ホグワーツ魔法魔術学校には四つの寮が存在する。
グリフィンドール
ハッフルパフ
レイブンクロー
そして――スリザリン
生徒たちはこの中からどれか一つの寮に所属し、交流を深め互いを研鑽してゆくのだ。
学校側も寮同士を意図的に競わせる方針を取っており、そのための行事も数多く用意されている。
そしてこれから行われるのは組分けの儀。
ホグワーツ新入生が初めて行う学校行事だ。
たかが寮ごときと侮るなかれ。
ここでの組分けは七年間に及ぶホグワーツでの学校生活を、ひいては卒業後の進路までも大きく左右することになる。
「ジニー…ど、どうしよう?私、魔法なんて一つも知らない」
「大丈夫よ。マグル育ちの新入生はあなただけじゃないわ」
マクゴナガル先生が組分けの儀式の準備をすると新入生たちを残して姿を消し、周囲は再び喧騒に包まれていた。
新入生の中でも儀式の内容についての情報は錯綜しており、少し耳を傾けるだけで『寮監と一騎打ち』だとか『初歩的な魔法の試験』だとか様々な憶測、伝聞系の噂で溢れかえっている。
恐らくはその中に真相が混ざっているのだろうが、それを選り分ける術は少なくともフレデリカには無かった。
もし仮に試験だったとして、不合格などは存在するのだろうか?
何処にも入れなければどうなってしまうのか?
「きゃーーーっ」
突然、絹を裂いたような悲鳴が辺りに響き渡る。
緊張と不安で頭に血が上ったようにぼーっとしていたフレデリカだったが、彼女の意識は悲鳴によって強制的に現実へと引き戻された。
弾かれたように顔を上げたフレデリカの目に飛び込んできたのは宙を舞う無数のゴーストたちだった。
「ふむ、サーニコラス。確か今年は貴殿の五百回目の絶命日があったか?」
「ああ、五百回とはなかなかにキリがいいだろう?今回のパーティーは今までになく豪勢にやろうと思っているのだよ。出来れば十年ほど前の君のもののようにね」
「ほう?では私も知人に――」
ゴーストたちは各々に語らいながら、新入生達の上空を素通りしてゆく。
一応興味はあるのか時折会釈をしたりする者もいるが、最低限に留めている。
「準備が整いました」
生徒たちが上空に気を取られているうちになのか、いつの間にか姿を現したマクゴナガル先生が声を発した。
「これから皆さんは大広間に、つまり在学生達のいる場に向かいます。もう一度自身の服装、身だしなみを確認してください」
生徒たち一人一人に目をやりながら言葉を続ける。
「組分けの儀式はホグワーツ創立当初からの伝統ある、格式高い儀式です。そうでなくとも、貴方たちが今後大いに頼る事となる先輩方への顔見せです。第一印象は人間関係における重要な位置を占める。そのことをよく自覚してください」
大広間の中は外観の荘厳さに勝るとも劣らない、素晴らしいものだった。
幾百、幾千もの蝋燭が燭台もなしに宙に浮かび、いかなる魔法か天井には本物の様な夜空が存在していた。
しかし、そんな光景を楽しむ余裕はフレデリカにはなかった。
「クリービー、コリン!」
今現在、組分けの真っ最中である。
アルファベット順に名前を呼ばれた新入生が全校生徒の前で椅子に座り、マクゴナガル先生に古びた帽子を被せられる。帽子はその深く刻まれた皺の一つから朗々とした声を出し――
「グリフィンドール!!」
といった風に生徒の入る寮を告げるのだ。
新入生たちのほとんどは喋る帽子に驚きはしたものの、ただ被るだけという組分け方法に拍子抜けした。
――フレデリカを除いては。
(な、名前を呼ばれるんだ。そう、名前。呼ばれたら…あれ!?へ、返事は…みんなしてない。うん)
緊張していた。
もうめっちゃ緊張していた。
(大丈夫。名前が呼ばれて、みんなの前に歩いて行って…みんなの…)
チラリと上級生の席を見てその多さにさらに緊張する。
フレデリカにとってこんな大勢の前に立たされた経験はほとんどない。
一対一でさえビクビクしてしまうのにこの人数は…。
(帽子ってどうやって決めてるんだろう?魔法の力の強さ?才能?)
