個性【蒼星】   作:指ホチキス

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9:挨拶と布団

そこはアパートだった。

この時代では珍しく剥き出しのコンクリが見えない、塗装された築浅に見えるアパート。

 

蒼はそこでふかふかの布団による熟睡から目覚め、上半身を起こすといつもの景色と異なる事に暫く思考を停止させ、ここがどこなのかをゆっくりと思い出す。

ここは一帯の物流に絡むヤクザ、永景會(えいけいかい)の管理するアパート。

 

 

の、外廊下である。

 

 

「───えっ」

「あ、すみません。邪魔ですか?」

「えっ、あ、え? いや、大丈夫です……?」

 

 

ふとドアが開き、近くの部屋から女性が出てきたと思えば、すぐ傍にいた蒼を見て動作と思考を停止。

朝起きて外に出たら昨日までとは違い、ほぼ野外である外廊下に布団が敷かれており、そこに少女が寝ているのだ。

普通であれば夢かと思うような状況に、女性は酷く困惑した声を出しながら、最終的に蚊の鳴くような小さな謝罪を呟きながら釈然としない顔でそのままドアを閉じる。

 

暫くの沈黙。

朝だからか、遠くに鳥の声が聞こえる。

蒼は数度頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「寝たけども、許されねえだろ。こんなのは」

 

 

蒼、怒りの一句が飛び出す。

 

 

 

 

時は遡り、とりあえず男へとついていく蒼は、山を降りながらこれからどうすればいいのかの説明を受けていた。

 

 

「とりあえず親父に挨拶だな」

「なるほど」

「顔見せとかないと運悪けりゃ侵入者と勘違いされて面倒なことになる。一人で動くことはないと思うが、可能性は潰しておくに限るからな」

 

 

山を逆側に抜けた先、隠すように止まっていた黒塗りのバンに乗り込み、なんとも言えない顔で蒼は車内で大人しく座る。

千並が申し訳なさそうな顔で助手席に座っており、蒼はフォローのために違う話題を出した。

 

 

「改めて、すみません。お名前いいですか」

「んあ、玄野(くろの)だ。多分お前の教育係になると思うんだが……」

 

 

蒼の瞳を隠すように巻かれた包帯をミラー越しに見て、玄野は嫌そうな顔をする。

 

 

「お前の異能は扱いに困るから、多分隔離されるんだよな」

「隔離」

「ウチにいる異能持ちも、制御の危ない奴は本部じゃない場所に住んでる。千並は制御が上手いから本部だけどな」

「あぁ……まぁ、それは仕方ないですね」

 

 

むしろ、異能持ちへの対応は丁寧なぐらいだ。

基本的に異能を持っていると、引きこもるか異能持ちのグループに入るしか道はない。

そうなる筈だった異能持ちへ住む場所を提供していると考えれば、それはあまりにも人道的であり、この時代では信じられない程の高待遇である。

 

ただ、間違ってはいけない。

ここは人道ではなく極道だ。

 

 

「ちなみに、異能持ちを売るんですか?」

「ん、千並が話したか?」

「この時代に異能を集めるなんてそれぐらいしか考えられませんよ」

 

 

戦闘力や利便性の売買。

()いては(はら)と種の提供。

未だ個性婚という概念が無い時代だが、先を見据えてそこまでしている可能性もあるだろう。

 

 

「ふぅん、惜しいな。異能そのものを売るのが目的だ」

「あぁ〜……」

 

 

想定より少し悪い答えが返ってきて、蒼は包帯の下で目を細めた。

 

異能持ちではなく、異能そのものを売る。

つまりAFOへと捧げるのだ。

異能持ちが増えるのは構わなかったが、異能がAFOへと収束するのはあまり好ましくない。

 

とはいえここで進言したとて意味は無い。

この時代から、AFOは勢力を増していく。

おこぼれを貰うのであれば、捧げ物をしてご機嫌取りをするのはなんの間違いでもないのだ。

 

 

「まぁ、千並みたいにウチが必要とする異能は手元においておくがな」

「なるほど」

「ちなみにお前には絶対そういう話は出さない。光るだろ?」

「光ります」

「だよな。正直、強い異能は手に余るんだが、お前はその強すぎる異能をコントロールできている。だから誘おうとしたんだ」

「ちょっと納得しました」

「とはいえ強すぎるから隔離な」

「はい……」

 

 

そんな会話をしながら揺られていれば、誰とも遭遇しないまま荒れた野原としか表現できない場所で車が停まる。

車が走っているなど、街では襲撃の格好の的となるが、誰とも遭遇しないあたりしっかりと()()()()が行き届いているのだろう。

 

しかし停まったにしては特に近くに建物も無いため、どうしたのかと思っていれば、玄野がのそのそと車から降り始めた。

極道、何も無い場所、車内、そこから導き出される答えは。

 

 

「───罠?」

「バカだなお前。そしたら光るだろ?」

「光ります」

「本部に近付けちまうと、まあお前なら無ェだろうが事故が起きたときに不味いからな。説明してくるからちと待っててくれ」

「本当にすみませんでした」

 

 

自身の不手際によって面倒な手順を踏ませてしまい、申し訳無くなって蒼は即座に頭を下げた。

 

玄野が出ていくと、蒼は一言も発さずにいた千並の頭を撫で、気にしていないことをしっかりと伝える。

ここで仲が拗れてもいいことはない。

調子が徐々に戻ってくる千並を撫で回していれば、暫くして明らかにカタギじゃなさそうな男を3人ほど連れて玄野が帰ってきた。

 

