スネイプは自室の扉を閉じ、鍵を掛けるとそのままもたれかかりズルズルと座り込んだ。
普段は背筋を伸ばし、絶対に地につけない一級品のマントがだらしなく床に広がる。
ついた手と腰に地下室独特のひんやりとした冷たさが伝わってくる。
「……」
先程まで教員…正確には『彼女』を知るもの達が集められ、ダンブルドアからフレデリカについて説明を受けた。
その時のことを近くにあった燭台の灯を眺めながら反芻する。
「説明してもらいますよ、ダンブルドア。彼女は何者なのです?」
集められたのはマクゴナガル、フリットウィック、スプラウト、スネイプ。
全員が揃うと同時にレイブンクローの寮監、フリットウィックがもう待てないと言わんばかりに甲高い声で詰め寄った。寮は違えど、彼にとっても『彼女』はお気に入りの生徒だった。
「…分からぬ」
「なんですとっ!?この期に及んで、他人の空似とでもおっしゃるつもりですか!?」
「本当に分からぬのじゃ。フィリウス。わしとて初めて見た時は絶句した」
じゃが、と呟きながらダンブルドアは椅子から立ち上がる。
「わしも独自に調べたのじゃが、あの子はリリーとの血の繋がりは一切ない。間違いなく彼女の両親から生まれ、どれ程遡ってもエバンズ家との繋がりは見えてこなかった」
ダンブルドアは自らの机に置かれた資料の束をさらりと撫でた。
恐らくはフレデリカに関する調査資料だろう。
「にもかかわらず、あれほどまでに似ている」
「…彼女を迎えに行ったのは貴方でしたね?本来、マグル出身の生徒を迎えに行くのは我々教員の役目です。…初めから知っていたのではないですか?」
「予言があったのじゃ」
「予言?」
意外な返答だったのか、フリットウィックは初めて厳しい表情を緩めた。
「あの子は…フレデリカは『帝王』と戦う者の鍵であると」
「なっ!?」
今度こそ全員が絶句した。
帝王…それは即ち――
「あ奴が未だに息を潜め、再起の刻を伺っておるのは皆も十分承知の筈じゃ」
昨年起きた賢者の石にまつわる騒動。
世間には余り大きく報道されていないが、あの事件は当事者に帝王の存命を確信付けるには十分なものだった。
「あの子こそ予言の子。恐らく、フレデリカとリリーは無関係ではない。ただ似ている訳では無いのじゃ」
今度こそ全員が無言になった。
予め聞かされていたマクゴナガルは目を伏せ、スプラウトは口元に手をやって目を見開いている。
「校長は…」
それまで無言を貫いていたスネイプが初めて言葉を発した。
声が震えないよう、必死に自信を抑える。
「校長はあの娘をどうされるおつもりですかな?」
「わしからは何もせぬ」
ダンブルドアははっきりと言った。
「ハリーの時と同じじゃ。予言の子とはいえ、彼女は一人の…我が校の生徒じゃ。他の者と同じように学び、悩み、成長する権利がある。そう遠くない内に彼女はリリーのことを知るじゃろう。それをどう受け止めるのかも彼女に任せる」
「………」
「予言の子とはいえ、彼女がどう鍵になるのかは誰にも分からぬ。ハリーがまだ赤子の時にあ奴を退けたようにの」
下手に干渉すれば最悪の未来が待っているかもしれない。
もしかすると何かすべきなのかもしれない。
しかし、予言などあっても所詮人の子にはどうすることもできない。
「わしはあの子に思うがままに生きてもらいたいのじゃ」
あの少女、フレデリカ・ウィンクルムを大広間で初めて見た時、スネイプは驚かなかった。
いや…驚きよりも、何よりも先に思ってしまった。
愛しいと。
「吾輩は…」
そしてそのすぐ後に壮絶な自己嫌悪に襲われた。
リリーは死んだ。
あの小娘は似ているが別人だ。
自分が愛したのは彼女の外見だけなのか?
「違う…」
彼女の笑顔、高潔さ、聡明さ、才能、優しさ。
そのすべてに惹かれたのだ。
外見の似ている少女に、一瞬でも心奪われた事は彼女への裏切りではないのか?
