気付けば、二週間が経過していた。
報告や書類など目まぐるしく変わる政府からの要求に、役所とそこに紐付く人間は目が回るほどの忙しさに襲われていて。
明らかにAFOの手が入っていないように感じる、手当たり次第というような強引な政府の動きに、蒼は管理表から感じ取ったAFOの気配は気の所為だと楽観し始めていた。
「街が静かになったな」
「……そうだねー」
治安が良い方に傾いた事により、異最上と潔癖症は肩身の狭さから沈静化した
少なくとも蒼は酉野越しにそう聞いている。
翌朝には物言わぬ屍となって転がっている事もある世の中のため、その発表が概ね受け入れられているが、蒼にとってこの静けさは集団拉致のような、目撃者の存在しない消失に似ているように感じていた。
誰もが彼等を疎んでいるため、それに言及する者はいないが。
身を引くというより、この静けさはまるで何かから隠れているかのようでもある。
貿易が一部開始されている情報も相まって、漠然とした薄気味悪さがあった。
「とりあえず役所の方から幾つか話が来ている。片付けと調査、お前どっち行きたい?」
「私の異能だと調査のほうがいいでしょ」
「一応意見ぐらいは聞いといたほうが良いからな。西側の状況について、見てきてほしいってよ」
「なんかあったっけ」
「なにもなくなったからだろ」
激務によって若干
ここで言われている西側は異最上が多く確認されていた場所であり、静かになったことに対して調査を依頼しているということは役所も不審に感じており、原因が把握できていない事を意味する。
「……他に頼めるとこなかったの?」
「まあ、話を持ち帰ってきただけだし断ることはできるぞ。報酬がうまいだけで、別に強制でもないからな」
「報酬のとこ詳しく聞いていい?」
「輸入品ではあるが、幾つか食料の現物配給だと聞いている。嗜好品の点で、主に甘味らしい」
「絶対に私が行くわ」
「だろうな」
飯に対して執着を見せるのは知っているので話を持ち帰ってみれば案の定である。
「片付けは子供達と行こうと思ってたからな。お前は張間と調査に行ってくれ」
「うっす」
そうして、翌日に街の調査へと向かった蒼と張間は、思ったよりも静かな西側へとやってきた。
「わぁ」
「……」
人の気配はそれなりにあるが、賑わっているという感じではない。
ただ、薄っすらと売春街で嗅いだ事のある独特な臭いがした。
「あぁ〜……そういう感じね」
「…………」
「張間はどう思う?」
「……多分、金銭のやり取りが増えたからできたんじゃないッスかね。ある意味で治安が良くなった証かな」
職業としてあるのではなく個人間で肉体関係の売買が行われるため、これらは風俗街ではなく売春街と呼称されるものだ。
ただ生きるためだけに他者に媚び、肉体を売ってようやく単に生存を
要因として、死体が見当たらない。
病によって衰弱し、骨と皮だけになって路地裏に転がる売春婦。
客の死体などは思い出すのも億劫だが、あそこには何より売春婦の死体があった。
それは、客を取れない存在は生存を許されない、特有のものである。
それが、ここでは見当たらない。
金銭のやり取りがある程度安定化し、ちょっとした贅沢や、余剰を性に向けるほどの余裕ができてきたからこそこのような場所ができたのだろう。
それは張間の言う通り、治安が回復傾向にあるからこそ見られるものだ。
「でも、異最上がいない理由はよくわかんないな」
「……」
時折、ボロボロの空き家や廃アパートにような場所からこちらを覗く売春婦を確認しながら蒼は首を傾げる。
奥へと進んでも、隠れるように客がコソコソと出入りするのを見るだけで、異最上のような存在がいないのだ。
ただ、少しだけわかったことがあった。
明らかにこの国の人間ではない存在が時折見られる。
それらが固まっている様子が見られ、時折探るような視線を向けられていた。
「…………うーん、これあんまりよくないやつかな」
そのまま奥へと歩き切り、人の気配が一切無い廃墟群へと辿り着くと、二人で崩れた瓦礫に腰を降ろした。
「張間は売春街の感じでなんかわかった事とかある?」
「……子供がいた。搾取されているような感じで、あまり好ましいものではなかった」
「あぁ、そうね」
蒼からしてみれば、それは意識の外にあったものだ。
