蒼の話を聞いた修善寺は少しばかり驚きを見せた後、表情を引き締めて頷いた。
羽衣香は数日にして町からの修善寺の扱いを理解していたからこそ、バシバシと背を叩いて共に喜んで。
そして後日、リンが説明会の日時を伝えるために廃屋へと訪れる。
しかしそこに溌剌とした雰囲気はなく、病院にて話をした時のまま僅かな昏さを宿す瞳のリンに対し、蒼は何も言わなかった。
リンの抱く正義感は間違ったものではなく、病院にて交わした以上に言葉を重ねる意味を感じなかったからである。
必要最低限の言葉で連絡を終えたリンは逃げるように廃屋を後にし、羽衣香は診療前に町で見たときと印象が大きく異なる事に首を傾げた。
指定日に町の近辺にて行われた説明会にとりあえず廃屋組の3人で参加してみたところ、意外にも内容が普通で蒼は拍子抜けする。
とはいえ職業上の自由が殆ど奪われている事は理解し、かなり縛りが強い条件だなと感じていた。
羽衣香も同様の感想を抱いたのか不信感を滲ませつつ幾つか質問をするが、老人の、上がなんと言おうが悪いようにはしないという言葉に一応とはいえ納得の形を見せる。
「で、やるか?」
「やらせてもらおう」
修善寺は逡巡無くその場で了承すれば、その場で記入が必要な書類を山ほど渡されて遠い目をした。
それは信じられないほど分厚く、
廃屋へと戻り、羽衣香の助けを借りながら2日ほどかけて書類を完成させた修善寺は蒼経由で提出をし、そこから試用期間に突入する。
とはいえ、やる事はいつもと変わらない。
輸送船に突撃し、密航者がいればボコボコにして連れ帰るだけ。
違うことといえば、密航者から抵抗を受けたため異能行使によって鎮圧して
気を失った密航者の手形を取ることで密航者が確かにいたという証拠とし、追放したためそれ以上の情報は残っていないとする老人を筆頭とした役所側の対応により、密航者の消失についてはなんら不都合がない形で処理されていた。
勿論、両者共に紛うことなき虚偽違反行為である。
が、密航者に関する書類を処理する職員達としては犯罪者をキッチリ処理してくれているのであれば見なかったことにしたほうがよいという認識で一致していたので仕方が無い。
そうして日々を過ごし、試用期間を過ぎてもする事は特に変わらず。
気付けば、修善寺が臨時公務員になって一年以上が経過していた。
世間では臨時公務員の汚職や選任した役所の不手際などが噂として流れていく中、港町には不穏な気配はなく、比較的静かにこの一年が過ぎ去っていて。
人望が故に引退もできないまま、港町の老人は役所から見える海を眺めた。
「……船も増えたな」
視線の先では着港する大型のコンテナ船が海にある。
一年前は燃料不安から動かす事も憚られるであろうそれと同じものが毎週のように着港しているのを思い出し、時代が変わりつつあるのを老人は実感していた。
───国内の治安は順調に改善傾向にある。
本来、機能としては警察組織を立て直すまでの盾として期待されていた臨時公務員が想定より遥かにまともであり、その活動から各地でしっかりと地域に根付いてきていた。
未だ潔癖症や異最上といった思想を基に暴れまわる連中、そしてヤクザといった支配を目的に暗躍する連中へのカウンターとしてはそれなりに役立っている。
何より認可制度における役所側からの監視が民衆に知られており、あまりにも素行が悪ければ民衆からの通報が集まる事で浄化作用も働き、結果的に信頼できる人材だけが残るようになっていた。
これはアメリカにおけるロードアイランド州新法の逆、人気がある存在を国家が認証するのではなく、認証された玉石混交の存在を民衆が選別していくという形になっており、国民性に合っているからこそ上手く噛み合いを見せている。
そして治安の向上にはなにより、異能を国が認可するという制度によって人材の発掘が加速したのもある。
