれの性別や若さを推測する程度にしか感情は動かない。

 

価値観が致命的にズレている事を自覚しているだけ、まだマシなのだろう。

 

誤魔化しながら室内に入ると、男はおもむろに麻袋を脱いだ。

後ろ結びの青髪に、鋭い目筋。

無愛想にも見える顔が、蒼へと向けられた。

 

 

「まずは自己紹介か。俺はブルース。駆藤の……相棒のようなものだと考えてもらっていい」

「お、おぉ……じゃあ改めて、願星蒼。今は裏から足洗った身だね」

 

 

受け答えがぎこちなくなった原因は、蒼にとって見覚えは無いものの、確かに識っている男の顔にある。

 

OFA3代目継承者、ブルース・リー

 

蒼い光に消し飛ばない人物など、この時代に考えられる限りでは継承者とAFOぐらいだと思っていただけに、そこまで驚きはない。

代わりに胸中(きょうちゅう)を占めるのは疑問。

 

 

「……あなた、駆藤さんの相棒ってことはかなり重要なポジションでしょう。なんでこんな、この街にいるワケ?」

「駆藤……リーダーは今、全てを使ってAFOの目を引き付けている。俺達はその間に戦力をかき集めようと各地に散っていてな。そう考えれば、俺がお前と会えたのは運命のようなものなのかもしれないな……」

 

 

独り言にも近いブルースの口調に、蒼は何が起きているのかを察した。

 

 

「……駆藤さん、死ぬ気?」

「いいや、あの人は繋ぐ気だ。与一の意思を、己の全てを」

 

 

ブルースの瞳に強い意志の光が満ちる。

しかし、その顔は晴れず。

 

 

「与一を知っているな? あいつから、リーダーへと異能が譲渡された形跡がある」

「ふぅん……AFOと一緒の異能?」

「いいや、違う。与一は何も持っていなかったはずだった。それがまだ何を起こすのか。何が出来るのかはわからない」

 

 

その言葉に、蒼は目を細めた。

OFAの性質に、真価に。

ブルースは未だ辿り着いていない。

 

 

「……リーダーはそれを抱え、誰にも話さずに生きていくつもりだ。AFOがこれを知ったときにどうなるかわからないからこそ、それは孤独で、秘匿されて抱えていかざるを得ない」

「他に誰がこの事を知ってるの」

「俺とリーダーだけが知っている。組織のメンバーですら他は誰も知らず、伝えていない」

「……それ、私に言っていいやつ?」

「独断だ」

「えっえっえっ」

 

 

想定を超えて重要な情報として秘匿されているようで、蒼は顔を引き攣らせる。

和反の中心に位置する人物に共有されているかとは思っていたが、まさかそこまでの秘匿情報とは。

 

しかし、言われれば納得はできる。

 

判明した情報は、AFOへの流出する可能性を極限まで絞らなければならないのだから。

後にOFAと名付けられるその力は、未だ宝石どころか、鈍い光も放たない石ころでしか無い。

それでも、AFOにとっては自らの所有物が独り歩きしていると捉えるだろう。

 

 

「お前が齎した被害は、確かにAFOの支配力を大きく削いだ。少なくとも、十年規模での後退を余儀なくされるほどに。たとえ組織に属していなくとも、我々の目的に合致した絶大な働きを見せられてはこちらも重要な情報共有ぐらいはしておいたほうが良いと判断した」

「……なるほどね」

「そして最後に。計画通りであれば、数年後に全面抗争が起きる。備え、殺すための作戦だ」

「準備、間に合うの?」

「犠牲を踏み越えてでも打ち倒す為にリーダーは走っている。俺達はそれを受け入れ、決意を一つにした。それだけだ」

 

 

それはAFOが有用だからと目を付け、その異能のついでとばかりに命までをも奪われた少女から始まった。

その利己的かつ搾取的行為に、少女を知っていた少年が決起し、それに同調した人物達が集う纏まりであった。

 

和反と呼ばれていたそれらは、最終目標を一致させながらも、しかしその実、内部的な団結が薄かった事を蒼は知っている。

AFOを打ち倒すという目標に対し、構成員の増加に伴って理由の方向性が乖離している節があったのだ。

 

 

「そう……団結、したんだ」

「仲間の死体を弄んででもこちらを引きずり出そうとした行為は看過できない奴が多かった。俺はリーダーと共に仲間を、己の命すら使い奴を殺す覚悟を誓い、その日へと向かっている」

 

 

人の死を悼む、普遍的な感傷を抱くにはあまりにも喪い、壊れていくものが多すぎた。

それがたとえ肉親であろうとも忘れ、切り替えられねばこの時代を生き残れない。

 

それでも仲間の死に怒る事ができる彼等は、AFOに相対するに相応しいのだろう。

 