当たり前として認識していたからこそ、それをわざわざ記憶する事はなかった。
些細な事だと認識しているのが垣間見える蒼の軽い口調に、張間は溜め息を吐く。
「とりあえず異最上は追い出されたか、攫われたんじゃないかな」
「なんか見えた?」
「生活感が残っている部分が幾つか。夜逃げするにしちゃ、あれは残しすぎている」
張間は道端に残る靴や、衣服を幾つか確認していた。
蒼にとっては単に死体が遺したものに見える物も、
異最上は、不自然なほどこの地に多くを残しすぎていた。
「目撃者は残らず、異最上の殆どはいない。更にいえば役所もそれが把握できていない……これ我々も襲われるやつかな」
「……アオンパはどう思う?」
「ん? いやー……売春街にしては平和かなとは。子供が使われてるのもまあ、死にそうでは無かったし。異最上がいないってだけわかったなら別にそれ以上は収穫もなさそう」
「そっかー」
ポリポリと頬を掻き、張間は立ち上がる。
「……裏社会の運び屋、蒼い星からしてみればそんなもんかあ」
「えっ」
足が動かない。
ビタリと靴が地面に貼り付いたのを感じながら、蒼は張間を見た。
「実は、俺はお前が嫌いでね」
売春街の喧騒は遠く、人の気配がない静かな廃墟群の中で、その細面が薄い笑みの形をしていて。
「噂じゃ死んだって聞いてたんだが……」
「……別人と間違えてない?」
「おいおい、お前の事は別の売春街で一度は目にしている。流石に間違えねえよ」
嫌なものを思い出すかのように歪む顔。
「実を言えば、俺は第2世代らしい」
「───その歳、売春街で第2ね……お前、アイツ等の同期かよ」
早すぎる超常第2世代。
張間の年齢と周期を考えるに、母胎年齢は果たして二桁かどうかというライン。
裏社会でも、胎の効率使用にならないため選択されなかったサイクルである。
売春街での子は出荷されるか放棄されるかのどちらか。
あの眩しいネオンの下で、張間が何を見てきたのかを蒼は知らない。
「このタイミングで復讐?」
「それもちょっとある」
「ちょっとってなんだよ」
「まあ……復讐だなんだと言うより先に、俺の正義ってやつに、お前があまりにも反するのでね」
怪訝な顔をした蒼に、張間は手を擦り合わせて懐かしむように顔を緩める。
「あの腐った世界で、俺達に人間を、正義を説いた姉がいた」
張間の脳裏に浮かぶ、張間にとっての聖人。
傷と痣、そして病の
若くして生きるための選択肢を奪われ、果てに子を産めぬ体となり、売春街で搾取され
「あのドブみたいな世界で、その正義を信じた弟妹がいた」
血の繋がりがあるかどうかは知らない。
ただ寒空の下で汚れた廃棄シーツに
姉によって人間へ戻してもらって尚、人間以下として他者から簡単に命を奪われていった者達。
「飢えて骨と皮だけになって……大人に踏まれて、呆気なく死んだ奴らの信じたそれが、お前の行いを否定している」
───人は、互いに助け合って生きていくもの。誰かと助け合って、弱い子を救って生きていきなさい。
病と傷による熱に
「裏社会から脱しても尚、人を救う意思の無いお前だけは認め難い」
何も手元に残らないまま生き永らえて、目的もなく売春街から抜け出した先でひとまず姉の言葉に従って。
何か救う事ができればと施設へ来てみれば知った顔。
それは弱者を踏み
それは裏に属していた自己中心的な存在。
正義を持たず、秩序に従わぬ者。
張間はひとまず感情を隠して蒼を見ていたが、結局その行いは裏で聞いたものと変わらず自己中心的であり。
大いなる力を持ちながら自らのためだけに生きていく姿を確認し、張間は嫌悪感を膨らませた。
「だから、この機会に殺せるなら殺しておくのもありかと、そう考えた」
「随分と急だね」
「……お前が頭をかち割った子供を見て、あまりにも度し難いと感じてな。会話をすればするほど、お前があそこで働いている事に苛立ちが増す」
監視してみれば、張間が売春街で嫌というほどに見てきた命を軽視する利己的な行動の数々。
話してみれば、他者の尊厳、命に対して関心の薄さが滲み出る言動。
搾取的支配とまでは言わずとも、それは張間の嫌う大人と同じもの。
「この時代では普通じゃない?」
「
強い口調でそう言い切った張間は、感情を抑えるように揺れながら蒼を睨んだ。
