個性【蒼星】   作:指ホチキス

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「うぅ、許さないからな……」

 

ジャバジャバと洗濯をしつつ、収まらぬ腹痛に蒼は顔を歪めて泣いていた。

 

蒼い光によって星を識るほどの知性無き寄生虫に対し、蒼の発光は無力であった。

激痛によって八つ当たり気味に光っても、侵食の邪魔はできず。

 

最終手段として蒼は体内に足を生やし、力技で寄生虫を体外へと()()()()()

常人では臓器の捻転や腹膜炎を起こしかねない荒業だが、それは単に物理的対処のため蒼にとってはかなり気持ち悪いという程度で済んでいる。

ただし、かなり気持ち悪くはあったので、結果的に朝から服と床の汚れと向き合うことととなっていた。

 

一応、幸運にも巻き込まれ事故のように誰かが小屋を注視していて消し飛んではいない事だけが救いである。

 

 

 

そんな悲しみから復帰し、ちゃんと着替えて灰色のコートを羽織った蒼は、役場に顔を出すために山を下りた。

町へと入る正式な通行路はいくつかあり、片手の指で足りる程度のそれら全ては民衆による監視の下にある。

 

用があればそこを通ればいいし、そこを通っていない奴は敵対対象と分かりやすく分類するための荒れた道路。

そこをニコニコと手を振りながら歩いた蒼は、路端に座っている心底嫌そうな顔をした男に話しかけた。

 

 

「よっす、役所に呼ばれたから通るぞ」

「いいんだけどさあ、前回貰ったやつの中に毒キノコ入ってたけどそういうことか?」

「えっマジ?」

「だろうとは思った。素人がキノコ採集は止めとけって。いややっぱ沢山食え」

「少しは本音を隠せよ」

 

 

門番役のような男との会話を切り上げて町へと入れば、蒼に対し遭遇を避けようと逃げる人々が知覚できた。

今更なので蒼はそれを気にしないが、それぞれが意思を持って動いているあたり防衛や社会の運営としては上手くやっているなと他人事のように思う。

 

そうして役所に辿り着いた蒼は、軋む扉を開けた。

 

 

「来たぞー」

「うわっ」

「呼んどいてそれはどうなの?」

 

 

蒼の特徴的な、瞳を隠すように包帯を巻いた顔を確認すると同時に職員がザワつき、距離を取り始める。

ゲンナリとした顔をしながら端にある余所者用の受付に座れば、老人が奥から出てくる。

漁師上がりのため筋骨は逞しく、日焼けによって黒光りする禿頭を叩きながらのしのしと歩く姿は、とても老人には見えないが。

 

 

「よう、呼びつけて悪いな」

「ツノ女、役所預かり?」

「……ん、ああ、ヘビちゃんのことか。お前がボコしたんだってな。可哀想にあんないいコを」

「うるせえ、しょうがねえだろ山賊やってるときに立ち塞がったんだから。あとボコしたのは私じゃなくて修善寺」

 

 

快活で粗暴。

裏社会にいた時に世話になっていた人々に近い気風を浴びて、自然と蒼も口調が崩れる。

 

 

「まあ頭いいからな。多分ちゃんとしたとこで育ってると思うんだが……性格がアレだからなあ」

「向いてないよな、お嬢様生活」

「無理だろ」

 

 

地主が港の歴史に絡んで根ざしている部分があり、寄与するほど町に関わりがない家はこの地に住まわず、結果的に町の周辺に存在を把握されていない名家などは無かった。

つまり角の生えた彼女は、人を囲い込んで養い、教育が施せていたという明らかに文明的裕福さを備える、山の向こうのどこかから来たということが察せられる。

確実に上流階級に属する人間で間違いない。

 

 

「んでそんなのを母胎利用みたいな話聞いたけど」

「誰かに嫁入りしてもらって働かせるだけだぞ、人聞きの悪い」

「……あぁ、まあ人道的か。思ったより自由意思認めんのな」

「16のガキだし締め付けて逃げられても困る。矯正はするが性格は良く頭がいい。この町にとって有用だ」

 

 

