個性【蒼星】   作:指ホチキス

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44:山賊

修善寺と共に行動し始めて早々に、蒼が目的地も無く動くのは退屈だと意見した。

20代も半ばのいい歳をした女が、まともな羞恥心があれば選択できないほどかなり見苦しい形で駄々をこねる。

 

それを受けた修善寺としてはどうでも良かったので、貿易を行っているだろうからという蒼の発案により、ひとまず港を目的地に定めた二人。

廃墟から地図帳を入手すると、海の方向へ移動し、時折見つけた実験跡や潔癖症を処理しながら数週間をかけて港町へと辿り着く。

 

()()()()そこは漁港と湾港、水産業と貿易などの物流、どちらにも使用される港であった。

 

 

蒼も修善寺も港に関する知識など無い。

漠然とした情報によって港に来ただけで、まさか物流に関わらない水産業を主とする港があるなどとは欠片も思い至らないのだが、当人達がそれに気付くことも無く。

 

準備も無しに港町に入ったところ、初日にして住民と関係性が複雑化したため近郊の廃墟に居座ることに決め、主に岩場で魚を釣って暮らし、気付けば普通に生活が出来ていた。

竿も古びているとはいえそれなりのものを拾っていたため、まあまあ生活としては破綻せず。

 

 

 

そうして意外にも蒼の周りで大きな動きはなく、約2年が経過。

 

 

 

海岸沿いの岩場に座った二人は周辺に転がる肉片を指先で捏ねながらのんびりと釣りに興じていた。

 

 

「釣れた?」

「お前よりは」

 

 

髪を短く刈った老け顔。

指に仕込むように埋め込んだ金属刃で髭を削るように剃っている修善寺が、布を腰に巻いただけの原始人スタイルで煽る。

蒼は釣り竿を置いて修善寺のバケツを覗き込み、自らのバケツに目を落とし。

敗北を認めず、蒼はスク水姿で鼻を鳴らした。

 

 

四捨五入して30に突入する肋の浮いた痩せ型の女がスクール水着を着るのは客観的に見てかなり厳しい状況ではある。

しかし海辺で適切な着衣を行うのは難しく、海水を浴びてガビガビになった幾つかの衣服を捨てた二人は、着衣について半ば諦めていた。

 

蒼のスク水姿について、成長は停滞せずに違和感のない形で推移させているため、しっかりと大人の顔立ちなことも相まって有識者から見ればかなりいかがわしい雰囲気すら感じるが、学業など縁遠い二人にとってそれは水辺における効率的な姿でしかない。

 

蒼は一応それが学生の着るものだと認識はしているが、それを恥じらうほどの道徳性を持ち合わせてはいなかった。

 

 

「私もさっきのが釣れてたらお前に負けてないが?」

「釣れたらの話だろう」

 

 

即座に返された言葉に、蒼の眉が吊り上がる。

 

 

「うるせえ毒魚ばっか釣りやがって! 昨日物々交換行ったら毒ばっかで怒られたんだぞ!」

「お前は釣ってから言うんだな」

「ふん、ほらそんなこと言ってればかかっ───え、重、えっえっえっ? ンググ、ちょ踏ん張れなッ、なんっ重い重い重、足浮くこれっウォバァー!?」

 

 

言い争いの最中、竿ごと海に飛び込むこととなった蒼の背景では、コンテナを積んだ貨物船が入港して数日に渡る荷下ろしを行っている。

電気の供給が安定しないため製造業が一部停止しているものの、産業の復興は徐々に始まっていた。

とはいえ、大型のタンカーが必要となるほどのやりとりは未だされていない。

 

───竿を片手に海から這い上がってきた蒼は、緩んだ包帯を外しながら湾港の方を見る。

本日はいつもより賑わっている、というには殺伐とした雰囲気が漂っているのが遠目でもわかるものだ。

 

前回の受け入れ時にもトラブルが発生し、多数の怪我人を出していたのを蒼は知っている。

 

 

「……包帯外してるからこっち見んなよ」

「ん、あぁ今忙しいから大丈夫だ」

「そう言われるとなんか気に障るかもしれない」

「一応言っておくが、急に変な気を起こすなよ」

 

 

共に暮らす中で、修善寺は蒼の奇行に慣れた。

不穏な気配に先制して念を押したが、逆に蒼はムキになって薄い胸を曝け出す。

仮に女として見られても困るが、あまりにも反応が薄ければ悔しくなってくるもので。

いい年齢になってこの時代を過ごせば、羞恥心など容易く無視できるようになってくる。

 