個人による簡易的な水流の操作や、機械的精密動作、危険現場への耐性など、従来の人間では獲得し得ない特性を異能として備えた人材が適切な場所へ派遣されるようになったことで社会基盤が安定し始めたのだ。
現に、発電所や下水道処理施設などは完全復旧とまではいかないものの、それなりに再稼働を始めている。
【発電】や【発火】といったエネルギーに関する異能はそれを持つだけで高給取りになれると言われ、それに
異能が子供に遺伝する事も広く知られ始めたからこそ、有用な異能持ちを産めば自らも恩恵に与れるという打算のもとで出生率がジワジワと上がり始めているのは国として喜ぶべきなのか判断に困るものだろう。
港町にも幾つかそういった異能を目的とした婚姻が発生しており、老人はそのあまりにも集中した見合いの件数を見て、真剣に重婚的内縁が案として挙がる程度には有用な異能と余裕ある生活が結びつくようになっていた。
「さて、今回もいるだろうが……何人いるか」
そんなドタバタとした町の事情に関せず。
ただ唯一の女を伴侶に据えた男が港へ立つのを見て、老人は作成する書類の数を考え、溜め息を吐くのだった。
●
「修善寺、いる。あの赤いやつ」
「赤いのは20個ぐらいあるだろ。具体的に」
「あの……なんか錆びてるやつ」
「どれもそうだろうが」
軽い口調で交わされる内容だが、言葉を交わす2人の表情に笑みはない。
臨時公務員、修善寺
「……まあいいか。間違っていたら正せ。行くぞ」
「あいよー」
大人としてはあまりにも軽いその身を抱え、修善寺は未だ着港して間もないコンテナ船へと駆け登る。
コンテナの上を飛び跳ね、蒼の指示を耳元に聞きながら目的のコンテナへと辿り着いた修善寺は、その中へと力尽くで入り込み、密航者を気絶させると外へ蹴り出した。
「他は」
「なんと、今回はこれだけ。少なくてよかったね」
「そうか」
波に揺れる中、密航者を縛り上げた蒼は額の汗を拭う。
蒼は修善寺の補助者、サイドキックと将来呼ばれることになるポジションにて活動を続けていた。
とはいえ書類関係は羽衣香が捌いているため、現場限定の補助者といった具合なので単にサイドキックと呼ぶには些か不足している部分も多い。
何より、臨時公務員である修善寺が人間を雇うことは職務上許されていないため、法律上に則ってみた時、蒼は無職であった。
「今月も問題無く報酬が出そうだな」
「私の取り分は?」
「羽衣香に聞け。多分今月は多い」
「おっ嬉しいね」
ただ、無職とはいえ金に困ることはない。
ある日、報酬に対して冗談交じりにブーブー言った蒼に対し、修善寺は少し考える素振りの後、なんと臨時公務員の報酬から蒼が持っていきたい分を勝手に差し引けと言い放ったのである。
これには蒼、大焦りにて隣家に住む羽衣香に相談。
怒りの大搾りnightを終えた朝方、耳栓をして寝ていた蒼を起こし、本当に疲れた顔をした修善寺が発言の詳細を打ち明けた。
俺一人では何かを成すことはできなかった。
お前に何かを返すべきかと考えた時、俺が受ける報酬はお前の分なのではないかという疑問があった。
だから、納得できるだけ持っていけ。
それを聞いた蒼、困惑にて再度羽衣香に相談。
うんうんと頷いた羽衣香はぐったりとした修善寺の首根っこを掴むと家に引きずり込み、立派な男気に対する爆搾りmorningとなった。
家に連れ去られた隣人を見送り、冷静に時間を潰すかと判断した蒼はのんびりと昼飯を収穫してから帰宅する。
家まで戻れば、隣家の外で虚ろな顔で座る修善寺がいたので、羽衣香の差配で文句はないから少しだけ貰うとだけ伝えた。
それに修善寺は頷く素振りもなく、息の抜けるような掠れた音で応答する。
蒼はカッサカサの修善寺に手を合わせ、静かに目を伏せるのだった。
───などといった経緯があり、蒼の懐事情はそこまで困窮していない。
修善寺と結ばれ、同じ姓を貰った羽衣香もまた稼ぎ頭であり、町の経済を回す存在である。
