個性【蒼星】   作:指ホチキス

34 / 50
34:心臓の形

瞳を見られないようにいそいそと包帯を巻き直し、スッと自らの体を抱いた蒼はブルースから距離を取る。

対し、その一連の流れをまるで奇妙なオブジェを見るかのような目で追うブルース。

 

 

「私の事をそんな風に見るな。見るなー!」

「いや、最初からそういう対象として見ていない。好みでもないからな。本当に欠片も無いので誤解するな」

「お前ら一回は私の事を傷付けていくの何?」

「言い出したのはお前だろ」

 

 

ブルースもまた駆藤と同様に、悲惨たる超常遺児を多く見て、同情を覚える真っ当な感性を持ち合わせている。

再三の話ではあるが、成人しているとはいえ背も低く(あばら)の浮いた栄養失調が如き痩せ型である、この時代の超常遺児育ちと同様の体型をした蒼は、普遍的な感性をしている人間から見ればどうしても不健康そうな子供を想起させるのだ。

顔は少女特有の丸みが無い、はっきりと大人の顔立ちなのだが、体格の印象ばかりはどうしても拭えない。

 

 

「まあいいや、いい。見たもの全部忘れろ。無し、全部無し!」

「……あぁ、まあ、疑問については理解した。今後は仮面の常時着用を勧める」

「まあ、考えとくよ。上手く隠せるといいんだけどね……」

 

 

瞳を覆う物を探すのは非常に難しい。

帽子や眼帯なども考えたが、隙間が生じるとそこから漏れた蒼い光を見てしまった人間が消える怪奇現象が発生するため選択できなかった。

また消失の際は、輪郭を歪ませながら蒼へと吸われるように消える為、犯人の特定も即座に行われてしまう。

 

包帯は本当にいい目隠しなのだ。

目を閉じたまま即座に離れる必要があるものの、最悪怪我人に渡したっていい。

清潔かどうかは議論の余地があるが、止血できるだけマシだろう。

 

 

「結構本当に困っててね……なんかいいの無い?」

「黒塗りゴーグルとかどうだ」

「エイリアンみたいな外見になるけど」

「フッ、似合ってるんじゃないか」

「鼻で笑った後に言う事じゃなくない?」

 

 

ちなみにメガネやサングラスはそもそも選択肢にも挙がらない。

レンズは当然ながら光を通す。

瞼を閉じたままでいれば問題はないのだが、知覚できているとはいえ、驚いた拍子に目を見開く事もあるので安心はできない。

 

消し飛ばす事そのものに制限を掛けている現状にとって、瞳の変質はそれなりに気を遣う。

AFOに居場所が特定されたのであれば開き直って奇声を挙げて奇妙な動きで走り回りながら、異常者へと注目した異最上と目を合わせまくって消し飛ばしていくのだが、今はできない。

 

ここで話は終わったとばかりに麻袋を被ろうとしたブルースは、ふと思い出したように蒼へと意識を向けた。

 

 

「そういえば、個人的に聞きたいことがある」

「何?」

「AFOに比肩する異能持ちのお前に聞きたかったんだが……お前にとって異能とはなんだ?」

「……難しいこと聞くね」

 

 

漠然とした疑問。

 

 

「私にとって異能とは、ねえ」

 

 

考えながら、思考を口に出す。

 

 

「私はこれを主に生きるために使ってきた。奴はそれを支配の手段として使ったし、そっちは阻止の手段として使っているでしょ。だから、私にとっては個人差のある道具のように感じているかな」

「お前は異能を持った人間と、持たない人間になんの違いがあると考える」

「なんにもない」

 

 

蒼にとっては、異最上も潔癖症もほぼ違いがないように見えていた。

何よりそれらの瞳は、平等に蒼く光る事を知っている。

過激なまでの主義思想、行動に対し、そこには覚悟が欠片も無い。

ただ自らが有利に生きたいという、自制無き生命活動があるだけだ。

 

 

「異能があってもなくても死ぬ。だから違いはない」

「ほう? その意見は異能に対する肯定とも、否定ともとれるな」

「どんな奴だって死ねば一緒って当たり前の事を言ってるだけだよ。肯定でも否定でもない。だから……そう、道具。人を不幸にするだとか、無くなったほうが良いだとか。そんなに広い目線では見ていなくて、私はそれを単に手段として選べる道具だと思ってる」