 

「おーっと服がズレて色々出ちゃったなー!」

「見えてないが多分見苦しい。早くしまえ」

「背後から頭に石ぶつけてもいいんだぞお前!!」

 

 

本当に異性として見られていないため、修善寺からの飾りっ気のない率直な言葉に蒼は青筋を立てた。

共に過ごせば男女の仲に、などということは無い。

 

瞳を見ると運が悪ければ死ぬという漠然とした情報を移動中に共有された時点で、修善寺にとって蒼は尋常ではない怪生物だというイメージで固定された。

修善寺にとって蒼は辛うじて人の形をしている怪生物であり、とてもではないが性行動を起こしたいと思えるような存在ではなかった。

 

───人間がウニの生殖行動を見ても、基本的にこれといった情動を覚えないのと同じである。

 

溜め息を吐き、視線を向けないまま手で払うような動きを見せる修善寺。

 

 

「いらない」

「こ、こいつ……ッ!」

「早く巻き直して準備始めろ」

 

 

修善寺の視線の先ではコンテナについて言い争いが始まっている。

 

 

蒼と修善寺は異能を手術などで後天的に植え付けようとしている人間を追っている。

それが組織なのか、個人を発端としたものなのかは未だに分かっていない。

修善寺は復讐のため、そして蒼はそれに付き合うため。

 

蒼としては薄っすらと、この研究がAFOに吸収されると嫌なので遠回しな嫌がらせも兼ねている。

 

二人揃ってこの港から2年も動いていないのは、ここが高頻度でそれらの人員に遭遇できるからであった。

 

密入国において、貨物船は最も安易な方法だ。

この時代の仕事は管理が杜撰で、汚職が蔓延っている。

この港街のように結束が強く、仲間内への被害を考慮して清廉潔白に仕事を行っている方が珍しい。

 

そんな場所だからこそ、ここでは辻褄の合わない不審さはすぐに騒ぎになる。

この港は国の中でも有数の、密入国者を見つけるのに適した場所だ。

 

 

「───よし、いくぞ」

「そろそろ街に住みたいのにお前がさあ……」

「仕方ないだろう。先に仕掛けてきたのは向こうだった」

 

 

───港町において、敷地外の異能持ちに対する印象は総じて悪い。

漁業で生計を立てていた地元住民間の結束は強く、その中で産まれた異能持ちは仲間と扱われる。

ご近所付き合いが強く、それが誰の身にも起こり得る事だとして認識されたからこそ異能持ちの子供は肉体的に頑丈な漁師の下で育ち、この時代の日本では珍しいことにそういう個性として受け入れられていた。

 

 

だが、外から来る異能持ちに対してはその限りではない。

素行が、欲望が、生活が。

黎明期の始まり頃に港町へ来た者達はこの街に馴染もうとせず、物と人が少なくない被害を受けた。

故に街はより排他的となり、何も知らずに足を踏み入れた蒼と修善寺もそれなりに警戒され、最終的に自警団が出張るに至っている。

 

結果だけを語れば、修善寺が潔癖症と勘違いして自警団を負傷させ、蒼が引っ叩いて頭を下げて色々と交渉した結果として街での物資交換を許されている。

正確に言えば、修善寺に勝てる人間がいなかったので扱いに困っているという表現の方が近いが。

そうして現在では、山に住み着いて湾港にて騒ぎがあると降りてくる山賊のように扱われていた。

 

 

蒼は以前にスク水のまま突入したら本当にキチガイとして対応されたためちゃんと着替え、修善寺は体に仕込んだ物が見えないように黒いジャケットを羽織る。

準備を終えたので蒼を雑に俵抱えにすると、修善寺は港へと走り出した。

 

───そうして湾港の敷地内に入ってきた修善寺を見た途端、周辺の作業員が腰を落として構えた。

 

 

「出たぞ! アイツだ!」

「下がれー! 山賊が来たぞー!!」

「相変わらず統率取れてるな」

「お前も一旦逃げろ! 殺されるぞ!」

「───!?」

 

 

蒼が目を向ける頃には波が引くように港町側の人員が捌け、数人の漁師が場に残る。

現れては不審者を引き摺っていくので街側に被害は出ていない筈だが、街としては想定戦力が高すぎるため、下手に刺激する事を避けていた。

受け渡し側の人員も腕を掴まれて共に逃げるよう誘導されており、船側に船員は残っていない。

 

