個性【蒼星】   作:指ホチキス

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37:管理表

変死体の警告から数十分後。

保護者組が全員揃ったので朝のミーティングを行う際、一番初めに酉野が1枚の紙を取り出した。

 

題として管理表とだけ書かれたそれに、全員が注目する。

 

 

「まず初めに。俺等を含む、施設全員の異能を把握するように要請が来た」

「……今更?」

「政府が復活したらしくてな。戸籍は兎も角として、まずは異能と個人を紐付けて正式に登録しておきたいらしい」

 

 

黎明期より30年近くが経過し、内戦のような混沌とした時代の中でようやく政府が立ち上がることができた。

とはいえ選挙などを行える状況ではなく、未だ緊急時として国の舵取りを行うための機関でしかない。

それでも、法治の第一歩が始まったのである。

 

 

「空白期間で死亡者も曖昧なところがあるから、まずは人の把握をしたいって話だ」

「親の名前どころか自分の名前すらわからん子も多いのに」

「俺も戸籍とかいうシステムに世話になった記憶がねえから知らねえが、一旦自称でもなんでもいいってさ」

「……異能姓のまま通すんだ」

「逆に通らなかったらどうすんだって話だろ」

「確かに」

 

 

従来の戸籍が復旧できたところで、それが自らであると証明する手段は限られている。

仮に身分証を持ってこの人の、この家庭の子供であると主張して通ってしまうのであれば、死亡者とすり替わる事も簡単だ。

戸籍を把握されていない超常第1世代には既に成人している者も多く、そういった悪用を思い付くことが出来る点で国はかなり慎重に動きを見ている節がある。

 

 

「俺とか水島とか異能持ちでも上の方は多分戸籍に登録されているんだろうが、水島はどうする」

「うーん……親の名前も覚えてないし、異能姓のまま書こうかな」

「おう。ま、こんな感じで結構緩い。隣に記入する異能も別に自称でいいってよ」

 

 

ブルースが駆動を検査したような設備は一般的ではなく、公的に検査や計測を行う施設はない。

何が出来るのか、どこまで出来るのかを知る人間はこの時代では驚くほどに少ないのだ。

 

 

「あとは役所がちゃんと国と連携を取るらしい。つまり正式な役所になるって話だが……それで何が変わるかはわからん」

 

 

役所と俗称で呼ばれているが、それらは国家が管理していない自治体であり、まずはそれらに頭を下げるところから政府の動きは始まっている。

とはいえ第1世代の大半がそれで何が変わるかがわかっていなかった。

国家が保証する身分証、またそれに類する証明書を必要とせずに生きてきた人間は、それを発行する場所の重要性がわからない。

第1世代とされる年代の特殊な出自を除く全てが公的な身分証を自ら発行した記憶はなく、またそれを利用した記憶もないのだから当然と言える。

 

 

「え、じゃあ警察とかも……?」

「それは当分先と聞いた。抑止力になれる人間の数が少なすぎるらしい」

 

 

政府が立ち上がったと聞いて水島がそう尋ねるも、返ってきたのは希望を持たせない言葉。

 

黎明初期、デモやほんの諍いで済んでいた頃を朧気に覚えている酉野と水島は、警察という機関をどこか軽んじながらも、犯罪に対する抑止力という存在については重く捉えていた。

 

 

───誰もが暴力装置を国家に()()()いる中で異能という機能を発現させた第1世代は、警察と、巡り巡って軍の権威を失墜させた原因の一つである。

 

彼らは異能を発端として生じた暴動を収めざるを得なかった。

彼らは時に、異能持ちを擁護する立場に回ってしまった。

国家の抑止力が我々からは武器を取り上げながら、生来のものであれば良しとして彼らは見逃すのかと、不公平を認めているとして、民間人の行動が過激化していった歴史がある。

 

それらは抑止力ではあったが、抑止力であったが故に不満の矛先となり、最終的に政府と共に崩れていった。

戦闘において対異能が前提となりつつある現代で、抑止力を0から用意するには人も設備も足りていない。

組織としての抑止力を街に置くというのは、今の政府には到底不可能なことである。

 

