個性【蒼星】   作:指ホチキス

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42:火達磨人間

瓦礫撤去を始めて3日目。

修善寺は蒼の上に重なっていた最後の1枚に手を掛ける。

そうしてようやく見えた蒼の姿に、修善寺は驚いて持ち上げた大きめの瓦礫をそのまま蒼の上に落とした。

 

 

「やった遂に出れグェーッ!?」

 

 

持ち上げられていた瓦礫が落ちてきたことで潰れた声を出した蒼は、続けて大声で修善寺を非難する。

 

 

「おいなんだァ!? ここまで来てそんな事する!?」

「……足イガグリの異能?」

「そんなイガグリあったら気持ち悪すぎるだろ」

 

 

グイグイと自らに被さる瓦礫を数多の足で押し、早く退かしてと声をかければ、今度こそ瓦礫が取り除かれた。

久々に瓦礫が体に当たらない環境に歓喜しつつ、蒼の背より生えた幾つかの足が体内へと埋まっていく。

 

 

「うし、今度こそやったー! 体が伸ばせるって素晴らしいー!」

「……足ウニの異能?」

「そんな生き物いたら気持ち悪すぎるだろ」

 

 

穴だらけのコートを脱ぎ、バサバサと土埃を叩いて着直す。

改めて顔を合わせた修善寺は蒼を見下ろし、顔に巻かれた包帯と痩躯に目を細めた。

 

 

「さて、助けてくれてありがとう。少しの間、恩返しとして協力するよ」

「……思ったよりも薄いな」

「体格の話? そりゃそういうもんなんだから仕方ないでしょ」

 

 

それを言う修善寺は老け顔に無精髭。

露出は少なく、汚れた黒のジャケットと相まって威圧感を放つはずのそれは、しかし白髪交じりによって苦労人という印象が先行するもので。

 

 

「なんかこう、いざ対面すると思ったより今にも死にそうな男じゃないの」

「……話には聞いていたが、それで見えているとは不思議なものだ」

「んあ、まあ見えてるよ。見えてるというか感じてるというか」

「足ウニはソナーもできるんだな」

「気持ち悪い生き物の細部を詰めようとするな。そもそも足ウニってなんだ。トゲの代わりに足いっぱい生えてるウニとかいたら怖いだろ」

 

 

足がいっぱい生える人間である蒼は、遠回しに自らを貶めながら修善寺をバシバシ叩いた。

 

そうして叩いた時の感触が思ったよりも硬く、人体として何かが歪んでいるような印象を得ながら、蒼は一呼吸。

 

 

「んで、情報を探ればいいんだよね」

 

 

瓦礫撤去中の会話である程度の方向性は固めておいた。

主に町中で潜伏しつつ情報収集を行うのだ。

 

異最上のまとめ役であった修善寺は潔癖症との抗争において役所から危険人物とされているため正式な機関での情報収集は不可能であり、街中では相対者によって確認からそのまま殺害を狙われる可能性すらある。

蒼は蒼で役所に顔を出した場合、生存情報が酉野に伝わる可能性が高く、先に伝えるにしろ何にしろ、張間からもう一度襲撃されるのが面倒なので行く気が無い。

 

よって、地道に情報を拾うのが最も楽な方法である。

 

やる事は決まっており、顔合わせも済んだからと修善寺は簡素なパンを幾つか蒼に渡した。

 

 

「それを食ったら行くぞ」

「やったー! ごっはん、ごっはん!」

 

 

久々に食べる土または瓦礫由来ではないものに歓喜しつつ、蒼は口いっぱいにパンを頬張る。

咀嚼すら満足にできない顔の蒼を見て溜め息を吐いた修善寺は、手慰みに足元の石を投げながら口を開いた。

 

 

「そのままでいいから聞け。改めて、潔癖症は見かけ次第可能であれば目撃者の少ないようにして殺す。俺はそれを譲る気はない。子供であろうと思想に染まっているならそれは害悪だ」