「……」
けれど、ポッターの目を見た時と同じようにあの娘の目もリリーの目だ。
彼女だけを愚直に思い続ける彼にはそれが分かってしまう。
あの目にもう一度自分を映してもらって、笑いかけて欲しいと思ってしまう。
『フレデリカとリリーは無関係ではない』
ダンブルドアの言葉が思い起こされる。
「リリー…吾輩は………僕は―――」
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フレデリカにとっての初めての授業。
それは変身術の授業だった。
この授業はグリフィンドールとレイブンクローの合同授業で、フレデリカの隣にはジニーが座っている。
「もーーーっ!!ロンの馬鹿ッ!!あり得ないでしょ!?」
「あ、あはは…」
ジニーは頭を抱えて机に突っ伏している。
フレデリカは何と声を掛ければいいのか分からず乾いた笑いをこぼした。
「いいじゃない。貴方のお兄さん、学校中の注目の的よ?それに、あのハリー・ポッターと親友だって言うじゃない!!いいなぁ…ねぇ、今度紹介してよ」
ジニーを挟んでフレデリカの向かい側から女生徒が笑う。
何でもジニーのルームメイトだとか。
もうそこまで親しげになっているのかと、フレデリカはジニーの社交性に内心舌を巻いた。
「妹の身にもなってよ…あんな馬鹿やって…ちょっと考えれば他にいくらでも方法あるじゃない。ママもママよ…吠えメールなんか寄越しちゃって…」
――吠えメール。
今朝の朝食時にロンにおばさんから届けられた赤い手紙。
何でも送り主の声を記憶し、受け取った相手が開封すると同時に何倍にも増幅して再生するとか。
元々は貴族の令嬢が三行半を叩きつける際に発明したとかなんとか。
「あなたがお熱のハリー・ポッターも一緒だったらしいじゃない」
「ロンが唆したに違いないわ。ハリーがそんな浅慮な事するわけないもの」
ジニーは腕をくんで間違いないと、確信したように頷いた。
「皆さん、お静かに…授業を始めますよ」
教室の前方にある教壇に立ったマクゴナガル先生が皆を注目を集めるために手を叩いた。
それだけで教室はシン…と静まり返る。
「貴方たちにとってはこれがホグワーツで受ける最初の授業となります。故に、今回は変身術というよりは基本的な杖の扱い方について学んでもらいます」
教室のあちこちから不安の声が上がる。
声を上げたのは主に魔法族出身の者たちだった。
彼らの心境は『何を今さら』だ。
「…お静かに。この授業を受けている者の中には非魔法族出身の者もいます。彼らの中には未だ杖を振ったこともない者もいるでしょう」
そうなの?とちょっとびっくりしたようにジニーがフレデリカに尋ねた。
フレデリカはこくりと頷く。
だって怖いのだ。
下手な事をしてどんなことが起こるのか見当がつかない。
魔法族出身の者からすれば当然すぎて気が付かないのだろうが、杖は『多目的すぎる』。
振りさえすれば簡単に現象を引き起こす杖はあらゆる場面で使われる。
料理に洗濯、運搬に修理、治療に決闘―――果ては殺人まで。
感覚としては十歳かそこらの少年少女が『フライパンとバットとライターとナイフと歯ブラシと拳銃をくっつけた何か』をポンと渡されたようなものだ。
「では、皆さん。杖を杖腕に持って下さい」
その言葉に従って、他の者たちと同様にフレデリカも自らの杖を取り出す。
長さは少し短く二十四センチ、本体はイチイの木。
芯にはセストラルの尾の毛が使われている。
少しジグザグと波打っているが、振りやすい。
フレデリカはこの杖がかなり気に入っている。
杖を売ってくれたオリバンダーが言うにはセストラルの毛を使うのは縁起が悪いだとか、伝説の杖のデッドコピーだのと揶揄されることもあるらしい。
それを聞かされた時は少し怖かったが、オリバンダーに言わせれば『下らない迷信』だそうで、
『気に入ったものを使いなさい。杖はこれから手足と同じように貴方と共に在るのですからな』
と言われ購入を決定したのだ。
「杖を振る際に最も重要なのが手首です。…ミスタ・クリービー、握り込み過ぎです。力を入れるのは小指と薬指のみ、残りの指は支えるくらいの気持ちです」
マクゴナガル先生による『初めての杖』講座はそのまま終業の鐘が鳴るまで続いた。
意外なことに魔法族出身の者もなんとなくで振っていたようで、途中から文句の声は上がらなくなっていた。
続いての呪文学の授業。
担当はフレデリカたちレイブンクローの寮監でもあるフィリウス・フリットウィック先生。
大広間でも話題に上がっていたが、フリットウィック先生は本当に小さい。
近くで見るとなおのことだ。
それなのに顔や仕草は立派な大人のもの。
そして、やはり――
「やっぱり、君の事気にしてるよ。あの先生」
フレデリカの隣に座っているぺトルスが小声で囁く。
「う、うん…」
大広間にいた時は大勢いたし、遠かったので否定できたが今回はそうはいかない。
フリットウィック先生はフレデリカの名前を呼ぶ際に明らかに声を詰まらせた。
解説中も何度かこちらを見てくる。
「考えられるとすれば、どこかで君を見たことがあるか――」
「先生がロリコンかってとこか」
「わっ」
こそこそと話している二人に後ろから声がかけられた。
