「リーダー、動いたぞ!」
「あぁ…………ん? すまん、もう一度頼む」
食事もまともに摂れず、頬のコケた駆藤が仲間の声に数秒遅れて返答する。
町中の一角に存在するアジト、その薄暗い室内にて各地に散った仲間からの情報を脳内で整理していた駆藤は、仲間の声に思考を割く事すら時間が掛かる程度に疲弊していて。
「動いた。AFOが動き始めたんだよ!」
「ッ、遂に来たか」
ようやく意味を理解した駆藤は仲間の方へ向き直り、差し出された紙を受け取る。
それを読む駆藤の顔は、時としてここで命を捨てろと命じる自責により幽鬼のように暗く、年齢に対して酷く老け込んで見えていた。
「政府で奴の手先が異能と名前を紐付ける制度を提案したようだ。ウチのに加えて四ツ橋と花畑とかいう議員がそれ以外の強行管理策には反発したが……こっちは表向きは穏健策だったせいでな。結果としてそれらを記入する表が出回る。奴は戸籍制度に手を伸ばして収穫を効率化するつもりだ!」
「クソッ、牽制が間に合わなかったか」
組織として裏社会経由ではなく、表の協力者を政府にねじ込む事はできたが、複数人の擁立はできなかった。
強硬策とAFOの有利になりそうな案などは反発する形で徒党を組むよう動いていたが、中立派までもが頷く穏健策では通ってしまうのも仕方がない。
「異能持ちへの強硬案は採択されなかったが、管理表は奴の影響力を増す一手になる筈だ」
「……過小申告するように噂を流すことが抵抗になると思うか?」
「情報が遅れたせいで時間が足らない。議員は襲撃対象者として外部との接触が限られているせいでッ、お陰でこれを掴むのに遅れちまった……!」
「いや、いい。俺達が判断するまでの猶予はできた訳だ。策として可能なのは……どう思う」
「初動を潰してもやり直しは早い。全てが終わって情報が集まったところへの襲撃、または管理表の焼却が最も時間を稼げるだろうな……」
「…………」
過激な策だ。
そこに正義はあるのか、それに大義はあるのかと、思い悩むもAFOの殺害を目的とする我々は既にそこを通り過ぎていたかと苦笑する。
「……やるか」
この結果により、異能持ちへの偏見が更に強まるのだろう。
これが何を目的としたのかではなく、襲撃という結果だけに人々は注目するのだから。
それでも、駆藤は止まらない。
「ただ、これからのために」
ギラついた瞳には狂気にも似た輝きがあり、突き進む意志だけがあった。
「散ったメンバーを集めろ。動き始める」
「わかった」
そうしてそれを境に各地の戦力を集め、同時に計画からすれば時期尚早となるものの決戦への準備を進めていく。
その中で最も遅れて戻ってきたブルースは、主に潜在的アンチを増やす工作が順調であることを駆藤に伝え、最後に一つの報告を行う。
「願星蒼が生きていたぞ」
その報告に、駆藤は暫く固まり、目頭を揉むと大きく溜め息を吐いた。
「アレが生きている……? どうやって生き延びた」
配下を潰す程度と思っていたところ、どうやらAFO本人との激突があったと思われる話が回ってきたため、慌てて調査として訪れた街を駆藤は思い出す。
決して、忘れることはできない。
そこは人が無数に居た痕跡がありながら、息を潜めるような小さな気配すら無い、肌寒い街。
AFOの損害は概算で聞いていたが、願星蒼という存在が全力での戦闘を選択した時にどうなるのかを、駆藤はそこで初めて本当の意味で知った。
激突地点と思われる場所は一帯が倒壊し、アスファルトは融解してめくれあがり、下の地面を露出させていて。
速度に関する異能を持つ駆藤はそれらの痕跡を見て、おおよそどれほどの速度で、どの程度の質量が動いたのかを感覚として認識し、血の気が引いた。
