個性【蒼星】   作:指ホチキス

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7:輸送係

蒼と千並は山を抜け、廃墟群へと辿り着く。

そこは蒼が街と呼ぶエリアと山の間に挟まる、荒廃した平屋の数々が並ぶ場所。

黎明期においてはマンションの一室を襲撃するより回収率が良いと目を付けられやすかったそれらは果たして奪われた末の姿か、家主が逃げ出した末の姿なのか見分けがつかない。

 

時折、幾つかの家屋の奥からは微かな人の気配がする。

それは生きているのか、生きているだけなのか。

しかし、崩れてなお家を捨てられなかった人々を愚かと断ずる事はできない。

治安が本格的に悪化する以前、10年前までは平和に暮らしていた場所へ縋る気持ちを、誰が否定できようか。

 

 

「……ッ」

「……今なら見逃しますけどね。それでも、やりますか?」

 

 

そんな廃墟群の一角で蒼の前に立ち塞がる、痩せた若い男。

服はボロ布を繋ぎ合わせたようなもので、恐らくはありとあらゆるものを略奪されたのか、足には布を巻いてあるだけで靴すら履いていない。

右手には小さなナイフが握られており、刃先が震えているのは己の行為に対する恐怖か、後悔か。

不意に刺してこないあたりから殺人に対する忌避感があり、それでも奪うことでしか生き残ることができないという葛藤を滲ませる壮絶な表情を見て蒼は溜め息を吐く。

 

 

「頼む、食べ物を渡してくれ……」

「現金払いか物々交換なら承りますよ」

 

 

この時代において、意外な事ながら通貨の需要はあまり落ちていない。

一次的には為替相場が崩れて紙幣価値が0に近づいたものの、暫くすれば他国においても日本と同様に地盤が揺らいだことで外貨との断絶が起こり、逆に自国内の信用が保持されたのである。

政府が倒れているため、法に基づいてそれが価値あるものであるという保証は無いのだが、少なからず殴り合い、果てに殺し合ってまで奪うぐらいなら通貨による取引を選択する人間も少なからずいた。

 

そんな奇妙な実情により、人々は未だ金銭を扱っていて。

 

これまでの歴史が培ってきた通貨への信用は、少なくとも隣人関係の信用よりかは勝るもので。

金さえ出すなら譲ってもいいという蒼の提案に対し、男は苦しげな顔でナイフを前に突き出した。

蒼はその動作を見て忠告に何ら意味がなかったことを悟り、もう一度溜め息を吐く。

 

 

「そうですか。ちなちゃん、武器出して」

「はーい」

 

 

リュックからひらりと出てきた、厚紙にも見える薄い何かが蒼の手に乗り、元の姿へと戻る。

それは、金属の弾を飛ばす殺傷武器。

 

拳銃を手に、蒼は問いかける。

 

 

「まだ、間に合いますが」

 

 

───暫くして、銃声が響いた。

 

 

 

 

廃墟群で絡まれる事は街に比べると比較的少ない。

 

それは治安が良いというわけではなく、街に比べて息を殺して生きている人間が多いからである。

一軒家が多いからこそ当初は狙われたものだが、数年も経てば残っているものなどたかが知れていた。

やがて初期に狙われにくかったエリアへと略奪者が移動をしていくのは自然な流れである。

 

つまり、こんな場所で大きい音を立てたり集団で堂々と歩いている存在は基本的に廃墟群に住む者ではなく、略奪者と考えて相違ない。

 

例えば、廃墟群を目立たないように歩いていた蒼の前で立ち止まった男達は見事にそれらの条件に合致する。

 

 

「食べ物の濃い匂いだ……お前だな……」

「こんなチビが飯持ってるってほんとかよ」

「おい、殴られたくなかったらその荷物をよこせ!」

 

 

顔が犬っぽい男を筆頭にこちらを見下ろす3名。

ヤクザもどき、というより単なる暴漢である。

見た目の年齢から察するに、第一世代ではない。

AFOから異能を与えられ、自治という範疇を超えて略奪まで至ったこの時代において最も正義を持たない者。

 

今すぐにでも蒼く光りたいところだが、至近距離すぎて千並が巻き込まれるため、拳銃をチラつかせて威嚇する。

 

 

「あー()()()ですが、気にしない感じで?」

 

 

この言葉と拳銃を目にした男達は、途端に怯えたような目で後退る。

 

蒼は本物ではないため身分を騙るようなものだが、今回は背負っている千並がそうなので嘘ではないというギリギリの発言である。

 

瞳に包帯が巻かれている超常遺児だと思っていれば、拳銃を向けられる想定外。

単に脅せばいつもと同じで奪えると思っていただけに男達は数秒間動きを止めたものの、しかしすぐに威勢を取り戻した。

 

 

