個性【蒼星】   作:指ホチキス

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4:蒼い光

心象世界が蒼い光に染まる感覚というものを、死柄木は生涯忘れる事がないだろう。

 

隠しようのない精神の内側からの()()

因子の幾つかがその光に()てられ、消失したのを感じ取る。

 

 

「な……」

 

 

異能への干渉を可能とする異能は、この時代には存在しない。

数多の個性因子が絡み合う事で特異点的に産まれるようなそれらは、第1世代には存在しない筈だった。

 

 

───蒼い光が煌めく。

 

 

個性因子には、人格または精神が僅かなりとも宿っている。

それは抽象的な話ではなく、遺伝子に起因するそれには少なからずその人らしさが刻まれているというものだ。

 

未来の分析によって判明するそれを、死柄木はまだ知らない。

 

そして死柄木の奪った、貰い受けた異能の持ち主達は、当然ながら死柄木と同じ精神構造はしていない。

蒼い光を浴びれば、その異能は本来の持ち主と同様に蒼い星の元へ消えていく。

直近で光を放つ蒼星を前に、それは避けようもないものだった。

 

 

肉体強化が消える。

浮力が消える。

磁力が消える。

 

 

障害物として固めていた金属が音を立てて崩れ、死柄木自身は肉体強化の消失に伴って脱力感に襲われる。

心象世界に浮かぶ黒いハートに対し、死柄木に取れる手段はほぼない。

突如として消失した幾つかの異能に対して困惑は一瞬。

 

この現象が、蒼から奪った異能が原因である事は明白だった。

 

 

「───ッ!!」

 

 

何故を突き詰めるより先に、死柄木は即座にこの異能を誰かに押し付ける事を決断。

嗅覚を強化し、周辺にいる人間を探る。

 

 

発見と同時に、蒼い光が煌めいた。

 

 

また、幾つかの異能を喪失。

嗅覚強化も失うも、犬の異能を発揮し、死柄木は呼吸音の方へと駆ける。

 

 

───廃墟から聞こえる戦闘音に、息を殺してやり過ごそうとまた別の廃墟に蹲る老人は、己へと近づく小さな足音を聞いた。

それは小さく細かいもので、路地裏で屍肉を食べる動物をよく見かける老人は、己も食べられるのかとその場から逃げ出そうとする。

しかし弱った足腰では当然ながら犬の脚力には勝てず、遂に接触を許すかという瞬間。

 

足音の方を振り向いた老人は、犬の瞳が蒼く輝くのを見た。

 

そうして老人は蒼い星を知る。

長く生きた事も、蒼い星へと至る道筋だったのだ。

蒼い星の元でまた逢う事を胸に、老人はその輪郭を失った。

 

これに、死柄木は更に困惑を深める。

異能を押し付けようとした老人が、突如としてその瞳を輝かせて消滅したのだ。

当然ながら対象が存在しなければ、異能を押し付ける事はできない。

 

 

蒼い光が煌めき、また複数の異能が消失する。

日が沈んだ事で薄暗くなった廃墟の中、死柄木は己の瞳が蒼く光るのを自覚し、立ち尽くした。

 

 

「なんだこれは……」

 

 

死柄木は生涯で初めて、これは己の手では管理できないと感じてしまった。

国を渡り、幾つもの異能を取り込んできたが、これ程までに己の異能と相性が悪い異能があるなどと想像すらしていなかった。

このままであれば、この異能は死柄木が本来持つ異能を残し、これまで蓄えた全ての異能を消滅させるだろう。

 

 

これ1つで、全てが自身のために存在する世界を作ることはできない。

 

 

この異能でできることは、自分以外の全てが存在しない世界を作ることだけだ。

 

 

「こんなもの、あっていい筈がない」

 

 

それを死柄木は良しとしない。

死柄木は支配と征服を目標としたが、()()()()()()()()()()()()

 

蒼い光が煌めく。

 

己の中の異能が消滅した事で我に返った死柄木は弾かれるように犬の姿で走り、路上へと飛び出した。

道を走り、犬の嗅覚で近くの人間を知覚する。

瞼を閉じることで光の発露を軽減し、少し離れた場所にいた路地裏に集まる集団へと飛びかかった。

 