「水島さんも、酉野さんも。きっと俺の、俺達の正義が正しい事を理解してくれる。分かち合える。あの人達はこの時代に生きている大人の中で尊敬できる。じゃあ、お前はどうだ」
そう問いかける張間は、既に結論ありきで構えていて。
正義を語りながら、張間は蒼に偏見を向けていた。
生きていくために殺した事があるだろうに、生きていくために殺してきた蒼を憎む張間は、客観視してみれば矛盾を孕んでいる。
「……お前の正義は、私を救わないのか?」
「
強き者は弱きを支えろ。
その教えを原点とする張間にとって、蒼は
そしてその考えがあるからこそ、張間は良くも悪くもこの時代において自警団の域を超えることが出来ないのだ。
正義はある。
だが、それは大衆の正義とは異なるものだ。
献身を強要するその志は、ヒーローとは相容れない。
「あ、そう。身勝手なら、そのまま勝手に死んでくれ」
「その眼、その切り替えも気に食わない」
蒼い光は使わない。
使おうと思えば使えるが、光がどの程度の被害を齎すのかがわからない。
張間に対して使う事に抵抗はないが、周囲を巻き込んで情報を拡げられるのは本意ではないのだ。
特に近くには他国の人間も確認している。
下手に広められて狙われては堪ったものではい。
靴が貼り付いたまま、ひとまず立ち上がった蒼に対し、張間は構えた。
「急にこういう事になるとは思ってなかった」
「俺からすれば、溜まっていた不満が限界になっただけだ。死んでもここなら何も残らない。
死体があまりにも少ないことも、張間にとっては不自然に見えていた。
誰かが必要としているのか、恐らくここで死体が出ても、判明する形状では出てこないと睨んでいる。
「もうちょっとさあ、覚悟とかそういうのをさあ」
「そうやって決断が遅いやつは死んでいった。お前も分かるだろう」
「……まあね」
放たれた拳を防げば、液体が顔の包帯にかかる。
それが張間の異能液であることに気付き、拭うことを諦めた。
それが触れただけでくっつく事を、これまでの仕事でよく知っていたから。
「瞳を開けるのはやめてもらおうか。俺も呆気なく死にたくはない」
「……ふぅん、そう」
たったそれだけの応答で蒼は一つのことを理解した。
仕方がないかとそのまま蹴りを受ければその蹴りが腕に張り付き、それを軸としてもう片足で蹴られる。
受けて踏ん張ろうとした瞬間に足が外れ、そのまま
上手い。
酉野のような戦闘向きの異能を鍛えたものではなく、戦闘に適さない異能を戦闘に使用できるようにした、独特のリズムがある。
熟達した異能持ちとの戦闘は面倒だと蒼は知っていた。
「瞳の光を見せれば殺せる異能。強くて羨ましいよ。その異能があれば恐怖で統治もできるだろうに!」
「…………」
「だんまりか」
張間の言葉に欠片も耳を貸さず、蒼は現状の分析に努める。
包帯を外せなくなった事で異能を封じたと思っている点から察するに、蒼の異能の内容までは把握できていない事は理解できた。
殴り殺してもいいものの、武器はどうしようかと考えながら張間の攻撃を捌く。
「───うぉっ!?」
ふと受けた拳に掠った指がくっついて持っていかれる。
引っ掛かるような瞬間的なそれに、反応が追いつくはずもない。
精々が折れないように流れのまま体ごと持っていくことが限界で、姿勢を崩して引かれるような蒼の顔へ膝蹴りが放たれる。
反射的に手を翳せばその手に膝が貼り付き、そこを支点としてもう片方の足が来て。
普通とは違うタイミング、そして純粋な対人では起き得ない足場の確保に、蒼は顔を顰めた。
「ッかぁ、使い方が上手いな……!」
「下手であれば生きていない」
「そりゃ御尤も」
首の反らしでどうにか躱した蒼へ、張間は鼻から息を噴き出して応える。
異能を解除して距離を取った張間は、思ったよりも肉弾戦に不慣れだという印象を得ていた。
大人の異能使いは数が少ない。
より正確に言えば、生き残りが少ない。
この混沌の時代において淘汰されてきた。
大人によって命を狙われ、間引かれていく中を生き抜いた異能持ちは強い。
この時代の売春街育ちであれば、尚更に異論を挟む余地も無く。
靴を脱ぎ捨て、張間の異能液が付いていない地を転がって。
ようやく見つけた、金属製の棒を掴む蒼。
「だけど、くっつくだけなら衝撃は通るだろ!」
「そうだな」
そうして振り抜いた金属棒が、張間の腕に接触した瞬間に
「ん!?」
