個性【蒼星】   作:指ホチキス

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46:スク水

岩場にて、海へ向けて釣り糸を垂らす男女が2人。

 

 

「刺身ウマッ」

「切った魚を丸齧りは刺身と言わないが」

「えっそうなの?」

 

 

物々交換で貰った魚を食べながら、蒼は首を傾げた。

鱗を皮ごと剥ぎ、黒曜石のナイフで切り目を入れて内臓を千切っただけの料理とも言えないそれを刺身と言い張る蒼に、修善寺は信じられないものを見るような目を向けた。

 

 

「それは剥き身と言う状態の筈だ」

「街で刺身がおすすめって言われたんだけど、これ違うんだ……」

 

 

味としては確かに美味しかったものの、料理ができることと知識がある事は同一ではない。

焼かずに身を食べる事を刺身と言われたため、蒼は剥き身を刺身だと勘違いしていた。

 

蒼の得意料理は『切った』である。

これといった明確な料理ではない。

炒め物もできるが、この時代では主に焚き火で作るため火力調節が難しく、焦がすこともしばしばあるので得意とは言えず。

要するに、具材を切って料理と言い張ることが得意だった。

 

ちなみに刺身をおすすめした町人からは、仄かにアニサキスに(あた)ってのたうち回って苦しまないかなと思われている。

それをなんとなく把握している蒼は、覚醒状態ではないとはいえ内外共に影響として表面化している若干の物理(Red)耐性が寄生虫程度に負けるわけがないだろと薄っすら思っていた。

 

 

「詳しいじゃん」

「……魚に詳しい仲間がいたのでな」

「ふーん……いやでも美味いよ。いる?」

「結構だ。今日は必要分釣れたから俺は先に戻っている。何か動きがあれば呼べ」

「今日はどうせ何も無いでしょ」

「じゃあ寝る」

「はいよ」

 

 

港に貨物船は無く、街でこれといった騒ぎもない。

平穏な空気の中、街で山賊と呼ばれている片割れは家として利用している廃屋に戻っていく。

 

そうして一人になった蒼は潮騒を聞きながら、2匹目の剥き身を齧る。

魚臭さを味わいつつ、そんな暇をのんびりと楽しんでいた。

 

 

「平和でいいね……」

 

 

貨物船があればいつでも飛び出せるように心が浮ついているが、今日は何もない。

例の異能を移植する技術に関して調査はしているものの、どちらかといえば待ちの構えのため、することがない時はこうしてのんびりするのが蒼の日常であった。

 

───そんな蒼の日常に、来訪者が現れる。

 

 

「いるかー……うわっ、うわぁ」

「あのさあ」

 

 

背後から誰かの声が聞こえ、恐らくはスク水の自身を見て発せられたものであると把握した蒼は、面倒くさそうに振り向いた。

 

 

「なんの用?」

 

 

視線の先にいるのは若い女。

赤い髪と、口端よりはみ出た牙、そして額より天へと向かう二本の角。

左側頭部を覆う包帯は、修善寺のパンチによって生じた外傷によるものだろう。

 

そこには、つい先日に修善寺の前に立ち塞がって倒され、魚3匹と身柄を交換された女がいた。

 

 

「よう悪者!」

「ド直球な暴言来たな。馬鹿ボケカスツノ女、なんだお前生きてたのか」

「結構口悪いね!?」

「言い始めはお前だろ」

 

 

少しだけショックを受けたような女は、ドカリと蒼の隣に座り込んだ。

 

 

「えっホントに何しに来たの?」

「話を聞きたくて来た」

「……あんま話す事もないけど」

「悪者だけど、悪者じゃないって話を聞いたから、何してんだろうなって」

「あぁ……なんか、正義についての話?」

「そんな感じ」

 

 

ゆらゆらと揺れる女に、蒼はこの時代ではあまり見ない直情的な性格のままどう生きてきたのか疑問に思う。

包帯を巻いてはいるものの、既に動けている事から回復力が高く、修善寺との僅かな戦闘で見せた反応からして強さも十分。

異能の強さ、そして素質のみで生き残ってきたからこその浅慮な行動かなと当たりをつけると、蒼は釣り竿に視線を戻して口を開く。

 

