異最上。
それは異能を持つ者を最上とする、優生思想を先鋭化させた集団。
自らを種族として優れていると語る彼等は、自らに同調しない異能持ちを下に見る。
曰く、異能を持たない劣等種に与する者は、異能を不必要に
異最上にとって人間とは異能を持つ者。
異最上にとって異能を持たなければ人間ではない。
潔癖症に対抗するように現れたそれらは、自らの信奉する異能によって潔癖症を殺し、犯し、過激性を加速させていった。
「カァッ!」
「ごッ!?」
そんな異最上の顔に脛がめり込む。
女であろうと一切の容赦が無い酉野の蹴りにより、鼻が折れ、歯の欠けた顔で気絶した女がそのまま地面を転がった。
それを目で追いながら、酉野は残る面々に話しかける。
「おう、なんの用だ」
「……まずは話から、というのが通用する相手ではないか」
「話ぐらいは聞いてやるぞ」
「話を聞く奴は不意打ちで顔面蹴り抜かねえんだよ」
「話す気が無いならやる事は変わらねえな」
「お前が何故我々と敵対するかわからんが、黙らせれば同じ事……!」
「馬鹿だからわからねえよなァ!」
会話にならない。
お互いに話などするような相手ではないと初めから決めつけていた時点で、交わされるのは言葉ではなく暴力なのだと決まっている。
異能持ちを保護する異能持ちとして酉野を見る異最上は、自身が何故これほど嫌われているのかがわかっていない。
酉野は子供達から未来を奪う存在が嫌いだ。
しかしそれを
それは酉野と水島のいる施設に異能持ちが集められている事から生じたものであり、酉野からすれば不愉快極まりない思想だ。
「あっ水島さん、今のうちにちょっと行ってきますね」
「気をつけてね……」
そうして戦闘が始まった端で、コソコソと蒼が動き出す。
素早く移動し、蹴り飛ばされて気絶したままの女の足を掴むとそのまま引き摺って水島の方へと戻る。
当然ながら服や肌は擦り傷だらけになるが、蒼にとっては些細な事だ。
「じゃ、始めますか」
「必要なこと、これは必要なこと……」
そんな二人を気にせず、酉野は異能を行使した。
足裏より空気を発射する異能。
それは吸った空気を溜め、足裏より圧縮して噴き出すことができる異能。
そしてそれは、喉を通った空気であれば全て利用できる。
流石に第3世代のグラントリノのような3次元的移動は不可能なものの、それは第1世代の中では対人性能が極めて高い。
噴射、加速。
口を開けておけば、喉を通った空気を更に噴射、加速。
地面を蹴るのではなく、弾くように。
「ッラァ!」
加速した蹴りが放たれ、側頭部を打ち抜くことで一撃で意識を飛ばした男は、そのまま蒼達の方へと蹴り飛ばされる。
「俺の事はアイツから聞いてねえか? 無ェだろうなあ……じゃなきゃ雁首揃えてノコノコ来ねえだろうからなあ!」
そうして吼えた酉野の後ろで、蒼と水島が身動きできないように女の手足を縛り、水桶へと顔をもっていく。
「あ、水島さん、腕のあたりちょっと縛り甘かったのでお願いしていいですか」
「───これでどうかな!」
「いい感じっす。じゃあ、お目々醒まそうね〜」
「───ガボッ……ゴボボ、ゲボッ!?」
「よぅし、ド滑りマン、準備できたから気絶させたらどんどんこっちに蹴り飛ばして」
「おう、そんじゃあ……」
酉野は腕を下ろし、足裏を地面にしっかりと付けた。
それは戦闘の構え。
従来の戦闘準備と大きく異なる、異能に適した体勢。
この時代でもまだ珍しい、異能を使用する戦闘を組み上げた者の姿。
「お前ら、水責めの経験はあるか?」
背後から聞こえてくる惨めな声に、心の底から爽快だと酉野の口角が上がる。
それはおおよそ保護者の顔ではなく、自警団の顔でもない。
異最上へ向け、一歩、二歩。
「良かったなあ、今日、初めて体験できるぞ」
地面に対して空気を噴射し、加速。
