雄大な自然を前に、人の営みなどは小さなものだと実感してしまうものだ。
濁り無き川はせせらぎ、樹木の葉が揺れ。
木漏れ日の中で蒼は体を大きく伸ばして土の匂いを堪能する。
「ん〜リフレッシュ!」
治安の終わった街から離れ、荷物を受け取る先に向かうため、蒼は街を抜けて山中に来ていた。
埃っぽく、常に焦げ臭さとうっすら腐乱臭の漂う街では味わえない空気を存分に味わう。
さて、そうして視線を横にずらせば、土から突き出た一部の骨が露出する腕。
妙に口元の赤い野生動物に、散乱する小物や衣類など。
自然は雄大だ。
人間などというちっぽけな存在の1つや2つ、見えなくなることぐらいよくある話だろう。
蒼もまた、それを見なかったことにした。
〇
超常黎明期における物流は、殆どが役割を停止している。
今の世で仕入先からトラック等に物資等を積んで走っていこうものなら、5キロ進めばいいほうだろう。
音を立て、何か運んでいると思えるようなフォルムをしているトラックは格好の的となってしまう。
そのため、現代における末端への物流の主は手運びだった。
ただ、今の時代でもまだ残っている畑や畜産、工場などを繋ぐ物流は生きている。
なぜか。
ヤクザもどきではない
ほぼ制限が撤廃されたようなこの時代では、末端ではなくそこに紐付いた車を襲った場合、もう外を歩くことは叶わない。
一応、そういった車はそうである事を示すように、
他にも、畑から盗もうとした異能持ちの子供達が捕まり、生きているだけの姿となって最終的に鳥葬されたという話も聞く。
そのため、例外的に本物の反社会的組織が関わっている物流に関しては、異能の有無を問わずして誰もがあまり関わろうとはしかった。
「物流がもう少しスムーズだったらこんな事しなくてもいいのに……」
道無き道を行き、目的地を目指しながら蒼は愚痴を溢す。
とはいえ、その辺のボケカスを捕まえて吊るして本物のようにパレードをするわけにもいかないのも同時に理解していた。
これは、捕まえて吊るす事が問題なのではない。
本物と同じ事をするというのが問題なのである。
それを軽い気持ちですれば、名を借りていると因縁をつけられ、下に付くかパレードの飾りとなるかを選ぶこととなってしまう。
反社会的組織なりに、それをするのはウチであるという箔付けにもなっているので、システム的には確かに間違っていないのだが。
「ふぃー……つーいーたー」
そんな事を考えていれば、本日の目的地である送電線の鉄塔へと辿り着く。
鉄塔も電力供給が不安定になったことで、単に大きな置物となっている。
点検をする人員もおらず、心なしか傾いて見えるのは気のせいか。
山中からでもよく目立つ中腹の鉄塔は、現在地を把握するのに丁度よい。
位置も山の入り口と最終目的地の中間であり、休憩に最適なスポット。
見晴らしが良いので蒼は輸送係として来るたびにここに留まるようにしていた。
「はぁ……いい景色……」
どれほど人間が争ったところで、植物の絶え間なき侵略には勝てない。
視界の先には、山と谷。
植物に呑まれた古民家も見えるが、そのほとんどは自然物である。
淀んだ色彩の街に見慣れているからこそ、蒼には草木の色が酷く鮮やかに見えた。
「───おい、穴が浅いぞ!」
「どうせその辺に捨てといても変わりゃしねえだろ」
「めんどいなぁ、バラバラにすれば楽じゃないか?」
「おっ、それいいな!」
今の世は
どこに行っても
カスがいる
聞こえてきた声に蒼は目を細めて一句詠み、鉄塔の根元へと座り込む。
清々しい先程までの気持ちの反動か、あの声の主が近寄ってきた瞬間に瞳が光り輝いてしまいそうだった。
結局、その声の主は鉄塔へ寄り付かず、やがて日は暮れ。
夜の美しい星空の下で機嫌を直した蒼は、そのままそこで一泊するのだった。
〇
「あ、いつもお世話になってます〜」
「相変わらずガキなのにガキっぽくねえな……」
10歳である蒼を、細身の男は怪訝そうに見下ろす。
起きてから歩き出し、昼前に山奥の崖と呼んでいる場所に辿り着いた蒼は、無事に取引先と出会うことができたのだ。
きちんと準備として目に包帯を巻いた蒼を見るのも数度目となる男は、今更それに対しては何も言わない。
一番最初に店長から蒼の異能について簡単な説明を受けたので、怒らせたくないというのも理由の1つだったが。
さて、蒼から見た店長が仕入先と言う男は、頬がコケていて人相が悪く、作業服を着込んだ茶髪が特徴の、鉄砲玉を擬人化したような存在である。
そしてその隣にいるのは、同じような作業服を着た恰幅の良い、蒼と同じぐらいの年齢に見える黒髪ボブの少女。
なぜここに少女がいるのかといえば、彼女の異能によって物資の手運びが格段に楽になる、この時代では崇め奉られて然るべき存在だからである。
「この中に粗方詰まってる。
「はい」
そう言って彼女は真っ平らとなり、自然に折りたたまれると男が顎で示した大きいリュックの中へと滑り込んだ。
彼女、