 

「まず、自分を殺しかけた存在に近寄ってくるのは間違いなく馬鹿だから、そこは反省しな」

「ぐ……だけど」

「だけどとかじゃなくて。勝てない相手からは逃げないと普通に死ぬからね」

 

 

隣で唸る女に敵対の意思は無い。

蒼は道理として、お前は愚かだと伝えた。

 

 

「ツノ女はさあ、悪者を退治したいの?」

「困っている人間を助けたい。それだけだ」

「何でこの時代にそれっぽい正義観があるかなあ」

 

 

2年ほど港町を遠目に観察し、時として住民と会話を行っていた蒼は正義という認識の変化を感じていた。

 

異能を恣意的に使用し、他者への施しすら頭に無い。

それらは一様に正義を嘯く。

何故なら誰かがそれを言っているから。

それが、そういうものだとしか知らないから。

 

道徳心を育てる経緯無く、彼等は正義という言葉に浅薄な免罪符以外の意味を理解できない。

 

 

「……お前はさ、なんで困ってる人を助けたいの?」

「え、だってさ、助けたらなんかくれるだろ」

「うーん……いや、まだマシか」

 

 

一方的な要求であるそれは、()()公認者の中では比較的まともな方だ。

ロードアイランド州新法の情報が流れ、勝手に自らは異能を使用しても赦される者と言い始めた者達。

その力を振るい、本当に人の助けの為に尽力している人間の数は果たしてどれほどいるものか。

 

 

「助けてほしくない人間を助けても、喜ばれないぞ」

「それはそうだろ。私は困ってる人を助けたいんだよ」

「そうか」

 

 

一息。

 

 

「お前に助けを求めている奴なんかいないよ」

 

 

蒼のその言葉を聞き、ツノ女は酷く驚いた顔をした。

そして徐々に、その表情を傷付いたものへと変えていく。

 

 

「なんでだ? 困ってたら助けて欲しいだろ」

「対価を払う余裕がなければ、いっそ関わってほしくないと思うもんだ」

「……」

「特に、お前は流れ者だろ。信用も無ければ知り合いもいない。他人は敵みたいなもんだから、お前もまた別の悪者として思われてたんだよ」

「そんな、じゃあ私は……」

 

 

ぐす、と鼻を啜る音が聞こえ、蒼は溜め息を吐いた。

裏社会では見たことがない程に浅慮で善人。

もう少し先の時代であればヒーローになれたかもしれないが、ヒーロー崩れが多いこの時代では人助けを実践するより先に被害者が助けを拒んでしまう。

特に閉鎖的なこの港町では、蒼と修善寺はその強さによって山賊として扱われて利用されているものの、それほどの力が無ければ追い出されるのがオチである。

 

 

自称公認者達は寄生先を見つけるために各地を移動する事が多い。

裏社会に関わってしまうか、強力な異能を振りかざしすぎて噂になれば消息を断つことがあるものの、楽をして生きられる場所を探して動き回る。

そのためそういった人間に迷惑をかけられた現地の人間は流れ者に対し警戒心を抱くようになり、港町のように団結力が強いと排他的になっていくものだ。

 

修善寺より弱い流れ者など、街からすれば必要としていない存在であった。

 

 

「ハァ、世間知らずめ」

「グスッ……知らないよ。逃げてきたんだもん」

「……どっから?」

「家」

 

 

釣り竿のリールを巻きながら、蒼は少しだけ考える。

 

 

「帰れんのかよ」

「閉じ込められてた。もうあんなとこは嫌」

「あぁ……お前異形だしな」

 

 

改めてよく見れば、ツノ女は素足である。

(くるぶし)までが黒ずんで硬質な色をしているのは、異能によるものだろう。

形状もどこか爬虫類のようなものであり、普通の靴を履くことは難しそうだ。

服は着替えさせられてシンプルな姿だが、思い出してみれば最初のときはもう少しボロボロの服を着ていた。

 

 

