フレデリカは魔女だった。   作:ニッカリ

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Chapter6

「あれ?」

 

初めてダイアゴン横丁に行ってから二週間が経った。

学校用品が全て揃い、フレデリカは早いうちに準備を済ませておこうとフレッドが運んでくれた鍋をひっくり返している。

その過程で、買って来た古着のマントを日干ししておこうと広げた時にソレに気が付いた。

バサリッという音を立てて床に落ちた一冊の本。

どうやらマントにくるまれていた為に今まで気付かなかったらしい。

 

「……古い本…」

 

黒革で装丁されたその本は所々が黄ばんでいて相当年季が入っていることが伺える。

(わたしのじゃない…誰か間違えて入れたのかな?)

マントをベッドに放り出して、フレデリカは拾おうと屈んだ。

 

「えッ!?」

 

本に触れた瞬間、フレデリカは掴んだそれを取り落してしまった。

―――妙な違和感を感じた。

本を掴んだ手が、まるで掴み返されたような…。

(気のせい…だよね?)

少し怖くなったフレデリカだったが、本好きの彼女としては地べたに本を置いたままという事にはできなかった。

恐る恐る触れ、持ち上げる。

今度は何事もなく触れられた。

(良かった…気のせいみたい)

 

「フレデリカ。そろそろ夕食の時間だ」

「あ、はいっ」

 

扉の向こうからトムが声を掛けてきた。

フレデリカは本をテーブルの上に置くと、乱れていた服装を整える。

フレデリカは基本的に店内のカウンターで食事をとるので、必然的に人目にさらされるのだ。

 

「うん、やっぱりあたまかるい」

 

長かった髪は肩口辺りまでザックリと切りそろえられていた。

先日、ダイアゴン横丁のトムに紹介された床屋に行って来たのだ。

床屋のマダムには『せっかく長いのに勿体ない』と言われたが、留めなければ滝の様に顔を覆い隠す前髪や、腰に届く髪は流石に邪魔だ。

 

加えて、ここ最近は栄養状態も衛生環境も格段に向上したため髪質も見違えたが、やはり毛先はどうしようもないほどに痛んでいた。

魔法のトリートメントも勧められたが…

(せつやくせつやく)

という事である。維持費だって馬鹿にならないのだ。

 

「よし、おっけー…だよね?」

 

自信なさげにくるりと全身を確認。

小さな体躯と、一生懸命に食べる様は密かな話題を呼んでいる。

無論、ここ最近店のマスコットになっている事になど、彼女自身は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう…」

 

深夜、寝間着に身を包んだフレデリカはベッドにぺたりと座り込んで葛藤していた。

目の前には例の本が置かれている。

 

気になるのだ。

夕食前に見つけたこの本が。

フレデリカが本好きなのも勿論ある。

目の前に古めかしい本があるのなら、読んでみたいと思うのはいつもの事。

(でも…)

 

だが、今度ばかりはいつもと違った。

何をしていても頭から離れないのだ。この本の事が。

食事中も上の空でトムや常連の客に心配されていた。

何時にも増して躓くことが多かったし、今も気になって眠れない。

 

「これって…日記みたい…だよね?」

 

名前も書かれている。

トム・リドル・マールヴォロ。

一応漏れ鍋の店主、トムにも確認したが同名の別人だそうだ。

 

人様の日記を盗み見するなんて…でも気になるいやいや…でもでも。

そんな事を彼女は三十分間続けていた。

 

(借りた本は全部読んじゃったし…)

そう思うとなおさらにもどかしくなる。

借りてきていた二冊の本はとっくに読み終わり返却済み。

ここ三日ほどフレデリカは活字に飢えていた。

 

そして、目の前には他人の『人生』という未知の『物語』が。

 

どういう人生を辿ってきた人なんだろう?

もしかしたらすごい冒険を繰り返した人かもしれない。

そうでなくとも、自分以外の人の目にはこの世界がどんな風に映っているのだろうか?

