まずはこの小説にたどり着いてくれてありがとうございます。
ハーメルンにはまだまだ不慣れですが、よろしくお願いします。
01 アイデア
歯車に乗った針が動く音が部屋中を伝う。
銀行の金庫室にしかないような鉄扉の外から、清掃ドローンが動く音がかすかに聞こえる。
窓の外からは鳥の声や楽しそうな声がする。
見上げると、針が15時を周っていた。通りで足のしびれを感じるはずだ。
それにおなかもすいた。眠くもある。
ベッドと壁に3方を囲まれたスペースから立つ。暗がりから抜け出したおなかが食前の準備運動を始めた。
それから部屋を見るとすぐ、ベッドの上に水色の布で包まれたお弁当箱を見つけた。ユウカ先輩が朝に用意してくれたお弁当だ。
先輩の声が頭の中で響く。
「いい? 私は遅くまでシャーレの仕事を手伝ってくるから、それまで余計なことをしないでよ?」
「わかってますって。今日の私は一味も二味も違いますよ!」
「そういわれると逆に不安になるんだけど…」
先輩はあきれた顔でそういって、反省部屋から出て行ったんだっけ。
その後にノア先輩が来たのも思い出した。
いつものあの怖い笑顔で「ユウカちゃんが帰ってきた後に困らせちゃダメですからね?」と言っていた。
思い出すだけでも縮こまる。
でも、今日こそは叱ってばかりいる二人に一泡吹かせられる。
―今の今まで何もしていないのだから、ユウカ先輩を困らせてノア先輩に叱られることは起きないはず。
そう思いつつお弁当に手を伸ばすと、私の中で自分の声が渦巻く。
―でも、お弁当を食べてしまったら。ユウカ先輩がこれを洗うことになる。ということは、また先輩を困らせることになるんじゃないか?
―そうなったら、叱られるかもしれない。それは嫌だ。
伸ばした手が引いていく。
そのまま床にお尻をつけて、ひざと体をくっつけて丸まった。
それから何もしないまま、ただ待ち続けた。
鳥の声が聞こえなくなっても、空の色が橙色から藍色になっても、ずっとずっと丸まっていた。
小針がおやつの時間と反対に向いたとき、扉の向こうから話す声がしてきた。
一つはいつも聞いているけど、いつもより調子がよさそうな先輩の声。
もう一つは今年になってから聞くようになったのんきな大人の声。
それを聞いた私は立ち上がって、扉の方へと向かった。
ご飯を食べていないからか、普段より体の動きが鈍く感じた。
扉の前についたとき、菫色の長い髪をツーサイドアップにした先輩と、子供が一生懸命書いた落書きのような3頭身の大人が見えた。
そして私は、褒めてもらうことを期待して声を出した。
「にはは! 先生! ユウカ先輩! 私、お留守番してる間に!」
あれ? いつもより声が出にくい。
「私何もしませんでした!! ずっと待ってました!」
いつもならこれくらいで大声を出せるのに、今日はなんだか調子が悪い。
「あそこの角で座って何もしないで小さく丸まって」
長く続けて話すのが難しい。
「時計の音が響いてて鳥の鳴き声がして」
だめだ。これだとまた困らせてしまう。
「外から楽しそうな声が聞こえてきて清掃ドローンが廊下の向こうで掃除して」
変に思われないように。
「お腹が空いて眠たくなってお日様が低くなって夕焼けになっても」
いつもの粘り気のある調子で。
「ずっとずっとずっとずっとずっとずっとず──────っと何もしないで待ってたんです!」
明るく。
「凄くないですか!? 凄いですよね!! 褒めてもいいんですよ!!」
言い切ったすぐ後に、肺が焦ったのか荒っぽく運動してしまった。
コユキの態度は、私と先生を不安にさせるには十分だった。
不自然に小さかった最初の声。無理して話したかのような途中の口調。
終わった後の息切れ。
何よりも、動きが非常に少なかった。
いつもならぴょこぴょこ飛んだり腕を振ったり、何か話しているときは常に体のどこかが動く活発な子だというのに。
足は棒のようだし、手は握りしめられて体にくっついている。
先生の方を見ると、やっぱり私と同じおかしさを感じているようだった。その証拠に髪がいつもより立っている。
肩をこすりながら部屋を見回す。積み木は散らかったまま、というより朝から何も変わっていないように見える。
アヒルのおもちゃも動いた感じがしない。ノアならこれも完璧にわかるだろうか。
ベッドの枕もシーツのしわもお弁当箱の包みも……お弁当箱?