元々漁師の頭として仰がれていた老人は、冷徹な瞳でそう呟いた。

町にとって和を乱す存在だった存在をただで居着かせるのは町として利がない。

蒼達が居るのも利があるから許容しているのであって、そうでなければもう少し本腰を入れて排除に動いていただろう。

 

角の生えた少女を保護する決断を行ったのは、利があるからである。

蒼の以前住んでいた町に比べて慈愛の足らぬように見えるそれは、排他的なこの町の生存戦略の一環だった。

 

 

「まあ、私はいらないし好きに使えばいいよ。んで、今日はなんで呼ばれたの?」

「あー……国からの要求だ。金を渡せ。同額を返却すっから」

「……何?」

「国は命より金が大事らしい」

 

 

犯罪者を取り締まるより先に金のことを要求してきた国へ、老人は皮肉を口にした。

 

 

これを把握している人間は少ないが、法治国家が半ば崩壊しておきながら国内では通貨の価値はそこまで落ちていない。

造幣局はインフラの不安定化から停止しているものの、信用ありきのはずの通貨は今も流動している。

新政府は()()()()()()()それを把握しており、これから始まろうとしている各制度のために経済の洗い出しが始まっていた。

 

そして早々に、前提として把握すべき問題点が見つかる。

 

政府側で、現在世に出回っている金額と、()()()()()()()()()の差が分からなかったのだ。

焼失や損壊によって減損し、裏社会からの贋札の流通などによって流通量の総数が想定できないという問題。

 

内乱に近い状態において、預金の過剰な払い出しによる銀行破綻はそれなりに起きている。

国家がある程度安定していれば元本保証されるものだが、政府が倒れていたのでそういった救済も無く。

電子データが復旧できないこの時代に、世に出回ったその末端までを国が把握できている筈もない。

 

本来そのような状況となれば徐々に通貨の流通が行き詰まり、信用が暴落していくものだが、()()()()()()()()()()()

新政府はその部分を把握しているからこそ、現状の通貨が利用されている状況に奇妙なものを覚えていて。

 

 

そうした奇妙な現状解決に乗り出そうとした時、一人の議員が通貨への信用がそこまで欠けていない事を利用する案を挙げた。

()()が何故かを知っている四ツ橋が、新通貨の流通を提唱したのである。

 

 

「へぇ、まあ同じ分返ってくるならなんでもいいよ」

「お前は文字読めたよな?」

「読めるよ。漢字はいくつか怪しいけど」

「余所じゃ数字を読めない奴がゴネたらしくてな。そういう奴は別室で対応になる。うちの町じゃ基本的にいないが……お前のことは知らないからよ」

「そうだねえ」

 

 

この町に超常遺児はいても、行き倒れた肉塊を見る機会は殆ど無かった。

信用できて働き手として利用できるのであれば、子供であっても異能に役割を持たせて大人が最低限の教育を施して拾い上げる。

町に利があるならばという前提ではあるが、この町における孤児の保護は手厚いものだ。

 

更に特筆する点として、それらが持ちうる異能が既に仕事へと利用されていることも珍しい。

それは先進的であるが、本来差別意識が無ければ異能に対して有用という面のみを捉え、生業として活かす術を見出すのは当然である。

 

 

「あと心配ないだろうが大金を持ってるならそれはそれで別室行きになる。心配無いと思うがな!」

「まだわかんねえだろ、私が札束バサバサ出したらどうすんだよ」

「札束バサバサ出すような奴は山賊やってねえよ」

「正論が人を救うと思うなよ!?」

 

 

叩きつけるように小さな財布をカウンターに置いた蒼に対し、受付の老人は小さく笑いながら小銭と、意外にもそれなりに枚数ある札を数えて紙に記入する。

 

 

「ほぉ、意外と持ってんな」

「あー……まあ、物々交換の方が多かったからね。貰っても使うところが少なくてさ」

「お前働くとかできたのか」

「他所でね。盗んだ金とかはないよ」

「なんでまともに働ける奴がここに居座って山賊やってるかね……ここから盗んだわけじゃなけりゃ何でもいいんだけどよ」

「というかそろそろお金で物買えるようにならない?」

「この通貨が回ればそのうちな。まあ、()()を信用できるかはお国の頑張り次第だろうが」

 