 

蒼だけは後の世で一般常識化するプロヒーロー、()()()()()()()()()()()()という現状を変えられる答えを知っているが、今の世で異能持ちを国家で雇って管理しようなどという甘い考えは通らないだろう。

それほどまでに、異能を持たない者からの心象は悪い。

 

 

「じゃあお前らも書いとけよ」

「はーい」

「うっす。あ、でも漢字忘れたんで辞書取ってきますわ。アオンパ、紙そこに置いといてー」

「あいよ」

 

 

全員が部屋を出ていった中、蒼はどうしようかと悩んでいた。

偽名として明灯という苗字を名乗っているが、戸籍に登録されるということはそれが正になってしまうのではないかという疑問が脳の中を回る。

 

 

「……まあいいか!」

 

 

偽名のまま戸籍登録されても、きっと困らない。

そんな軽い気持ちで、名前と「受光」と記入した蒼は管理表を机に置いて外へと出る。

 

しばらくして戻ってきた張間は辞書を開き、紙を見て。

 

 

「ふーん……」

 

 

ほんの僅かに異能記入欄で鉛筆を止めた張間は、【接着剤】と記入して席を立つ。

 

 

───そうしてこの日、大人は施設の超常遺児に名前を聞き始めた。

 

 

「知らない」

「うーん、なんだっけ」

「カタイヤツ。……え、これは名前じゃないの?」

「苗字? いつものじゃなくて?」

「わかんない……勝手に付けて」

 

 

親に呼ばれていたそれを覚えている者は半分ほどで、苗字まで覚えているのは更に数を減らす。

大人の考えよりも彼等は名前への愛着が薄く、自身を指す言葉はわかればなんでも良いとまで思っていることが浮き彫りとなった。

異能だけが記入され、空欄の目立つ管理表を机に置いた酉野は頭を抱える。

 

 

「……必要性すら感じていないのは予想外だった」

「そうだねえ」

 

 

水島は洗濯、張間が子供の世話をしている中、書類役の酉野は集まった紙に目を通し、悩むように貧乏揺すりを繰り返していて。

 

 

「悩んでるけど、これちゃんとやってなんかいいことあるの?」

「戸籍に紐付いて超常遺児の保護に国単位で支援が入る。ただ……」

 

 

言い淀むような瞳と、どこか怒りを感じる沈黙。

 

 

「名前をリストアップして管理しなければならないと言われたことが、ずっと引っ掛かっている」

「ふーん……まあ、結構強い言い方ではあるね」

「言い分としては、その特性を解析し、新社会の秩序を目指すってよ」

 

 

自虐的な笑みを浮かべ、酉野は貧乏揺すりを止めない。

 

 

「どうも、国は俺達を人間扱いしてくれねえらしい」

 

 

蒼は鼻を鳴らし、それに応える。

 

 

「わかるだろ? 機械や、薬品や、猛獣と同列に俺達は並べられたんだ。潔癖症じゃない。国が、この国が俺達をそう扱うと言った」

「ド滑りマン」

「もはや同じ人間として扱えねえって宣言だ。俺からすれば───」

「酉野」

 

 

異能を持たない奴のほうが人間に思えない。

 

怒りのままにそう続けようとして、酉野は口を噤んだ。

その言葉は、続けられなかった。

 

明日を迎えられなかった子供達に、異能の有る無しなど関係は無い。

子供を守りたいという意志にその思想が挟まってしまえば、それは異最上と同じである。

 

 

「……すまん」

「いいよ。気持ちはわかる」

 

 

その場に座り込んで髪を掻き乱し、酉野は数度深呼吸を繰り返す。

気が昂ぶれば、どうしても抑えている思想がはみ出てしまうものだ。

酉野はこの時代で、異能持ちという役割から逃れられない。生来のものを捨てることはできない。

異最上を否定しながら、嫌いながら、自身がそれを抱いている事に自己嫌悪する。

 

 