蹴り始めにおいて地面へと噴かす事で打ち抜き速度を上げ、そのまま間合いを詰めて顔へと膝をめり込ませる。
法治国家における鎮圧などという優しさはなく、この時代に敵対者へと向けられるのはいつだって加減無き殺意だ。
一撃で脳が揺れ、昏倒しながら口端から吐瀉物を垂らす惨状を見て引け腰となった異最上へ、酉野は悪辣に笑った。
───細腕に見えても、人間の頭を水に沈める程度は苦労はしない。
息を止められる限界まで沈め、肺の中身を吐き出させてからが始まりだ。
逃げられないように体には水島が乗り、頭を蒼が掴んで離さない。
「どうしてここに来たの?」
「そ、がぶ、ゴボボ……ッ!?」
窒息の苦痛に悶えて暴れ始めてから暫く沈め、顔を上げさせて喋ろうとした直後に水へ沈める。
呼吸の準備をさせず、喋れば解放してあげるという雰囲気を出しながら苦痛を与え続けるのだ。
情報を喋って貰うことが目的ではなく、ここに手を出せばどうなるかを体験してもらう事が目的。
故に、ただ苦しみを味わって欲しい一心で語りかける。
「実は、聞きたいことがあって。でも簡単には教えてくれないよね……?」
「ゔ、待っで、まっガ、ゴェ!」
肺に水が入り込む苦しさ。
殴り合いでは味わえない苦痛。
人から奪おうとした奴を罰する法は効力を失い、故にそれぞれの感情で罰を定める時代。
そんな時代に、痛い思いをするだけで生きて帰れることの喜びを知るといい。
これは慈愛の心だ。
もう二度とこんな事をするんじゃないぞと反省を促すための行為に、悪という感情はない。
苦痛無くして人は心身からの理解足り得ない。
「……お前それやりながらブツブツ語りかけるなよ。水島が怖がってるだろうが」
そんな事を水中へ頭を押し付けながら喋っていれば、酉野が構えたまま嫌そうな顔で話しかけてきた。
「無言だったら怖いだろうなって優しさなんだけど」
「無言より全然怖いかな。話が通じないタイプの異常者って感じで」
「水島、それはいつも通りだろ」
「おい本人の眼の前で悪口を言うな」
渋い顔を浮かべながら異最上が苦しみに藻掻くのを無視して続行する。
───暫くすれば異最上の全員が意識を飛ばしたのできちんと縛って転がしておいた。
蒼は薄っすらと流石に酉野が強すぎないかと思うものの、千並を思い出して無言で納得する。
戦闘に向いた異能、戦闘に解釈を拡げられる異能を使い続けた人間は強い。
彼が夢を抱き、どのように家族と別れ、この時代を過ごしてきたのかを知らない蒼は、その本当の理由へと至ることができなかった。
蒼の感覚にとって強さとは有るものであり、得るものではなかったというのもあるが。
そんな事を考えながら全員分を沈め終えた蒼は、水を取り替えて2周目の準備をしながら酉野へと話しかける。
「そういえばさっき言ってたアイツって誰?」
「ん、あぁ……友人だった奴だよ。今じゃ異最上の纏め役なんてのをやってるような、馬鹿野郎だ」
「えっコイツらの?」
苦痛に悶え、赦しを乞う異最上の頭を踏みながら蒼は首を傾げる。
酉野の思想上、どう考えても友人にはなれなさそうなものだが。
そんな事を考えていれば、酉野は鼻を鳴らしながら、静かに笑った。
「少し前……水島とここに居着く前に一緒に生活してた仲間の内の一人だ。潔癖症の襲撃によって仲間の何人かが死んだんだが、それを起因として決別した奴だよ」
水島は沈痛な顔を浮かべ、酉野は悼む表情で言葉を続ける。
「いい奴らだった。あそこで潔癖症の手に掛かって死んだことが、未だに納得できないぐらいに」
「ド滑りマン……」
「まあ、俺はアイツほど引き摺ってないからよ。こんな時代に生きていればそういう経験ぐらいどこにでもある。仲良くしてた奴が死ぬ事もあるし、相容れない形に成っていくのもな」
そんな酉野の言葉に、蒼は自らを回顧した。