 

そう言いながら、老人は蒼の前に置いた硬貨を爪で叩く。

 

この時代に、金銭の価値が無くなると思い込む人間も少なくはなかった。

主に預金を引き出せなかった人々は物々交換でしか物資の入手が難しいため、当然の流れではあるのだが。

 

それでも、奇妙な程に通貨は世を回り続けていた。

それは経済として限りなく異常な事である。

 

人類が既存の規格をはみ出しても、社会の仕組みを可能な限り崩さないよう、尽力した人間が多くいたのだ。

物的資産ではなく金銭的資産を蓄えていた準富裕層を中心とする、雇用を可能な限り維持しようとした経営陣。

それは戦時中と異なり、国内でほぼ完結したからこそ、自国通貨の価値を維持させつつ社会を回すことが可能だと踏んだ善人達。

 

 

そして、それに取り入ろうと動いていたAFOである。

 

 

工場、運輸、果てには売店まで。

自らの影響力を存分に注ぎ、()()()()()()()()()()()()()小さな社会を作り上げて徐々に拡げている。

更に、裏では一部の強力な異能を金銭によって譲渡する事も始めていた。

この世界の唯一に金銭を絡めることで価値を調整し、最終的に通貨価値を保証できるものと言えるまで押し上げるに至る。

 

 

国家が保証しなくとも、好事家がそれを求めていれば価値が付くものだ。

それを利用し、日本国家の通貨を()()()()()()()として扱った力任せの運用。

 

実際のところ、それは最終的な目標設定が全ての支配でさえなければ、間違いなく歴史に偉人として名を刻む偉業であった。

だが、本人はそれを盾にして政治に関わろうとはしない。

 

駆藤によって適切な介入の機を逃したからには、中途半端な介入によって復興が遅れるより、国家の適切な運用は本業に任せ、立ち直ったところを奪う方が早いと考えている事に変わりはない。

わざわざ弱い異能を鍛えるより、初めから強い異能を使ったほうがよいという思想から垣間見える、効率を重視する本質がその選択を歪めない。

 

 

それを朧気に掴んでいるからこそ、四ツ橋は己の命すら惜しくないと政界を動き回っていた。

AFOが己を知らないなどという甘い考えは初めから無い。

接触があれば、それはその時点で逃げ道など無い袋小路に追い込まれたものであり、その時こそがこの命の終わりなのだと察していながらも、ただひたすらに過剰な抑圧無き世の為に働き続ける。

 

 

結果的に誰よりも社会維持に貢献し、夢に向けた土台として偉業を果たしたAFO。

そしてそれを知り、利用してでも社会を立て直そうとする四ツ橋。

 

 

互いの事をある程度把握しておきながら、その途中までは目指す地点が同じだからこそ形として連帯しているように見える関係を、細部まで知らぬ一部の議員は訝しがっているもので。

 

 

そんな政界の動きを知るわけもない蒼は渡された硬貨を見て、目を細めた。

 

 

「これが新しい通貨? なんか……重くない?」

「よくわからんが、異能が作成に関わってるらしくて、真贋鑑定が容易らしい」

「へー……じゃあこれで買い物できるんだ」

「ああ。働け」

「仕事くれんの?」

「お前の仕事は無い」

「言ってることおかしくない?」

 

 

蒼は憤怒の表情でバンバンとカウンターを叩くも、受付の男は面倒くさそうに溜め息を吐くだけだ。

 

 

「仕事は身内で回すのが基本だ。お前らを迫害したいとは思わねえが、信頼するのは難しい。わかるだろ」

「くそぉ……わかる……」

「まあ、一応報酬みたいな話はちょっと出てるんだけどな」

「あえ?」

「お前の片割れ、アレが強盗とかし出したら終わりだからな。まぁ、そもそもいなければこんな事に悩まなくても済むわけだ。早く去れ」

「アンタ時々度胸すごいよな。ヤダ」

「老い先短えと色々どうでもよくなってくんだよ」

 

