個性【蒼星】   作:指ホチキス

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39:感知能力の天敵

───震える少年を見下ろし、腕を組む蒼。

 

 

「へーい不運少年、とりあえず何もしないんだけど一旦立てる?」

「う、嘘だ……! 何かをする気だ……僕を、僕を殺す気だな!?」

「ヒステリックショタとか、どうすんだこれ」

 

 

目を細めながら、蒼はその半泣きの顔を見た。

異能と世代を鑑みて、四乃森避影本人である事は蒼も把握しており、ここからどうしたものかと悩む。

別に危害を加えてこないのならば放っておいても良いのだが、このままでは全てに対して疑心暗鬼になりそうな勢いである。

原作でもそんな気配はあったが、これを最後に遭遇できず、悪印象を抱かれたままだとあまり良い気はしない。

 

特に彼の次代、万縄にあることないことを吹き込まれるとAFOに敵対する身としては都合が悪いのだ。

ひとまず何もしないことを示すため、蒼は路上に寝転がって頬杖を突く。

 

 

「異能も時に誤認するって知ってる?」

「な、なに、ゴニン?」

「異能もなにか勘違いをする時がある。私は今何もする気がないのに危機感知してるでしょ」

「……してる」

「今私は君を殺しても得とか無いし、する気がない。でも君の異能が変になっちゃったなら、ちょっと助けてあげたいと思うワケ」

 

 

蹲る少年と目線の高さが合い、視線が交差する。

 

 

「何もしない……?」

「しない。寝っ転がってるのに、なんにもできないよ。君が私のこと殺そうとしてるなら別だけどね!」

 

 

そう口にした瞬間、蒼と少年の間に看板が落ちてきた。

蒼の鼻先を掠り、大きな破砕音を立てた金属製の看板に、少年は飛び上がるほど驚いて。

 

暫し、沈黙が流れる。

 

蒼は蒼で知覚を少年に集中していたことで、心臓が目から飛び出るのではないかというほどに驚いており、声も出なかっただけであるが。

 

 

「……嘘を! 嘘をついたな! 騙したんだ!」

「違う違う違う私じゃない私じゃない! 私のせいじゃないだろ今のは!!」

「グッ、うぅ、信じられるか……!」

 

 

ブンブンと首と手を振って無罪を主張するが、少年はその場から逃げ出してしまう。

 

 

「え、えぇー……」

 

 

残された蒼は少年へ伸ばした行き場のない手を下ろし、溜め息を吐きながら立ち上がった。

とりあえず放置していた少年の死体は道端に寄せておき、肩を落としながら帰る。

 

 

蒼も何故そうなったのかを理解できなかったが、危機感知という異能は()()()()()()()()()()()()という意味での誤認はしていない。

少年は路地裏から殺意を発露した蒼を見て、包帯越しとは言え()()()()()()()()()()()()()という危機を感知した。

そして蒼の瞳から薄っすらと蒼い光が滲んでいる事は常であり、それは絶え間なく発動し続けていることと同義である。

 

殺意を持った攻撃に巻き込まれるという危機を感知し、その攻撃が終わらずに常時続いているという状況に危機感知が常時働いているような状況になってしまったようなものだ。

 

蒼の顔を見る機会がなければこのような事も起こらなかったが、出会いとは偶然である。

尽く感知系の異能持ちとは相性が悪いと、蒼は溜め息を吐いた。

 

そんな翌朝のミーティング時に、酉野が少し困ったように一つの報告を行う。

 

 

「管理表だが、提出は待ってくれと言われた」

「早くしろじゃなくて?」

「曖昧にぼかされたんだが、なんか異能持ちの集団が管理表を奪う事例が頻発してるらしくてな。異最上が仲間を増やすためだという説が有力みたいだが……死者が殆ど出ていない点で疑わしい部分も多い」

「へぇ?」

 

 