そして交わされた誓い、己の命すら薪として焚べる決意は、確かに確固たる自己を成し、己が世のために救いとなる条件を満たしていた。

ブルースが蒼い光で消えないのならば、駆藤も恐らくは同じように蒼い光に誘惑されることが無くなっているはずだ。

 

 

「話は以上だ。最初に言った通りリーダーに繋ぐことはできるが、どうする。直接は厳しいが、口頭での伝令なら誰かに行かせることは出来る」

「いや、いいよ。AFOにバレたら襲撃かけられるし、そっちも無駄に危険を冒したくは無いでしょう」

「そうだな。だが……蒼い星が未だ健在というのはありがたい。俺達としても、AFOに比類する存在が奴と敵対し続けてくれるのは助かる」

「まあ当分は奴の前に出ないけどね」

 

 

その言葉に、ブルースは少しばかり目を細めた。

 

 

「何か、引き摺っているのか?」

「後遺症みたいなのは無いよ。けどアイツ光で消せないからな……今は隠れて機を待ちたくてね」

「……ひょっとして、AFOはお前が生きている事に気がついていないのか?」

「おっ、鋭いね」

「なるほど、それなら理解できる」

「まあ後は、本調子じゃないのもあるけどね」

 

 

蒼は前回の相対で、本気を出した。

それは激情に呼応して個性の本性、蒼星という存在により近付いていた事に他ならない。

しかし終わってみれば、その影響は僅かに残る程度に留まり、出力も以前よりは向上したものの、AFOと相対していた時のものは再現できそうに無く。

 

感情に呼応し、出力は上がる。

しかしながら前回の激怒によってある程度発散できてしまったからこそ、今相対をしても以前より楽に鎮圧されてしまう事を薄々感じていた。

 

 

「調子は戻るのか?」

「いや、どうだろう……確約はできないよ」

 

 

発散してしまった感情を時間で取り戻せるかはわからない。

大量の焼き肉を準備して、それを楽しみに飢えて帰ってきたら目の前でそれを全て食われていた、捨てられていたというのであれば怒りの瞬間最大風速を更新して全力(E.G.O限定覚醒)も飛び出すかもしれないが。

 

 

「まあ、暫くは上手く隠れていたいかな。そういう意味では和反の事も応援してるよ。何も手伝えないけど」

「囮に使うことも考えたが、本調子ではないのならば当てたところで時間稼ぎにもならないだろうからな、取引の結果と聞いているが、お前は既に十分に仕事をした。こちらから強制はできない」

「今サラッと看過できない事言わなかった?」

 

 

青筋を立てる蒼に対し、ブルースは手慰みとばかりに麻袋を畳みながら溜め息を吐いた。

 

 

「情報は漏らさないが、万が一俺達が失敗してもお前がいるならば奴も順調とはいかないからな。俺としてはそれだけでもありがたい」

「まあ、最悪のタイミングで嫌がらせぐらいはするよ。それまでは基本的に隠れてボケっとしてるけどね」

「……そういえば、ずっと気になっていたんだが。隠れていると言う割に、その瞳に巻いた包帯はどうにかしないのか。俺のように知っている人間からすれば特徴的すぎてすぐにわかるぞ」

「あー……これね……」

 

 

蒼は顔に巻かれた包帯に触れ、気まずそうに口を歪ませる。

 

 

「考えてたんだけど瞳を隠すいい方法が無くてね」

「お前の異能は発動するタイプだろう。瞳を隠す必要は無いんじゃないのか」

「それが、ちょっと色々あってさ……」

 

 

指をかけて包帯をずらした先、隠していた瞳がブルースを真っ直ぐに捉える。

 

 

それは光を反射しない黒い瞳孔をしていた。

それは灰色に染まった網膜に囲まれていた。

それは瞳孔の輪郭が蒼く光っているように見え、ブルースは脳が揺れるような、何かを識ってしまいそうな感覚を覚えた。

 

それは、()()()()()()()だった。

 

特徴的な両の目を見たブルースは、脳に響くような感覚を意識的に無視する事で対処とする。

包帯を突き抜けないほどの微弱な光は、ブルースの確固たる精神に影響を及ぼすに至らない。

驚きによって顎に手を当て、それをどう表現しようか悩み。

 

 

「……落ちていた本で似たものを見たことがあるな」

「えっ他に私みたいなのがいるの……?」

「あぁ、その本には人体の裸などが書かれていてな」

「───おい、エロ本だろそれ!」

 

 

理解するまで数瞬の間を要して蒼は激怒し、暫しの沈黙。

 

 

「え、私って今エロ本みたいな状態ってこと?」

 

 

客観視によって生まれた感想を前に、蒼はゆっくりと瞳を手で覆い隠し、愕然とするのだった。

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