可愛いは悪 回帰した悪役皇女はうつむかない   作:緋色の雪

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エピソード 1ー5

 戦没者の壁での一件後。バートン辺境伯と別れた私は、アルやリネットを連れて屋敷へと戻った。そして、バートン辺境伯とは出会わなかったこととして振る舞う。

 

 とはいえ、すべてをなかったことに出来る訳じゃない。私は屋敷に戻ってすぐ、アルとリネットの二人に話があると伝え、貸し与えられた客間へと招いた。

 

「まずは楽にしてちょうだい」

 

 メイドにお茶菓子を用意させ、人払いをすると同時にソファに腰掛ける。

 二人にも座るように勧めれば、お茶菓子の並ぶローテーブルを挟んで、向かいのソファ、上座にアルが座り、リネットは下座に座った。

 

 シンプルな、けれど上質な調度品で設えられた客間。

 魔導具の灯りに照らされた二人は背筋を伸ばして座っている。その美しいたたずまいから、二人が高度な礼儀作法を身に着けていることがうかがえる。

 侍女の大半は貴族令嬢だから、その上座に座るアルもまたやんごとなき血族のはずだ。そんな憶測を立てながら紅茶を口にすると、ふわっと柔らかい香りが広がった。

 

「……私の好きな紅茶、覚えていたのね」

 

 バートン辺境伯が気を遣ってくれたのだろうと独りごちる。そうしてティーカップを左手に持ったソーサーの上に置いて、アルへと視線を向ける。

 

「話というのは他でもないわ。先ほどの件を見なかったことにして欲しいの」

「……さっきほどの一件が明るみに出れば、せっかく結んだ休戦協定が消し飛びかねないですからね。こちらとしても呑めない話ではありません」

「……ですが、と言いたそうな顔ね」

 

 私が指摘すると、アルは小さく頷いた。

 

「一つだけ聞かせていただきたい。貴女は弟を救うと言いましたが、アグナリア王国でなにをするつもりですか?」

「あのときも言ったけど、まだなにも思いついていないわ。と言っても納得はしないでしょうね。だから、こう答えておくわ。私は、アグナリア王国に取引を持ちかけるつもりよ」

「取引、ですか?」

「私が望むのはみんなの未来。差し出すのはそれ以外のなにか、よ」

 

 私が暗躍し、アグナリア王国に不利益を与えることはない、と。彼が聞きたいのはそう言うことだろう。そんな私の予想は合っていたようで、アルは「分かりました」と頷いた。

 

「それは、不問にしてくれる、ということね?」

「私達は戦没者の壁で哀悼の意を表し、何事もなく帰ってきた。そう言うことです」

「感謝するわ。――貴女も応じてくれるかしら?」

 

 リネットに視線を向ければ、彼女は「もとより、私は判断するべき立場ではありませんから」と、私の申し出に応じてくれる。

 こうして、バートン辺境伯の領地での目的は果たした。

 

 私の目的をアルやリネットに知られてしまったのは痛手だけど、機会が訪れたとき、バートン辺境伯が力を貸してくれると分かったのは大きな収穫だ。

 これが吉と出るか凶と出るかは、ときが来れば分かるだろう。

 

 

 翌朝。私はノクシリア皇国の手を離れ、使節団とともにアグナリア王国へ向けて移動を開始した。特に問題が起きることもなく国境を越え、アグナリア王国領へと入る。

 

 別に国境沿いに線が引かれているとか、結界が張られていてそれが目に見えて分かる、なんてことはない。だけど、町に入れば、その豊かさの違いは明らかだった。

 

 領都ウルスラは、ノクシリア皇国の中でも比較的余裕のある街だった。だが、アグナリア王国に入ってから馬車が立ち寄る町の多くが、ウルスラよりも活気に満ちていた。

 

 なによりも違うのは、街道が舗装されていることだ。むろん、ノクシリア皇国にも舗装されている道はあるが、アグナリア王国の方が街道の整備は進んでいた。

 

 こうして、ノクシリア皇国領内のときよりも快適な馬車旅が始まった。だが、数日経ったある雨の日の昼下がり。渓谷沿いの道を進んでいた馬車が停止する。

 

「少し先の道が倒木で塞がれています。撤去に掛かる予定ですが、故意に切り倒された痕跡があるという報告もあり、いまは周囲を警戒中です」

 

 騎士隊長のロランから報告を受け、私は馬車で待機する。ほどなくして、急に周囲が騒がしくなった。続いて、「襲撃だ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。

 馬車の窓から外を覗けば、武装した集団と騎士が戦っている姿が見えた。それに気付いたのか、アルが馬車に駆け寄ってきた。

 

「ヴェリア皇女殿下、何者かに襲撃されています。窓から離れてください」

「手は足りているかしら?」

 

 必要なら手を貸すと伝えるけれど、アルに「隣国の皇女を戦闘に参加させる訳にはいきません。お願いですから大人しくしていてください」と懇願されてしまった。

 

「仕方ありませんね。今回は大人しく――っ」

 

 みなまで言うことは出来なかった。

 突然、馬車を引いていた馬がいななき、そのまま走り出したからだ。慌てて御者台を見れば、御者が転げ落ちるところだった。

 恐らく、矢かなにかを受けたのだろう。

 

「ヴェリア皇女殿下、あれを!」

 

 リネットが進行方向を指さす。少し先が倒木で封鎖されていた。馬がそれを避けようと蛇行する。このまま行けば、倒木に激突するか、渓谷に転落するかの二つに一つだ。

 

 なんとか馬車を止めようと身を乗り出す。だけど私が動くより早く、馬車に取り付いていたアルが御者台に飛び移って手綱を引いた。馬が嘶き、馬車が急停車する。だが、片輪が脱輪したのか、ガタンと馬車が崖に向けて傾いた。

 

「ヴェリア皇女殿下、馬車から飛び下りてください!」

 

 扉を開けたアルが手を差し出してくる。私はそれを掴んで飛び出し、続いてリネットも馬車から飛び降りる。直後、私の視界に映ったのは、リネットに襲い掛かる襲撃者の姿だった。

 

「危ない!」

 

 リネットを突き飛ばして襲撃者の攻撃を回避する。同時にアルが襲撃者を切り捨てた。だが、雨でぬかるんだ地面に足を取られた私の身体が崖に放り出された。

 とっさに手を伸ばすけれど届かない。

 そう思った直後――

 

「ヴェリア皇女殿下!」

 

 アルが私にせまってきた。

 虚空にいた私は、自分が重力に逆らったのかと錯覚する。だが、違う。アルが私を追うように崖に身を投げ出したのだ。それを理解した瞬間、私はアルの腕の中に抱きしめられる。

 

「どうして……っ」

 

 かすれる声で問いかける私に、アルはなにも言わずに笑う。私はぎゅっと彼の体にしがみついた。雨の中を落ちていく私を、彼の温もりだけが優しく支えていた。

 

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