「コユキ? お弁当は……? 食べたの?」
胸が締め付けられてくる。呼吸が速くなる。
コユキが両手の指と指を絡めて揉み合わせる。
お願いだから、食べたと言って。
「いえ、食べてませんよ?」
心臓が力いっぱい胸を叩き、そのせいで荒っぽい悲鳴が骨から伝わってくる。
肘は両脇に引き付けられ、口は棒がつっかえたように開きっぱなしだ。
目の前で起こった状況が目に入らないでいると、先生が私の意図を汲んでくれた。
「ええ!? コユキ、どうして食べなかったの?」
コユキは肩から体をぎこちなく揺らした。このとき私は自分が知的なことを悔やんだ。
知的でなかったら、この後コユキが話すことが言わずともわかる、なんてことも起きなかったのに。
「だって、お留守番がありますし……。それに、お弁当を食べてしまったらユウカ先輩が洗うことになって、困らせちゃうから……」
私は足の力が抜けて体勢を崩してしまった。急いで立て直したが、それ以外は直せそうにもない。
鎖ような何かで肋骨が絞められているのか、息が苦しい。そのせいで頭が酸欠を訴えている気がする。
そんな頭でも、普段から彼女を叱ってばかりいた私のせいってことは導き出せる。一と一を足したら二になる、それくらいの簡単なことだ。
でもそれ以上のことまではできなかった。だから私は先生の方を向いた。
どうしてもっと早くからこうなるって気づかなかったんだろう。
かろうじて出た私の声は、感情がこもっていない抑揚のないものだった。
「先生……」
「うん、伝手をあたってみるよ」
私はただうなずいた。動脈が虚ろな気持ちを全身に運んでいた。
ユウカ先輩と先生は部屋を出て行った。
宝石から飴細工のようになっていった菫色の瞳が、おじゃんになった期待とともに今も私の頭をさまよっている。
「……褒められなかった」
どうして? 私はただ言いつけを守っていただけなのに。なんで褒められもしないどころかあんな顔をされたのだろう。
先生と先輩はどこに行ったんだろう。ノア先輩でも呼んでくるんだろうか。そうなったら怒られる?
出口に一歩足を踏み出す。
今から全力で走れば逃げられる? いやだめだ。おなかがすいてるせいで力が出ない。
ならもう怒られる? 嫌だ。そもそも怒られることなんてしてないのに。じゃあなんで二人とも褒めてくれなかったの?
私の目が部屋をぐるぐる回るように、頭もぐるぐる回って元に戻ってくる。
二、三周したころ、突然私の中で妙案が出てきた。横隔膜が一気に押された声が出た。
「あっ!!!」
きっと、まだ足りなかったんだ。それなら。
「もっと何もしなければいいんだ!!!」
縮こまっていた体が緩んでいく。緩みすぎたのか、よろめいて一歩下がった。
そのまま倒れこむようにして、人をだめにする青いソファに座り、約3秒後にまた立ち上がった。
それから、思いついたことの練習のためにめいいっぱい息を吸おうとした。
すると、突然知らない人の声がした。
「失礼します」
凛とした固い声で入ってきたその人は、水色の長い髪にこれまた水色の羽、緑色の瞳を持っていて。
金色のトリニティの校章のついた白い服とピンクの十字のついた白い帽子を付けていた。
でも……どうしてこんな人がここに?
「救護騎士団団長、蒼森ミネと申します。あなたが黒崎コユキさんですか?」
現在は1話当たり2500文字をベースにしているのですが、今のままでもいいでしょうか?
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1000文字以上2000文字未満
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2000文字以上3000文字未満
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3000文字以上4000文字未満
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4000文字以上5000文字未満
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5000文字以上6000文字未満
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6000文字以上7000文字未満
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7000文字以上