「ウィーズリー、ジネブラ!」
「私だわ、行ってくる!!」
「あっ」
遂にジニーの名前が呼ばれた。
二人はウィーズリー(W)とウィンクルム(W)で呼ばれるのが最後の方になっている。
フレデリカは今まで無意識に握っていたジニーの手が離れると落ち着かない気分になった。
手汗でじっとりした手が外気に触れすぐに乾いてゆく。
「グリフィンドール!!」
ジニーの組分けは一瞬だった。
組分け帽子はジニーが帽子を被ったか被らなかったかといった位即座に彼女の寮を告げた。
グリフィンドールの長机から歓声が上がる。
(ジニーは…グリフィンドール……勇敢な人たちの…寮)
グリフィンドールの上級生に迎えられ、着席したジニーはすぐに振り返ってフレデリカに手を振ってくれている。
(勇敢…)
「ウィンクルム、フレデリカ!」
「ひ、ひゃいっ!!」
ジニーの次、フレデリカの名前が呼ばれた。
緊張はピークに達し、ついさっきまで考えていた事も吹き飛んでしまった。
ギクシャクとした足取りで前に出てゆく。
組分け帽子を持ったマクゴナガル先生の前にたどり着く。
――多くの視線を感じる。
――大勢が自分を見定めている。
――品評会に出された家畜の様な気分だ。
周りがどんな目で自分を見ているか怖くて顔が上げられない。
その様子に見かねたマクゴナガル先生はフレデリカの肩に手を置き語り掛けた。
「ミス・ウィンクルム。顔をお上げなさい。何ら恥じる事はありません。あなたがここに立っている以上、既に貴方はここの生徒であり、受け入れられた存在です」
その言葉に、フレデリカは顔を上げた。
===================================================
本来ならばあってはならない事だが、組分け帽子を手に新入生の名を読み上げるミネルバ・マクゴナガルは苛立っていた。とはいっても今年の新入生が取り分け扱いづらいという事ではない。彼女を悩ませているのはこの後の事だ。
(ポッターにウィーズリー…なんという事をッ)
そう、魔法のかかった車でマグルの町の上空を認識阻害も行わずに飛行し、多数のマグルに目撃された『あのバカ』の事である。例年通り入学者名簿にざっと目を通し、ホグワーツ特急の到着時刻まで夕刊を眺めようとした彼女はその一面を飾っていた記事を初めは何かのジョークかと思った。無論、その時点ではハリーたちが関与しているとは夢にも思わない。
しかし、そのすぐ後に彼女の寮の監督生であるパーシー・ウィーズリーが飛び込んで来るなりこう叫んだ。
『あの車は自分の父のものだ』と。
マクゴナガルはすごく、すごーく嫌な予感がした。
本当はこの時点で彼女の優秀な頭脳は大体を察していた。
でも信じたくなかった。
決定的だったのは先に到着した上級生がだれもあの二人を見ていないと言う証言だった。
そして、先ほどあの暴れ柳に空から飛んできた『何か』が突っ込んだとの事。
(ああ、ああ、あぁ…)
考えるだけで貧血になりそうだ。
今は組分けの儀式のため、代わりにセブルスが二人を確保している筈だが…。
(セブルスは二人を退学にしようとするでしょうね)
あの男はあの二人を、正確にはハリーを蛇蝎の如く嫌っている。
ジェームズそっくりな彼を…。
(最も、スリザリン贔屓の彼ですが、もしも今回の件がスリザリン生であったとしても最終的には同じ処分を下すでしょうね…あれはあれで規律を重んじるタイプです)
しかし、彼らはグリフィンドール生だ。
最終的な決定は自分とダンブルドアに委ねられる。
恐らくダンブルドアが二人を退学させる事はないだろう。
マクゴナガル自身もそんな事にはしたくない。
スネイプも手を引かざるを得ない筈。
(問題は理事会です。最近はルシウス・マルフォイを筆頭にスリザリン卒業生の派閥がダンブルドアの失脚を狙っている)