随分と古い日記だが、凄い人物と関わりのあった人かも…。

 

本の内容に関しての期待はどんどん募ってゆく。

 

「~~~~~ッ…ちょ、ちょっとだけ」

 

結局誘惑には勝てなかった。

 

「…ふ、古いしもう使ってないかもだし…」

 

誰にともなく言い訳して本に手を伸ばす。

 

「あ…」

 

日記の装丁の手触りは何の皮かは判別がつかないがしっとりとしており、よく手に馴染む。

そして、手に取った瞬間に今日一日彼女を悩ませていた胸のつっかえが取れた気がした。

手の届かないかゆかった部分に触れられたような、奇妙な充足感。

 

「………………」

 

フレデリカはしばらく日記を開くこともなく、手触りのいい表紙をただ撫でた。

それだけで心が落ち着いてゆく。

 

「すー、はー…」

 

もう一度、周囲をきょろきょろ。

そうして、フレデリカは日記を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九月一日。

ホグワーツの入学式、並びに始業式当日。

フレデリカはホグワーツ特急なる汽車に乗るため、キングスクロス駅の入り口付近で立ち尽くしていた。

 

「ば、場所間違えたのかな…」

 

本来ならばここでとっくにウィーズリー家の面々と合流している筈の時刻だ。

しかし、未だにウィーズリー家の人間は影も形も見えない。

 

「どうしよう…どうしよう」

 

時刻は十一時三十分。待ち合わせの時間は三十分過ぎており、汽車の発車時刻まで三十分を切った。

 

「さ、先に行っちゃったのかな…?」

 

だとしたら絶望的だ。フレデリカが自力で辿りつけるのはここまで。

手に握っている切符には九と四分の三番線と書かれている―――が。

(ない…ないよ……)

駅舎内にある掲示板のどこにも九と四分の三番線など存在しなかった。

 

「……………」

 

視界が涙でにじむ。

手詰まりになってしまった絶望、約束を破られてしまったのかという失望、慣れない人ごみに一人でいる事の不安。

 

駅にたどり着くまでは順調だったのだ。

事前に道を調べ、地図を購入し、何度か実際に足も運んだ。

それなのに―――

 

「なんで……」

「あら?確かフレデリカ…だったわよね?」

「え?」

 

思わず座り込みそうになっていたフレデリカに背後から声がかけられた。

驚いたフレデリカが振り返ると、ふさふさとした栗色の髪の少女。

 

「ハーマイオニー?」

「どうしたの?こんなところで」

「じ――っ…」

 

慌てて目元を拭って声を出すが、どうにもつっかえてしまってうまく声が出ない。

 

「ハーマイオニー、あまり離れないでくれ。この人ごみだ、はぐれたら―――おや?君は確か…」

「フレデリカちゃんよね?ひとりなの?」

 

ハーマイオニーを追いかけてきたのだろう。

グレンジャー夫妻もカートを押してフレデリカの元にやってくる。

 

「あのっ…ジニーたちと、待ち合わせしてたんですけど、こなくて…」

「まあまあ、それは不安だったわねぇ…」

「何時に約束してたの?」

「十一時です。駅の入り口付近で…そこからはいっしょにって…」

「十一時って…もう三十分も前じゃない…」

 

グレンジャー一家三人は困ったような顔で顔を見合わせる。

流石に三十分も遅れるのはおかしい。何らかのトラブルがあったのか…。

俯いてしまったフレデリカにグレンジャー夫人が声を掛ける。

 

「ねえ、フレデリカちゃん。もしよかったらなんだけど、私たちと一緒に行かないかしら?」

「でも…ジニーたちが来るかもしれないし…」

「これ以上まっていたら汽車に乗り遅れてしまうわ。ウィーズリーさんのお家はみんな魔法使いだから何とかなるかもしれないけど、貴方は違うのよね?」

「はい…」

 

それでもまだ渋るフレデリカに夫人は続ける。

 

「大丈夫よ。もしはぐれているだけなら向こうも汽車に乗るでしょうし…ね?」

「わかり…ました」

「決まりね。よろしくね、フレデリカちゃん。」

「こっ、こちらこそ…」

 

