売店のソファで寝転がってあやとりをする。
娯楽の少ないこの時代において、遊びは静かに行うものだ。
何処かで電線が火花を散らす音は耳に馴染みすぎて意識しなければ聞こえないような世の中で、子供達は親に隠されながら遊ぶか、隠されもせずに路上で寝転がっている。
「……暇だなあ」
死柄木の撃退より2ヶ月。
ついこの間と比べれば、ほんの僅かに平和となった街で、蒼はのんびりと仕事をしていた。
「お前、今俺を殺そうとしただろ!?」
「は、は? いや、歩いてただけ……」
「指が俺の方を向いていた。何らかの異能で俺を狙ったな! 殺してやる!!」
「くそ、助けてくれーッ!」
今日もすこぶる平和だ。
比較的。
○
あれから2ヶ月、蒼にとって何か変わったことがあるかと言えば、まず1つ目は体感的に平和になった。
道端に転がっている死体の
何故かといえば、異能を欲しがれば異能を与え、異能を厭えば異能を無くす、といった噂が2ヶ月前と比べて凄い速度で出回っているからだ。
いつもの闇市で聞き耳を立てれば、3回に1回はこの話が聞こえてくる。
原作では青年期にこれを大々的にしていたか怪しかったが、蒼との接触に伴って変化があったのか。
元より光る赤子の殺害と異能強奪によって、支配を誓ったあの日から始めたのであれば、それが本格的になっただけとも考えられるが。
「店長も良かったですね。龍栄君、異能無くせたんですから」
「……あぁ、そうだな」
友達と奥で遊ぶ店長の息子も、つい先日にその噂の先で爬虫類のようだった異形型の異能を消失し、今ではきちんと人の顔をしている。
どこか浮かない顔の店長だけが、酷く対照的だった。
「なんか不安ですか?」
「何度考えても、あの顔が忘れられなくてな」
「あぁ、異能を取ってくれた人の」
「あれは、悪人の顔だ。それも人の命を数で見ることができるタイプ」
蒼はすっとぼけながら、店長の慧眼に舌を巻く。
支配の手を伸ばそうと、猫を被った死柄木を見てそう感じ取ることが出来たのは賞賛に値するものだ。
勘の良さで早死にしそうなものだが、50手前まで生き延びているあたり、この人は本当に何者なのだろうかと蒼は若干の疑問を得る。
わざわざそれを、探ろうとはしないが。
「なんか言われた感じです?」
「いや、特には」
「えっ、あ、そうですか」
蒼としては自身に関して何も言われてないのは意外だったが、真実は多くの異能を失った状態で下手に突っついて蒼がカチコミに来たら面倒なので当分は放置しておこうというのものだ。
流石の死柄木も、あの蒼い色を当分は見たくなかったのである。
「にしても……感覚的には増えましたよね、異能者」
「そうだな」
売店から見える道の先で、情緒不安定になって人を襲った男をボコボコにするガタイの良い男達。
それらには腕に鱗が生えていたり、犬の顔をしていたり、体が金属質だったりする。
第一世代の年齢ではない男達に何故異能があるかと言えば、これも死柄木によるものだ。
異能を持つ人々に対する潔癖症がいたように、異能を持たない人々に対して劣等種と侮蔑する馬鹿がいた。
要するに、非異能者に対する過激派。
劣等種は淘汰されるべきと語り、異能を以て暴れ回るカスみたいな奴等がいたのである。
だが、それに反抗する勢力も最近になって増えた。
異能を希望し、死柄木によってそれを与えられた大人達が、自治を行うようになったのだ。
おかげで大声で助けを求めれば、運が良ければ助けてもらえる。
道端で刺されても、誰も見向きもしなかったついこの間に比べれば、随分とマシになったのかもしれない。
「おう、店長さん。邪魔するぜ」
「ハァ……お前らに払うみかじめ料は無い。帰れ」
───マシにはなったが、治安が良くなった訳では無いのがポイントである。
助けを求める顔をした人がいれば、まず金勘定を始めるのがこの時代。
端的に言ってしまえば、異能を与えられた大人の集団がヤクザの真似事を始めたのである。
遠くを見れば、先程まで情緒不安定の男をボコボコにしていた男達が、助けを求めた男に何かを言い、金を奪い取ったのが見える。
真っ先にある目的が助けようというのではなく、暴力でストレスを発散した上で金を稼ぐというものなので、あれがヒーローどころか自警団を名乗るのは無理があるだろう。
金があれば命は助かる分、以前よりマシなのはそれはそうなのだが。
店長のバッサリとした口調に、男は両手の金属製の爪を合わせてカチャカチャと音を立てながら醜悪に笑った。
「いいのか? ここも暴徒に襲われるかもしれねえぞ?」
「うちの従業員で事足りてる。いらねえよ」
「そんなガキでどうにかなるとは思えねえが」
「足りてるから払わない。それだけだ」
「チッ後で後悔しても遅えぞ」
何を買っていくわけでもなく出ていった男を尻目に、蒼は店長へ声をかける。
「いいんすか、アレ」
「お前、アレに負けるか?」
「まぁ……」
瞳を輝かせればその瞬間に決着がつくことがわかってしまい、蒼は言葉を濁した。
しかし、他の場所には蒼のような異能を持つ者はいない。
超常第一世代の年齢は現在10歳に届かぬ者が殆どであり、異能を持った大人に勝てない子達ばかりだ。
だからこそ異能を与えられた大人達は、それを振りかざすことで利益を得ようとする。