張間が気の抜けた声を出し、蒼は首を傾げる。

異最上の活動にしては、想定される被害が小さすぎるからだ。

殺害を()()()()()()()()()ほどに戦闘が洗練された異能者、それも各地で行われているのであれば組織単位での関与だろう。

結果を聞けば、それはどちらかと言えば正義に属するような動きのようで。

 

 

───そうして、和反が動いている可能性が蒼の脳裏を掠める。

 

 

和反が動いているのであれば、管理表周りにはAFOが絡んでいるところまでを連鎖して蒼の脳は導き出した。

 

異能と、名前を紐付ける制度。

よくよく考えてみれば、それはなんとも()()に良さそうな制度ではないか。

 

 

「おぼぼぼおっぼぼ」

「どうした急に。いつものか」

「いつもではないだろ。……いつも変だと思ってるって事?」

「あぁ」

「あぁ!?」

 

 

憤慨する蒼の頭をベシベシ叩きながら、酉野は水島と張間を見る。

 

 

「そんなわけで。怪しい奴がいたらこっちに共有してくれ」

「はいさ。あ、でもそれで言えば昨日アオンパが路上で子供這いつくばらせて泣かせてたな」

「お前……」

「は? ───違う違う違う誤解誤解誤解! おぉおおおおおい張間ァ!」

 

 

急に矛先を向けられた蒼は勢いよく首を振った。

まったくの誤解である。

子供を撲殺した後に危機感知の作動によってものすごく怖がられて泣かれた末に逃げられただけなのだから。

───あまり誤解では無いのかもしれない。

 

 

「えっと、多分トラウマとかじゃないかな。私みたいな……女に、女そのものに嫌な思い出とかあったんじゃない? なんにもしてないのに可哀想な事になってたから」

「……」

 

 

そんな蒼の誤魔化しの言葉に、酉野は渋い顔をした。

施設で保護している子供は、全て生きる意思のある子達だ。

生きていくための気力が無い子供は、役所が保護を選ばない。手を伸ばさない。

 

───心砕かれたそれらを護る事は、今の社会ではできない。

癒し、補い、治すことには、人が、時間が、導きがいる。

この時代では、傷に足を止めてしまった者は置いていく事しかできない。

抱えようとすれば、共に置いていかれてしまうから。

酉野はそれを未だ納得できていない。

 

 

「襲われたなら殺そうかなとは思うけど、別にその子に襲われたわけじゃないし、ちょっと話聞いてただけ」

「……そうか。その子は?」

「逃げられて、後は追わなかった」

「まあ、それは仕方がない。仕方ない、か……」

 

 

殺そうかな、という部分で酉野はほんの一瞬だけ見咎めるような視線を蒼へ向けたが、何も言わなかった。

この時代に殺意を向けられるということの重さを、酉野も理解している。

たとえそれが子供の行うことであったとしても、本人の意思で行ったのであれば酉野はそこまでを許容しない。

 

酉野はそれを救わない。

救えない。

救うほどの余裕がない。

 

とはいえ、流石にその子供ではない奴に殺意を向けられたから撲殺したとまでは、蒼も言わなかったが。

 

 

「なーんだ、虐めたわけじゃなくてアオンパがまたキッズに怖がられてただけか」

「おいおいおい、私はもうここの子供に慕われてるってのに怖がられてるとか」

「アオンパ、キッズから心配していいのかを、心配することそのものを躊躇われるような大人は確実に怖がられてるぞ」

「真顔でそういう事言うのやめてくれるかな。話しかけてくれる子もいるが?」

「誰もいなければな。俺らがいるのにお前を選ぶ子はいねえよ」

「おいド滑りマン、過剰ダメージで殺しに来るな」

「じゃ、変な奴見かけたら報告しまーす」

 

 

そんな会話を最後に張間と水島は子供たちの方へ行き、蒼も裏方へ行こうとして。

 

 

「……ン?」

 

 

脳裏にふと、一つの疑問が降ってくる。

先程の会話で奇妙な部分があったのだ。

 

一度、しっかりと思考しようとした瞬間。

 

 

「ギャオンバ!」

「えぇ……」

 

 

