蒼と千並は山を抜け、廃墟群へと辿り着く。
そこは、蒼が街と呼ぶエリアと山の間に挟まる、荒廃した平屋の数々が並ぶ場所。
混迷期においてはマンションの一室を襲撃するより回収率が良いと目を付けられやすかったそれらは、果たして奪われた末の姿か、家主が逃げ出した末の姿なのか見分けがつかない。
時折、幾つかの家屋の奥からは微かな人の気配がする。
それは生きているのか、生きているだけなのか。
しかし、崩れてなお家を捨てられなかった人々を、愚かと断ずる事はできない。
治安が本格的に悪化する以前、10年前までは平和に暮らしていた場所へ縋る気持ちを、誰が否定できようか。
「……ッ」
「……今なら見逃しますけどね。それでも、やりますか?」
そんな廃墟群の一角で蒼の前に立ち塞がる、痩せた若い男。
服はボロ布を繋ぎ合わせたようなもので、恐らくはありとあらゆるものを略奪されたのか、足には布を巻いてあるだけで靴すら履いていない。
右手には小さなナイフが握られており、刃先が震えているのは己の行為に対する恐怖か、後悔か。
「頼む、食べ物を渡してくれ……」
「現金払いか物々交換なら承りますよ」
この時代において、意外な事ながら貨幣価値はあまり落ちていない。
これまでの歴史が培ってきた貨幣への信用は、隣人関係の信用にも勝る。
一応の忠告をした蒼に対し、男の方が苦しげな顔で刃物を前に出した。
「そうですか。ちなちゃん、武器出して」
「はーい」
リュックからひらりと出てきた、紙にも見える薄い何かが蒼の手に乗り、元の姿へと戻る。
それは、弾丸を飛ばす殺傷武器。
拳銃を手に、蒼はもう一度問いかける。
「まだ、間に合いますが」
───暫くして、銃声が響いた。
〇
廃墟群で絡まれる事は街に比べると比較的少ない。
それは治安が良いというわけではなく、街に比べて息を殺して生きている人間が殆どだからである。
逆に言えば大きい音を立てたり、集団で堂々と歩いている存在は基本的に廃墟群に住む者ではなく、略奪者と考えて相違ない。
例えば、廃墟群を目立たないように歩いていた蒼の前で立ち止まった男達は、見事にそれらの条件に合致する。
「食べ物の濃い匂いだ……お前だな……」
「こんなチビが飯持ってるってほんとかよ」
「おい、殴られたくなかったらその荷物をよこせ!」
顔が犬っぽい男を筆頭に、こちらを見下ろす3名。
ヤクザもどき、というより単なる暴漢である。
見た目の年齢から察するに、第一世代ではない。
AFOから異能を与えられ、自治という範疇を超えて略奪まで至った、この時代において最も正義を持たない者。
今すぐにでも蒼く光りたいところだが、至近距離すぎて千並が巻き込まれるため、拳銃をチラつかせて威嚇する。
「あー
この言葉に、男達は怯えたような目をする。
本物を騙るのは良くないが、今回は背負っている千並がそうなので嘘ではない。
瞳に包帯が巻かれている超常遺児だと思っていれば、拳銃を向けられる想定外。
単に脅せばいつもと同じで奪えると思っていただけに、男達は数秒間動きを止めたものの、しかしすぐに威勢を取り戻した。
「そういう事なら仕方ねえ……むしろ生きて返すわけにはいかねえな」
「飯に女に銃、総取りって考えりゃ悪くねえ。全て奪って無かったことにすればいい」
「これは期待した私が悪いか〜!」
即座に最も近い男の頭部へ向けて発砲。
所持の時点で法律違反ではあるが、それを裁く場所が機能を停止しているので気にすることはない。
問題なく着弾した事で膝から崩れ落ちた仲間に、男達の思考が停止する。
あまりにも躊躇無き殺人に、前の時代の常識が根底にあった男達は蒼の事をどこかで舐めていた。