「そういう事なら仕方ねえ……むしろ生きて返すわけにはいかねえな」

「飯に女に銃、総取りって考えりゃ悪くねえ。全て奪って無かったことにすればいい」

「これは期待した私が悪いか〜!」

 

 

即座に最も近い男の頭部へ向けて発砲。

所持の時点で法律違反ではあるが、それを裁く場所が機能を停止しているので気にすることはない。

 

問題なく着弾した事で膝から崩れ落ちた仲間に、男達の思考が停止する。

あまりにも躊躇無き殺人に、前の時代の常識が根底にあった男達は蒼の事をどこかで舐めていた。

 

これをハッキリ理解している大人はまだ少ないが、この時代において最も殺人を躊躇しないのは超常遺児である。

法による抑止力を知らず、善悪の価値観を培うより先に崩壊した常識の中を生き抜かなければならなかったのだから。

 

 

「こい、つ───」

 

 

男達が我に返るまでの数秒間を挟み、2度目の発砲。

蟀谷(こめかみ)より脳を通過した弾丸は、脳漿と共に頭蓋から飛び出す。

 

グロテスクな死に様だが、例え千並がそれを見ても何も思わないため、蒼の引き金は軽い。

本物の場所で仕事をしている千並が人の死体程度で眉を動かす筈も無かった。

 

 

「ひぃ、待ッ」

「はーい」

 

 

蒼は最後に残った男へと拳銃を向けた。

例え異能を使用できるとしても、弾丸を防げるとは限らない。

第一世代の異能は複雑化しておらず、因子が弱い事で能力上限も低い。

この時代では弾丸を安全に防御できる異能が殆ど無いからこそ、未だに銃は異能よりも殺傷能力が極めて高いと認識されていた。

 

ただし、ここで例えば千並に撃ったとしても大体の場合無効化されるので、あくまでその認識も持ちうる異能の強弱によるという前置きはつくが。

少なくともその辺の子供が防げるというほど、この時代の異能は極まっていなかった。

 

 

「お仲間とかいますか〜?」

「い、いない!」

「じゃあ生かしておく必要ないか」

「いる! います!」

「そしたらお仲間に邪魔しないでって伝えてね」

 

 

そう言って蒼は手を払うようにして男を逃がした。

リュックの中に拳銃をしまうタイミングで、千並が不思議そうに声を掛ける。

 

 

「一人だけ逃がすの?」

「うん、その方が楽だからね。本当に仲間が居たら寄ってこないし、仲間が居ないならそれで良し。便利でしょ」

「いっぱい仲間がいて襲ってくるかもしれないよ」

「その時は千並を逃がしてからキラーンってするよ」

 

 

蒼の異能を仄めかせば、千並は納得したように頷いた。

当然ながら千並は蒼い光を見たことがなかったが、どういった異能なのかはうっすらと聞いている。

確かに無差別的に影響を及ぼす異能であれば、数の差などはほぼ意味を成さない。

 

 

「いつか蒼ちゃんのキラーン、見てみたいなあ」

「嫌かも〜!!」

 

 

千並の精神力は一般的な子供より強いが、純真だ。

蒼い光を前に、より強烈な影響を受けることだろう。

 

冗談交じりにブーイングを飛ばす千並に、蒼は苦笑した。

 

 

「もし死ぬときに私が近くにいたら見せてあげるよ」

「ふーん、蒼ちゃん、私より長生き出来るの?」

「そりゃもう、いつまでも元気よ私は。ババアになっても全力で走れるようなババアになるね」

「んふふ……あ、そういえば走るで思い出した。蒼ちゃんにね、おじちゃん達がウチの運び屋とかやってほしいって言ってたね。ちゃんとご飯も出すって。これ言えって言われてたんだった」

「え〜? でもちょっとありかも〜」

 

 

実のところ、今いる場所から動くのがあまりにも面倒で街に住んでいるだけなので、飯が出ると言われれば蒼としてはかなり気持ちが揺らぐ。

 

 

「えっほんと? 実は異能の貸し借り出来る人が運び屋欲しいらしくて、ウチから誰か行けないかって話になってるの。蒼ちゃんの力ならきっとその人の荷物も最後まで運べるからって」

「うーんやっぱり無しかも〜!!」

 

 

話から察せられるが、どういう顔をして死柄木の運び屋をしなくてはならないのか。

支配の手を広げるという意味でこの時代の物流に手を伸ばすのは順当といえば順当だが、巡り巡ってこちらに影響が出るのはやめて欲しいところである。

 

だが、よく考えてみればこの時期に飯にありつけるのであれば、例え死柄木と関連がある仕事でもいいのではなかろうか。

飯を与えてくれる店長には悪いが条件はかなりいい。

かなりいいが、それはそれとして顔を出したら死柄木は多分ぶん殴ってくるだろう。

 