「……モゴ」

「蒼は瓦礫の下でそれを聞き、止めないと言った。俺はそれが裏切られない事を期待している」

「モガガ」

「返事をするな。パン屑が飛ぶ」

 

 

返事と同時に閉まりきっていない口から細かなパン屑が飛んできて髭に絡まるのを鬱陶しげに払いつつ、修善寺は目の前の蒼に目を向ける。

 

体格として、力仕事には不向き。

増やした足で瓦礫を1枚支えることはできていたが、2枚を退かす事はできなかったため、単純な力としての出力は弱い。

ただし生存能力に関しては疑いようも無く、撤去作業の合間に売春街化していた一帯での会話を聞き、2ヶ月程度は埋まっていた事を修善寺は密かに把握していた。

当人は日時感覚が怪しいためどれほど埋まっていたのかをわかっていないが、それは恐るべき生存能力である。

 

加えて、空間把握能力も極めて高い。

瓦礫の下から修善寺の姿を正確に言い当てた事から、極めて精度の高い感知能力を持つ事は確定している。

 

ただ、それが何の異能なのかが修善寺にはわからない。

能力が多すぎるのだ。

 

 

「やはり、足ウニの異能か」

「もがもが、んぐ、本当に未確認生物だと思われてる感じ?」

「足ウニは食事いらずで感知ができて足が増える」

「怖いよそんなウニ」

 

 

しかし修善寺の推察は、正解に限りなく近い。

その複数の能力を単に異能を並列所持していると誤認せず、それが何らかの生物の特性として複合して出力されるものと考えた。

 

異最上として異能とは何か、傾向や特性をある程度見てきたからこそ、修善寺は蒼に対して複数の特性を獲得した生物系異能との類似性を無意識下で見出している。

蒼い光を見ずして、()()()()()()()()()()()()()()という幻想の輪郭を捉えていた。

 

とはいえ、未知故に輪郭線は独特な形を描き、足ウニなどという珍種が生まれてしまったが。

 

 

「にしても食事事情が改善してるのはすごいね。瓦礫の下にどれぐらいいたか分からないけど、修善寺さんが簡単に手に入れられるぐらいには食料が配られてるんでしょ?」

「……まあ、そうだな。道や建物の補修も進み、街の中心部の方は復興されている」

 

 

貿易により、食料事情がほんの僅かに改善した。

これは国が役所を介して発表したものである。

多くの民衆はそれに喜ぶも、深くまでを知る者は首を傾げた。

これまで食料があまり行き渡らなかった理由の大半は物流の制限である。

 

単に貿易で食料が増えたからと言って、それを運搬するラインが無いのだ。

 

しかし事実として供給は増えている。

これには裏社会の変遷に伴い、物流を握っていた勢力の多くが崩れていった事が関係していた。

それらの抱えていた異能産によって産まれた特に利便性の高い異能持ちが流出したのである。

厳選された異能持ちである彼等は斜陽となった裏社会に見切りを付け、表へと流れていった。

 

たとえば小平という姓を持つ親子もまた玄野という優秀な仲介人を経て国に秘匿保護され、物流に尽力していたりする。

 

 

「ただ、ここ最近になってようやくといった具合だ。異能頼りの工事、異能頼りの生活……どの面でそれを享受しているのか分からない奴も多い」

「わかったわかった。その辺りに口出しはしないから。ほら食べ終わったから探しに行くよ」

 

 

湿っぽい怒りを放つ修善寺をバシバシ叩き、蒼は街の方を親指で示す。

 

 

「とりあえず街行こうよ。途中までは一緒に行くからさ」

「……」

 

 

そうして歩き出した蒼の背を追い、修善寺もゆっくりと歩き出した。

数歩先に見る子供と同じぐらいの小さな背に、なんとも言えない気分になりながら。

 

そうして廃墟群を抜けて外周部に近付いた蒼は、久々に見る光景に驚き、足を止めた。

 

 