 

「降りてきてくれ。自己紹介だ」

 

 

促されるままに車から降り、蒼は男達へしっかりと頭を下げて挨拶をする。

 

 

「願星蒼です。光る異能です」

「おう、玄野から話は聞いた。俺は甲野(こうの)。玄野の親……まあ、言ってしまえば上司だな」

 

 

3人のうち、最も前に出ていた恰幅の良い男が応えた。

強面ではなく柔和な顔つきで、しかし額から顎にかけて走る刀傷がその印象を崩している。

後ろに並ぶ2人は何も言わず、甲野へと寄り添っている事から付き人のようなものなのだろうと蒼は判断した。

 

 

「すまんが写真だけ撮っていいか? 会うのを怖がってる根性無しもいるんでな。貼り出して周知しておきたい」

「どうぞどうぞ。包帯取ります?」

「いや、そのままでいい。一応聞くが、包帯があっても光は貫通するんだよな?」

「しますが、この包帯を通すとちょっとだけマシになります」

「ほう。ちなみにその包帯は俺がすると光が効かなくなったりするか?」

「やったこと無いので……試してみますか? あっ試すというのも盗みに来た奴などをですね」

 

 

付き人がその言葉に殺気立つが、蒼は慌てて手を振って言葉に含めた真意を説明する。

事を荒らげても最悪光り輝いてなんとかすることはできるが、そうなればこの業界からは追われることとなる。

 

この時代において最も食にありつきやすいこの業界から完全に追放されると、下手をすれば末端ですら食べ物を得られない可能性があるのだ。

 

 

蒼は食事の無い生活には耐えられない。

蒼は食事の無い生活が嫌いであった。

 

 

「ま、その辺も含めて後で色々試そうか。じゃ写真だけ貰うな」

 

 

パシャ、という音を立てて年季の入ったデジカメで撮られた蒼はそのまま再度車に乗せられた。

 

 

「これで挨拶は終わりだ。じゃあ今日の寝床に行くぞ。言っておくが、廊下ぐらいしか場所がない。今週中にはなんとかするから、すまんが廊下で我慢してくれ」

「いや、ホント私が悪いので……」

 

 

そうして太陽が沈んだ後に辿り着いたのは、この時代とは思えないほど綺麗なアパート。

周辺には廃墟が並んでおり、剥げの見当たらない綺麗な白さが浮いていた。

 

 

「隔離先ここってマジですか!?」

「あぁ、マジだ」

 

 

コンクリートが剥き出しのマンションも嫌いではなかったとはいえ、感性に少女らしい部分は残っている蒼にとって、その綺麗なアパートはまるで物語の中に出てくる建物のように感じていた。

 

 

「で、どの部屋にお邪魔すれば」

「あ?」

「えっ……」

 

 

心底不思議そうな顔で首を傾げた玄野に、蒼は得も言われぬ不安を感じ取る。

アパートの部屋に入居者がいるのは仕方ないので、その廊下を貸してもらえるだけありがたいと思っていた蒼は、何やら怪しい雲行きに顔が曇った。

 

 

「まあ、ちょっと待ってろ。布団はちゃんとしたの貸し出せるから」

「い、至れり尽くせりすぎる」

 

 

しかし次の玄野の言葉に、蒼は喜びのあまり恐怖すら覚える。

街でカス共に強盗に入られ、空き巣に入られ、ベッドすら切り刻まれた記憶が蘇り、蒼は暮らしのあまりの変わりぶりに縋り付いてでもここでやっていこうと決意した。

 

そうして暫くして戻ってきた玄野に付いていった蒼は、驚くほどふかふかの布団がカスのような場所に敷かれているのを目にすることとなる。

 

 

「なんですかコレ」

「廊下しか無いって言っただろ」

「廊下は廊下でも外廊下なのは酷すぎません?」

「じゃあ廊下じゃなくて外にしとくか?」

「く、くそ……碌な選択肢が無い……!」

「準備できてねえんだって」

 

 

三階角の部屋扉の先。誰も通らないであろう位置にブルーシートを引き、布団が敷かれているのだ。

屋根はある。床もある。

しかし壁がない。そんな寝床があっていいのか。

 

 

「まあ寝転がってみろ。悪くねえから」

「野宿じゃないですかこれ」

「建物の中だし、屋根あるからちげえよ」

「建物の中であっても屋内ではないんですよね」

「まあ寝転がってみろって」

「うわ、話聞かないモードになった!」

 

 

しかしこれ以上言い合っても仕方がない。

寝心地が悪ければ流石に文句の1つぐらいは言っても許されるだろうと考えながら蒼は靴を脱いで布団へと入る。

 

───それは、柔らかな収まり。

体を包む布団は、弾力すら感じる柔らかさによって体をもっちりと掴んで離さない。

 

蒼は久し振りに感じる柔らかな暖かさに、自然と瞼は重くなり、呼吸が整っていく。

そうして蒼は、久方振りの柔らかさを堪能することとなった。

 

 

「うわ、寝るの早いな。まあ寝たならメモでも残しておくか……」

 

 

瞬く間に入眠した蒼を見下ろし、玄野は明日の集合時間だけ書いてその場から退散する。

玄野と手を繋ぐ千並は蒼の方を振り返り、お世話になるとなったその日になんら緊張もせず、外廊下で熟睡する姿を見て、いつかはあれ程の大物になりたいと感じるのだった。

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