それは、人間に向けて使用されるには余りにも過大。
常人ならば生存は元より、血痕どころか死体の痕跡すら残らないような、それ程の威力。
それをAFOは願星蒼へ向けたのだと、駆藤は理解した。
これまでにAFOとの戦闘によって建築物が破壊され、人体が無惨に破損する様子はいくつも見ている。
それでも、異能の果てとは、AFOに比肩する異能との戦闘とは、これほどまでに人という枠組みを超えた影響を及ぼすのかと冷や汗が伝う程のもので。
更に敗北したとはいえ、そこで想定された攻撃を喰らって生きているのであれば、もはや想像の埒外としか言いようがない。
「確かに本人だった。敗北の結果、一部後遺症が出ているため前線復帰は叶わないものの……最悪のタイミングで嫌がらせはすると、そう言っていた」
「……ハッ、そうか。生きているなら……いい。アレがいるなら、奴の天下とはならないだろう」
AFOに個人で歯向かい、凄まじいまでの損害を出した女。
動き次第で対AFO作戦の中核ともなり得る存在を想定外に失った事は、駆動にとってもそれなりに後悔の大きいものであった。
AFOへの牽制となる存在が生きているのは都合がいい。
「奴が生き延びていることをAFOは知らないらしい。上手く逃げ出したんだろう。潜伏して時を待つとの伝言を貰っている」
「そうか。この話は……他に話すことはやめておこう。漏れても良いことがない」
「それがいいだろうな」
久々に聞いた組織としての良い情報に表情を緩ませつつ、駆藤は指を組み合わせて擦り合わせる。
仄かな明かりの中、自らの手元を見下ろす駆藤の瞳に影が差した。
「……ブルース。俺では足りない。奴を倒す事は、俺では難しいのかもしれない」
自虐にも似た口調に、ブルースは驚いたように眉を跳ね上げる。
「俺は願星蒼と同じ域に辿り着けないと感じてしまった。あの街で起きた事を向けられたとき、対抗どころか抵抗すら出来ないのではないかと心が折れそうになった」
「だが、蒼い星とは違って俺達には仲間がいる。リーダー、踏ん張ってくれ」
「勿論、分かっているさ。託された全ては今も俺の背中を押している」
覚えの無い謂れに仲間の命を奪われ、煽動者を恨んだ日。
搾取的支配を目指す魔王の存在を知り、反抗を志した日。
仲間の命が時代の中で喪われていき、憎悪に気が狂いそうになりながらそれでも立ち上がった日。
与一から託され、単にAFOを殺すという目的に一つの意味が足された日。
それらの積み重ねが、駆藤の歩みを止めさせない。
英雄となり得る覚悟と狂気を宿し、全てを背負って歩き続けるしかない。
「たとえ俺の命が尽きても、皆と共に在る」
「……俺の命を預けるに値する男だよ、アンタは」
「あぁ……さて、行くか」
ブルースとの会話を終え、各地から戻ってきた組織の面々を集めた駆藤は、静かな口調で語りかけた。
「管理表の話は既に知っていると思うが、組織としてこの表を処分する方向で動く。この作戦が成功したとき、AFOの計画は後退すると同時に、俺達の動向は確実に掴まれるだろう」
管理表がどういうものなのかを多くの異能持ちに周知する必要があり、情報が末端に行き渡るまでの猶予が必要である。
国の立て直しという建前により管理表という重要情報が集められるのを阻止する事は、組織の誰もが納得し、理解していた。
「国を立て直すならばと協力する善人を巻き込むこの話は決して許容してはならない。情報を展開する猶予を作るために俺達が動くべきだ」
これは、士気を高めるための建前だ。
死者の数など今更気にするような精神状態ではない。