静かな状態となった場で、蒼が呑気に漁師の方へと歩み寄った。

そんな蒼に対し、筋骨隆々の漁師が船上のコンテナに視線を向けて喋り始める。

 

 

「原因はあの予定外のコンテナ。内容物は不明。指示を受けていて予定にないのはお前の不備、次の仕事があるので早く下ろせと言いやがる」

「あー……中はなんかの廃材だね。一人潜んでる」

「下ろした瞬間に俺達は引く。勝手にやれ」

「はいはい」

 

 

知覚によって内部を確認できることを一部の漁師は知っている。

蒼と修善寺が不審な人間を連れて行く事も理解しており、だからこそ二人はある程度の行いが許されていた。

慣れたやりとりで手早く情報を交わした蒼は、修善寺とそれを共有する。

 

コンテナを吊り上げる機械は整備性の問題で使えないため、異能によって各部が代用されたクレーンで漁師達がコンテナを吊り上げると、比較的雑に陸に降ろした。

 

 

「アレ、中に人いる」

「そうか」

 

 

それを聞いた修善寺がコンテナを下ろす位置へ行こうとすれば、急に女が走り寄ってきた。

逆立った赤髪と、角と牙の生えた顔。

 

この2年間で一度も見たことがない顔だ。

 

 

「叫び声が聞こえた。お前は悪人でいいんだな!?」

「……あっ、そういう感じ?」

 

 

威嚇をする女に、蒼が眉を下げた。

若く、それでいて浅慮なのは何となくわかる。

 

 

───黎明期から40年近く。

ロードアイランド州新法の情報が貿易に紛れて流入し、日本の民衆に()()()()()広まった。

政府はこの動向に関し様子見では遅いと制定を急ぐも、細部の詰めが間に合わず。

 

国家と民衆を繋ぐ足が縺れたまま“公認”を名乗る存在が先行して動き出した。

それは秩序を乱す者と、秩序を目指す者が入り交ざった群れ。

思想に関わらず選ばれたと嘯き、異能を行使する者が多く現れた。

 

ロードアイランド州新法の上っ面だけをなぞる、異能を恣意的に使用する者。

それは新法が制定された理由をなぞる、逆行に近い現象。

 

異能を公に肯定されるという羨望、そして異能の使用を公的に認められるという情報に対する先走り。

先行して異能によって場を治める流れを作れば国は動かざるを得ないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、唆すような噂と相まって国内が大きく乱れ始めていた。

 

それを感じ取った政府は細部を詰めつつも役場との連携によって公認制度の制定に関して正確な情報の流布を行うも、自称公認者達はそれでは遅いと各々の判断に任せて動いていて。

 

寄生先を見つけるために。

搾取先を見つけるために。

 

自らのためだけに、正義を嘯いて異能を使う者達が増えていた。

 

 

眼前の女は若く、20そこら。

他所から流れてくるため時折見かける、善に満たない価値観の押し付けのような英雄擬きで間違いない。

勝手に異能を使用して、これは正義に基づく行為だと自認する厄介者。

 

 

「……知り合い?」

 

 

一応漁師の方を見れば、肩をすくめる。

今では女へ陸に打ち上がった憐れな稚魚を見るような目を向けており、それだけで漁師側から修善寺に抱かれている印象が察せられる。

 

この地に来て浅い時期に、密入国者の顎を裏返す殺し方を見せたので、当然と言えば当然ではあるが。

 

 

「うーん……よし、パパっと無力化して引き渡して、本命だけ攫ってこう」

「加減間違って殺したらすまん」

「そんときはそんときで」

 

 

会話が終わると同時に、修善寺がその場から弾けるように跳ぶと女へと殴りかかった。

 

 

「は、ハハッわかりやすくていい! お前は悪人だ!」

「そうか」

 

 

拳を掴まれ、骨の軋む音が耳に響く。

不意打ちであっても反応を見せた女に、修善寺は目を細めた。

無言でそのまま肩を引き、大振りでもう片方の拳を女へと放つ。

 

 

「ハッ何度やっても効かね───」

 

 

嘲笑も半ば。

先程と同様に防御のために翳した手が、想定外の拳の重さによってもろとも顔へめり込み、鈍い音が響く。

片方の拳は重く、()()()()()()

