「なあ、ハリーとロンを知らないか?」
「は?」
汽車がキングスクロス駅を出発して一時間弱経過した頃、フレデリカたちのコンパートメントにフレッドとジョージがやって来た。フレッドは大鍋ケーキ、ジョージは杖型甘草飴をそれぞれ片手にもぐもぐとやっている。
「まだ見てないけど…」
ハーマイオニーが膝に広げていたロックハートの本から顔を上げて怪訝そうな顔をする。
「まじか、俺たちもさっきから探してるんだけど誰も見てないって言うんだ」
しかめっ面でそう言うフレッドと肩を竦めるジョージ。
「まさか本当に乗り遅れたんじゃ…」
「さあなぁ…ま、もう少し探してみるよ…お?百味ビーンズじゃん。ひとつくれよ」
「俺も俺も」
そう言って二人はフレデリカの持っているバーティーボッツの百味ビーンズに手を伸ばした。
このビーンズ、物珍しさからフレデリカがついつい購入してしまったものなのだが、一発目でゲロ味なんてものを引き当ててしまいそれ以降全く手をつけていない。
飲み物も持ってきてはいないし、かぼちゃジュースを買おうにも無駄遣いはできないと我慢。
結果、慣れない汽車による乗り物酔いでただでさえ苦しかった事に加えて、嘔〇を我慢しているにもかかわらず口の中が既にキモチワルイという地獄が生み出されていた。
「どう…ぞ…」
「大丈夫か?顔色がやばいぜ?」
「乗り物…酔い、です…」
「……使うか?」
そう言ってフレッドがポケットから大鍋ケーキの入っていた袋を取り出した。
何の為にかは…まあ、そういう事。
「結構です」
「そか………。うえぇ…耳くそ味だ」
「こっちは足の裏だぜ…こりゃ、今日は悪い事でもおこんのかね?」
「………」
そんなふうに苦笑いで顔を見合わせる二人にフレデリカはふと思いついた疑問をぶつけた。
「あの…」
「ん?」
「食べたことあるんですか?耳くそと足の裏…」
「うううう、完全にハズレでした…」
双子が去った後、少し開いた窓からの風に当たっていたフレデリカはうめき声を上げた。
ビーンズは双子にくれてやった。
流石にゲロ、耳くそ、足の裏が連荘した後にあれを食べる勇気はない。
貰った双子は『マグル出身の新入生に食わせようぜ』と言って出ていった。
(あとであのはこに他に何が入ってたか聞いてみよう…かな?)
果たしてあのお菓子に当たりというものはあるのだろうか?
コンパートメントの中を振り返ってみれば、ハーマイオニーは読書に夢中(時折熱っぽいため息をついている)、ジニーはキングスクロスで急いだことで疲れたのか熟睡していた。
ネビルはジニーの寝顔に夢中だ。
「らいねん、は…なんらか、対策をしない、と…」
ハーマイオニーを羨ましそうに一瞥してフレデリカは呟く。
フレデリカの膝の上には閉じられた本がある。
列車が発車して少しした頃にハーマイオニーが本を貸してくれたのだ。
「はぁ~~~…」
読みたい、読みたくてたまらない…が、さっき開いて三ページほどでギブアップした。
(うう、なまごろし…)
頭の芯をねじられるような鈍い不快感は本好き少女に活字を追う事を許さない。
出来る事は外の空気を感じつつ、車窓からの景色で気を紛らわせることだけ。
風に当たって髪の毛が酷い事になっているが、気持ち悪さを少しでも和らげてくれるコレは欠かせない。
(そらはあんなに青くて、かぜはこんなにすがすがしいのに…)
車窓からの景色は市街地を抜け、雄大な自然という他ない青々とした草原地帯に移り変わっていた。
人工物は今フレデリカ自身の乗るホグワーツ特急と線路、並走する車くらいで―――
「……うぁ?」
―――車?