その集団は精神が不安定だったためか、漏れる蒼い光を見ただけで輪郭を失うも、中心に倒れ込んで動かないスポーツ刈りの青年は意識が無いためか輪郭が歪まない。

 

青年へ走る勢いのまま死柄木は噛み付くと、蒼星の異能を無理やりねじ込む。

 

そうしてその青年を即座に殺す事で異能を消し去ろうとして、死柄木は失敗した。

 

 

「見てたよ。こうなるんだね」

「……」

 

 

青年の傍に立つ、ダッフルコートの少女。

灰の長髪と、漆黒の瞳。

 

願星 蒼がそこにいた。

 

 

「君の中では暴れてやったけど、彼の中で暴れるのは可哀想だからね。これまで知らなかったけど、普通は私との両立はできないらしい」

 

 

異能を2つ持つことは、普通の器では難しい。

少し先では対AFOの異能、OFA(ワン・フォー・オール)の四代目継承者が器の許容量を超えた状態で生きて早逝したが、蒼星という異能は単一で人を模して存在する程の規格外な異能。

器の許容量を超えている場合、そもそも蒼星という異能そのものが器に入ることができない。

 

それ故に、それを一時的とはいえ内に入れた死柄木の際限無き許容量に驚嘆するものだが、それを蒼から言われたとて死柄木は僅かな喜びすら抱かないだろう。

 

 

酷く嫌な顔をした死柄木は、もう蒼と目を合わせない。

それに意味が無いことはわかっていても、既に死柄木はあの蒼い色が大嫌いになっていた。

 

自らの感情を自覚できず、遙か先にて怒りを手に入れる少年は、感情を揺さぶり精神を破壊する蒼い光の刺激により、ほんの僅かな影響を受ける。

 

 

「最悪の気分だ。お前のような異能は存在してはならない」

「また私を内に入れる? 次に入った時は、更に被害を大きくしてやるけどね」

「誰が入れるか。お前のようなものを、僕は決して受け入れない。受け入れたくもない」

 

 

気怠そうに。

事実、幾つかの身体能力を奪った異能で強化していた死柄木は、いつもより重たく感じる体で立っていた。

 

蒼は死柄木をこの場で殺せるかと刹那的に考えたが、外に出た今では死柄木の個性因子に対する干渉は難しい。

かといってここから戦闘に入れば蒼は死なず死柄木は殺せない千日手に入る可能性が否定できず、双方共に不毛であることを理解した。

 

 

「私は私の夢を叶えていくからさ、もう帰っていい?」

「勝手にしろ。僕は、お前を殺す方法を探し尽くす」

「君が手を出さなければ私から会うこともない。私をほっといて勝手に夢を追いかけててよ」

「いいや、お前は僕の夢の障害にしかならない。共存はできないな」

 

 

一方的に執着にも似た殺意を見せる死柄木に、蒼は面倒そうに手を振る。

 

 

「ばいばい、二度とその面見せるなよ」

「こちらこそ。二度とその面見たくもない」

 

 

瀕死の青年を介抱しようかと視線を落とした蒼に対し、死柄木はその場から立ち去った。

死柄木にとってはほぼ敗北とも言える内容に、歯軋りをしながら。

 

 

「さて。おにーさーん。大丈夫じゃないですねー?」

 

 

気配が遠ざかるのを感じながら、蒼は道端に横たわった青年を観察し、負傷箇所を見る。

腕に刺し傷。顔には殴打跡があり、複数人からの暴行があったことが見て取れた。

 

原始的なそれらから、彼が異能持ちである事を推察した蒼は、ひとまず腕に包帯を巻いてやり、彼を路肩の建物へと引き摺って回復体位を取らせる。

 

 

「……この辺、潔癖症が多いのかな」

 

 

異能に対する過激派、俗称は潔癖症。

異能をウイルス等によるものだとして感染者を()()しようという思想のもとであちこちで問題を起こす集団だ。

この時代で見かける反異能集団の中では母数が多く、被害者が路地裏で腐っているのを見ることも少なくない。

 