単にAFOが効率良く力を増すのを防ぎたいという本音を、綺麗事で覆い隠しただけである。
それでも、こうした建前があれば僅かでも士気に繋がることを駆藤は分かっていた。
「本来であれば数年後に予定していた作戦も早まる事になるだろう。それを踏まえても、この作戦を行うほうがより良い事だと判断した」
駆藤は数秒ばかりメンバーの顔を見る。
不満が挙がらない事を確認し、ゆっくりと頷いて。
「いつも苦労をかける。処理班、情報班、工作班の三つに振り分けを行う。詳細は各自にこの後連絡する……頼むぞ」
そうして組織は水面下で動き始める。
それは管理表が世に出回る、ほんの数日前の事だった。
情報班は各地で管理表がどのように管理され、収集されているのかを追い、工作班はAFOの追跡から情報班を逃がす為にありとあらゆる事を行う。
処理班として残る面々は帰ってきた情報を精査し、襲撃地点を絞り込んでいき。
「……犠牲は」
「23人……いや、昨日戻るはずだった2人がいない。恐らくは25になる。名前はここに」
ブルースより報告を受ける駆藤は酷い顔をしていた。
AFOは蒼の齎した損害によって10年規模で後退したとはいえ、異能戦闘においていえば対人性能は有り余るものがあり、裏社会との繋がりも完全に切れてはいない。
目を付けられている分、情報を集めるだけであっても妨害は熾烈を極めていた。
悼むように数秒ほど動きを止めた姿が死体のようにも見えて、ブルースは思わず肩を掴もうとしてしまう。
しかし瞼を上げた奥、ブルースを射貫くその瞳の色だけが、奇妙な程に煌めいていて。
生きているというには余りにも鮮烈なその輝きが、ブルースの手を止める。
「……何があっても、お前は生き残るようにしろ」
「仲間を、アンタを見捨てろと言うのか」
「与一の異能は理論上、継げる筈だったよな」
「……死ぬなよリーダー。まだやることは沢山あるだろう」
「ブルース。何があってもお前は生き延びろ。生きて、繋げろ。何があっても俺達を繋げ。継いでくれ。それをお前に任せたい」
誰にも話せずに抱えたままの異能。
用途も不明な小さなそれは、二人にとって与一の意志だという表層の理解しか未だ無い。
AFOが唯一、自ら動き、取り戻そうとした弟。
その弟が遺した異能で何が出来るのかを、二人はまだわかっていない。
「継ぐとすれば、俺の死の間際になるはずだ。その時は慎重に、生き延びることだけを考えて動いてくれ。たとえ俺に何があろうとも、お前はお前の役割を完遂しろ」
「……あぁ、そうすると誓おう」
「俺も死ぬ気は無いが……ここから先は奴との抗争もより激しさを増すだろうからな。覚えておいてくれ」
その言葉を最後に、静かに書類へと視線を戻した駆藤へ、ブルースは唇を噛み締めていた。
数日後、管理表を集めた箇所への襲撃が始まる。
一般人への被害を最低限に抑えるため、基本的には管理表の盗難と焼却を繰り返し、人的被害を少なく、的確に資料のみを狙う。
各地で散発的を装って行われるそれらに連絡系統が麻痺したままの政府では対処を行えず、役所が各自判断で動き始めた。
未だ中枢との連携が甘く、上申など無いままに末端が動き出すのは国家として見れば良くないものの、こうした緊急時においては最適とも言える。
「───駆藤さん、役所に自警団が付くような連絡が回っている」
「搬送ルートは」
「全部追えてるよ。襲撃の件で一箇所にまとめて自警団で固める方針みたい」
「好都合だ。集まるまで襲撃は待機と通達。ダミーを掴まされないように注意して追え」
「了解」
情報班からの連絡を受け、駆藤は指示を出す。