フレデリカはぺこりとお辞儀をした。

 

「さて、そうと決まれば少し急がなくてはね。もうあまり時間がない」

 

グレンジャー氏は腕時計を確認して目をすがめる。

 

「はいっ。……っと」

「あら?カートは使わないの?」

 

フレデリカがあまり軽いとは言えないトランクケースを両手で持ち上げるのを見て夫人は尋ねた。

 

「カートは、その…おっきすぎて…」

 

一度使おうとしたのだが、自分の目線近くもあるカートを使いこなすのは不可能だと思い断念したのだ。

ハーマイオニーがグレンジャー氏からカートを受け取っている様子を見ながらフレデリカは顔を赤くする。

(こんな所にもへいがいが…)

同年代の子にできることが出来ないというのが無性に恥ずかしかった。

 

「じゃあ、フレデリカの荷物は私が持つよ」

「えっ!?」

 

グレンジャー氏はそう言うや否やフレデリカの荷物をひょいと持ち上げる。

 

「いいいいいいですっ。そんな―――」

「遠慮しない。ほら、行くよ」

 

歩き始めてしまったグレンジャー氏を、フレデリカは慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ハリー達、ちょっと遅すぎない?もうホグワーツ特急が出るまでもうあと十分もないわ!!」

 

ハーマイオニーが駅備え付けの時計を睨みながら声を上げる。

実際には誰にともなく呟いた言葉なのだが、隣にいるフレデリカはビクリと肩を竦めた。

 

「まさか本当に乗り遅れるなんてことないわよね?」

 

なんだかんだ言っても心配なのだろう。不安げにあたりを見回す。

汽車の発車時刻だけあって9と3/4番線のホームはホグワーツの生徒は勿論、見送りの保護者たちでごった返していた。

 

「ハーマイオニー。そろそろ汽車に乗らないと…」

「分かってる…フレデリカもいきましょ」

「…はい」

 

後ろ髪を引かれる思いをしながらも、二人は汽車に乗り込んだ。

 

「まずは席を取らないとね。出来ればコンパートメントがいいわ」

 

ホグワーツ特急の中、通路を先導しながらハーマイオニーが呟く。

一つ一つコンパートメントの中を確認してゆく。

 

「フレデリカも探し…どうしたの?そんなにきょろきょろして」

「あっ、ごめんなさい。汽車に乗るの初めてだったから…」

「うそ!?ホントに?信じられない。ご両親とは出かけたりしなかったの?」

「………」

 

黙ってしまったフレデリカの反応にやらかしてしまったと思ったのだろう。

ハーマイオニーはチラリとフレデリカを肩越しに見て口をつぐんだ。

 

「…ごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

 

そう答えながらもフレデリカは自身に憤っていた。

(両親の話題が出る度にみんなに気を遣わせてる…。もっと、動揺しない様に、もっと―――)

そして同情されることに少し嬉しさ――とは違うが、自己憐憫に浸る自分を恥じた。

 

「…あっ!!ネビルだわ」

「し、知り合いですか?」

「ええ、同じ寮なの。見たところ一人みたいだし、入れてもらいましょ」

 

そう言うや否や、ハーマイオニーはガラリとコンパートメントの扉をスライドさせた。

 

「ネビル、一人でしょ?入れてくれないかしら」

「わっ、なんだハーマイオニーか。びっくりしたよ」

 

俯いてヒキガエルの背を撫でていたネビルは驚きを見せたが、声の主に気が付くと快く快諾した。

 

「あれ?ハーマイオニー一人なの?ロンとハリーは?」

「あの二人、まだ来てないのよ」

「ええっ!?大丈夫なの?」

「しらないわ…もうっ。ああ、それとネビル。私一人じゃないわ。今年から私たちの後輩になるフレデリカ・ウィンクルムよ」

 

ハーマイオニーは自身の荷物を運び入れながら、コンパートメントの入り口付近で立ち尽くしていたフレデリカを紹介する。

 