「……俺は異能そのものを不平等だと考えた。AFOが影響力を増す事を、当たり前の事だと理解してしまう自分がいた。お前が異能を道具だと認識しているのは、俺からすれば随分と軽い見積もりだと感じてしまう」

 

 

人は生まれながらに平等ではない。

 

肉体が、環境が、資産が。

均一にはならない。なってはいけない。

種として長続きする形を収束させるために、人はそれぞれを正として世に落ちていく。

 

異能は、それらの中でも不平等の度合いが高い。

巻き返すことができない。努力と幸運では埋め難い差。

収束せず、拡散していくだけの適解なき野放図の因子。

 

 

「俺達は不平等を、不自由を押し付けている側だ。時折それを均等化できるAFOに正義があるのではないかと不安になる」

「それは異能だけに留まらず誰だってそうで、誰もが他人へ不自由を押し付けている」

 

 

確かにAFOの奪い与える異能は、それらに苦しむ人々にとって救いなのだろう。

定まってしまった己の運命を捻じ曲げる手。

それが正しき信念のもとで運用されれば、黎明期を早期に切り上げる一因となり得るだろう。

 

───だが、そうはならない。

 

AFOは愚かにも支配という最短距離を選んだのだから。

 

 

「統治ではなく支配を選んだ時点で、奴は救済にならないし、なれない。奴は誰よりも不自由を享受せず、一方的な搾取を目指しているのだからそんな悩みは的外れもいいところだよ」

「しかし、奴の異能は確かに他者の運命を捻じ曲げた」

「捻じ曲げたって、結局は奴の所に回帰する。目が曇っているね……例えば私はこの異能を正直持て余す程度には強力だとは思っているけど、だからといって自分に大した意味を見出していない」

「それは()()()()()?」

「いいや、()()()()()()()()()

 

 

力に価値がある時代。

力に意味がある時代。

 

未だ理論や理屈だけで飯は食えず。

生産より略奪が横行する日常。

手の届く範囲を助けることもままならない人々。

 

そんな時代に、強大な力に大した意味はないと主張するのは馬鹿か、能天気ぐらいだ。

力さえあれば恐怖か、はたまたカリスマによって人を率い、自分の望むがままに振る舞える。

 

この時代の人間は、皆そう考える。

この時代の人間は、皆そう願う。

力さえあればと、誰もがそれを求めている。

治法による平和を知らない大半の異能持ちは、特にそれが顕著になっていた。

 

蒼はそれが嫌いだ。

 

 

「お前が力を否定するのか」

「遂には人の目を見て話すこともままならなくなった私がそれを言うよ」

 

 

ギ、と空気が軋むような感覚。

しかし蒼はブルース自体を嫌ってはいない。

単に、己が生きていくという夢に、過剰な意味を見出すのは意味が無い事だと諭しているに過ぎない。

 

 

「異能そのものに意味は無く、大義もない。異能に使われるのではなく、使わなければいけない。それを間違えた時、身の丈に合いもしない過大な夢を叶えようとしてしまうから」

 

 

最短距離を選んだ奴へ、当てつけのようにそう言った。

 

 

「ま、大前提、私の異能は善人も悪人も平等に消し飛ばす。それに意味を見出しちゃうと私は絶滅遂行者になっちゃうからね」

「……」

「私は抑制による平和を認め、享受できる。この異能に反するそれは、おかしいこと?」

「いいや、お前が平和を望むのならば、異能に関わらず自由な主張をしてもいい……そうだろう?」

「ふふ、もちろん。その通り」

 

 

力に惑わされるな。

己の異能に思想を委ねるな。

他者の異能に意味を求めるな。

 

 

「異能にそれ以上を見出すのは間違ってる。から、私にとっては道具。その程度の認識でいたい」

 

 

力ある存在と見出されるのは構わないが、そう大層な事を思われるのは蒼としても居心地が悪い。

蒼は自身の能力より甚大な被害を発生させることが可能な異能が後の世に出てくることを知っている。

 

