フレデリカは魔女だった。   作:ニッカリ

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Chapter2

「あ…」

 

フレデリカが目覚めると、そこはあの薄暗い地下室では無かった。

懐かしい天井、久しぶりの柔らかいソファー。

いつ以来だろう?冷たくない場所で目覚めるのは。

 

「ん~」

 

ぐしぐしとまぶたを擦る。

 

「おお、目覚めたようじゃの」

 

フレデリカの声を聞きつけてダンブルドアがキッチンの方から顔を出した。

彼の背後ではコンロにが点けられ、その上で薬缶が蒸気を吹きあげている。

 

「少しキッチンを借りておるよ」

「あなたは……ッ!?」

 

暫く寝惚けていたフレデリカだったが、気を失う直前の事を思い出して飛び起き―――

 

「へびゅっ!?」

 

やはりまだ本調子ではないため、勢いのまま床に転がり落ちた。

 

「これこれ、あまり暴れるでない」

「う、うわ、わわわっ」

 

軽く微笑んだダンブルドアが杖を取り出して軽く一振りすると、床にへばりついていたフレデリカは宙に浮き、ソファーの上に戻された。

彼女と一緒に滑り落ちたブランケットも一緒に浮き、フレデリカの肩にかかった。

 

「!?…???」

 

あまりにも当然の如く起きた異常現象にフレデリカは目を白黒させる。

ダンブルドアは一度キッチンに姿を消し、すぐにマグカップを片手に戻って来た。

 

「まず、これを飲んで落ち着きなさい」

 

差し出されたのは彼女が幼い頃使っていたマグカップだった。

ピンク色をベースに黒猫がプリントされている。

よく悪夢を見た時に母はぐずるフレデリカにこのカップでホットミルクを入れてくれた。

(懐かしいな)

フレデリカは思わず両手でそれを受け取った。

 

「あ、あの…これは?」

 

中には温かい液体が入っており、微かにレモンの香りがした。

 

「気分が落ち着く魔法の飲み物じゃ」

「…」

 

疑り深く老人の青い瞳を見つめていたフレデリカだったが、ダンブルドアの無言の圧力に負け…というより本人が我慢できなかった。

こんなモノ、本当に久しぶりだったのだから。

 

「…レモネード?」

「まぁ、そのようなものじゃな」

「そのようなって…何を入れたんです?」

「はて?なんのことやら」

 

ダンブルドアはフレデリカのジトリとした視線も飄々と受け流して笑った。

その茶目っ気のある様子に、フレデリカも毒気を抜かれてしい再びカップに口をつけた。

 

彼女が知る由もないが、このレモネードにはダンブルドアがある薬…魔法薬を入れていた。

『安らぎの水薬』

服用した物の不安や精神の昂ぶりを鎮める薬。

その証拠に、フレデリカの様子も幾分か落ち着き、思考も取り敢えずは老人の話を聞こうと思えるまでに至った。

 

「その…えと…」

「なんじゃ?」

「あなたは…だれですか?」

「これは失礼を。儂としたことが自己紹介を忘れるとは…」

 

『歳は取りたくないものじゃ』

そう言いながら、本当にうっかりしていたと言った様子で自らの額をパシリとはたく。

芝居がかった動作であったが、この老人がやると妙に様になっている。

 

「儂の名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツの校長をやっておる」

「ホグ…ワーツ?」

 

フレデリカは初めて聞くその名を反芻し首を傾げる。

校長を名乗るからにはそのホグワーツとやらは学校なのだろうが、そんな名前聞いたこともない。

(私の知ってる学校もほんのちょっとなんだけど…)

四年前から世俗から切り離されてきたのだ。当然と言える。

 

「その…校長先生がど、どうしてわたしのところに?」

 

フレデリカは恐る恐る尋ねた。

 

「君にホグワーツから入学許可証を送ったのじゃが、届いた形跡が無くての」

 

そう言ってダンブルドアは玄関の方を指差す。

扉の前には無数の手紙が山と積まれていた。

郵便桶から溢れだしたであろうそれは全て同じものに見えた。

 

この家には一週間前からフレデリカしかいなかった。

そのフレデリカも地下室に閉じ込められているとなれば、結果は言わずもなが。

 

「わ、わたしとってきます」

 