「えっ?」

「えと、こんにちは。今年からホグワーツに通う事になるフレデリカ・ウィンクルム…です」

「う、うん。ネビル・ロングボトムだよ。よろしく」

「はい」

「うん…」

 

会話が途切れる。

 

「…………」

「…………」

 

 

人見知り同士どう会話を続けるべきか、そもそも続けていいものなのか測り兼ねて、お互いの顔色を伺い続けるという悪循環に陥ってしまった。

 

「………」

「………」

「何やってるの?あなたたち」

 

荷物を運び終えたハーマイオニーがあきれたように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いたーっ!!フリッカ!!乗れたんだ」

 

発車二分前、コンパートメントにジニーが駈け込んで来た。

顔を真っ赤に紅潮させて荒く息を吐き、汗だくな様子から相当走ってきたことが伺える。

 

「ジニーっ!!大丈夫だったの!?」

「フリッカ、本っ当にごめんなさい。全部私達が悪いの。不安だったでしょ?」

「ううん、大丈夫。ハーマイオニーの家族が、助けてくれたから…」

「そう…ありがとう、ハーマイオニー」

「お礼を言われるほどの事はしてないわ。…それより…」

 

ハーマイオニーはジニーの脇から顔を出して通路を覗き込む。

 

「ハリーとロンは?」

「さあ?一緒に来たからもう乗ってるとは思うんだけど…」

「そう、じゃあ別の車両に乗ってるのかしら」

「ねぇ、私もここに座っていい?もうこの時間になるとあんまし席が空いてなくて…」

「いいわ。ね、いいわよね二人とも」

「は、はいっ」

「……」

 

ジニーが一緒だという事で興奮しているフレデリカはさっそく席を開けようとするが、ネビルの方からは返事がない。

 

「ネビル?」

「え、うん。いいとおもうよ?うん…ハーマイオニー、その子は?」

 

顔を赤らめてチラチラとジニーを見ながらネビルは尋ねる。

 

「この子も今年からホグワーツよ。名前はジニー。ジニー・ウィーズリー」

「え…ウィーズリーって…」

「そ、ロンの妹よ」

「こんにちは、ジニーよ。よろしくね♪」

 

そういってジニーは同性でも見惚れるほどの笑顔でにっこりと手を差し出した。

ジニーはフレデリカから見てもかなりの美少女だ。

そんな子に握手を求められたネビルはゆでだこの様に赤面して手を差出し――手汗に気付いて手を拭った。

 

「よ、よろしく。ネビル・ロングボトムだよ」

「そうなんだ、貴方が…」

「えっ?僕の事知ってるの?」

「ええ、ロンから聞いてるわ。ちょっと控えめだけど、本当はすっごく勇敢だって」

 

握手を終えたネビルは荷物を運び込むジニーをほけーっと見つめていた。

思春期の男子の琴線を悉く撫でてゆく少女ジニー。

 

実際にロンが家族に話していた『普段はおどおどビクビクしてるドジな奴』と『いざって時はびっくりする位頑固で、やっぱグリフィンドールだな』をとっさに『ちょっと控えめ』と『本当はすっごく勇敢』に変換できるのは彼女の魔性の表れではないだろうか?

 

なにはともあれ、今回の旅のメンツはフレデリカ、ハーマイオニー、ジニー、ネビルと…ネビルハーレムと相成ったのだ。

 

 

 

 

 

汽笛の音がホームに鳴り響く。

保護者たちは窓越しに子供たちに別れのキスや抱擁をする。

 

「………」

 

それをじっとフレデリカは見つめていた。

別段何かを感じるわけでもない。彼らは『そう』であって自分は違うだけだ。

 

「うん、うん…分かってるって。パパもママも気を付けてね。うん、行ってきます」

 

ハーマイオニーは両親と話していた。

心配そうな両親とは対照的に本人は少しうんざり気味。

―――と、その様子をじっと見つめていたフレデリカとグレンジャー夫人の目がふと会った。

夫人はにこりと笑って

 

「フレデリカちゃんも、いってらっしゃい」

 

そう言った。

 




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