修繕された廃屋住まいで釣りによる調達も多いとあれば出費も大したものではない。
2人の賃金を合わせれば生活にもそれなりの余裕ができる程度の額にはなるため、一人や二人程度、養うことは容易であった。
羽衣香としても蒼がいるおかげで修善寺の仕事における事故率低下に寄与している事は聞かされており、互いの報酬から割合による報酬を渡すことを提案し、蒼は合意した。
お小遣いとして渡されているそれに贈与税などといった野暮なことを役所から口出しはしない。
老人はそっと、修善寺の信用性に口添えをして報酬を増やすに留めた。
これについては虚偽申請ではなく、業務内容を最大評価する形で賃金を上げたのである。
「帰りなんか買っとこうか?」
「羽衣香が大根とキャベツを欲しがっていたな」
「はいよ」
結果的に、良好な近所付き合いという形に収まった蒼は買い物を担当するようになった。
修善寺は老人の指示通り町に入る事は控えており、羽衣香は
買い物を引き受ければ羽衣香からお裾分けを貰えるのもあり、蒼は一番最初の街に住んでいた頃を思い出していた。
あの頃はお使いをしただけで承認欲求が満たされるいい時代だった。
光の範囲も狭く、何も考えずに光ったところで巻き込みも殆ど無い安心安全な異能として使い回せていた事も懐かしい。
今では過去類を見ないほどに詳細な知覚を繰り返したせいで異能の習熟度が上がり、光の届く範囲がジワジワと拡がっている事を朧げながら把握できている。
これでは最早、制御可能である安心安全な異能とは決して言えないだろう。
通常使用においては包帯の下、ハート型の瞳よりうっすらと滲む蒼い色を近距離で見せる事でしか安全な使用は出来ない。
数cmか広範囲という、使い勝手の悪すぎる異能の射程距離をどうにかしたいと考えながら八百屋に訪れれば、顔馴染みの店主が顔を上げた。
「いらっしゃい! とっとと帰りな!」
「相変わらず狂った接客してんな」
「バカおめえ、体裁は大事だろうがよ」
あくまで排斥の意思を示しておく店主だが、これについてはいつものことなので蒼は特に気にしない。
店先で羽衣香のお使いついでに何か買おうかと悩んでいれば、ふと蒼の後ろで男が立ち止まる。
知覚をしてみれば、法令線と白髪混じりの髪によって印象は渋く、がっしりとした体格と潰れた耳によって近寄りがたい雰囲気を蒼は感じ取った。
「おぅ、いらっしゃい。変なのいるけど気にしないでくれ」
「客だぞこっちも」
「店も客ぐらい選ぶだろ」
しかめっ面を浮かべた蒼に、男は苦笑いしながら店主へと軽く頭を下げた。
「いや、買い物はするが……本題は別れの挨拶だ」
「おん?」
こんな時代に町を出るのだと言う男に、店主は不思議そうな表情を浮かべる。
治安も安定しているのにわざわざ出ていく理由が分からないと思った店主だが、それを聞いても男は困ったように眉を下げて笑うばかりだった。
「行く宛は?」
「実は役所から呼び戻しの連絡を受けてな……まあ色々って感じだ」
「あぁ、そういやアンタ、警官だったな」
「本当に世話になった。野菜、美味かったよ」
「そうか……元気でな。機会があればまた面見せてくれ」
そうしていくつかの野菜を買った男に、さらなる野菜をついでに詰めて肩を叩いた店主。
最後にもう一度礼をして去っていった男の背を視線で追い、蒼は静かに呟いた。
「え、警察とかいたんだ」
「いたに決まってんだろ」
呆れた顔の店主に、蒼は選んだ野菜を渡しながらこれまでを思い返していた。
「一度も警察とか見たことないし。働いてた?」
「まあ、お前が来た頃には警察なんて仕事は無くなってたからな。制服も着てなかったから目に留まらないのもしょうがねぇ」
「制服着てなかったのか。じゃあ分からねえわ」
蒼にとって警察とは青いシャツと黒いベスト、またはワイシャツを着ている印象が強い。
私服の警察など、当然ながら判別できるはずもなかった。
「それにしてもこの町から出るって選択肢を選べるのはすごいね」