「ば、売春街だ……! 完全に売春街化してる!」

「言ったろう、そうなっていると」

「ここまで変わるか!?」

 

 

廃墟群のような辛うじて人が住めるアパートが並び、人気が薄くコソコソと隠れるようにして売買されていた場所が、木造仮設とはいえしっかりとした宿の形を成しているのだ。

それらが並ぶ様は住宅街のように見えるも、ピンクのライトが所々で光ることで淫靡な雰囲気を演出しており、ここがそういった場所なのだということを主張する。

 

 

「えぇ……なんか全然違うんだけど……」

「建築に異能持ちが動員され、この場所はそういう場所として隔離処理されたらしい。俺も驚いたぐらいだ」

「使った感じどうだった?」

「ここに使うほどの金は持っていない」

「あっ、えっと……ごめんね、端金だけどお金とかあげようか」

「やめろその気遣い」

 

 

修善寺はある程度ここを離れており、蒼は瓦礫の下で最近を知らないが。

役所は復興の中で、売春街の必要性をある程度理解していた。

本来であれば性風俗は法によってある程度制限を設けられるものだが、今はそれと照らし合わせるより、有れば良いという特例として役所はこの地を見て見ぬふりをした。

 

張間が報告として挙げた、異最上の姿が極端に減ったという事実と、売春街化の気配。

それを受けた役所は仮設で宿を幾つか建て、後は勝手に使えとばかりに引き上げた。

税や上納などという事は後回しにし、ガス抜きを設置することだけを優先させたのだ。

結果としてこの場はしっかりと売春街として根付き、街の中心部からは隔離された形となる。

 

 

「……でも、意外と平和だね」

「俺の目には死体が転がってるように見えるので認識を疑うが」

「いやほら、馬鹿やったカスの生首が看板に吊るされてたりしないし」

「それは裏の売春街の話だろう。ここは管轄がある程度役所に紐付いている。そういうのは表のルールで処分されるだけだ。棒で叩いて火で顔を炙るとか」

「思ったより裏に近くね?」

 

 

そんな会話をしながら、売春街を抜けていく。

蒼は灰のコートを頭に巻き、修善寺はフードを深く被り、口元を布で覆い隠して。

 

時折話しかけてくる客引きをあしらいながら、街へと近付いて。

特に知る意味もない情事を感知しないよう知覚域を狭めていた蒼は、ふと足を止めた。

 

 

「……え?」

 

 

体が炎に包まれた存在が知覚域にいる。

火達磨に見えるも熱がっておらず、それが異能由来のものであることがわかる。

 

集中して知覚すれば、その輪郭線がハッキリとして。

動きを止めた蒼に反応して周囲を見渡した修善寺も、建物の隙間、裏路地のような場所にいる人物を見つけた。

 

 

「火達磨女!」

「……いやあれは男だね」

 

 

蒼も一瞬疑ったが、胸は平たく骨格が男のため人違いだろう。

そうして改めてゆっくりと知覚し直せば。

それは、体が燃えており、顔は炎で隠れている股間に手袋を貼り付けた全裸であることが分かる。

 

そして、男であることも明確に分かる。

 

 

「は?」

「……性別を変えたのか」

「いや別人……別……」

 

 

疑わしげに、その存在を再確認する。

それは確かに股間に手袋を貼り付けただけの燃える全裸だ。

そして、それが男である事も疑いようのない事実なのである。

 

首を傾げて顎を引いて知覚しても、性別は変わらない。

 

 

「なんでそんな奴が世に二人もいるかな」

 

 

しかしあまりにも類似性が高い。

仕方無しに蒼は男の方へ近寄ると一応声を掛けてみることにした。

 

 

「すみません、あの……股に手袋を付けて、体が燃えているほぼ全裸の少女って見ませんでした?」

「え? ……えっ?」

 

 

驚いたように反応した男はゆっくりと言葉を脳内で反芻し、自らを指さす。

 

 