理解している大人は少ないが、実際のところこの時代において最も殺人を躊躇しないのは超常遺児である。
善悪の価値観を培う前に、崩壊した常識の中を生きているのだから。
「こい、つ───」
2度目の発砲。
グロテスクな死に様だが、例え千並がそれを見ても何も思わないため、蒼の引き金は軽い。
今更、本物の場所で仕事をしている千並が人の死体程度で眉を動かす筈も無かった。
「ひぃ、待ッ」
「はーい」
蒼は最後に残った男へと拳銃を向けた。
例え異能があったとて、弾丸を防げるとは限らない。
第一世代の異能は複雑化しておらず、因子が弱い事で能力の上限も低いものだ。
それ故に、この時代では未だに弾丸の殺傷性が極めて高い。
ただし、ここで例えば千並に撃てば大体の場合無効化されるので、あくまで異能によるという前置きはつくが。
少なくともその辺の子供が防げるというほど、この時代の異能はまだ極まっていなかった。
「お仲間とかいますか〜?」
「い、いない!」
「じゃあ生かしておく必要ないか」
「いる! います!」
「そしたらお仲間に邪魔しないでって伝えてね」
そう言って蒼は手で払うようにして、男を逃がした。
リュックの中に拳銃をしまうタイミングで、千並は不思議そうに声を掛ける。
「一人だけ逃がすの?」
「うん、その方が楽だからね。本当に仲間が居たら寄ってこないし、仲間が居ないならそれで良し。便利でしょ」
「いっぱい仲間がいて襲ってくるかもしれないよ」
「その時は千並を逃がしてからキラーンってするよ」
蒼の異能を仄めかせば、千並は納得したように頷いた。
当然ながら千並は蒼い光を見たことがなかったが、どういった異能なのかはうっすらと聞いている。
確かに無差別的に影響を及ぼす異能であれば、数の差などはほぼ意味を成さない。
「いつか蒼ちゃんのキラーン、見てみたいなあ」
「嫌かも〜!!」
千並の精神力は一般的な子供より強いが、純真だ。
蒼い光を前に、より強烈な影響を受けることだろう。
冗談交じりにブーイングを飛ばす千並に、蒼は苦笑した。
「もし死ぬときに私が近くにいたら見せてあげるよ」
「ふーん、蒼ちゃん、私より長生き出来るの?」
「そりゃもう、いつまでも元気よ私は。ババアになっても全力で走れるようなババアになるね」
「んふふ……あ、そういえば走るで思い出した。蒼ちゃんにね、おじちゃん達がウチの運び屋とかやってほしいって言ってたね。ちゃんとご飯も出すって。これ言えって言われてたんだった」
「え〜? でもちょっとありかも〜」
実のところ、今いる場所から動くのがあまりにも面倒で街に住んでいるだけなので、飯が出ると言われれば、蒼としてはかなり気持ちが揺らぐ。
「えっほんと? 実は異能の貸し借り出来る人が運び屋欲しいらしくて、ウチから誰か行けないかって話になってるの。蒼ちゃんの力ならきっとその人の荷物も最後まで運べるからって」
「うーんやっぱり無しかも〜!!」
どういう顔をして死柄木の運び屋をしなくてはならないのか。
支配の手を広げるという意味でこの時代の物流に手を伸ばすのは順当といえば順当だが、巡り巡ってこちらに影響が出るのはやめて欲しいところである。
だが、よく考えてみればこの時期に飯にありつけるのであれば、例え死柄木と関連がある仕事でもいいのではなかろうか。
飯を与えてくれる店長には悪いが、条件はかなりいい。
かなりいいが、それはそれとして顔を出したら死柄木は多分ぶん殴ってくるだろう。
労働基準法はあるが、それを裁く場所はない。
派遣先で社長がぶん殴ってきました等と言ったところで、誰が助けてくれるわけもなし。
今の時代に必要なのはカウンターパンチである。