もう一度振り抜こうと掴み直せば、金属棒の表面に付着した異能液が手元を濡らし、そうして蒼は棒を
素早く持ち直そうとするも、棒を掴み、持ち上げる事が出来ない。
それは、まるで濡れた石鹸を掴むかのように手の表面を
そして、拾い上げようと手を下に伸ばせば、くっついていた足が離れ、踏ん張ることもできずに足が
割れたアスファルトの上であるはずなのに、そこは油に濡れた鉄板のように感じていて。
咄嗟に手を付けば、今度は手が地にへばりついて剥がれない。
明らかに接着剤という異能を超えた能力を前に、蒼は張間を見上げた。
「お前……【接着剤】じゃねえな!?」
「───ある時に気付いたんだよ」
張間が足を持ち上げ、蒼に靴底を見せる。
土踏まずの部分だけ穴の空いた靴底から、異能由来の液が溢れて滴っていて。
異能をより効率的に使用するための補助具や道具を開発するための機関は存在せず、専門家を介さずに各々が試行錯誤をする時代特有のそれに、蒼は目を細める。
「俺のこれは、くっついているのではなく留まっているのだということに」
ただ貼り付くだけにしては、それは奇妙な動きを見せる時があった。
それを張間は試し、理解に努めてきた。
「気付けば、単純な話だった。俺の異能は接着剤じゃない」
指先に液が滴る。
それは、
「名付けて【摩擦液】。接着も滑るも、それは摩擦の強弱によるものだ」
「クソ厄介な異能……道理で最近滑って失敗ばかりだと思った」
「違和感を覚えなかったあたり、俺は正気を疑ったよ。そんな奴がいるとはね」
「悪口の切れ味が鋭すぎるんでやめてもらっていいか?」
「あと普通に幾つかは素で失敗してたからな。呪いでもかけられてるのか?」
「…………」
かなり強めの言葉に、蒼は気まずくなって押し黙る。
「液は上に塗られたものが優先される。強い摩擦液が乾けば下の潤滑が。逆もまた同じ事」
服や靴ではなく、手が貼り付いたままの状態で蒼はその声を聞く。
「……乾き方にムラがあるんですけどー?」
「水に混ぜれば乾きにくいのは当然だろ」
「拡張性まであんのかよ……!」
蒼の疑問に応えながら金属の棒を持ち上げた張間に、蒼はあくまで光る選択を行わない。
できると知っていた方法を選ぶだけだ。
───蒼の肩甲骨周りが盛り上がって灰のコートを突き破り、目を疑う張間の前でその肉塊が形を成していく。
「くそっ、細かいコントロールとかはできねえぞ」
───蒼は、厳密に言えば異能を使う人間ではない。
人の身で発現するには過ぎたる異能によって、器を補われた人間という言い方が正しいだろう。
それは
類似例としては数世代先に出現する、【ハイスペック】という個性を発現したネズミが蒼の状態に最も近いだろう。
器の規格を逸脱する程の異能は、果てに器を引き摺っていく。
故に、その逸脱の度合いは異能の影響が増していくほどに、規格からのはみ出し方がより顕著なものとなる。
異能が器を超えるというのは、そういうものだ。
蒼の肩甲骨から生じたそれは、どこか脚に近い形をしていた。
【摩擦液】によって貼り付いた手をどうにかしようとしているのか、滑る地面を踏むように蠢く脚。
それは余らせたそれらに引き摺られて形を成した類似品。
「うげぇ、剥がれやしねえ」
「おいおいおい、そんなのは知らねえぞ……!」
蒼はいつからかそれができると、まるで当たり前のことだと認識できていた。
ただ、人の形を逸脱すれば、蒼にとって邪魔となるから選択しなかっただけで。
人が突如翼を与えられても上手く羽ばたけないように、蒼もまたそれの扱いを認識できなかった。
願星蒼は、願星蒼という存在から逸脱したものを上手く扱えない。
練習をしてもこれは変わらない。
それはそういうものなのだから。
それでも、その姿は張間の警戒心を煽るのに十分だった。
「できるだけで使えるとは違うんだよこれは」
「できるだけでも十分に化け物だろうが……!」
「失礼だなあ」
「どんな異能だ……その姿は光に関する異能からはかけ離れているだろう……!」
「勘違いだよそれは。私のは光ること
幾つかの足は貼り付くが、それでも自由に動くものはある。
金属棒を構えたまま攻めあぐねる張間は、それでもと自らを奮わせるように声を出して。
「それでも、俺達の正義のために───」
「……そう語る割に中途半端だよね」
「あ?」