ダンブルドアのお気に入り(世間ではそう言われている)の生徒が退学しても可笑しくないほどの問題を起こし、ダンブルドアがそれを許したとなると…。
「ウィーズリー、ジネブラ!」
(ウィーズリー…)
思考を続けながらも淡々と名前を読み上げていたマクゴナガルは『あの二人』の片割れと同じ姓を持つ少女に注目する。
たっぷりとした赤い髪はウィーズリー家の他の兄弟そっくりだ。
少し気の強そうな顔を緊張で強張らせてこちらに歩いてくる。
(おや?…あの少女は…)
歩きはじめたジニーの後ろに隠れるようにしていた小柄な少女が目に入った。
同年代の新入生達と比べても一回り小さい少女。
少し癖の強い黒髪の中に一房だけ赤い髪が…。
緊張しているのか、俯いた少女の表情は伺えない。
(彼女がダンブルドアの言っていた?)
魔法族を受け入れられない親からひどい扱いを受けていた少女、と聞いている。
未だに魔女狩りの様な事件が起こりうるという事に衝撃を覚えた記憶がある。
「グリフィンドール!」
帽子がジニーの寮を告げる。
正直、彼女に関しては『まあ、そうでしょう』くらいの感想しかない。
「ウィンクルム、フレデリカ!」
遂に少女の名前を呼ぶ。
「ひ、ひゃいっ」
緊張している彼女は今回の新入生で唯一マクゴナガルの読み上げに返事をした。
裏返った声は思いのほか広間に響き、教員や上級生もなんだなんだと注目する。
(なんというか…為すことが裏目に出るというか…)
見かねたマクゴナガルは少女――フレデリカに声を掛けた。
「ミス・ウィンクルム。顔をお上げなさい。何ら恥じる事はありません。あなたがここに立っている以上、既に貴方はここの生徒であり、受け入れられた存在です」
マグル出身の者は多くの者がこの場においてもこれが現実なのかと疑う。
何年も、何十年も新入生を迎えてきたマクゴナガルはそのことをよく理解していた。
故にかけたこの言葉。
目の前の少女にも一定の効果があったようだ。
―――少女が、フレデリカ・ウィンクルムが顔を上げた。
「―――っ!?」
ガチャンッ
と教員側の机からグラスを取り落した音がする。
そして、教員側の空気が変わった。
反応は皆違った。しかし、共通する感情は驚愕。
その少女の顔は似ていた―――いや、そのものだった。
顔、眼、瞳。
年月を重ね薄れたはずの記憶が塗り直されたかのように鮮やかさを取り戻し――
その記憶が間違いないと叫ぶ。
フレデリカ・ウィンクルムの顔はハリーの母親リリー・ポッター、彼女がリリー・エバンズと呼ばれていた頃のものだった。
「っ―――!!」
(どういうことですかっ!?アルバス!!)
教員の中で最も早く己を取り戻したマクゴナガルはダンブルドアを睨みつける。
『こんなことは聞いていない』というメッセージを込めて。
「あ、あの…」
フレデリカが声を上げた。
自分が黙ってしまった事と空気の変化に不安になってしまったようだ。
(くっ…)
「…ミス・ウィンクルム、他の生徒を見ていましたね?これが組分け帽子です」
ダンブルドアを問い詰めるのは後だ。
今はこの儀式を終わらせる。
マクゴナガルはフレデリカを椅子に座らせ、その頭に組分け帽子をのせた。
===================================================
ガチャンッ
フレデリカが顔を上げた途端にゴブレットを倒す音がした。
フレデリカが見上げると、先ほど汽車から自分たちを案内してくれた大男が音を立てた様だ。
ハグリッドはもじゃもじゃの顔の中から意外と小さな、コガネムシの様な目でこちらを見つめている。
(ハグリッド…さん、だっけ)
視線を横にずらせば、幾つかの顔がハグリッドと同じように見開かれているのが分かる。
あのマクゴナガル先生でさえもだ。
(な、なに?)