それは短期的なもので、将来第一世代が大人になったときに復讐される可能性に思い至らないのかと思うが、そのときは見せかけの傘となり、それらを手足とする死柄木の考えだと思えば若干納得できた。
ヤクザもどきの発生に伴って表通りの目立つ場所での喧騒は比較的数を減らしたものの、水面下では却って対立対象が増えたことにより、治安がより悪化していると言っても過言ではない。
潔癖症は異能を毛嫌いしていて。
自称進化者は非異能者を毛嫌いしていて。
ヤクザもどきは見境が無い。
本日も既に1人の瞳を蒼くしており、潔癖症が群れてやってくるあの頃と比べればマシと考えている蒼は、順当に感覚が麻痺していた。
「戻りました〜」
「おう、次はこっち行ってくれ」
さて、2ヶ月前と比べて変わった点の2つ目。
売店に従業員が増えた。
あの時に助けた煙の異能を持つ男子である。
「あ、そっちの裏道、自進と潔癖症が騒いでたから大通りを通ったほうがいいよ」
「蒼さんありがと!」
彼の名前は
彼のその苗字がOFAの6代目継承者と同じことを、蒼は把握していた。
ここで働きたい理由について、蒼への下心かと思えば、普通に超常遺児で食事にも困っていたらしい。
潔癖症に目をつけられていたのに加え、数少ない働き場所だった建築関係ではヤクザもどきが幅を利かせ始めた事で離職。
店長の前で床に頭を擦り付けて頼み込んだことで、採用となった。
ちなみに、従業員が増えたのはこれが初ではない。
食品や物資がある売店で働きたい人は多く、異能持ちでもここは雇う。
そうして採用した人は、帰り道に日割りで貰う物資などを狙う襲撃に遭い、連絡が途絶えるというのがよくある話。
正直なところ、初日に物資を渡す店長はそれで実力の足切りをしている節があると蒼は感じており、そしてそれは間違いではない。
黒風はその異能を使用して他人の目へと噴きつけることで襲撃から逃走することができるため、未だにこの売店で働けている。
聞けば初遭遇時の時は集団で不意打ちをされた事であの状況になったらしく、13歳の少年を大人が計画的に集団で囲って暴行を加えたという文字面が終わりすぎている事実に、価値観が黎明期に染まった蒼も改めて直視する被害者を前になんとも言えない目をした。
「働き手が増えてよかったですね。なんか人柄も良さそうですし」
「まぁ……そうだな。まだ生きてるし」
「急にそういうドライなとこ見せないでくれます?」
原作を思うに彼が6代目継承者の祖先だとすれば死ぬことは無いはずだが、それでも急角度の発言には流石の蒼も眉を顰める。
蒼も黎明期らしい感性をしているが、ただ生きている人間の死を願うほどに歪んではない。
黒風もまた、必死に生きている命だ。
「んで、輸送係まで任せるんですか?」
「それは危ないからお前だろ」
「店長って私のこと化物か何かだと思ってる瞬間ありますよね」
「瞬間じゃない。ずっと」
店長は人相の悪い顔でニヒルに笑い、蒼の頭へ手を置く。
「お前があの子を助けた時から、カスみたいなこの時代も全てが駄目って訳じゃないことに気がついた。信用してんだお前のことを」
「はいはいそっすね」
「おっかしいなぁ、ウチの舎弟とかはこう言っとけば喜んだもんだったが」
言葉に反して面白そうな目で見られた蒼は、若干苛立ちながら支給された弁当に手を付ける。
どう反応しても面白がられそうなのが面倒になり、話を強引に変えることにした。
「で、明後日の輸送ですが、ルートは?」
「山のいつもの崖まで。そこからはチビの護衛になる」
「あぁ……了解です。とりあえず明日から向かい始めます」
「失敗してもまあ、ギリ許容だ。お前は帰ってこい」
「うっす」
地図を開き、頭を悩ませる。
明日からはしばらく家を空けることになるのだ。
輸送というそれは、店長がどういうルートかは知らないが、大量に仕入れた保存食や加工食品などを運んでくるというもの。
物を原寸より小さくする異能持ちの子供を利用して行うそれは、匂いなどを誤魔化せないために嗅覚に関する異能を擁する集団から頻繁に襲撃されることとなる。
今回からは異能を後天的に手に入れたヤクザもどきも含まれるようになり、前回より被害を拡大させるだろう。
「そういえばこないだ空き巣入ったんで、出てる間に金庫の保管お願いしていいですか?」
「ここよりお前のとこのほうが安心だろ」
「いや、見つからないとは限らないので」
「まあいいが。ただ、ヤクザ崩れの動きが怪しいからお前がいなくなったらしばらく店閉めるぞ」
「じゃあ……諦めるか……」
店長がいるならなんとかしてくれると思ったが、店長のいない店に置くとなるとより不安だ。
前回、輸送にあたって蒼が離れた時は店に強盗やら潔癖症やらカス共が入りまくったため、掃除にえらく時間がかかったものである。
かといって店長に直接持っていって貰うのは何かの拍子で
店の隠し場所に安置できないのであれば、まだ蒼の自室に置いたほうがマシという結論に至る。
「ま、被害次第で修復面倒になって店畳む事になったらちゃんと連絡するから一旦輸送よろしく」
「そんときゃどうにかして店建てるんでマジでなんとかして続けてください」
仕事とはいえ感覚的にはタダ飯にありつける場所が無くなる未来を想像し、蒼は肩を震わせた。
人を模しているからこそ空腹がある。
例え飢えで死なずとも人の心がある蒼にとって、飯の食べられない世の中は耐えられなかった。