そうして徐々に管理表が集まっていくのを情報として捉え、その場所への襲撃決行の日が来た。
「侵入ルートはこれ」
「探知系異能は反応を見た限りいない」
「政府の動きが激しい。コントロールのためにAFOが手を割いているのを確認した」
「一応、裏の残党と売春街の対立を少しだけ煽った。目を引く騒動になってる」
「リーダー、総員準備できてるよ」
「発火の異能がいないのは痛いが……やるぞ」
計画は万全。
夜間に少人数で資料を集めた廃ビルに潜入し、隠密行動の中で自警団を処理しながら部屋へと向かう。
やがて、段ボールが数多く置かれた部屋へと辿り着いた。
意外にもその部屋には自警団がおらず、それは万が一の戦闘によって破損を防ぐためだろうかと駆藤は油断無く室内を見渡す。
過去にオフィスだったのか、無数のデスクが並ぶ部屋にはファイルと紙が大量に置かれていて。
「これを全て焼くには時間がかかるな」
風の異能持ちがいるため燃焼は簡単だが、流石にそれら全てを焼くのは面倒だと駆藤は溜め息を吐く。
ひとまず書類に火を付けようとライターを近づけて。
───風がその火を掻き消した。
味方がふざける理由は無く、かといって書類を置いている室内にそのような風が吹き込むはずもない。
それが精密に制御された異能によるものだと気付くより先に、椅子の軋む音が鳴る。
「───筋は悪くなかった。情報の取捨選択も間違っていない」
暗闇の奥から、紙を
管理表を纏めたファイルがデスクに投げ置かれ、低く籠もるような声が全員の耳へと届く。
「狙いもいい。日付もいい。その優秀さには目を見張る」
薄暗い室内のうち、そこだけが深く黒く塗り潰されたように、闇の奥に座るその存在をこれまで誰も認識できなかった。
未だ輪郭線を捉えられぬそれは、艶のない瞳だけを覗かせて。
「唯一、問題があるとすれば……無力であること。有象無象が集ったところで何になる。そして食い破る選択もできない無力だから、このような餌に引っ掛かる」
その顔が、反射光に照らされる。
「オール、フォー……ワン」
囲まれたに等しい状況の中、優雅で、警戒の必要すら無いとばかりに足を組み、オフィスチェアに座るその姿はまるで休日のようですらあった。
口調は諭すような柔らかさを含みながら、そこに表情は浮かんでおらず。
誰もが構えたまま動けない。
誰もがそれ以上の動きを取ることができない。
姿を認識したその瞬間から濃密な殺意と吐き気を催すほどの重圧が喉を、そして四肢を絞め上げる。
「優秀が故に、最も私が嫌がるタイミングで会えるだろうと思っていたよ」
「……ッ」
「弟が、世話になったね」
その言葉に駆藤側の面々が息を呑むも、AFOは意に介さずに話を続ける。
「この時代では奪い、奪われることもある。物を、価値を、命を……奪い、生きる時代だ」
立ち上がり、革靴の具合を確かめるように踵を鳴らしたAFOは、駆藤へと笑いかけた。
「僕の下から弟を奪ったのは君だったね。君が私に怒りを抱くように、私もまた君達に怒りを向ける大義名分を得た」
「……もしそうだと思うのであれば、お前は与一を人として見ていないな」
そこで初めて駆藤は声を荒げること無く言葉を紡ぎ、AFOは目を細めた。
隈の目立つ顔で、AFOを睨みつける。
「世話なんてしてねえよ」
硬い声。
「あれは与一の意思で、お前のそれは与一の意思じゃない。それで俺のこれは、アイツらの意思だ」
奪われたもの。
喪ったもの。
託されたもの。
それらと、執着にも似た一方的で身勝手な要求が同一だと語るAFOに、駆藤は燃え上がるような怒りが沸き上がるのを感じていた。
