綺麗になった店内と、日用品が並ぶ陳列棚。
途中合流した黒風も混ざり、掃除を終えた従業員組は千並も含んで机を囲って一息ついていた。
「じゃあ蒼ちゃん、売店やめるんだ」
「まあそうなるのかな。出稼ぎに行くようなものだし」
リュックから取り出された資材の数々を奥へと運ぶ店長を尻目に、蒼は店長から言われた自由にしていいぞ、という言葉を考える。
運び屋を考えていて、と蒼が辞職を仄めかすと、店長は悩む素振りもなくそう答えたのだ。
即座に店を襲う極端なバカは消し飛ばしたのだから、仕事は十分果たしていると伝えられた蒼は、思ったよりも運び屋に心が寄っている事を自覚する。
「今生の別れみたいなものになるけど、死別じゃないだけマシだよね」
「まあ、そうだね」
「黒風くんは売店続けるの?」
「当分はここで働き続けるよ。この仕事、悪くないからさ」
13歳で、快活な少年が。
望んだわけでもなく異能を手に入れた事で、大人から殴られ。
歴史の転換期によって学校も行けずに、翌日の食事のために働くという状況ですら、第一世代の中では恵まれている部類なのだから堪ったものではない。
「なんかあったら、逃げてきてね」
「……逃げた先で殺されない?」
「そうなるときは逃げる時点で殺されそうになってるでしょ」
「それもそうか!」
内容の黒すぎる冗談を飛ばして、その後少しの間歓談し。
最後に蒼は店長と黒風へとお礼を言って退勤する。
輸送した報酬として受け取った幾つかの資材を抱え、千並を連れてマンションへと戻れば、案の定空き巣に入られていた。
「わぁ、蒼ちゃんのお家、豪快だねえ」
「うんうん。ついこの間までは違ったんだけどね〜?」
破壊された扉から中を覗けば、散乱する全て。
廃材製の仮扉、破壊。
棚、破壊。
小物置き、盗難。
ベッド、破壊。
食器、盗難。
手で持っていける物は全て持ち去られ、手で持っていけないものは何かを隠していないかと破壊されている。
前回の輸送によって家を空けたときに入った空き巣より、明らかに過激になっていた。
異能の受け渡しによる治安の悪化だろうかと、一旦部屋を出てどうしたものか考えていれば、隣人の扉も、更にその隣も破壊されている事に気が付く。
どうも、単独犯ではなく建物全体をターゲットにした犯行のようで、犠牲者もそれなりに出た事を察した。
確かに意識してみれば、明らかに建物から感じる住人の気配が少ない。
隣人関係は良好だっただけに、残念ではあるが逆に考えれば思い残すことはないということになる。
「……まぁ、今日はいいか、ここで。ちなちゃん寝心地悪いけど許して」
「ん、お泊りイベント大好き。気にしないで」
9歳の少女に気を遣われながら、どうにか廃材で玄関を閉じた蒼は、布をかき集めて布団を作るのだった。
〇
翌朝の早朝。
マンションから出た蒼はコートの裏側に千並を貼り付けて家を出た。
「さて、じゃあ行こうか」
早朝は静かなもので、白んだ空とボロボロのマンション群が独特の景色を産む。
この時間はどこか澄んだ匂いがするので、蒼は早朝が好きだった。
とはいえ、深呼吸をすると路上に転がって動かなくなった死体の臭いが入ってきそうなので、浅い呼吸しかしないが。
「ちなちゃんは寝てていいからね」
「……ぅん……………」
ものすごく眠そうな声がコートの内側から聞こえてきて、蒼は微笑んだ。
今日は資材を受け取った翌々日。つまり2日後である。
合流は5日後であり、行きと同じ進み方をすると日数に余裕がありすぎるのだが、このまま意味もなく街にいても数あるカスの観察ぐらいしかすることがないので、蒼は早めに出ることに決めた。
どうせこの時間に絡まれることは無いので、蒼は気楽な気持ちで街を歩き、昼には廃墟群を抜け、山へと入って夕方には場所を整えて休憩を挟む。
「あったかいねえ」
「そうだね」
その辺に幾らでも落ちている衣服を集めて火種とし、更に集めてきた枯れ木を焚いた。
着火は少し前に廃墟群の方で略奪を目的としない無差別放火を行っていた本物のドカスを消し飛ばして手に入れたライターを使用する。
───あれは星空が綺麗な夜だった。
廃墟群の方を散歩していたら叫び声が聞こえてね。
なんだか気になって寄ってみたら家が燃えてたんだ。
こんな時代に火の不始末が原因で死ぬなんて可哀想にと思ったら、違う場所でも火の手が上がった。
これはなにかあるぞと犯人を探したら、なんだか救いようのないカスがいてね……
と、おおよそ少女に語るべきではないライターの入手経路について熱く語りながら、自室の隠し場所に置いてあった食べ物を二人で分けて腹を満たす。
───ちなみにドブカス放火犯のラスト、追い詰められた末に自らに火をつけて周囲の人間ヘと抱き着いた往生際の悪すぎる行動を聞き、千並は腹を抱えて笑い転げた。
その後、千並の能力で平面化していたテントを出す。