蒼の入れ知恵によって金属などを埋め込んで治し、直してきたそれは、鈍重な代わりに振り回すだけで人の骨程度は容易に砕く。

代わりに関節に多少の無茶が生じるが、修善寺からすれば些事である。

 

 

「意外にも軽傷で終わったな」

「……う、オェ……」

「まあ生きてるからそうかも……そうかな……?」

「行ってくる」

 

 

響いた音は頭蓋骨に罅が入っていてもおかしくはない、そんな音だった。

脳が揺れ、目を回して吐瀉物を口端から垂らす女を一瞥し、修善寺はコンテナを開けると、内部へと入る。

足を踏み入れると同時に、硬い音が響いた。

 

 

「……ッ!?」

 

 

刃物を受けた腕と、反射的に振るった指。

指に仕込んでいる金属刃がナイフを刺してきた男の顔を裂き、転がるようにコンテナの奥へと逃げていく。

 

 

「……」

 

 

無言のまま、廃材を押し退けながら男へと歩み寄る修善寺。

逃げ場はなく、進退窮まって向かってきた男へ拳を振るう。

 

ただ、それだけだった。

 

 

「───回収おつかれ」

「……それは?」

「や、こう、私達はいらないし、馬鹿そうだから上手いこと使えるようにしたらって言ったら魚と交換して貰えた」

 

 

男を引き摺ってコンテナから出てきた修善寺へ、魚が3匹入ったバケツを持つ蒼が迎える。

角の生えた女は消えており、それが()()である事に思い至った修善寺は鼻を鳴らした。

 

 

「人の命が魚3匹とは、良い商売だ」

「3匹分の価値があるかと言われると貰いすぎかもしれないけどね。使えるならなんでもいいって事なのかも」

 

 

異形系とはいえ、若い女だ。

力もあるだろうし、傷が治れば仕事に利用できるかもしれない。

治らなければ治らないで、使い道も多いだろう。

 

皮肉を投げかけた修善寺に対し、蒼は当たり前のような顔でそれを上回る言葉を返した。

流石の修善寺もそれに対して何かを返す気にはなれず、溜め息だけに留める。

 

 

「帰るぞ」

「今回のはなんか喋ってくれるといいね」

「大体は外れだからな」

 

 

止血すらせず、顔の切り傷から血が流れ続けている男を連れ、港から山へと引き上げる。

これがこの2年間で時折起こる、山賊の襲撃であった。

 

 

 

 

小屋の中、男を縛り付けて全てを漁った蒼は、少し離れた場所から男に話しかける。

 

 

「言葉わかる?」

「───! ──!」

「ふんふん、やっぱわからないね」

 

 

国外からの積荷に紛れていたのだから、当然ながら異言語である。

拷問をしたところで、話す内容がそもそも認識できないのであれば情報が得られるわけでもない。

 

 

「所有物は何かあったか」

「ナイフでしょ、あとは何かのノート」

「ノート、本か。内容は?」

「大当たりって感じのやつ」

 

 

男の所有物であった一冊のノート。

写本のように、人体に関する()()()()()()()()()()()()

注脚などは他言語のため読むことができないものの、図を見るだけで異能の器官に関する内容であることはすぐに分かる。

 

 

「読める?」

「いや……文字を読むのは苦手でな」

「知ってる。一応聞いただけ」

「次からは聞かなくていいぞ」

 

 

メモと呼ぶにはあまりにも多くが書かれたそれに目を通し、指を這わせる。

人の切り方、分け方、繋ぎ方が載ったそれを見て、それが修善寺と会った場所で起きていた事と同一の研究である事が察せられた。

 

 

「ふーん……」

 

 

蒼の知る限り、国内において異能を後天的に授かる方法という、AFOの専売特許を侵犯する技術は発展しないように調整されている。

ノートから顔を上げ、蒼は一つの確認を行うことにした。

 

 

「AFO、死柄木」

「……!」

「お、いいねいいね。ガチで大当たり」

「──、──?」

 

 

言葉への反応があり、その名に心当たりがあるのだろう。

尋ねるような口調に切り替わった男を見て、蒼はこの男が異能を後天的に得ようとする組織の一員であることを確信した。

そしてAFOの名を聞いて恐慌せずに、まるで取引の関係者かというような反応からして、AFOが既にこの組織と接触している事が察せられる。

 