「お前は何一つとして貰っていない。受け取っていない。託されていない。奪い取り、騙る事しかできない人間を真似た塵芥だ」
「醜いなあ、そうやって自分が奪った事実だけを正当化しようとするのは畜生にも劣る仕草だぜ」
悲しむ
妥協点を探る時期は通り過ぎており死による解決しか望めないと結論は出ている。
会話をしたところで、無駄な時間が生じるだけ。
それでも、駆藤は一つだけ嗤ってやろうと言葉を放った。
「───あぁ、それでも……願星蒼に随分と奪われたのには同情する」
そこで初めて、AFOの眉が意図しない形で僅かに動く。
切り離されたように他人事として感じる全てが、その言葉を聞いてからまるでフィルターが挟まったように心をざわつかせる。
瞬きをすれば、視界の端にあの色がチラつくようで。
その様子を見て、畳み掛けるように駆藤は言葉を続ける。
「蒼い星に、お前は何を見た」
「……」
「お前は気付いたはずだ。お前が制御できない存在がいることを。いつかお前が制御できない存在が生まれる可能性を……!」
「そうか、お前らか。面倒な事をしてくれた」
失った手段の数々、拡げた人脈の喪失。
瞼を閉じれば、忌々しい蒼色が錯覚として蘇る。
それらを失ったのも、
「逆に、お前は蒼い星に何を見る」
あの光は人には過ぎたるものだ。
超常を宿すとはいえ、あそこまで人の規格から、知識から、概念から外れた存在は居てはならない。
あの色は、この世界において存在を許容できない。
その光を直視したAFOだけがそれを理解していた。
「あの破滅を齎す光を、お前は識らないのだろう!」
識っているのであれば、あの存在を糾弾して然るべきだとAFOは独善的にそう叫ぶ。
その声を荒げるその様子は、先程までとは違うもの。
脳裏に焼き付いた蒼の色がAFOを刺激する。
生来より持ち得ぬ筈の感情が、蒼い光の刺激によって緩やかな色を持ち始めていた。
しかし、当人がそれに気付くことはない。
彼の多くを手に入れようと拡げた腕の内に、それを教える存在は一つも残っていなかった。
愛も、心も。
受け取り方を知らぬままに生きてきた。
受け入れ方を教えられぬまま生きてきた。
当然、自らのそれに気付く筈もない。
自覚できぬ昂りのまま、深く息を吸って。
「……話は十分だ。お前達はここで死ぬ」
「来るぞッ!」
全員が攻撃に移るよりも早く、AFOは右手を前に。
空気圧縮、心肺強化、火薬息、金属体、螺旋骨。
Snap!!
───轟音と閃光が場に満ちる。
破砕音が響き、建屋の壁が内側より弾け飛んだ。
支えきれない屋根が重力によって落ち、粉塵を舞い上げて。
焼けた紙が上昇気流によって散り、焼けていく。
「さて、これでまた集め直しだ。『異能者に襲撃され、国の復興はまた一歩後退した。前に進もうとする意志を踏み躙る行為は到底許容できるものではない……』といったところかな」
瓦礫の上で、僅かに付着した埃を払いながらAFOは嘲笑するような色を含ませて言葉を放つ。
「……くぁ」
「ほう、生き延びるか」
───3人。
それは爆発の直前に、己を護るより先に駆藤を庇った人数である。
悪辣にも金属化した螺旋骨の破片を爆発と同時に撒いたことで、体内に深くめり込んだそれらが臓器を損傷させ、その3人は負傷どころか致命傷を負っていた。
だが、代わりに駆藤は生き延びた。
瓦礫の下で虫の息となり、死を待つだけの3人もそこに後悔はない。
命が簡単に喪われる時代に、意味のある死を迎えた事に喜びすら感じていた。
「残念だが痛みを与えずに殺す異能は失っていてね。痛みを与える方向でしか君達を殺せない。ま、あの女をけしかけた君の自業自得というやつかな」