このまま放置されていれば死んでいたかもしれない彼も、運が悪ければその一例になっていたことだろう。

 

見捨てても良かったが、大人しそうな顔立ちから恩を売れば簡単に利用できそうという気持ちもあった。

 

 

「とりあえず、もう少し隠れやすい場所に運ぶか」

 

 

潔癖症の集団が消滅したとはいえ、それ以外にいないとも限らない。

青年を更に引き摺って廃墟に横たえた蒼は、少しその場で休む事にした。

余裕を見せるために死柄木と会話したとはいえ、あそこからこちらが想像し得ない抜け道を発見され、死も同然の状況になる可能性があったのだ。

戦闘によって分泌されていた興奮物質が収まってきたことで、強い疲労感が襲ってくる。

 

 

「……なんか、異能の把握全然できてないな」

 

 

思わせぶりな事を言ったが、実のところ蒼自身は自分の異能をあまり理解できていない。

死柄木の中で暴れたのも半ば意識朦朧としており、青年に押し付けられて分離した直後ぐらいに意識を取り戻したようなものだった。

 

割と、その場凌ぎで撃退したのである。

将来魔王と呼ばれる、あのAFOを。

 

 

「なんかめっちゃ警戒してたし当分は会わなくて済みそうだけど、生活圏変えようかな」

「う、ぐぅ……」

 

 

そんなとき、呻き声をあげて青年が意識を取り戻す。

蒼は青年と目を合わせようとして、瞳を隠す包帯を巻いていなかったことを思い出し、顔を伏せた。

ある程度異能をコントロールできるとはいえ、消失させる意図がない状態で瞳を見せるのが苦手なのだ。

 

 

「ご機嫌どう?」

「最悪。……君は?」

「潔癖症ではないよ。偶然見かけて、倒れてたから助けた」

 

 

その言葉を聞いて、青年は安心したようにその場へと丸まった。

 

 

「なんかの異能持ち?」

「口から黒い煙が吐ける。紫の煙も吐けるぞ」

「2色なんておしゃれだね」

「……ッ、そうだろ、俺もそう思う」

 

 

どこか嬉しそうに笑う青年を見て、起きたのならこの場から離れたほうが良さそうだと蒼は判断する。

蒼は自身が少女の体であることを自覚しており、そうであることでトラブルを寄せやすい事も同時に自覚していた。

 

 

「じゃあ、私は帰るから」

「えっあぁ、そうか、危ないからな。早めに帰ったほうがいい。……今度お礼をしにいきたいから、またどこかで会えないか?」

 

 

こちらの声を聞いて、若い女である事が分かったのだろう。

男らしい若干の下心に若さを感じて苦笑しながら、蒼は売店の住所と、そこで働いている事を告げた。

 

 

「そこは異能に寛容だし、周辺に廃墟も多い。もし潔癖症が多くなってきたら、そこに行くのも考えておくといいよ」

「そうか、ありがとう。気を付けて」

 

 

その言葉を最後に。

顔を見せないようにして、蒼はその場を後にする。

 

疲れた体を押して人の気配を避け、ようやっとマンションの自室に戻ってくれば、素敵なことに扉が壊され、中が空き巣に荒らされていた。

あの不審者によって部屋から離れた事を把握されたのだろう。

不審者を利用した計画的犯行か、はたまた突発的なものか。

 

 

「……はぁ…………」

 

 

死柄木を撃退し、異能を持つ若者を救うという善行を積んでこの結末。

疲れた肉体をなんとか動かして、ひとまず扉のあった玄関を棚や机などで塞ぎ、簡単にどかせないようにする。

一応隠し場所を確認すれば、金銭や保存食などは盗られていなかった。

 

隠し場所を探すためか、切り刻まれたベッドに寝転がり、いつもより寝心地の悪い中で蒼はコンクリが剥き出しの天井を見上げた。

 

防音性の欠片もない窓の外からは時間も考えない爆発音と、治安の悪い喧騒。

 

 

「ころすぞ」

 

 

心の底から、蒼は死柄木と空き巣犯を呪った。

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