前方不注意により、雑巾を踏んで壮大にすっ転んで後頭部を床に激突させる蒼。

そんな凄まじい音を立てた蒼に対し、若干引いた目を酉野は向けていた。

 

 

「いっだぁ……まったく馬鹿になっちゃうぞ」

「これ以上があるのか」

「あれ、今遠回しに馬鹿って言われたな」

「……なあ最近のお前、本当に大丈夫か?」

 

 

少しだけ心配そうな目を向けた酉野に、蒼は無言で頭を擦る。

 

料理の際に手を滑らせて包丁を足の指の間に落とす。

屋根上の補修の際に滑落して肩から落下。

挙句の果てに道ですっ転んで勢いのまま崖下に転落。

 

蒼自身はそれを失敗だと笑っているが、並の人間であれば死んでいてもおかしくはない。

 

傷が化膿しても、薬が無いまま悪化していく。

虫歯ができても、治療は無麻酔抜歯しか選べない。

骨折しても、正しい固定ができずに骨が歪む。

 

医者はいても、医者にかかれない。

医者にかかれても、精密検査、治療が行えない。

 

そもそも、()()()()()()()まま生きている人間すらいる。

 

小さな怪我や、虫歯の末に死んだ人間を知っている酉野は、入手するのも難しい消毒液や歯ブラシを子供達のためにと施設内にそれなりの量を保管している。

そんな酉野からしてみれば、蒼はいつ死んでもおかしくない事故を起こしながら笑っている狂人に見えていた。

 

 

「んまあ、大丈夫でしょ」

「……それならいいが。痛みが続くなら休めよ」

「ウッス」

 

 

酉野にとって蒼は、保護対象ではない。

それでも根っからの悪人ではない事は把握しているつもりであり、感覚としては身内に分類されていた。

死んでも死なないような奴だと思っているとはいえ、無惨な姿で死んでいれば、多少心が波打つ程度には酉野も蒼に絆されていて。

 

酉野が出ていき、部屋に取り残された蒼は痛みに呻きながら裏へと出ていく。

───直前まで浮かんでいた疑問を、頭を打った衝撃によって忘れたまま。

 

 

そんなやり取りがあった、一週間後。

提出納期が不明となっていた管理表を手元に置き、酉野は施設の大人達に役所からの報告を話し始める。

 

 

「管理表の提出は無期限延期。まずは治安をどうにかしようという動きに転換したらしい」

「えっじゃあマジで警察とか軍とかの復帰?」

「それも少しあるらしいが……インフラ整備と流通網の復帰に力を入れたいらしい」

 

 

ほんの少しだけ声を弾ませ、酉野は管理表に視線を落とす。

 

 

「それについて役所からは有用な異能を使えるのであれば子供であっても協力して欲しいと、そう言われている」

 

 

異能持ちに対する需要。

誰かから必要とされているという実感を子供達が感じられるという意味で、酉野はそれを喜ばしく思う。

 

異能持ちというだけで不当な扱いを受け、異能そのものに嫌悪感を持つ子も中にはいる。

自分の身体機能に対し、嫌悪感を抱く子供達がいるのだ。

復讐という雑な目標を掲げることで無気力とはならないが、それでもやはり自らの異能に意味を感じ取ってしまう子もいる。

 

親と離れたのも、異能のせいだと考えてしまう子が。

 

 

「これが子供達への肯定になるといいんだが」

「……現場、大人が付いて行ったほうがいいよ」

「あぁ……それに関しては、身に沁みている」

 

 

予測される扱いについては、酉野も嫌というほど経験してきた当事者である。

公的事業に近いものでそういったケースは考えたくないものだが、異能持ちを嫌う大人が多い場所では恒常的に殴られる事も否定できない。

酉野が共に行けば安心だろう。

 

 

「まあ、それに対して色々とやらなければいけない部分は多くなったという感じだな。後は、少しだけ貿易が再開する話を聞いている。資材が充実する代わりに、懸念事項も多いが……必要だからと、そう言われた」

「貿易って……」

 

 