その視線に耐えきれなかったフレデリカは先ほど声を掛けてくれたマクゴナガル先生に尋ねた。
「あ、あの…」
「……」
マクゴナガル先生は一瞬目を閉じ、一息つくと先ほどと同じような厳格な雰囲気を纏った。
「…ミス・ウィンクルム、他の生徒を見ていましたね?これが組分け帽子です」
「あ…はい」
促されるままに椅子に座る。
フレデリカは上級生のほうを向くこととなり、教師陣は見えなくなった。
しかし、視線は未だに痛いほどに感じる。
今見えている上級生からの好奇の視線とは明らかに違う事はフレデリカにも分かった。
「あ…」
フレデリカの頭に帽子が乗せられた。
視界が暗闇に覆われ、あれほど感じていた視線や喧騒が全く感じられなくなった。
「ム…これは…」
「わっ…」
フレデリカの耳に――いや、耳の中で声がした。
帽子の声だ。
「難しい。ここまで難しいのはポッター以来…いや、それ以上か」
「え、あの、私、どこにも入れないんですか?」
「いやいや、そういう事ではない。ただ、どこの寮に入れば君自身の望みが、本当に叶うのか」
「わたしの…望み…」
フレデリカの望み。
ここに来た理由。
それは――『自分の居場所』
「フーム…君に質問してもいいだろうか?」
「しつ…もん?」
「左様。望みのない人間などいない。勿論君にもある。重要なのは手段だ。私はそこを基準に組分けを行う」
「…」
手段…居場所を得る手段。
なるほど、それは難しい。
何を以て居場所なのか…。
「…君の考えは私に伝わっている。この質問は君に考える事を促すためのものだ」
「考える事…わかりました。お願いします」
「よろしい。まず一つ目…君は自身が勇敢だと思うかね?勇敢に、『挑戦』を続けるか?」
「いいえ」
そんな筈はない。自分は臆病だ。
「二つ目。君はジニー・ウィーズリーと同じ寮に入りたいか?」
「はい」
「では、彼女のそばが君の居場所?」
「それは…」
そうなのだろうか?
確かに自分はジニーと一緒に居たい。
でも、四六時中一緒にいるわけではない。
なのに、勇敢さが求められる寮に…入るのか?
もし、もしもジニーと別れたら自分はグリフィンドールで何を…。
「三つ目。君は古い伝統を打ち破り、自分の居場所を作る『覚悟』があるか?」
「覚悟…」
「左様。成功する事は難しい。しかし、成せば偉大な功績だ」
覚悟…如何なる手段を賭してでも作る『覚悟』…。
「四つ目。これで最後だ。君は誰かから求められ、受け入れられるのはどんな存在だと思う?」
「それは…」
受け入れられる存在…わたしの望み…それは…。
「価値のあるもの…です」
「ふむ?」
そう、感情なんてあやふやなものでは怖い。
いつ、ひっくり返ってしまうのか…怯えてしまう。
おとうさんのように、おかあさんのように―――
相手が自分を欲する価値。
学力、容姿、能力…相手が求めてくれるものを自分が持っていればいい。
そう、価値だ。
心の中に、どうすればいいのか分からなかった暗闇に光が差した。
「そうだ…」
そうだ、そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだ!!
そうすれば、わたしは―――っ!!
「レイブンクロー!!」
と、いう訳でレイブンクローです。
帽子の質問に出た『挑戦』はグリフィンドール、『覚悟』はスリザリンです。
帽子としてはハッフルパフだけはあり得ませんでした。
フレデリカが聡明な事もありますが、彼女自身が他者からの暖かさや優しさを信じ切れていない事が分かっているからです。