先を知っているからこそ、そんなに大きな顔はできないし、たった一人で出来ることに限りがあることもわかっている。

人間を超越しようとしない。

人として生きる事を願うからこそ、人であろうとし続けている。

蒼の倫理観は黎明期相応のものだが、異能に対する認識は第5世代、原作の時代に近い。

 

それは知っているからこそ生じる、この時代においては異様に見えるほどのズレは、しかし先を見据える和反にとっては良薬となりえる部分があった。

 

蒼の異能に対する言葉に、ほんの少しだけ自身の抱く認識が変わったことを感じながら、ブルースは蒼へとメモを渡す。

 

 

「何これ」

「───この街の異能者達が内輪揉めを起こしたようで、遺児の取り合いが水面下で加速し始めている」

「えっ知らん何それ」

「勧誘ついでに情報収集をしていたのでな。仕切り役が対立したらしいが、詳細は末端まで伝わっていない。結局どちらも影響力を強めるために遺児を狙うはずだ。路地裏や施設など、対象はより無差別になるだろう」

 

 

思うところがあるのか、声に苦いものを滲ませつつ、ブルースは麻袋を被った。

 

 

「俺はもうこの街を出るのでこの情報は勝手に役立ててくれ」

「おっマジか、ありがと」

「もしも計画が進んだ時、会えたのなら日程ぐらいは連絡しよう」

「はいよ、頑張ってね」

 

 

包帯をずらして応援の意を込めてウインクすれば、それを見たブルースは困惑した雰囲気を出す。

 

 

「……すまん、今のサインについて覚えがないのだが」

「ウインクって言うんだよコレは。黙って行け」

「今の変顔が……?」

「ぶっ殺すぞ」

 

 

手を振り上げる頃には、既にブルースは退散していた。

拳を下ろす先を見失った蒼は、包帯を巻き直すこと無くマットレスへ寝転がる。

 

 

「……和反も動き出すのか」

 

 

残り数年でOFAは継承され、駆藤は死ぬ。

果たしてその時に蒼の出来る事はあるのかということを考えながら、その日は眠りについた。

 

翌日、のそのそと出勤してきた蒼は、昨日の事をぼーっと思い出しながら食事の準備をして、洗濯をして。

業務がある程度落ち着いたところで、大人達は施設の入口に座り、子供達の異能行使を監視しながらいつも通りに会話を始めた。

 

 

「ド滑りマン、有力筋からいい事聞いたんだけどさ」

「あぁ?」

「異最上、内輪揉め始まったらしいよ」

「……遂にって感じはあるな」

「んで劣勢側が逆転のために遺児を狙ってるらしい」

「あぁ、助けろってか?」

「いや、助けるかはともかくとして、ボコボコにして縛って沈めるいい機会かなって」

「はぁ、お前なあ」

 

 

前の言葉を忘れたのかと目を向けた酉野に対し、蒼は指を施設へと向ける。

 

 

「ちなみに路地だけじゃなくて、こういうとこも襲撃対象だってさ」

「……そうか。そうなると準備ぐらいはしたほうがいいか」

 

 

罠や簡易バリケードなどがあれば戦闘が少しだけ楽になる。

場を有利な形に整えるだけで、対異能持ちの戦闘における勝率はグッと上がるものだ。

 

異能はそれぞれ条件や弱点が異なるからこそ、場の状態によって面白いほどに影響が出る。

 

 

「日はわかっているのか?」

「えっと……」

 

 

チラ、と昨日渡された紙片を見る。

施設に仕掛ける場合の襲撃予測日が書かれており、それと比べるように水島お手製のカレンダーを見る。

日付感覚を失って久しい蒼は、手元とカレンダーを見比べて暫く。

首を傾げて酉野の方を見た。

 

 

「今日って何日?」

「5日」

「5」

 

 

復唱し、目を細めて。

黙って知覚範囲を拡げれば、既に範囲にそれらしき影がいる。

 

 

「あの……今日かも」

「今日!? おい早く言え!」

「教えたのに! 教えたのに!」

 

 

大人達は大慌てで子供に声を掛け、蒼は一発叩かれるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。