頭蓋を滑った破片が鼻根に割くような傷を遺し、流血によって視界が赤く染まった駆藤は、その言葉に鼻を鳴らす。
「アイツのせいで手段を選べないというのを、随分と装飾して話すんだな」
「まあ、失ったのは事実さ。すぐに取り戻せるから気にしていないし、手段を選べない君にそんな負け惜しみを言われても憐憫が勝つけどね」
念力、粉砕、金属化、固定、破裂。
そこらの石を手榴弾のように変化させて駆藤へと放り、決して近付かないまま様子見に回るAFO。
駆藤の情報は調べており、その強さは障害になりえないと知っているが、蒼を差し向けたというただ一点によって若干の警戒心をAFOに抱かせる。
「リーダー、俺を盾に……!」
「ッ、耐えろ!」
瓦礫を持ち上げて駆藤の盾となった男は、破裂した鉄片をその体で受け止める。
硬質な音を立て、それらを防ぐことに成功するが、間髪入れずに続くAFOの攻撃によって胸を貫かれた。
細く捻れた金属質の槍は、男の硬化を容易く抜く。
第1世代の出力では、それを弾くに至らない。
「クソッ」
腕の発射装置を使用し、弾丸を放つ。
異能を使用して加速させるも、AFOの寸前で軌道が逸れた。
主要な異能を蒼により失っていても、取り戻す期間はそれなりにあった。
戦闘において遊んでいるだけで、その実、AFOは駆藤を殺そうと思えば即座に殺せる程度にはストックに余裕がある。
逃がすつもりはないが、与一を連れ出した分、比較的痛め付けようと考える程度には余裕があった。
少なくとも蒼に対するような、最大出力かつ最大火力を即座に選択するほどではない。
「ふむ……やはり、珍しい異能だな。自分以外を対象に取るというだけで第1世代では珍しい」
「……そうかよ」
「速度を操るというのは、法則に触れるような行いに近いんだ。かといって、そのゴミのような出力では単純に速度を増すより使い勝手が悪いだろうけどね」
筋力強化、筋力強化、金属化、尖鋭。
「だから、こんな石ころにも負ける」
力任せに指で放たれた石が、駆藤の防護服へ深々とめり込む。
回避すら選択できず、臓器に強い衝撃が伝わり悶絶する駆藤。
「珍しいだけで弱い異能。応用を利かせるにも、もっと単純な異能を使えた方が手っ取り早いだろうに。運が悪いね」
客観的に駆藤を分析し、言葉を並べる。
地を這い、藻掻く駆藤へ無機質な感情のまま石を幾つか放ちながら。
「……数多くの異能を使用した感想だが、鍛えねば弱い異能というのは使い勝手が悪くてね」
「───ッ」
「僕はたった一つに時間を割くのは非効率的だと思っている。それだけに縋るのも、工夫を凝らすのも弱者のやる事だ」
礫の嵐の中、不意打ちのように指に掛けた剛糸を引いて放たれた
異能によって生成された剛糸を弓引いて放たれるそれは、銃に比べて静音性に優れながら、異能による加速で十分な殺傷性を備えたもの。
それでも、その工夫を、努力を、AFOは惨めだと嗤う。
「よくもまあ、ちんけな豆鉄砲程度の矮小な異能で僕の邪魔が出来ると思ったもんだ」
「ぅ、ぐ……」
「その点、あの女はまだ良かった。あの異能は僕にとって生涯を賭してでも壊さねばならない障害だった。あれが僕の前に立ち塞がるようになった原因については……失敗だったと反省しているがね」
そんな感想を口にしながら、AFOは礫を弾く指を止めない。
駆藤はそれを捌くことすら満足にできず、指の骨が砕け、腕の肉が削げ、人体が破壊されていくのを感じていた。
死が、目前に迫っている。
どこか他人事のように、駆藤はそう思った。
瞳の奥、脳の何かが弾けるような音がする。
懐の鏃を血液と共に地へ零し、虚ろな意識でAFOの顔へと視線を向けた。