 

蒼と修善寺は街の人間に興味がない。

場所と環境が外からの来訪者を捕らえやすいので居座っているだけであり、食は魚と山菜で暮らせているため強盗など考えたこともなかった。

 

修善寺はまだしも、蒼は社会性にある程度の理解を示しているが故に、排他的なこの町において本格的な敵対行動を起こしたときのデメリットを把握できていたのもある。

町ぐるみで敵対されては、撤退か()()かの2択しかない。

前者では密航者狩りができず、後者を選んだ場合は輸送船がここに停まらなくなるので本末転倒。

だからこそ、一度やらかした修善寺の脛を蹴っ飛ばして本気で殴って公開の場で説教をしてまで頭を下げさせたのだ。

 

 

「お前もババアになりゃわかる」

「うるせえジジイ。仕事よこせ」

「俺にその権限はねえよ」

「えー……じゃあまあ、外部雇われみたいな感じで私がアイツの制御頑張るから報酬はマジで考えといてくれると嬉しい。現物でもいいから」

「おう」

 

 

そうして役所から出れば、背後から歓声が聞こえて全員消し飛ばしてやろうかなと思いつつ歩き始める。

 

 

「ん?」

 

 

そして早々に、待ち構えているかのような姿勢の人間が前方にいることに気付いて顔を上げた。

 

 

「よう!」

「ツノ女じゃん。ボケ浅慮、アホバカマヌケ、獣以下」

「語彙力皆無、スク水キチガイ」

「喧嘩かァ!?」

「言い始めはお前だろ!!」

 

 

暴言に返歌で下の句を詠まれた蒼はツノ少女に飛びついて角を掴んだ。

学生服を着せられたツノ少女はそれに抵抗し、グイグイと顔を押して引き剥がしを試みる。

 

 

「離れろ磯臭い!」

「…………」

 

 

心無い言葉を受け、ツノ女のメリハリある体型の表面を滑り落ちた蒼はそのまま地面に力無く寝転がって静かに涙した。

汗臭さのような酸っぱさは無いが、海水の影響で潮風の臭いがする部分があるのに蒼は自覚的だった。

 

 

「用事は済んだのか」

「………………まあ国からのアレソレだったからな」

「そっか。色々聞いてるけど、まだ町にいていいの?」

「居心地は悪いけど私は修善寺ほどやらかしてねえからよ」

「……で、なんで寝たまま?」

「傷心なんだようるせえな」

 

 

地べたに座り直した蒼は、ゆらゆらと暗い雰囲気で揺れる。

 

 

「あーボケ女はデリカシーも無いんだーへぇー」

「スク水のキチガイに対する良心は無いよ。あとそろそろ名前で呼んでよ。リンって名前があるんだから」

「リン……苗字は?」

「捨てた。もう戻らないから」

 

 

バッサリとした口調に、蒼はそれ以上を聞く意味がないと口を閉じた。

ここまで来て、当人がこれなら家が何を望んでも変わらないだろう。

 

 

「学校はいつからやんの」

「もう少ししたらね。結構楽しみなんだよ、子供と触れ合うとか無かったから」

「うーん……私からすれば子供の先生をやってるイメージが全然できないけどな」

「あ、見に来るなよ。子供達に言うこと聞かせるためにお前が使われてるんだから学校どころじゃなくなるから」

「私ってそんな扱われ方してんの……?」

 

 

おばけや怪獣といったそれらと同様の扱いだと聞き、困惑の表情を浮かべた蒼に対し、リンは。

 

 

「なんか消し飛ばすとか言われてるから怖がられてんだよ」

「へぇー……えっ、何、消し飛ば……?」

 

 

町人の間で広まっていた噂を口にした。

それを聞いた蒼は、困惑から徐々に顔を引き攣らせていく。

 

 

「それ、誰が?」

「噂で言われてるよ。山賊は人を消し飛ばす異能持ちだって」

「ぐぇ……」

 

 

AFOの耳に入れば間違いなく興味を持たれそうな噂が流れていることを理解し、蒼は崩れ落ちた。

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