国内の平定すら済んでいないのに、果たして貿易を行う足回りは大丈夫なのだろうかと蒼は目を細めた。

裏社会でも時折見られていた薬物などが密輸によって出回る可能性に思い至ったからである。

特に、異能に作用するタイプが国外で発明されている場合は面倒だ。

 

銃が一般流通している国からの流入もあるだろうし、それらを弾く検問も果たして信用ができるかどうか。

地盤は未だ緩く、倫理観の形成が曖昧な大人も多い。

汚職無き検問は不可能だと考えていいだろう。

 

 

「政府の動きが激しく、街も騒がしい。忙しい時期が来るぞ」

「……っしゃあ、頑張るぞー!」

「お前は表に出しにくいからずっと裏方な」

「ッス……」

 

 

そうしてミーティングを終え、裏で洗濯を始めた蒼は少しだけ考え事に耽る。

 

───この時代は、弱い人々が零れ落ちていく時代だった。

 

蹲って泣いている子供は、生存を許されない。

泣き声をあげても、誰も助けてくれない。

酉野のような大人も、大半がそれを成す力無くして死んでいった。

 

 

「……輸入される時が来たのかな」

 

 

海の外より流入するものは多い。

食物が、物品が、人が、そして文化が混ざる。

異能に対する扱い、そして思想もまた複雑化し、多様化していくのだろう。

 

縋るべき、そして己が見比べるべき正しさの偶像がいつ来るのか───

 

アメリカでは、既に新法は成立したのだろうか。

蒼はそんな事を思いながら、瞳を覆う包帯に触れた。

 

 

 

 

「……ふむ、目を離した隙を突かれたか」

 

 

管理表の一時停止と、貿易に関する方針決定。

 

情報の把握が遅れ、介入の機を逃したことにAFOはどうしたものかと考えながらソファの背もたれに体重を預けた。

 

無理に舵取りしようとすれば、罅は徐々に広がり、議会そのものの分断、引いては復興そのものに甚大な遅れが生じていく可能性がある。

そうなれば支配の難易度が上がる事、そして諸外国との格差が拡がっていく事が容易に予測できて。

 

それは支配という夢にとって、あまり好ましい状態ではない。

国を跨げば層は変わり、1からの積み上げが必要となる事を考えれば、多少掌握している部分のあるこの国を切り捨てるというのは面倒だ。

 

反抗組織の動きは確かにAFOにとって最も嫌がるタイミングであり、動かされた身としてそれなりの対価を支払わされたことになる。

ガラステーブルに置かれた手首より先、保存処理を行った弟の手を前に、AFOは溜め息を吐く。

 

 

「ゴミ虫が」

 

 

あそこで駆藤を壊したことに後悔は無い。

最も素早く、直ちに殺すべきだと己は判断したのだから。

 

───それが、私怨であることをAFOは客観視できない。

蒼い光の想起無くして色を与えられぬ感情では、非合理的なそれを自覚することが出来ないのだ。

 

与一の手を持ち上げ、この先を少しばかり考える。

異能により身体機能の衰えは緩やかなものだ。

後にこの異能よりも適したものが見つかることを考えれば、実質的に寿命によるリミットは無いと考えて良い。

 

 

そうしてこの日、AFOは数ある選択肢の中から、一つを除外した。

 

 

それは、国の中枢に食い込むという選択肢。

下手に動いて諸外国との格差が出るより、自然に任せて形が整ってから奪う方が良い。

海外を時折見ても、願星蒼の出力に匹敵する異能持ちは未だ存在せず、次代に想定される出力もそれほど高くはない。

 

足場を固めれば、己や願星蒼のような特異的な存在が反抗してこない限り余裕をもって国を掌握できるだろう。

そうしてAFOは、政府より裏社会に重きを置いて動き始めた。

 

 

 

───駆藤が生涯を懸けて遺した戦果は、AFOにたった一つの選択肢を放棄させたことに留まる。

 

 

そのたった一つが後の世まで響くことを、AFOを含む誰もが知らない。

 

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