「それは……僕のことではなく?」

「はい」

「僕以外にこんな姿の人間が……!?」

「お前自分の姿がおかしい自覚とかあったのか」

「だって勝手に服が燃えるんだから仕方ないじゃないですか!」

「火達磨女も同じ事を言っていたな」

「……」

 

 

このやり取りでこれ以上の情報が期待できないことはわかった。

話を切り上げ、荒い足取りで元の道へ戻りながら蒼は眉を顰める。

 

 

「いらない奇跡を見た」

「俺は真剣に人を探しているんだが」

「私だってふざけてるわけじゃないだろ! クソッ、ふざけた格好しやがって!」

 

 

荒ぶる感情によって知覚の制御が揺れ、周辺のいらない情事の動作までもが知覚域に侵入する。

荒い息に呼応する胸が、上下する肉体が、痙攣する四肢が。

不必要な情報を知覚してしまい、もはや切って修善寺に背負ってもらおうかと考えた時。

 

 

 

「───ん?」

 

 

 

蒼は、奇妙な空間を感知した。

 

地表以下の場所に存在する、恐らくは地下室のような、そんな場所。

地表に宿が建てられているせいで入口は塞がれている状態だが、それは確かに何らかの意図を持って作られた空間である。

 

感知範囲において微妙に外れているため、そこに何があるのかまではわからない。

ただ、腕と足が転がっているのだけはわかる。

 

確実に自然死したものではない死体がありそうだ。

 

 

「……なんだろうな、コレ」

「何かあったのか」

「ちょっと気になるから寄り道するね」

 

 

声をかけ、蒼はその方向へ近付いていく。

近づくにつれて内部に何があるのかがわかってきた。

 

入口は狭く、部屋を作るように広く掘った後、何らかの異能によって周囲を固められた空間。

そんな崩落の気配がない空間には、バラされた死体が積み重なっていた。

これは恐らく、使用済みとなった廃棄場所なのだろう。

入口は既に固められて上に建物があり、通常の手段では発見が不可能な空間となっている。

 

一応異最上のそれっぽい死体はあるかなと、知覚を鮮明にしていけば。

 

 

「……うん?」

 

 

積み重なった死体に、通常と違う痕跡が残されていた。

 

雑に積み重なる死体には縫合痕があり、そこを境に微妙に肌の色が違う。

更に他も集中して知覚すれば、肉塊のように積み重なった四肢には皮膚を繋いだもの、肉を縫い合わせたもの、骨を接いだものなどが見受けられて。

それはまるで、人体を繋ぎ合わせる実験を行ったように見えた。

 

 

───話は変わり、この時代における異能の研究とは、異能持ちに対して焦点を当てたものではない。

 

研究における方向性は、異能そのものに価値がある事を認めながら、その異能を持つ人格に対しては価値を認めていないものが殆どである。

異能を常にある能力とせず、有効活用できる特殊なものとして価値を見出すのは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

故に、異能を後天的に入手する方法についての探求は各国でそれぞれの方法で行われていたりする。

 

 

忘れてはならない事として、AFOの異能は他者間での異能の譲渡、ある意味で素体を持ち寄れば売買を可能とする。

それはその異能を持つAFOのみが可能とするもの。

この手段で異能を持たない者が異能を望む場合、AFOに一つの借りを作ることになる。

 

そのたった一つで、人生は意味を無くすに等しいため、賢い人間ほど短絡的にそれを選択しない。

選択できない。

 

 

積み重なった、妙な痕跡の残る死体の数々。

意図無くしてそれを行ったのではないことは、流石の蒼にも分かる。

 

 

「……これ、もしかして異能持ちを後天的に創ろうとしてる奴が近くにいる……?」

 

 

歪んだ壁に書かれた文字を、蒼は読めなかった。

それが日本語ではなく海外の文字であるため、傷として蒼は認識してしまったのである。

 

文字が意味するものは、異能の受領法。

 

猟奇的で狂気的な研究の痕跡に、蒼は心底嫌な顔で頭を抱えた。

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