「……異能持ちを国が排斥する可能性、あると思うか?」

「無いよ。少なくとも発生のメカニズムがハッキリしない限り、異能の発現は止められないから」

 

 

異能持ちを全員隔離したとしても、第1世代のように異能を持たない両親から生まれてくる可能性は低くない。

隔離したとして止められるものではなく、それは国も黎明初期における散発的な異能持ちの発生によって理解している。

発生そのものを制御することは不可能だと、既に結論は出ていた。

 

 

「国は俺達に何を求めている」

「多分、新しい基準を作ろうとしているんじゃないかな。私達は物差しとなる事を求められているんだと思う」

「……実験台ってわけか」

「そうだね。でも異能持ち側の人間が政府にいて、ものすごく抵抗してる気がする。じゃないと、もうちょっと過激な対応が飛び出してるはず」

 

 

蒼の感覚からして、要請を行っている時点で意外にも理性的な対応だと思っていた。

 

人は自らの持ち得ない属性に対して淡白となりやすい。

心からの理解ができないのであれば、当事者を十全に想定できるはずもなく。

 

ともすれば異能犯罪を制定する法律を初めから掲げ、異能持ちを犯罪者であるという前提で扱う可能性すらあった。

それが様子見に入っている時点で、対処としては極めて穏当と言えるだろう。

 

 

「……アイツか?」

 

 

ボソリと呟いた蒼の脳裏に、売春街にいた男の顔が浮かぶ。

何をしているのか、生きているのかすら知らないが、奴のような裏に精通しながら政治家になろうとする奇特で変な奴らがいるのだろう。

 

裏にいれば噂程度に知られている、【オール・フォー・ワン】や【蒼星】という異能を人類の絶滅を目的として利用した場合、比肩する異能が出現して抵抗でもしない限り、種族の存続に致命的なまでの被害を(もたら)す事が可能だ。

それを知っている人間がいるとすれば、異能に対して強硬な姿勢を示さないのも頷ける。

 

異能持ちをあまりにも抑圧した場合、第2、第3の外れ値が生まれて暴れ出す可能性があると考えれば、それが悪手であることに思い至るのだから。

 

 

「でも、政府がこの世代に期待してないっていうのはあってると思うよ」

 

 

それはそれとして、第1世代が失敗したのは事実である。

社会基盤を破壊し、法律を無視し、生命を脅かす存在だと印象付けてしまったのはこの世代だ。

 

たとえそれが、現行法との噛み合いの悪さによって苦しめられた人々の末だとしても、国は過去の補填を行えるような状態ではない。

第1世代の罪を、失意を、損失を、意志を、それら全てを無かったものとして、そこでようやく国は前を向ける。

 

 

「次の世代から人間として扱うつもりなんじゃないかな。次の世代が人間として扱ってもらえるように、私達の世代が土台となる。これは仕方のないことだね」

 

 

第1世代は、人の規格をはみ出した。

第2世代は、それらを基に()()()()()人の規格に収まるだろう。

 

最終的に拡張された人の規格へ第2世代と共に収まるとはいえ、第1世代は人として認められなかった。

 

それだけだ。

 

 

「……俺達を国は見放したってわけか」

「そうだね」

 

 

とはいえ国の方針を他人事として見れば納得はできる。

納得できてしまうからこそ、蒼は酉野の抱く怒りを共有することができない。

 

 

「いつも通りだよ。子供達のために頑張るのは、いつも通りでしょ?」

 

 

草案がそのまま通されたのか、管理表とだけ書かれた用紙に蒼は目を細める。

物品のように扱うそれに、異能産を思い出しながら。

 

 

「───子供達の名前、どうするの?」

「俺が付けていいなら……ごく普通な、どこにでもいるような人の名前にしてあげたいところだな」

 

 

国から遠回しに人ではないと、そう言われたに等しい酉野は、優しげに笑った。

そうして政府は、第1世代の強い不満と共に立ち上がる。

 

 

───そうして水島が苗字、酉野が名前を悩み続け、一週間が経過。

 