その時、駆藤は初めてAFOと目が合う。
「……」
先程まで遊ぶような口調をしていたAFOが、目を細めた。
駆藤の瞳に連動し、弟の顔と蒼い光が記憶の中でチラつく。
不快。
その瞳が向けられているという事実が、AFOを刺激する。
顔を歪めて動きを止めたAFOに、駆藤は成すべき事を成すため、転がるようにAFOの元へと走った。
肉の削げた脚から大量の血が噴出しても、やるべき事がある。
その視線を、注意を、己へ───
「
千切れかけの指を投げるようにAFOへと腕を振るい、血と肉片、そしてそれらに鏃を混ぜ、変速という異能を使用して全てを加速させる。
視界を奪う事を試みながら、駆藤は喉へ喰らいつくために地を蹴って。
AFOはそんな最期の抵抗をまるで意に介さず力場によって防ぎ、その太い指で喉を掴むとそのまま駆藤を持ち上げた。
───自らに降りかかるそれらを防ぐのみで、駆藤の
ほつれ一つ無いスーツが、ボロボロの駆藤と対照的に映えていた。
「……ぅ」
喉を絞め上げる指。
吊るされたようにAFOを見下ろす駆藤の瞳に、もはや生気は無い。
鼻根を抉る傷からは既に血が流れておらず、それは流れるほどの血液が残っていない事を意味していた。
屍同然の姿でありながら、それでも瞳の奥に輝く意志だけは消えず。
「───与一ならもういないぞ魔王……」
肺と喉を血に濡らしながら、駆藤は当てつけのように濁った音でそう零した。
「お前が殺したんだ」
AFOの冷徹な表情に、一筋の涙が落ちる。
首の骨が軋む音を聞きながら、駆藤はAFOの薄っぺらい悲しみの表情を哀れんでいた。
肉親の死を詰られて、それでも人間の表層だけをなぞる真似事しかできないのかと、憐憫の情を覚え。
そうして首を締める指が更に力を増したあたりで、あらかじめ発射待機させておいた鉄片が、AFOの後頭部を目掛けて加速した。
「……」
AFOは無言のまま異能を展開。
壁のような力場に阻まれ、ひしゃげていく鉄片。
足掻きと呼ぶことすら烏滸がましい、些細な抵抗が呆気なく終わるも、駆藤はその表情を何一つとして変えなかった。
死への覚悟は終わっており、意志が継がれていくのを知っている。
祈りは捧げない。
蒼い光の中に消えてしまうような、何かに縋る軟弱な精神は持ち合わせない。
ただ、ほんの僅かでも己以外のために時間を稼ごうと、震える唇を開こうとして。
そこで己の首から乾いた音が響き、痛みもよくわからないままに肉体が地面へ投げられたのを感じながら、駆藤はどこか他人事のように空を見上げていた。
それ以上はもう、何も感じることはない。
「……」
駆藤を見下ろすAFOの死角で、瓦礫の下から腕だけが伸びる。
それは音を立てず、手の届く位置に落ちていた肉片を掴むとそのまま瓦礫の下へと引っ込んで。
それは、駆藤に誓った通りに生存を第一として行動をしたブルースだった。
手の中、生命活動の停止まで残り僅かとなった駆藤の肉片を即座に口に含むブルース。
繋ぐ為のプロセスは、1度目の状況調査から分析し、把握していた。
埃とコンクリートと血の混ざった、ザラついた粘土のような舌触り。
「…………ッ」
息を潜めなければならない。
生存を気取られないために、涙を流し喉を震わせることも、声を出すことも許されず。
何かを探るように損壊していく駆藤が、死体が、肉塊が、破片が、瓦礫と混ざっていくのを瓦礫の隙間から歯を食い縛って見ている事しかできない。
───バトンが、また一つ継がれた。
喉を通った味と共に、その音を、光景を、感情を。
ブルースはその生涯を終えた先でも、忘れることはない。