大広間で向かいに座っていた黒髪の少年、ケイン・マッケンリーだ。
「ロリ…コン…?」
フレデリカがどういう意味なのかと首を傾げる。
「要するに、小さい女の子を性的に好きな連中のことさ」
悪戯っぽくにやりと笑ったケインが人差し指をたてて説明する。
「???」
性的に、と言われてもいまいちピンと来ない。
義務教育をまともに受けていないフレデリカはあまりその辺に詳しくない。
困惑するフレデリカとは対照的にぺトルスは目から鱗という表情を浮かべる。
「そうかっ!!その線があったか!?確かにあの先生なら在りうるね!!自身が小さいし。それにフレデリカは新入生の中で一際小柄だ。さらに、小動物のような愛くるしさがある」
「だろう?」
「つまり…どういうこと…なの?」
よくわからないままに結論に到達しようとする二人に置いて行かれては困るとフレデリカは問うた。
「つまりさ―――君が可愛いから先生は君に夢中ってことさ」
「ええっ!?」
あまりの結論にフレデリカは授業中にも関わらず、大きな声を上げてしまった。
教室中の視線がフレデリカに集まる。
「リ…ミス・ウィンクルム。どうかしましたか?」
「あ、う、………ごめんなさい。なんでもないです」
フレデリカは顔を真っ赤にして着席する。
そして、小声で精いっぱい二人に反論する。
「そ、そんなわけ…」
「いや、真実の探求には様々な角度から物事を見る必要がある。僕はその線で――」
必死の反論も虚しく、ぺトルスは自らの世界に入り込みブツブツと呟き始めてしまった。
ケインはクツクツと笑いながらそれを眺めている。
「…ねぇ、その、ホントに思ってる?先生が、その…」
「は?んなわきゃねぇだろ?」
「…」
ニヤケ顔のままケインが杖でフレデリカの額を小突いた。
「~~~~っ」
「ククッ…」
からかわれたと気付いたフレデリカはケインの杖を払い除ける。
そしてふと、
「ねぇ、ぺトルスは、どうしてそんなに…わたしについて調べる、の?」
ぺトルスに尋ねた。
「謎ってわくわくするじゃないか!!」
思いっきりいい笑顔で言い切ったぺトルスにフレデリカは絶句した。
ひそひそと会話を続ける三人。
傍から見れば仲睦まじくじゃれあっているようにしか見えない。
「………ちっ」
それを不愉快そうにねめつける視線に、フレデリカは気が付かなかった。
午後の授業だった呪文学が終わり、本日の授業は終了。
皆が思い思いに夕食までの時間を過ごしている中、フレデリカは早々に自室に戻り引きこもっていた。
「……」
フレデリカは熱心に日記に書き込んでいる。
かなり興奮しており、その頬は上気していた。
『あのね、今日初めて呪文学をやったんだけど先生に沢山褒められたんだよ。学年で一番早く羽を浮かせられたんだ!』
『へぇ、すごいじゃないか』
呪文学の授業においてフレデリカは他の生徒、魔法族出身の生徒すらも差し置いてフリットウィック先生から絶賛された。
『ご褒美にね、お菓子ももらったの』
『よかったじゃあないか。やっぱり、君には才能があるんだよ』
『そうかな?でも、勉強も頑張るよ』
この後も直ぐに明日使う教科書を読み込むつもりでいる。
教科書を読むのが楽しくて、さらにそれが褒められるなんてなんて素敵な事だろう。
『分からない事があったら僕に聞いてくれ。大抵のことは答えてあげられると思うよ』
『リドルは勉強が出来たの?』
『うん。なんたって監督生だったからね』
(凄い!!)
フレデリカは感動した。
監督生と言えば下級生の模範となる為に選ばれる一握りの優秀な生徒らしい。
(やっぱり、リドルは凄いんだっ)
『ホントにいいの?』
『もちろんさ。それに、僕は将来教師になりたいと思って…あれ?』
『どうしたの?』
『僕の場合、『なりたかった』なのか『なりたい』のか、どっちなのかと思ってね。僕はトム・リドルの記憶だ。けれど、実際には本物のリドルがいる。なら、僕の意志は』
綴られてゆくリドルの言葉に、フレデリカはなんだか悲しい気持ちになった。
つまるところ、リドルの疑問は『自分はニセモノ』なのか?ということだ。
日記に封じ込められた記憶は本物だ。
けれど、日記でしかない彼は『十六歳のリドル』のまま置き去りにされている。
彼が今抱いている夢の結末も…既にあるのだろう。
(そんなの、寂しすぎるよ…)
『リドルはリドルだよ。先生になりたいっていう気持ちは、間違いなく今のリドルが生み出したものだから…だから…』
『ありがとう、フレデリカ。そうだね。僕は……』
―――キヲクのままでは、終わらない。
『ねぇ、フレデリカ。君に調べてほしい事があるんだ』
『なに!?なんでも言って!!』
リドルが自分を頼ってくれた。
それがフレデリカにとってどれ程嬉しい事か。
いつも頼りっぱなしで、辛抱強く話を聞いてくれて慰めてくれる彼が。
自分を『求めて』くれているのだ。
『君は…ヴォルデモートって名前、知っているかい?』
スネイプ先生の一番の魅力って内面はとても弱くて繊細なのに、あそこまで貫き通した事だと思うんですよね。やっぱり男性キャラでは一番好きです。
でも、作中一番有能だったのは、キングスリーだと思います。
そしてフレデリカいろいろピーンチ!!
こっから少し時間の流れは速くなる…筈っ。
物語が進まない…。