「そりゃお前、アイツは警察だからな。なんだかんだ古巣を見捨てられねえんだろうよ」
「呼び戻しって言ってたけどなんかあった感じ?」
「さあな。俺が知るわけねえだろ」
臨時公務員が犯罪者の鎮圧を担っているので今更警察が必要とは思えないが、元々警察として働いていた者を呼び戻すのであればなんらかの組織を立ち上げるつもりなのはわかる。
原作、数世代先において警察組織が存在している事を知っている蒼は最終的にどこかで警察という機構そのものが再興するだろうとは思っているが、それがどのタイミングかはわからない。
───そんな会話を交わした翌日。
「そういや、警官が再配属されるらしい」
「へぇ〜」
密航者の処置に関する書類を修善寺の代わりに提出し、確認待ちの蒼へ老人はふとそんな言葉を投げかけた。
役所に置かれている新聞に目を通し、知らない漢字の読みを考えていた蒼は気の抜けた返事をして、数秒の後に己へ投げられた言葉を理解して顔を上げる。
「え、このタイミングで?」
「連絡が来た。この町に一人を配属するため、警察の職務権限を行使できる人員として活用しろってな」
警察の職務権限、それは臨時公務員に対してその一切が与えられていない。
逮捕権は誰であっても現行犯であれば許容されるため、密航者や暴徒の鎮圧ならびに拘束は現行法に限り従来の法に則った行為といえるが、その後の対応はまた別。
後世においてこの時代をみた場合、非常事態措置としてある程度は追認されるであろうものの、本来は警察など然るべき司法機関への引き渡しなく勾留することは違法である。
政府が立ち、臨時公務員という策によってようやく国家として正常化に向かい始めたため、法治、つまり
違法の常態化が続けば法によって治められていないまま国が立ち直ってしまい、それは国家としての地盤が緩いままになる事を政府は理解している。
そうして臨時公務員制度から一年ほど遅れ、法的に正常であるという体裁のために政府が臨時立法機関を復旧させるに至った。
しかし法治国家としての体裁を気にするより先、前提課題として治安の改善に向け、臨時公務員制度が先行したからこその問題が生まれている。
「……臨時公務員が既にいるけど、大丈夫なの」
「同じ奴が帰ってくれば良かったが、そうはならんだろう。一から信頼関係を築けるかは……難しいだろうな」
警察、それは国民から武力を取り上げ治安を維持する存在でありながら黎明期の初頭にデモ対応にて失態を犯し、平和の崩壊、その要因となったイメージが未だ根強い。
自衛隊もまた同様であり、政府もそれを分かっているからこそ緊急時の国防として秘密裏に人員を確保しながらもそれを公表はしていなかった。
結果として当時を知る国民の多くは印象がなんら変化しないままとなっており、警察に関する反応は極めて悪い。
港町では黎明期以前から交番に駐在していた警察官は殆ど地元の人間として溶け込んでいたからこそ当時は職を失ったことに同情されていたが、人員を新たに割り振るとあれば反発も起きるだろう。
下手をすれば、新設した臨時公務員という枠に警察組織そのものが食われかねない。
それを心配する程に警察へ向けられる世論は悪かった。
かといって従来そこに配属されていた、または住んでいた人間を再配属すれば癒着の可能性が上がる。
警察としての職を失ってからそこで生きてきた人間は、良くも悪くもその地のコミュニティと繋がりを持たざるを得ないものだ。
故に再始動のために一度切り離しを図ったのだが、この町のように排他的方針によって安定している場所においては逆効果である。
たとえ羽衣香のように政府が信頼している者という保証があったとしても、今更警察がやってきて何をするのだという不信感が拭えない。
「えっと……仕事はどうなる感じ?」
蒼は老人に尋ねるが、老人も役所としての権限をはみ出た部分について細かく把握できているわけではない。