フレデリカが立ち上がろうとするが、ダンブルドアはそれを手で制した。

 

「いや、儂が一通持っておる。…はて?どこにしまったか…」

 

ダンブルドアが懐を探りさまざまなものを取り出してゆく。

針が十二本ある懐中時計、得体のしれない液体の入った小瓶、ライター、ぐるぐると止まる事のないコンパス…レモンキャンデー。

(レモンキャンデー?…わ、たくさんある。どこにしまってたのかな?あの小瓶については…知らない方が幸せかも)

 

少し怖くなったフレデリカは手に持ったマグカップをそっとテーブルに置いた。

 

「おお、これじゃこれじゃ」

 

やっと目当てのものを取り出したダンブルドアが一通の手紙をフレデリカに手渡す。

古めかしい封筒に入ったそれには赤い蜜蝋で封がしてあった。

楯の様な紋章は校章だろうか?

差出人は『ホグワーツ』。

宛先は『フレデリカ・ウィンクルム』。

 

「あ、あけても…?」

 

ダンブルドアはこくりと頷いた。

 

 

 

 

‟フレデリカ・ウィンクルム殿

 

  このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されたましたこと、心よりお喜び申し上げます。

 教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は9月1日より開始いたします。

 

                         校長 アルバス・ダンブルドア

                         副校長 ミネルバ・マクゴナガル”

 

 

 

 

「ホグワーツ『魔法魔術』学校…?」

「そうじゃ。フレデリカ、君は魔法使い…魔女なのじゃ」

 

 

 

 

「ぷっ…ふふふ。新しいペテンみたい」

 

フレデリカはくすくすと可笑しそうに笑う。その差は年相応にあどけない。

長い前髪の間から見える顔立ちも整っており、散髪でもすればさぞ可憐であろう。

 

「ふふふふふふ…あは」

「…」

 

笑いは止まらない。

別にフレデリカはダンブルドアが冗談を言っているとは思わなかった。

ダンブルドアの見せた異常現象もどうやったって否定できなかった。

むしろしっくりきた。

納得した。

理解してしまった。

 

(ごめんなさい、おかあさん。あなたの可愛いフレデリカはどこにもいませんでした。わたしは、バケモノです。(I am freak)

 

心の中ではずっと思って来た。

わたしはバケモノじゃない。

頑張って治療を受けていれば、それで効果が無ければ私に悪魔が憑いてるなんて取り越し苦労になる。

あの誕生日の件だって何かの間違いだった。きっとそう。

いつかはお母さんも『わたし』を娘と受け入れてくれると思った。

エクソシストたちの儀式も馬鹿馬鹿しいと思いつつも受け入れた。

 

「あはは、ひひっ、くっくふ、くふふふふ…」

 

滑稽だ。

間違っていたのはわたしだけだった。

母も、教団の人たちも正しかった。

 

「ふっ、ふっく、ひっ…ううううぇぇ…」

 

悲しかった。

生まれた時から自分はバケモノ。

母も父も受け入れられないもの。

間違っていたのはこの四年間では無く、それより前の…。

 

 

 

 

 

「ひっ、ひっ、ふ…く…」

 

ダンブルドアから渡されたハンカチを顔に当てて鼻をすする。

 

「それで、どうするかね?」

「どうするって…」

「入学するかどうかじゃ」

 

ホグワーツ魔法魔術学校…つまり、魔法を学ぶ場所。

もしかしたら―――

 

「そ、そこには…わたしと同じ存在(バケモノ)がたくさんいるんっ、ですよね…」

「左様。君と同じく魔法の素質を持つ者たちが集い、高め合う場所じゃ」

(そこなら…そこならわたしだって)

「行きたい…です。で、でも―――」

「では、そのように」

 

ダンブルドアはフレデリカの『行きたい』の言葉に即座に反応した。

そして立ち上がり、古めかしい羊皮紙と羽ペンを取り出して何やら手紙をしたためはじめる。

 

「ま、まって!!」

 

フレデリカは慌ててダンブルドアを制止した。

 

「何かね?」

 

返事をしつつもダンブルドアは手紙から目を離さず、手も止めない。

 

「わたし、そんなお金ないですっ!!」

 

ダンブルドアは動かしていた手を止めてフレデリカに向き直った。

羽ペンはひとりでに動いて手紙を書き続ける。

フレデリカは続ける。

 