政府が機能停止しているので労働基準法どころか暴行を罪に問うこともできず、それを裁く場所も当然ない。

派遣先で社長がぶん殴ってきました等と言ったところで、誰が助けてくれるわけもなし。

今の時代に必要なのはカウンターパンチである。

 

そうして脳内で殴り合いのシミュレーションをしてみるものの、蒼は体の使い方が下手なので普通に負けることは想像に難くない。

 

 

「───いや、肉弾戦は勝てないか。アイツ絶対喧嘩強いし」

「だめ?」

「うーん、その人のところは嫌かも。店長がちょっと怖そうって言ってたし」

「そっかぁ」

「でもそれ以外ならいいよ。店長とちょっと話さないとだけど、ご飯出るならちょっと気になる」

 

 

その返答へ嬉しそうに歓声をあげた千並を微笑ましく思いながら、蒼は街へと向かう。

銃声のせいか息を殺す気配が増えたため今回はあまり絡まれずに済みそうで、蒼は軽快な足取りで道を進むのだった。

 

 

 

 

山を抜けてから半日以上かけて売店まで戻ってきた蒼が目にしたものは、店内を荒らすヤクザもどきと、それと殴り合う異能持ちの集団と、それらに罵声を浴びせて武器を振るう潔癖症。

過激派が店内に揃い踏みしている状況に蒼はゲンナリとした顔でリュックを地面におろした。

 

 

「なんだあれ」

 

 

店長との待ち合わせ時間までもう少し、近場の路地に腰を下ろして売店を観察する。

床には欠損などから明らかに死体と分かるものが転がっており、かなり大きめの抗争となっているのが伺えた。

 

 

「えぇ……路地裏とかでやれよ……」

「蒼ちゃん、どうすんの?」

「店長きたらちなちゃんと避難させてキラーンしようかな、面倒だし……」

 

 

そうして盛り上がっているのを尻目に会話を楽しんでいれば、やがて店長が姿を現す。

 

 

「おーう、やっぱお前がいなくなる時は店閉めといて正解だわ」

「なんすかアレ」

「案の定お前がいなくなった初日になんちゃってヤクザが来てな、俺がいないのをいいことに店内で暴れたんだが、なんとそのまま居付きやがってよ。すると店利用してた異能持ちの奴等がブチギレて抗争、更に騒ぎ聞きつけた潔癖症が来て混戦って感じ」

「治安終わってますね〜!!」

 

 

その場の勢いでそれなりの勢力が抗争を始めたと聞き、蒼は呆れ返った。

死人が出るような事を計画無しにやるというのだから、この街における秩序の無さを体現したカス共である。

 

 

「街入ってヤクザもどきに絡まれるかと思ったんですが、案外居なくてびっくりしてたんですよ」

「それ、ウチに人集めたからじゃねえかな」

「自治の効果とか思った私が馬鹿みたいじゃないですかー!」

 

 

少しだけ感心したあの時間を返して欲しいと、蒼は店内にいる全てを睨んだ。

 

 

「はぁ、あの中に壊さない方が良いのいます?」

「いないし、あんなのはもう消し飛ばしていいだろ」

「そっすね〜! 消し飛ばしてきますわ!!」

 

 

店長の言葉に心の底から同意した蒼は店長と千並に退避を促し、売店へと駆ける。

 

 

「バカがよ!」

 

 

叫びながら入店した蒼は、既に包帯を外していて。

 

どの方向を向いていたとて、意識あれば全てを貫通して視認させる蒼い光が煌めいた。

蒼い光を至近距離にて直視した人間は、興奮状態による精神の疲弊によってあっという間にその瞳を蒼くする。

 

しかしいつものように廃人で収めず、光は人々を照らし続けた。

 

低く響く音の奥には、懐かしい音。

喝采と祝福、遙か先で命の行く末とすべき蒼い星。

 

店内にいた思想の異なる全ては、この瞬間にその心を同じ色に染め上げ、祈りを捧げるように消失した。

店内に残るのは暴れ回られた跡と、認識する脳が働いておらず意識がない、または絶命した人間である。

 

 

「お片付け第一段階おしまい! 次ィ!」

 

 

蒼は床に転がる生きてるんだか死んでるんだか分からない複数のカスを店外へと蹴飛ばし、床に散乱したゴミを掃き始めた。

輸送のタイミングは大掃除の機会。

そう思わなければ、輸送のたびに毎度荒れる店内を掃除なんてやっていられない。

 

ふと、棚上から落ちたビンが蒼の頭に当たる。

八つ当たりのように掃除を行っていたところに与えられたその衝撃で瞬間湯沸かし器が如く沸騰した蒼は、ビンを引っ掴むと店外の生死不明のカスに投げ当て、地団駄を踏むのだった。

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