あまりにも悩む二人にアイデアが無いなら辞書の適当に開いたページから付けとけば、などと発言して拳骨を食らい、ネーミングセンスも含め役立たずの称号をより確固たるものとした蒼はメソメソしながら帰宅していた。

 

 

「くそぉ……甲野組では名案って言われてたのに……」

「……ッ」

「あぶな、なんだなんだ」

 

 

背後から振り下ろされたバットをひょいと躱し、振り返る。

少年が一人、地面に当たったバットの振動により腕を痺れさせていた。

同じ方向に歩いていること、バットを持っている程度は別にこの時代ではおかしなことではないものの、流石に背後で振り被られれば蒼も能天気にしていられない。

 

 

「ぐっ……お前も、バケモンだろ!」

「えっ? うーん」

 

 

怒った顔を向けられたとて、蒼に心当たりはなく。

若さからして第2世代とは思うが、会話をしたところで情報を得られる気もしない。

ただ殺意は本物で、平和的解決が望めないというのはこの短時間で理解した。

 

無言のまま知覚域を再展開。

対象を前に、蒼は既に死体の処理方法を考えていた。

周辺には裏路地の奥に子供が一人隠れるように陰で丸くなっているぐらいで、目撃者もいない。

とはいえ完全に消し飛ばすのも、変死体を作るのも噂になりそうで好ましくない。

 

 

「あっ、閃いた」

「ぐぅ!?」

 

 

路地裏の奥より聞こえてきた呻き声は一旦無視して、包帯の奥、ハート型の瞳が煌めく。

小さな光球が包帯の下から放たれ、少年の頭へと吸い込まれた。

 

ピタリと動きを止めた少年は、やがて自らの指を動かそうとして。

 

 

「変な事する前に殺しちゃえば分からないよなァ!」

「が……ッ」

 

 

無防備な頭に、足元に転がっていた大きめの石で一撃。

衝撃によって思考を失い、揺れる頭にもう一撃。

陥没した頭から血が舞う。

 

蒼の閃いた解決法は簡単。

壊れて変死体となる前に、その辺に転がる死体と同じにしてしまえばいい。

 

一気に精神が削られた人間は思考が停止し、奇行に走るまで無防備となるのだから物理的に破壊するのは簡単である。

 

 

「よしっ」

 

 

確実に息の根を止めると、頬を濡らす返り血を拭って死体を見下ろす。

そうしてようやく、蒼は隠れるように潜んでいた子供の方に顔を向けた。

瞬間、子供の呻きが大きくなる。

 

 

「あ、たまが、割れる……ッ!」

「わぁ」

 

 

路地裏で(うずくま)る少年に、蒼は内心の驚きを隠そうと深呼吸をした。

痛みに血走り、潤んだ瞳で蒼を見上げる少年が、怯えた表情で食い縛った歯の隙間より小さな声を漏らす。

 

 

「僕に、何をするつもりだ……」

「……常時発動型ね」

 

 

蒼に知覚されている少年は、瞬間ではなく、連続して発動する己の異能に苛まれていた。

 

自らの脳に釘を打ち込まれたように、異能に思考を食われていく。

己という範囲から逸脱した、第2世代の異能。

それはこの時代において、ある意味で行為に干渉する珍しい異能である。

ともすればそれは事象、法則にすら触れる異能。

 

 

その異能は【危機感知】。

 

 

後に個性因子と呼ばれるそれらは、蒼の瞳を見てはいけないという条件に反応して悲鳴をあげていた。

瞳に滲むその光を見て、識ってしまえば戻れない。その危険を異能は正確に察知する。

 

悪意が無ければ発動しないそれは、蒼が最初に発露した殺意によって発動したまま収まらない。

最初の感知発動から蒼の滲む光は一度も消えておらず、それを攻撃が続いていると認識してしまっているため発動を止められないのだ。

 

OFA4代目継承者、後に四乃森避影という名を得る少年は絶望に呻いた。

蒼は立ち上がることもできない程の頭痛に苛まれる少年を見下ろしたまま、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……君、運悪いねえ」

 

 

頭を抱えて震える少年を前に、蒼は天を見上げた。

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