「おとおさんの残してくれた財産もないし、借金だっていっぱい―――」

 

言葉にするたびに暗雲が立ちこめる様だった。

言葉もだんだん尻すぼみになってゆく。

絶望的だ。最悪と言っていい。

 

「では聞くがの?…このままこの家にいて、君にその借金とやらを返すあてが?」

「えっ!?それはっ…ない…けど…」

 

フレデリカは言葉に詰まる。

フレデリカは身寄りのない子供だ。

借金なんて返せるはずもないし、仮に滞納したとして彼女が自立できる頃には借金は莫大な額…それこそ一生かかっても返せないほどに膨れ上がっているだろう。

法には頼れない。

フレデリカの母は表ざたにできない様な所にまで借金をしていた。

 

「幸い魔法界は人材不足での。ホグワーツ卒業生の大半が職に就いておる」

「でも、借金は…」

「学校が肩代わりする。非常に古いモノじゃが、過去にもそう言った事例はある。無論、奨学金という形になる故返済はしてもらうが…」

「…」

「質問は終わりかね?」

 

ダンブルドアは書き上げられた手紙を手にし、文面を確認し始める。

 

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「大人が子供を助けるのは当然とはおもわんかね?」

「…」

 

フレデリカはいまいち納得できなかった。

虫が良すぎる。

 

「とまあ、これは建前じゃ」

「え?」

「単純に、魔法界としても未熟な魔法使いを野放しにできんのじゃ。我らはその存在を秘としておるでの」

 

一通り目を通し終わったダンブルドアは手紙をクルクルと巻き始めた。

そしてそれをどこからか取り出した紐で縛り、これまたどこから取り出したのか蜜蝋で封をした。

完成した書簡をフレデリカに差し出しつつ、ダンブルドアは問いかける。

 

「これはこちら側の事情じゃ。しかし、最も大切なのは―――」

 

ダンブルドアはフレデリカの顔を覗き込むように見つめる。

半月眼鏡の奥でブルーの瞳がキラキラと――

 

「君がどうしたいか、なのじゃ」

「わたしは―――」

 

フレデリカは俯いて自分の足元を見つめる。

汚れているうえにガリガリの足、伸び放題の汚らしい爪。

そしてそんな自分の立っている美しい絨毯。

そのミスマッチが自分とこの家の矛盾を表しているような気がした。

(ここは、わたしの居場所じゃあ――でも、同じ人たちの中でならもしかしたら…)

フレデリカはきゅっと唇を噛み締めて顔を上げた。

 

「わた、わたしは…行きたい…です」

 

しどろもどろにつっかえながら、ダンブルドアから眼を逸らしつつもフレデリカは自分の気持ちを言葉にした。

 

「では…そのように」

 

同じ言葉。それでも先ほどよりずっと温かみを感じさせる響きだった。

 

「ぁ…」

 

ダンブルドアはフレデリカの頭を優しく撫でた。

彼女の髪は垢で固まりボサボサで、お世辞にも綺麗とは言えない。

それでも、優しく梳くように撫でた。

(あったかい…)

ダンブルドアの手は老人とは思えぬほどに柔らかく、温かかった。

こんな温かみを感じたのは―――

 

(おかあさんもこうやって…)

 

ビクリ、とフレデリカの体が硬直した。

なぜ今まで忘れていたのだろう。

いや、忘れてなどいない。

ただ考えないようにしていただけで―――

『安らぎの水薬』も、彼女を取り乱すであろう思考から遠ざけていた。

 

「あ、あのっ…あの…おかあさんは―――」

 

ダンブルドアは痛ましそうに目を伏せた。

(だめ…)

フレデリカは聡い子だった。

ダンブルドアの仕草だけで察してしまう。

背筋が寒くなり、歯がガチガチと音を立てる。

(だめ…言わないで)

 

「辛いかもしれんが―――『だめっ!!』…」

 

ダンブルドアは口を閉じた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

フレデリカは胸を押さえて荒く息をつく。

 

「ごめんなさい。でも、今は…今はいわないで」

 

先送りにしている。

逃げているだけ。

本当はわかってる。

 

『君の母上が―――』

(わたしは覚えてない…)

『一週間前の―――』

(おぼえてないったら!!)