奴は同業になり得る存在を許さない。

影響力の増加は支配力と直結する。

代替となる技術の発展は、己の影響力を削ぐとして目を光らせていた。

それが国外にも向き始めており、情報を絞って協力者を装って技術を奪うか失わせようとして動き始めているのだろう。

 

 

「……嫌がらせとしては正しかったわけだ」

 

 

遠回しな嫌がらせとして駆除してきたが、組織とAFOに直接的な繋がりがあるのであればそれがより効果的だったということだ。

 

いつか有識者に聞けば、このノートの言語からどこの国がこれをやっているのかまで割り出すことができるだろうと、蒼は楽観的に考える。

実際は使用言語によって大まかな位置ぐらいしか割り出せないのだが、蒼は地理も国語も現代社会に関する勉強をできなかったため、その辺りの解像度が粗かった。

 

 

「さて、魚を焼いてくる」

「じゃあこっちは……これ以上欲しい情報とか聞けないし、サヨナラしようかな。何か言いたい事とかある?」

「ない。何も残さず死んでくれ」

 

 

聞くことはない。

聞けることがない。

言葉が通じない時点で、交渉という案が出るはずもなく。

月日を経ても薄れぬ怒りの目を向け、それでも修善寺は黙って部屋から出ていった。

 

怒りに任せて殴っても、仲間が生き返るわけでもない。

自らの仲間を害した全ては生きているべきではないと思っているが、そこには自らの手でなどといったこだわりも無い。

 

この男の死は、逃れられないものだ。

修善寺はこれまでの経験からそれを確信しており、だからこそ用済みとばかりにここを出ていった。

 

 

「だって。じゃあね〜」

 

 

蒼は軽い口調と共に包帯を外し、瞳を露出させる。

そのハート型の瞳が、男の方を向いた。

 

蒼色が、瞳孔の周囲から滲む。

 

表面が湿っているようには見えず、吸い込まれるような黒いハート型の瞳孔から光が溢れる。

それはどこまでも蒼く、他の色など記憶に残らないほど純粋に蒼く、ただひたすらに蒼すぎる。

異能による異形と判断して男は即座に目を瞑った事から場馴れを感じるものの、蒼が()()と決めたのならもう遅い。

 

 

「なにをしても意味はないから、諦めてね」

 

 

ずい、と顔を寄せ、額を合わせる蒼。

いつも隠している包帯の内側と言える距離まで近付いた事で、色が空気を伝うように男の瞼をすり抜けて視覚へと侵入していって。

 

蒼い光は、色に情報を孕んでいる。

それを見れば感じる。

それを見れば知る。

 

それを見れば理解する。

 

人間には在り方も、起こし方も、現し方すら理解できぬ光という情報の波が視覚を通して脳へと伝達されていく。

 

 

「─、──……」

 

 

閉じられていた男の瞼が緩やかに開いた。

脳へと到達した情報の、受け止めきれなかった分をその瞳から色として溢れさせていく。

 

蒼く、蒼い。

どこまでも混ざりっけのない純粋な蒼色に、瞳が輝いた。

 

瞳より溢れたその色を、男は既に識っている。

それは手を伸ばすべき先。

届き得ぬ果てに浮かぶ、あの星の彩。

 

それを理解した時点で輪郭が解け、存在が星へ向かうに適した形へと歪んでいた。

高音が鳴り、また一人が星へ続く道へと至る。

 

 

部屋に残るは、細い女が一人だけ。

 

 

死体は残せない。

情報が残り、ここが蟻地獄のような場所だと気づかれる可能性がある。

死臭は良くも悪くも情報を伝えてしまうものだ。

何も残っていなければ、空白のように、そこに無いという情報以外を得られない。

AFOが来るのであれば面倒だが、組織の人員が調査に来るのであれば都合がいい。

 

 

───港町において、山賊に連れ去られた者は必ず殺されて何も残らないとされている。

 

街の誰もが連れて行かれた小屋から逃げた人間を、そしてそこから出ることの出来た人間を見たことが無い。

それにも拘わらず山賊達に死臭は染み付いておらず、死体の痕跡も無く。ともすれば人食いを行っているとまで言われていた。

 

 

 

薄暗い小屋の中で、瞳だけが輝いている。

それは幻想の如き数多を孕んだ光。

ゆらゆらとハート型の瞳孔から滲むように、暗闇を塗る蒼色。

 

 

一部では山賊と共に暮らしている蒼が人を消し去っていると、()()()()()()()()()噂が流れ始めていることを、当人はまだ知らない。

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