あまりの気持ち悪さに自分はついに幻覚でも見始めたのかとフレデリカは自分の目をぐしぐしとこする。
しかし、そこには未だに青い車(フレデリカに車の車種なんぞ分かりはしない)が同色の青空に溶け込むようにして並走していた。無論、走っているのは…。
「………」
更に目を凝らしてみれば、乗っている二人の男性―――いや、どこかで見たような男の子がこちらに手を振っている。
「………(ぽかーん)」
阿呆の様に口を開けてフレデリカは無意識のうちに手を振っていた。
やがて車は高度を上げると雲の隙間へと消えていった。
「………あ、あの…」
フレデリカはハーマイオニーのローブの裾を小さく引っ張った。
ハーマイオニーは自らの世界から引き戻されたことに少し顔を不機嫌そうにしながらもフレデリカに向き合った。
「…どうしたの?」
「いまの、見ました?」
「何が?」
「………いえ、なんでも、ないです」
残りの二人に目を向けるが…先ほど見た際と何ら変化なし。
規則的な吐息を小さな唇から吐き出すジニーと魅入られたかのように見つめるネビル。
「…きのせい?それとも…」
魔法界では普通に車に備わっている機能なのだろうか?
ビタンッ
「わっ……」
まだ他に飛んでいる物が無いか空を凝視していたフレデリカのすぐ真横の窓に何かがへばりついた。
「トレバー!!」
ネビルの飼い蛙(?)であるトレバーだ。
茶色く、大きなヒキガエルでお世辞にも万人受けするとは言えない見た目。
ネビル自身もそれはよくわかっていた。
何せ悲鳴を上げた女子に踏み潰されそうになったことが何度かあるのだ。
そのこともあって、フレデリカの顔の間近に飛んでいった時には冷や汗が流れた。
また、乱暴に払われてしまうのではないかとつい大きな声で叫んでしまったのだ。
その声にハーマイオニ―は本から顔を上げ、ジニーは目を覚ました。
しかし――
「はーーー…」
フレデリカはしばらく興味深そうにトレバーを眺めると、あまりためらいもなく手に乗せた。
そして少し怖々とした様子ながらも人差し指で頭を撫でてみる。
「え!?」
「かわいい…」
小さな子供が昆虫に忌避感を抱かない様に、また虫を食べる事に何の躊躇が無い民族がいるように、『カエルは気持ち悪いもの』、『女の子はぬめぬめしたものが嫌い』という観念による部分が大きい。
長い監禁生活を送って来たフレデリカにはソレが薄いのだ。
「あ、ご、ごめんなさい…えと、かえします」
つい、思わずやってしまったと慌てるフレデリカ。
傷つけないようにそっとネビルの手の平にトレバーを載せる。
「か、かわいいカエルさんですね…」
「そんなこと言ってもらえたの初めてだよ」
フレデリカは少し目を輝かせるネビルと、信じられないといった表情を浮かべるジニー&ハーマイオニーには気が付かなかった。
「イッチ年生!イッチ年生はコッチだ!!」
汽車が目的地に到着すると、一年生とそれ以外の学年に分けられた。
ネビルとハーマイオニーは二年生なのでフレデリカはジニーと二人で行動することになった。
「おうっ、全員集まったな?さあ、ついてこいよ?足元に気をつけろ。イッチ年生!イッチ年生はもういないな!?」
「ひっ…」
フレデリカとジニーの真ん前で野太い声を張り上げる大柄…とかいうレベルではない大男に、フレデリカは完全に怯えてしまっていた。ジニーの後ろに隠れて縮こまるばかりだ。
あからさまに怯えられて少し傷ついたハグリッドだが、いつもの事であるし、その少女が同年代の中でも取り分け小さいのだから仕方ないと気を取り直す。
「貴方がハグリッドなのねっ!?」
「おうさ…おんや?そう言うお前さんは…ウィーズリーんとこだな?」
件の少女に楯にされている少女はハグリッドにあまり怯える事は無く、親しげに話しかけてくる。
その赤い髪はもう何度も見た事のある色合いで、すぐに他の兄弟を連想させた。
(ウィーズリーんとこは男共はやぼったいが、女はべっぴんさんだな)
彼らの母親の若りし頃を思い返してハグリッドは髭を撫でた。
…最も、ハグリッドにとっては今のふくよかな彼女の方が好みなのだが…。
「ほら、フリッカも。ジョージたちが言ってたじゃない」
「う…」
ジニーがハグリッドを気遣って怯えるフレデリカを引っ張り出そうとするが、無理に怖がらせることもない。
ハグリッドは二人に背を向けて、暗く湿った石畳を新入生たちのために照らした。
一年生たちはジメジメとした歩き辛い道を暫く歩かされて多くの者が辟易としていた。
鬱蒼とした道をハグリッドの持つランタンだけが照らし、前を歩いている者のローブの裾を踏みそうになりながら歩く。
フレデリカも正直うんざりしていた。
こんなに鬱蒼とした森の中の、お化け屋敷みたいなところで勉強するのだろうか?