 

「…すまんかった。配慮に欠けておった。…この話はここまでじゃ」

「ごめんなさい」

「「…」」

 

気まずい沈黙が二人の間に落ちた。

 

 

 

 

 

 

「さて、行くとなれば話は早い。じゃがまずはその身なりをどうにかせねばの?」

「え…あ。」

 

かぁぁぁっとフレデリカの顔が紅潮する。

彼女だって女の子なのだ。

 

「シャワーを浴びてきてはどうかね?」

 

耳まで赤くして、フレデリカはコクリと頷いた。

 

 

 

 

「ひあっ」

 

バスルームでコックを捻ってお湯を出す。

予想外の温度だったため、思わず声が出た。

まずは頭から

(あ、シャンプーも昔のままだ…)

母と自分が一緒に使っていたもの。

勝手に使った父が散々怒られていたのを思い出した。

(だめだめ)

泣きそうになる気持ちを振り払う。

手にシャンプーをたっぷりと出して頭を洗い始める。

しかし、長い間洗っていなかった髪は垢にまみれており、なかなか泡立ってくれない。

 

「洗った気がしない…もっかい洗お」

 

何度も何度も洗う。

その度に茶色く染まった泡が生まれる。

泡はフレデリカのなだらかな、未成熟の体を伝って床に落ち、排水溝へと吸い込まれてゆく。

その体躯は栄養不足が原因で同じ年頃の女の子と比べても発育が遅い。

(久しぶりに鏡をみたけど…)

体にはいくつもの痣が残っていた。

紫のもの、黒いもの、黄色く変色したもの、鞭で打たれた線状のもの。

切り傷も少なくない。

 

だが、最も目を引くのは胸の中心に刻まれた幾何学模様。

深く刻まれたそれは焼きごてを押し付けて作られた。

泣き叫ぶフレデリカを拘束して。

(消えないよね…)

母の美しかった肌や理想的な体型を思い出してため息をつく。

(こんな格好であの人と話してたんだ)

あまりの羞恥に穴があったら入りたい気分である。

いくら老人とはいえ、異性の前で浮浪児の様な格好は…

 

「うううううう…」

 

優しそうな人だった。

校長先生というのだから偉いのだろう。

自分とは住む世界の違う殿上人かもしれない。

 

「すごいお髭だったけどいくつくらいなんだろう…あれ?」

 

ふと気になる点があった。

 

「勧誘って校長先生がじぶんでくるものなの?」

 

 

 

 

 

 

 

「危ういのう…」

 

少女がシャワーを浴びている間、リビングで待機していたダンブルドアは呟いた。

心が不安定すぎる。

母の事も、考えて無いようにしている様だが果たしてそれは正しいのか…。

(やはり、直接出向いて正解じゃったか)

 

そう、フレデリカの疑問は的を射ていた。

本来ならばこういった仕事は校長では無く他の者が出向くのだ。

ダンブルドアが自らフレデリカを訪ねたのには理由があった。

 

「あれが予言の…」

 

彼の学び舎に所属する一人の占術師。

普段は評判の良くない彼女であるが、数か月前に予言を行った際の様子は尋常では無かった。

まるで十二年前のあの予言の様だった。

 

‟帝王が退けられてからの一年。

その間に生まれ、魔を知らぬ者に育てられし少女こそ鍵。

生まれながらにして抗う者たちの命運を握り、いずれは帝王の命すら左右する者。”

 

(無視できるはずもない。帝王とはまず間違いなくあやつ…)

 

「お、お待たせしました」

 

少女がバスルームから出てきたようだ。

余程念入りに洗ったのだろう、髪もさらりとしている。

まだ少し痛んではいるので、後で魔法のトリートメントでも送ろうか…。

綺麗になった分、体に残る傷が痛々しかった。

 

「おや、見違えた――――ッ!?」

 

髪をまとめて、タオルで拭いている彼女は今まで隠されていた顔がはっきりと伺えた。

ダンブルドアは少女の顔を見て確信する。

予言は本物だと。

 

「???」

 

こてりと首を傾げる少女の顔は、色合いこそ違えど似ていた。

似すぎていた。まるで写し取ったかのように。

ダンブルドアは呆然と呟く。

 

「リリー…」

 

そのつぶやきがフレデリカに届くことは無かった。

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