「いや、肉弾戦は勝てないな。アイツムキムキだし」
「だめ?」
「うーん、その人のところは嫌かも。店長がちょっと怖そうって言ってたし」
「そっかぁ」
「でもそれ以外ならいいよ。店長とちょっと話さないとだけど、ご飯出るならちょっと気になる」
その返答へ嬉しそうに歓声をあげた千並を微笑ましく思いながら、蒼は街へと向かう。
銃声のせいか息を殺す気配が増えたため、今回はあまり絡まれずに済みそうで、蒼は軽快な足取りで道を進むのだった。
〇
山を抜けてから半日以上かけて売店まで戻ってきた蒼が目にしたものは、店内を荒らすヤクザもどきと、それと殴り合う異能持ちの集団と、それらに罵声を浴びせて武器を振るう潔癖症。
過激派が店内でフルコンボの状況に、蒼はゲンナリとした顔でリュックを地面におろした。
「なんだあれ」
店長との待ち合わせ時間までもう少し、近場の路地に腰を下ろして売店を観察する。
床には欠損などから明らかに死体と分かるものが転がっており、かなり大きめの抗争となっているのが伺えた。
「えぇ……路地裏とかでやれよ……」
「蒼ちゃん、どうすんの?」
「店長きたらちなちゃんと避難させてキラーンしようかな、面倒だし……」
そうして盛り上がっているのを尻目に会話を楽しんでいれば、やがて店長が姿を現す。
「おーう、やっぱお前がいなくなる時は店閉めといて正解だわ」
「なんすかアレ」
「案の定お前がいなくなった初日になんちゃってヤクザが来てな、俺がいないのをいいことに店内で暴れたんだが、なんとそのまま居付きやがってよ。すると店利用してた異能持ちの奴等がブチギレて抗争、更に騒ぎ聞きつけた潔癖症が来て混戦って感じ」
「治安終わってますね〜!!」
その場の勢いでそれなりの勢力が抗争を始めたと聞き、蒼は呆れ返った。
死人が出るような事を計画無しにやるというのだから、この街における秩序の無さを体現したカス共である。
「街入ってヤクザもどきに絡まれるかと思ったんですが、案外居なくてびっくりしてたんですよ」
「それ、ウチに人集めたからじゃねえかな」
「自治の効果とか思った私が馬鹿みたいじゃないですかー!」
少しだけ感心したあの時間を返して欲しいと、蒼は店内にいる全てを睨んだ。
「はぁ、あの中に壊さない方が良いのいます?」
「いないし、あんなのはもう消し飛ばしていいだろ」
「そっすね〜! 消し飛ばしてきますわ!!」
店長の言葉に心の底から同意した蒼は店長と千並に退避を促し、売店へと駆ける。
「バカがよ〜!!」
叫びながら入店した蒼は、既に包帯を外していて。
どの方向を向いていたとて、意識あれば全てを貫通して視認させる蒼い光が煌めいた。
蒼い光を至近距離にて直視した人間は、興奮状態による精神の疲弊によってあっという間にその瞳を蒼くする。
しかしいつものように廃人で収めず、光は人々を照らし続けた。
低く響く音の奥には、懐かしい音。
喝采と祝福、遙か先で命の行く末とすべき蒼い星。
店内にいた思想の異なる全ては、この瞬間にその心を同じ色に染め上げ、祈りを捧げるように消失した。
店内に残るのは、暴れ回られた跡と、認識する脳が働いておらず意識がない、または絶命した人間である。
「お片付け第一段階おしまい! 次ィ!」
蒼は床に転がる生きてるんだか死んでるんだか分からない複数のカスを店外へと蹴飛ばし、床に散乱したゴミを掃き始めた。
輸送のタイミングは大掃除の機会。
そう思わなければ、輸送のたびに毎度荒れる店内を掃除なんてやっていられない。
ふと、棚上から落ちたビンが蒼の頭に当たる。
その衝撃で瞬間湯沸かし器が如く沸騰した蒼は、ビンを引っ掴むと店外の生死不明のカスに投げ当て、地団駄を踏むのだった。