時間稼ぎのために放たれた蒼の言葉に、張間は青筋を浮かべた。
まるで思考がそのまま漏れてしまったかのような軽い口調であったが、それは張間にとって看過できない内容で。
「聞き捨てならないな。お前に何が分かる。人を殺すことしか出来ないお前に何が───ッ!」
「お前の瞳に、覚悟がない」
思ったよりも食いついた張間に対し、ハッキリと確証を以った口調で応える。
何と比べてそう言うのかという疑問に対し、蒼は答えを返さない。
それは所詮、常人が語る口先程度だと、
「お前のそれには……貫き通すほどの強さがない」
ずっと、蒼は張間を疑っていなかった。
それは何故か。
無意識的に、瞳を蒼くする程度の中途半端さで、蒼にちょっかいをかけるというイメージが掴めなかったから。
張間の正義には、決意が足りない。
自らが救いとなる覚悟が無い。
故に、蒼い光への抵抗も有らず。
それは張間が、この時代における傑物となり得る資格がなかった事を意味すると蒼はこの場において判断した。
大層なことを言っていても、それが飾り程度なのであれば聞く価値もない。
この相対する全てが、ゴミのような意味しかない。
「もういい」
───飽きた。
「中途半端なままなら、ここで死んでいけ」
包帯の奥、ハート型の瞳が光を滲ませる。
それは美しくも悍ましい超常の彩。
発狂死しようが、死体を損壊すればどうでもいい。
瞳より、不可視の弾を放とうとして。
「───じゃあここで覚悟決めればいい話だよなァ!」
蒼の乾いた言葉に、張間は笑った。
頬に摩擦液で指を引っ掛けるように触れさせて。
「えっ」
「売春街で死んでいった親愛なる弟妹に、そして正義を説いた偉大なる姉へ誓おう! 俺は死ぬその時まで
乾いた音。
それは自ら、己の指を折った音。
そうして歪んだ指を天に向け。
綺羅びやかなネオンに照らされ、腐肉と汚泥の中で生きてきた子供は、ここで初めて生涯を、生きているという意味を縣ける。
「この苦痛を以て、宣誓とする!」
極度の興奮により血走り、焦点の合わない張間と目が合う。
蒼は、張間のその瞳が
「この場で……ッ!?」
張間は腹を括った。
死ぬその時まで正義を貫くと、そう誓った。
それは決して折れず、決して曲げず。
歩み続けていくと、喪った姉と弟妹に誓ったそれは、果たして只人を超えて。
「くそ」
蒼の弱点。
それは、瞳が蒼くならない相手には絶対に勝てないというもの。
AFOへの嫌がらせが成立するのは、奪った異能の持ち主が蒼い光への抵抗が無いためである。
───OFA継承者と敵対関係になかったからこそ困らなかった、明確な弱み。
「どうしろってんだよ……!」
攻撃手段の欠如が、ここで露呈する。
瞳が蒼くならない程に強固な精神性の人間に対し、蒼の有効打は無い。
異能を全力で使えば人類を最小存続可能個体数まで減らし、結果的に絶滅させる事が可能といえど、光が効かないならば物理的手段を除き、それ以上に出来ることが無い。
それは、本来蒼が
「お前は、正義に属さない……」
四肢に付着した液により、他の皮膚に触れた瞬間から離れない。
藻掻けば藻掻くほどに、それは悪化していく。
「この誓いの下にお前を否定する!」
摩擦液のデメリット。
血液を利用して作られるそれは、ある程度を超えると貧血を引き起こす。
青褪めた顔の張間は、それでも使用を止めはしない。
「……えっマジ?」
濡れた服、濡れた髪、濡れた肌。
それはいまだ乾かず、表面に付着したまま取れていない。
貧血気味の、青白い顔で拳を振り被る張間。
「うそ」
「摩擦を限りなく0に!」
液を上塗りしつつ、殴り飛ばす先は数多の瓦礫。
殴られ、限りなく少なくされた摩擦によって減速無く飛んでいく。
「そしてその下の摩擦は100!」
「えっ……?」
飛んでいるうちに潤滑は乾き、接着液が表面に露出した。
瓦礫にくっつき、くっつきくっつきくっついて。
雪だるま式に大きな塊となった蒼を、ふらふらとした足取りで蹴転がす張間。
「何も得られないまま死んでいけ」
「うそうそうそ」
「じゃあな」
塊にほんの僅かな滑りを与えれば、後は勝手に加速していくもので。
転がっていった先は廃アパートの外壁。
激突したと同時に崩れていく壁がその塊を埋めていく。
「ヤダ───!!」
その叫びが瓦礫の中に消えていき。
願星蒼、廃墟群にて封印される。