深い仲と言えるのは千並と、ギリギリ玄野だろう。
もし死ぬとしてすぐに考えられる死因はAFOの襲撃だが、逃避にも適した異能を持つ千並と、なんだかんだ死ななそうな玄野がそもそも例として適していないことに気付く。
彼等が蒼の巻き込み事故で瞳を蒼く輝かせる方が襲撃による死より現実的である事に思い至り、蒼は思考を打ち切って神妙な顔を作り頷いておいた。
表であればどこにでも転がっているような話でも、裏でトラックの角を削りながらカスを
そんな蒼の内心などつゆ知らず、酉野は貧乏揺すりのように足裏から空気の噴出と停止を繰り返しながら口を開いた。
「奴は未だに怒り続けている。自分ばかり奪われるのは不平等だと叫んだ。悲しみより怒りが勝った奴は、その異能で潔癖症を嬲り殺し、それを未だ続けている。自らが憎む存在と同じ姿になっていることを自覚していないんだろうな」
復讐の連鎖と呼ぶにはその対象は広く、雑すぎる。
結局、自らの嫌う存在と同じ存在になってしまった人間を酉野と水島は子供を害する存在と認識し、道を違えた。
「じゃあ今回来たのは?」
「アイツと揉めた側の勢力だろ。少なくともアイツであれば俺の所に人を寄越さないはず」
「……ならいいんだけどね」
「逆に、それが内輪揉めの原因な気もするがな」
「ふぅん、もしかしたら仲良くできるかもしれないし……一応、名前聞いといていい?」
「……そういやアイツ、名前なんだったかな。水島覚えてるか?」
「えっと、修善寺……なんだっけ?」
「異能姓一緒に考えたから苗字だけはハッキリ思い出せるんだけどな」
「こんちゃー」
そんな事を話していれば、声が響いた。
声のした方を向けば、黒髪とねじり鉢巻が特徴の青年が施設の敷地外から細い腕を振っていて。
異最上が地面に転がり呻いている惨状にどうしたものかと三人で目線を合わせ、ひとまず酉野が応える事となる。
「なんか用か? すまんなとっ散らかってて」
「んやー別にそれは構わないけど。あ、そいつら虐めてる理由ってあるのか?」
「襲撃してきた奴に痛い思いさせて近付かせないようにするためだね」
「なるほど。弱いもの虐めをしているわけでは無いと」
「いやまあ、雑魚も雑魚だったから弱者って点だけは否定しないけどな」
あんまりにもな言葉に、蒼は小さく笑った。
対して青年は納得したように頷き、もう一つと言葉を続ける。
「ついでに、ここが遺児を集めて搾取してる施設ってマジ?」
「仮にも自治会が設置した場所がそんな訳無いだろ」
「だよなあ」
カラカラと笑い、青年は髪をかき上げた。
「街でうるせえのがここの事言ってたから気になったんだけど、そんな訳ねえよなー」
「んで、誰よ君」
「仮役所から紹介されて働きに来た張間ってモンだ。よろしく」
水責めされて苦しんでいる人間を意に介する事もなく、青年は笑った。
しかしその姓に嫌な可能性が脳を掠めた蒼は、恐る恐る質問を投げ掛ける。
「……あの、名前は?」
「ん? 歐児だが」
「おあー……」
原作の中で、黎明期に生きていた人物の名前は殆ど挙がらない。
それは記録が殆ど残らないから。
混沌とした時代の中で埋もれていくから。
名は、後の世へ残らない。語り継がれない。
張間歐児。
しかしそれは原作において、黎明期に生きていながら後の世で異能犯罪者として言及される程の男。
それは、稀代の怪盗と称された男。
それを識る蒼はその名を聞いて顔にこそ出なかったものの、口からはなんとも言えない音が漏れ出した。
「ついでに人員増えたから預かり数増やせって話も貰ってきた」
「ん? 金と資材が足りないから役所での保護は一旦停止と聞いているんだが」
「そこは大丈夫らしいぞ」
目を逸らすように視線を空へ向け。
「大丈夫になった。らしい」
「……」
にこやかな笑みを浮かべる張間に、蒼は包帯の下で目を細めるのだった。