「そろそろだな…おい、お前さんらそろそろ見えるぞ」
狭い道があるところから突然開けた。
長かった石畳の道の終着点は黒く、大きな湖だった。
「「おおおおおおっ」」
集団の至る所からどよめきにも似た歓声が上がる。
―――正に幻想の城だった。
黒く、広大な湖の向こうにある大きな山。
その頂上にそびえ立つ、幾つもの塔を持った美しく堅牢なる城。
無数に設けられた窓からはオレンジの光が零れ落ち、背後の星空と同化する。
湖に映った鏡像さえも鮮明で、水面を隔てた別世界にもう一つの城があるかのようだ。
(すごい…すごいっ…)
フレデリカも例に漏れず、アーモンド型の目を大きく見開いて頬を上気させた。
「四人ずつボートにのれ!!綺麗なのは分かるが足元を見ろぉ!!毎年かに一人は落っこちちまうんでな!!」
フレデリカはジニーと同じボートに乗り込んだ。
四人乗りのそのボートには銀髪のどこかぽーっとした少女とカメラを胸に下げた少年が一緒に乗り込む。
「みんな乗ったか!?」
戦闘のボートに乗ったハグリッドが大声を張り上げる。
彼のボートには彼自身しか乗っていないのだが、四人乗りの筈のそのボートは今にも沈んでしまいそうだ。
「よーし、では進め―!!!」
ハグリッドがランタンを城の方に受けて号令をかけると、ボートは一斉にひとりでに動き始め湖を渡り始めた。
「「「「…………」」」」
短いとは言えないくらいの時間湖面を滑るように移動したが、その間口を開くものはほとんどいなかった。
それほどまでに皆圧倒されていた。
自分たちが通う事になる、『魔法魔術学校』に。
城に接近するにつれ、城の土台となる岸壁が迫って来た。
あまりに巨大なその城は足元に来てしまうと真上を向いてもてっぺんが見えない。
「そろそろ頭を下げろぉーーっ」
ハグリッドがそう全員に叫んで少しすると、ボートは岸壁にぽっかりと空いた洞穴に差し掛かる。
ツタのカーテンに隠されるようにして口を開けていたソレは元々は天然物であったらしく、鍾乳洞の様に内壁がつるつるとしている。
「あっ、フリッカ見て見て。扉だわ!!」
ジニーが興奮した様子で前方を指差す。
確かに洞窟の壁の一部が人工物に変わっており、その中央に黒く大きな両開きの扉があった。
「誰かいる…」
「ほんとだ…」
その扉の脇に真っ黒な背の高い影が立っていた。
「これから接岸するぞ、水面に手を伸ばしてる奴らは引っ込めろ。なくなっちまう。ボートのヘリからも手ぇ離せ―」
「マクゴナガル先生、イッチ年生を連れてきました」
「ご苦労様です、ハグリッド。ここからは私が預かります」
黒い影は背の高い魔女だった。
まさしく魔女、といった服装にしっかりと固められた髪の毛。
如何にも厳格そうな人物だ。
「みなさん、こんばんは」
扉の前に立つ魔女は一年生全員を振りかえってよく通る声で話し始めた。
「この扉の向こうがホグワーツの城、その内部となっています。ここをくぐればあなた方は正式な我が校の生徒となります。…そのことをよく考えて、静粛に、私についてきてください」
(この門をくぐれば、この中には、私と同じ人たちがたくさん…私も、その…一員に…)
フレデリカの心を占めているのは自分の居場所が見つかるかもしれないという希望と、まともではない自分が上手くやっていけるのかという大きな不安。
周りの生徒たちは自身がどんな寮に入るかなど、ひそひそと話しているがそんなものは全く頭に入ってこなかった。
「くれぐれも、ホグワーツ生徒として恥ずかしくない行動を心がけてください…いいですね?」
ざわめきがピタリと止んだ。
その様子を見て、マクゴナガル先生は一つ頷くと、扉を押し開き振り返ることなく中へと歩みを進めた。
他の一年生もぞろぞろと後に続き扉の中に吸い込まれてゆく。
「………」
「フリッカ……」
「え?」
金縛りにあったように固まっていたフレデリカの手をジニーがとった。
彼女はにっこりとほほ笑んでフレデリカの手をひく。
「行きましょっ!!」
「は…はいっ!!」
ジニーに手を引かれて、フレデリカはホグワーツに足を踏み入れた。