生まれてくる子供が異能持ちである確率は一定だが、その確率が来る事を選べる人間はいない。

ツノ女のように、異形型は乳児の頃から分かりやすく表面化するため嫌厭される事も多いものだ。

 

異能持ちを迫害して追い出した地で、何も持たぬ両親から異形系が産まれた場合、両親の立場は極めて難しい。

監禁されていたようだが、この時代にしては真っ当な価値観を持ち合わせているあたり、わかりにくくも大切に育てられていたのではないかと蒼は推察する。

 

 

「まあ……これからどうすんの?」

「……ここで暮らしていいって」

 

 

そんなツノ女の言葉に、蒼は顔を顰めた。

 

 

「お前はいいのに私はダメなのかよ」

「母胎の役割がとか、労働要員がとかなんか言ってたけど、飯食わせてくれるなら何でもいいって言ったらそういう事になった」

「あ、そういうことね……まあいいんじゃない?」

 

 

良くも悪くも若い肉体には価値がある。

ツノ女が話を理解しているのかは怪しいが、町民としての生き方を許容できるなら彼等も仲間として懐に入れ、閉じ込めるような事はしないだろう。

 

流石にそれを理解している蒼は、眉間の皺を緩める。

町の人間にとって蒼は修善寺とセットであり、修善寺の凄惨な殺し方を見た後に喜んで身内に入れたがる存在はいないため、蒼は町の仲間に入れてもらえないのはある程度仕方がないことだとは理解しているのだ。

流れ者が無条件で許されるならと文句を言おうとしたが、ある意味で身売りしたようなものと分かれば溜飲も下がる。

 

 

「悪者退治よりよっぽどいいよ」

「そうかなあ、それに色々話したら、学校の先生になってくれって言われてさ」

「……馬鹿なのに?」

「中学ぐらいの勉強はできるぞ」

 

 

ムッとした顔でそう言ったツノ女に、蒼は驚きすぎて竿から手を離して立ち上がった。

 

 

「お前私より頭いいの!?」

「なんだよ、勉強ぐらいするだろ」

「おい本物の箱入り娘じゃねえか」

 

 

()()()()()()()()()

ただそれだけでこの時代を生きる人間の中では珍しい。

義務教育という制度が法治国家の崩壊と共に消え、文字を書くどころか読めない人間すら多い。

港町では身内同士で最低限を修めているようで四則計算はできているが、それぐらいだ。

 

保護施設があったような人口の多い街では子供にコストを割くのは最低限で、教育の機会すら準備されていないのが実情である。

勉強という時間を子供に与えることが出来ない。

この時代は、それ程までに余裕がなかった。

 

そんな中で中学の勉強ができていたという事の異常性を、ツノ女は理解していない。

余程、世界から切り離されていたのだろう。

旧家などの権力と財力を併せ持つ家の子供なのかなと蒼は少しだけ背筋が冷えた。

 

 

「えっ、お前何歳?」

「16」

「……子供!?」

 

 

蒼は座っているツノ女の───少しばかり大人びた、ツノの生えた少女の全身を見直して。

栄養が足りず肉感は薄いが、大人と見間違える程度には女性的な肢体。

疲れと苦労の滲む顔は、よく見れば幼さを目元に残している。

 

背丈、スタイル、学力。

比較対象に全敗の女、願星蒼は負け惜しみすら言う気力も無く崩れ落ちた。

 

勝っているのは危険度ぐらいである。

しかし、それはおおよそ人間に付与される属性としては不適格のため、全敗を覆す要因としてカウントしない。

 

 

「ガァ……ッ!」

「え、何?」

「クソッ帰れ帰れ! 何が16じゃガキが!」

 

 

施設にいたような10やそこらの年齢である子供であれば保護対象と思えるが、自らが勝ち目のない少女ともなれば牙を剥いて威嚇する程度には敵である。

普段は美醜などといった部分についてあまり気にしていないものの、勝てるところが見つからないとなれば流石に気に入らないものがあった。

 

 

「ケッ、帰る!」

「えぇ……本当に何……?」

 

 

ドスドスとバケツと釣り竿を持って帰っていく全敗のスク水女に、ツノ少女は困惑したまま立ち上がった。

 