正確に言えば廃材で骨組みを組み、比較的清潔な布を平面化したまま貼り付けることで面としたもの。
蒼は平面化という能力の拡張性に驚きながら、その日は山中の中腹でお喋りをしながら就寝となるのだった。
〇
「おはよう」
「うん」
「何人殺した?」
「2人。他はいないよ」
起きて早々、物騒な会話から始まる蒼と千並。
夜間に襲撃があり、千並が異能を使用して襲った人間を殺害したのである。
一瞬で気配が消失したので蒼は気配察知をやめて二度寝をしており、朝起きて千並に確認を行えばやはり気の所為ではなかったとわかる。
腹や下腹部に腕ほどの木杭が刺さって絶命した男女を見て、グロテスクや南無といった感想が出るより先に蒼は平面化という能力の利便性を羨ましく感じた。
人の死体など、街では犬も歩けば棒に当たるように、人がそのへんを歩けば鮮度はわからないがすぐに会えるもの。
今更感想を抱くはずもない。
蒼は行きの道で、平面化は方向によって戻るときの体積変化が変わってくるという話を思い出していた。
木杭を縦方向に平面化すれば、解除した瞬間に凄まじい勢いで前方へ先端が伸びるような戻り方をするのだ。
それを手にしながら自身も平面化して入り口と一体化して眠っていた千並は、テントへ近付いた人間へ即座に杭を撃ったのである。
さて、そんなこんなでテントの外に転がる死体をよく見れば、大きめで膨らんだリュックを背負っている。
この時代、盗られて困る物は良い隠し場所がなければ身につけておく事でしか守り抜く事ができない。
だからこそ、己の全てを詰めた荷物を背負っている人もそれなりの数存在する。
路地で寝る人も、マンションで寝る人も。
誰しもが心の底から他人を信用できない時代では、身の周りに全てを集めることでしか自分を守れないのだ。
「結構いいもの持ってる感じかな」
「そんな感じする。蒼ちゃんが起きたら一緒に漁ろうって思ってたの」
「うんうん、わかるよ。死体漁りは一緒のほうが楽しいもんね」
原作の時代ではかなり倫理観に問題のある同じ考えを二人で笑いながら、死体の背負うリュックの中を漁り、使えそうなものを平面化して蒼のリュックへ詰めこんだ。
死体を埋める労力もないので、山の斜面から蹴り転がして視界の外へと追いやる。
「余裕があったら女の人は持ち帰るとおじちゃんたちから褒めてもらえるんだけど、眠かったからよくわからなくて殺しちゃった」
「まあ、いいんじゃない?」
異能産に不可欠な母体は幾つあっても困らない。
特にストレスの発散という意味でも、そういった需要は尽きないものだ。
一応街にも風俗街のような場所があり、薬物の蔓延に一助したという話も聞く。
衛生面が劣悪なので性病の罹患も多く、潔癖症は異能に加えてそれにも過剰な反応を示すのでよく抗争の現場にもなっていた。
異能は淫売が宇宙人から貰った性病が始まりである!
といった陰謀論も飛び交っており、やはりこの時代に差別の最先端をいく奴等の発想力には舌を巻く。
蒼は声を掛けられても面倒なのでその一帯には近寄らなかったが、少なくとも少年誌に載るような場所ではない。
防音性も無く、剥き出しの性が混沌とするそこは、どこか人間性を喪失したような場所という印象を抱かせる。
その一帯は、賑わいながらも人は住まない。
そんな場所だ。
───さて、それ以降に襲撃はなく。
廃棄場所として使用されている山の中で釣りをしたり、食べられる実を探したり。
のんびりと山で3泊した2人は、リフレッシュした明るい気持ちで待ち合わせ場所へと足を運んだ。
そこで待っていた男へ千並が嬉しそうに駆け寄って抱きつくと、その耳元で何かを喋る。
蒼は男へ近寄り、これからよろしくお願いしたいのですがと声をかけようとして。
「いや、誘おうとしたのは事実だが、そんな急に来られるとこっちも困るな……」
「えっ」
困惑した顔で、千並の報告を聞いて視線を向ける男に、蒼は愕然とした顔で荷物を落とした。
よくよく考えれば当たり前の話で、誘われたので受けて調整して、という段階を踏まずにその気で来たというのだから、向こう側も話が早すぎてありがたいが準備はできていないという、かなり困る状況なのである。
「えっ、えっあっ、じゃじゃじゃじゃあ、今日は帰れってコトですか……?」
「お前ってそんなに動揺することあるんだな……」
完全に別れを告げた上で街に戻るというのは、流石の蒼でもかなり恥ずかしい。
店長や黒風と遭遇した日には、あまりの気まずさに別人のふりすらするだろう。
それが例え、見間違えようもない灰色の塊のような、お前以外にそんな奴いないぞという見た目であっても。
そんな蒼を見て、顎に指を置き、何かを考えるように上を向いた男は数秒間黙った後に蒼へ視線を合わせた。
「まあいいか、そしたら一旦来い。最悪廊下に布団ぐらいは敷いてやるよ」
「スカウト対象への扱いが悪すぎる」
「急に来る方が悪い」
「……ッス」
蒼は大人からの正論に口を噤んだ。