総合して自分の3倍の重さのものまでを触れることで平らにする事が出来るというもの。
生き物の平面化はできない、重さはほぼ無くなってしまう、一定時間彼女から離れると平面化が解けてしまうなどという制限もあるが、輸送においては最強の能力である。
職場ではその能力を活用し続けているため、原作で言う個性強化訓練を行っているに等しく、元々は30cm程の厚みとなってしまったものを1mm以下まで平面化できるようになっていた。
彼女の手によって彼女の重さの2倍の物資を平面化し、最後に彼女が平面化することで大量の輸送を行う。
これが輸送の内容だ。
あまりにも属人化しているため蒼としてはちょっとどうなのかとも思うが、運び手としては往復するより楽なのでこれ以外考えられない。
「では、5日後に戻りますね」
「おう。兄貴によろしく伝えといてくれや」
ヤクザに紐付いた男が店長の事を兄貴と慕うところから
店長はカスを壊すだけで飯をくれる人。
蒼にとってはそれだけが大事なのだから。
「じゃ、ちなちゃんよろしくね」
「うん、よろしく」
蒼は千並に声をかけ、リュックを背負って山へと戻っていく。
その背を目で追い、やがて男は息を大きく吐いた。
怯えを見せる事を恥だと考える男は見栄を張っていたが、死にたいわけではない。
恐ろしいものは恐ろしいのである。
「……あれでその気になったら1秒で殺されるってんだから、異能は怖ェもんだ」
「聞こえてますよー」
「うぉヤベ」
茂みの奥から届いた蒼の声に、男は顔を引き攣らせるのだった。
〇
「おじちゃん許してあげて」
「そーんなそんな。あれぐらいじゃ怒らないよ〜」
リュックの中にいる千並と話しながら、蒼は山を駆けていく。
平面化された荷物には重さがほぼ無いので、行きの軽快さとペースは変わらない。
以前にこの輸送路を移動しながら喋ったことで、ある程度の仲となった2人はまるで学校の休み時間のように会話をする。
千並からすれば、1つ歳上の一目置かれた異能を持つ蒼は頼りになるお姉ちゃんのようで、歳が少しだけ上の
「ちなちゃん、しばらく会って無かったけど何か変わった?」
「うーん、家に赤ちゃんが増えた以外は特に無いかな」
「へぇ増えたんだ。おねえちゃんだね〜」
「血は繋がってないけどね。女の人はほら、ウチの組に来ればご飯食べれるっていくらでも来るからね。沢山子供が産まれて、ちっちゃい頃から教え込める働き手が増えやすいのはいいなって思う」
「うんうん。ちなちゃんもバッチリこの時代の子だね〜」
「ん?」
割と時代によっては怒られそうな事を当然のように言う千並に、蒼は満足そうに頷いた。
どんな時代にもその時代特有の常識があるように、超常黎明期という混沌とした現代では、千並の思考は別に異常という程でもない。
それに、今生まれてきた子供は異能を宿す確率が高い。
潔癖症を除けば、どの組織も有能な異能持ちを抱えておきたいのは同じである。
母体を確保できるなら、数を産んでその中から当たりを見つけ出そうとする、数撃ち作戦もこの時代ではよくあることだ。
第二世代以降で発生した個性婚という概念の前段階。
第一世代では、異能持ちを産ませようとする
それによって産まれた千並もまた、しばらくすればそこに組み込まれていくのだろう。
産まれれば、千並の子は第二世代となる筈だ。
その頃はどうなっているのかと未来に思いを馳せながら、蒼は山を駆ける。
「ちなみにちなちゃんよりすごい子っていた?」
「うーん、みんなまだちっちゃいから。でも、もし居たらちょっと嬉しいな。異能仲間、少ないんだもの」
「そっかぁ」
「赤ちゃんを産めたら、私の子は異能を持ってるのかなあ」
「持ってるよきっと」
蒼は個性因子が遺伝する事を知っている。
千並程の有用な異能であれば、遺伝しても子供の異能は強いものになるだろう。
しかしあまりにも特異点的に強い異能が発現した場合は死柄木に狙われる可能性があるので、蒼としては全身全霊でそれを祝えるかといえば断言はできないが。
「やっぱり、蒼ちゃんといると動物がいなくていいね」
「ん〜まあ、嫌な匂いがするのかな」
「おじちゃんと来る時は匂いに釣られて結構いたんだよ。猪とかいてね」
あれこれ沢山話す千並に相槌を打ちながら、蒼は遠くでこちらを注目していた野良犬が一目散に逃げていくのを感じ取る。
今、蒼は目を光らせていない。
ただ、注目する事で蒼が生物として妙なことを嗅ぎ取っているのだろう。
人はその僅かな違和感を無意識的思考で無視できるが、野生動物のちっぽけな理性では、その違和感は感じ取るだけで逃走を選択するに十分すぎるものだった。
「よし、ちょっと頑張るから口数減っちゃうかも。もし眠くなったら寝てていいからね」
「ううん、蒼ちゃんとお話するの好きだから、もうしばらくお話したい。お話聞いて」
「う〜ん! 聞かせて〜!!」
カスみたいな街で聞こえるカスみたいな声ではなく、大自然に囲まれながら聞く清涼感ある少女の声に、蒼は真剣にここで千並と暮らしていけないか悩むのだった。