 

「そうだ、明日は町の役場に来てってさ。もし金があるなら持ってきてくれると話が早いって!」

「……」

 

 

ただ鼻息を荒く噴いて返答とした蒼。

そのまま廃屋に入ると、布を掻き集めた布団に飛び込んだ。

ホコリが舞い、別室で寝ていた修善寺へ聞かせるように蒼は腹から声を出す。

 

 

「寝る!」

「なんだよ、勝手に寝ろよ……」

 

 

まだ夕方ではあるが、もう何もしたくないとばかりに目を閉じた。

怒りのせいか、腹に違和感を覚えて空腹が紛れていた。

そうしてそのまま黙っていれば、やがて息は一定のリズムとなって寝息となる。

 

そうしてそのまま、蒼の暇な1日が終わった。

 

 

 

 

「───ほぎゃあああああああ!?」

「ッ!?」

 

 

早朝、蒼の絶叫に修善寺は飛び起きる。

瞬時に脳が緊急時のものに切り替わり、何事かと腕に埋め込まれた刃を押し込めるような構えで蒼のいる部屋へと突入した。

そして、そこで目にしたものとは。

 

 

「何事だ……」

「ホギュ、オアバァ! ギャアス!?」

 

 

腹を抱えてのたうち回る蒼。

襲撃ではなさそうなので緊張を解き、蒼の様子を観察する。

そしてそれは、修善寺にとって既知のものだった。

 

 

原因は明白。

アニサキスに中ったのである。

 

 

 

蒼は物理(Red)耐性を自覚していたが───未だ自覚できていなかった侵食(Black)耐性はそれと比べて低い。

胃壁に噛みつこうとする寄生虫のそれは物理的な傷にも思えるが、体内に潜り込もうとする目的が介在する事でそれは侵食と断定された。

断定を行うのは異能による性質であり法則であり、蒼星という存在が保有する()()のようなものだ。

 

蒼星の耐性として、精神(White)耐性は極めて高く、物理(Red)耐性はその次に高く。

侵食(Black)耐性は程々に、概念(Pale)耐性は低く、むしろ過剰に受ける。

 

犬の異能を持つ人間が犬の特性を持つように。

蒼もまた、蒼星という存在の特性を影響として持っている。

 

一度限定覚醒を行ったことで若干の影響が残っているとはいえ、未だ侵食への抵抗をその身に受けるほどその存在に近付いていない。

抵抗とは痛みに対する心体の傷または反応を示す指針であり、抵抗に満たないというのはつまり、()()()()()()()()()()ということに他ならない。

 

蒼はこれまで裏社会、保護施設で暮らしてきたが、基本的に食中毒の危険性を理解している人間がいたため生食などは口にしていなかった。

ここ2年程もちゃんと焼いており、刺身をオススメされるまで生で食べようとは考えてもおらず。

 

つまり、油断して魚を剥き身のまま2匹も食べた当然の末路である。

刺身を美味しそうに食べていた住民のせいにしたいが、今の蒼は激痛によってそれどころではない。

 

 

「……釣りに行ってくる。1分で離れるからそれまでは光るなよ」

「グヴヴ……ヴッ! オギャア!!」

 

 

人語すら解さずのたうち回る蒼に対し、修善寺は特に感想もなく慌てて家の外へと駆け出した。

 

 

「フンギャァァアアアア───ッ!!」

 

 

鳩尾辺りの激痛に包帯の隙間から涙と蒼い光が散る。

 

蒼はそこまで痛みに強くない。

物理耐性が少しは影響として表面化しているため痛みを感じるような事が少なかっただけだ。

内臓の壁に噛み付かれる痛みを常人と同じ感覚で喰らえば、当たり前のように苦しむこととなる。

 

痩身の女が光を散らしながら泣いているという、文字面だけ見れば神秘的にも思える光景。

しかし現実は哀れであり、愚かなる結果によるもの。

 

 

───そうして数分後。

 

室内が蒼い光で満たされる事となり、蒼は二度と肉と魚を生で食べないことを誓う。

 

蒼はまた一つ賢くなった。

 

 

 

 

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