従来の形と照らし合わせつつ、想像だがと頭につけて口を開いた。
「司法機関の権利を保有する組織を新たに立ち上げるのは法治国家の体裁を保つうえで難しかったからそんな話になってるわけだ。どうせ臨時公務員に絡むあれそれは後付けでそれっぽい形に収束するだろ」
「へぇ……あ、ひょっとして取り合いになる?」
「そうか、そうだな。お前らの方だけは捕まえた奴の引き渡しが必要になる。行方不明による処理は許されない」
臨時公務員は司法に関する権利は付与されておらず、元より制度適用対象である異能持ちに対しそれほどの権利を与えることは世間が納得しない。
現行犯のためその場での鎮圧を許容されるが、現状ですら事が終われば捕らえた人物を役所など然るべき場所へ直ちに引き渡す必要がある。
今まで役所は拘束された密航者を人道的に拘留し、引き渡すべき司法機関が存在しないため、然るべき処置の後に町から追い出したという形で修善寺の異能行使を認可していた。
密航者の身分証は当然ながら存在しないため、手形を残すことで町の人間ではない密航者であると証明してきたそれも書類上の処理から警察への引き渡しに変われば密航者に対する
だが蒼としてはAFOへの遠回しな嫌がらせをやめるつもりはなく、修善寺は密航者全てを潔癖症と同然の仲間の仇として認識しているため、警察へ引き渡すというのに頷くことはできなかった。
「とりあえず、話はわかった」
「密航者について、結局は警察の出方次第になる。俺としては……お前が処理してくれたほうがありがたいんだがな」
何回かに一度は例の後天的異能に関する情報を持つ人間が引っかかっており、その所業について一応役所には伝えてあるため老人としては生きて放逐すべきではない事を理解している。
法治国家に向けた政府の動きは復興に向けて確実に必要なものではあるのだが、蒼達が対処しているケースに当てはめてみると不都合な点が多く、溜め息を吐くしかない。
「さて、書類の不備は無し。ありがとよ」
「あいよー」
そうして用もなくなったので役所を出た蒼は、帰路にて思考を巡らせる。
修善寺は羽衣香のためであればギリギリ矛を収めるかどうかという具合だが、蒼としては情報を持ち込まれる数を減らしたいからこそ確実に消しておきたい気持ちが強い。
「……?」
ふと、何かの騒ぎが耳に入ってきたので我に返る。
町へ入る道、蒼が廃屋へと帰る場所にてなにかが起きているらしい。
最近は無かった暴徒の襲撃かと思い、そのまま歩いていけば見張り役の男と眼鏡をかけた見知らぬ男が言い争っているのを知覚する。
「なんだー? 襲撃かぁ?」
「うわ出た、今それどころじゃ……いやお前なら丁度いいか。代わってくれ」
「厄介を押し付けようとしてくんなよ」
そう言いつつも近寄ってきた蒼に目を向けた不審者は、若干苛立ちを見せながらも荒事を引き起こす素振りはない。
蒼はそこで男の顔立ちについて、どこか既知であるようなものを感じ取る。
出会った記憶は無いのだが、何だったかと思い出そうとしていれば、懐かしい音が聞こえた。
それは、なんらかの穴から空気の噴出する音。
酉野と同じような異能持ちかと顔以外を詳細に知覚すれば、露出した両のふくらはぎにそれぞれ2つの穴があった。
確かな熱気を帯びるそれに、蒼はようやくその顔が誰に似ているのかを理解できた。
「話がまとまらなくてな。君も説得に加わってくれ」
「まず誰よアンタ」
ハッキリとした顔の輪郭に加えて自然と七三分けに近い形で分かれた生え際と、眼鏡。
その顔立ちに子孫の面影を見た蒼はこの時代で誰にも共有できない笑いを堪え、口端を歪めた。
数世代先、人体で亜音速にすら到達し得るマフラーはそこに無く。
「山の向こうより来た。飯田という」
「へぇ……クソ真面目そうな面」
「なんだ急に」
目を細めた顔すらソックリで、蒼は笑いを堪えきれずに鼻から勢いよく息を噴き出すのだった。