三人が出て行ったあと、本棚を見つめながらこれまでのことを振り返る。
電話越しで聞こえてきたノアの声は上ずっていて、いつもよりよくしゃべっていた。
コユキが絵本に興味を持った話を聞いたときは私も声が早くなった。
団長に懐いていると聞いたとき、私のなかで一つの案が思い浮かんだ。
ゲーム開発部と一緒にクリスマスイベントに参加すると聞いたときは、その案は現実的なものに思えた。
ノアとの通話が終わったとき、私は鼻で歌いながらあちこち部屋中を動き回った。
足が勝手に動いていた。
コユキが私たちよりあの子たちやミネ団長と一緒にいられるのなら、ストレスが減るはずだ。
それならいっそ、救護騎士団に預けてしまうのはどうだろうか? 少なくとも、クリスマスの間は。
反省部屋から出て、スマホでクリスマスイベントを調べる。
コユキは倫理観が絶望的に欠如しているから、特にお金に関しては慎重にしないと。
しかし、まだ一週間以上もあるためか、費用についての情報はそこまでない。
お金は後回しにせざるを得ない。
となると倫理観だが、これは団長に相談してどうにかしてもらおう。
私たちが言っても聞くだろうけど、コユキはとてもつらいだろうから。
私は軽い手つきで、また電話アイコンをタップした。
絵本は子供のときしか楽しめないものだと思っていたけど、そうでもなかった。
「シンプルなものばかりだと思っていたけど……予想よりずっと細かく描かれている」
言われてみると確かに、小物や木や服装が細かいような。
一方でストーリーはというと、同じものがあったり違うものがあったりする。
特に童話が違和感を感じやすい。
「うーん……だいたい桃太郎だけど細部が違うなあ……?」
「昔に読んだのは鬼を倒してお爺さんとお婆さんに財宝をあげてたような……?」
確かに、自分が見たのもそんな話だった気がする。
ここでは鬼をこらしめて村の皆に財宝を分けたことになってるけど。
話をよく覚えているものもあった。
でも、小さいときに読んで今でも覚えているものは大抵……
「これは……ごんぎつね?」
「アリス知ってます!」
「やらかして大迷惑かけた狐が埋め合わせをしようとしたけど意図を汲んでもらえずに殺されるお話です!!」
その大声で、部屋の空気が凍った。
私はアリスの隣にいた人が持っている本から顔を逸らした。
「モモイさん」
「ん? どうしたの?」
「あの二人は……」
人をだめにするソファに埋まっているモモイさん。
その隣で、床に座って絵をじっくり見ている色違いのモモイさん。
寝転んで本を読んでいるアリスさん。
その隣で、私に目を合わせようとしてすぐに本に逃げて行った赤いロングヘアーの人。
どちらもユウカ先輩がよく話していた人だった。
「……どうしてここにいるんですか?」
モモイさんがソファに埋まったままこちらを見る。
「ミドリとユズのこと?」
「クリスマスイベントのときに初対面だったら話しづらいかなと思って、二人とも連れてきたんだ」
「それに、絵本から何かインスピレーションが浮かぶかもしれないしね」
モモイさんはそういうと、いつの間にか置かれていた大きな本棚に頭を向けた。
「う~ん……何にしようかな」
頭をわずかに上げて、目だけで本の背表紙を見ている。
何か見つけたらしく、名前と似た色の目が光った気がした。
それから、横にいた色違いのモモイさんの方を向いた。やっぱり頭だけだった。
「ミドリ~浦島太郎の本とって~」
ミドリさんはため息をついた後、ゆっくりと立ち上がって本棚に向かった。
……大体どういう関係かわかった気がする。
一方、私を見つめているアリスさんの隣の人。
私が本を見ているときだけこっちに視線を向けてくる。
しかし、その水色が混じった暗い灰色の瞳を見つめるとすぐに頭ごと逸らしてしまう。
それを見たのか、アリスさんがこちらに話しかけてきた。
「コユキ、ユズとお話ししたいですか?」
私に拒否する選択肢はなかったので、そのままうなずいた。
アリスさんはユズさんに何かささやいたあと、こちらに手を振った。
言わんとした通りに私はユズさんに近づいた。
……この人は、先輩を前にした私みたいだ。
足元から二、三歩程度離れた距離のところで、私は座り込んだ。
ユズさんはこっちに目を合わせたり視線を背けたりをずっと繰り返している。
今すぐ離れた方がいいのだろうけど、それをしたらアリスさんの指示を破ってしまう。
まばたきが早くなってきた。 それを抑えようとして、周りを、特にアリスさんとユズさんを見渡す。
怒られたほうがましだけど、そんなことにはならないだろう。
私とユズさんの目がまた合ったとき、ユズさんが声をかけてきた。
「あ、あの……これ、読みませんか?」
いつの間にか、ユズさんの震える手の中にあった絵本を見る。
真っ先に入ってきたのは、赤い服をきた白いひげが特徴のおじいさん。
八頭のトナカイが引く空を飛ぶソリに乗っている。
ソリには巨大な白い袋が乗っている。
そりは町の上空に、あまたの星でできた跡を残していきながら、空をかけていく。
町の道路沿いには、とがった三角形の形をした木が何本もある。
それぞれの木に、色とりどりの丸い形をしたライトが黒い線で巻き付いている。
家の上あたりだろうか? 無数の光の点が線に沿うように光っているのも見える。
誰もが一度は現実で、一度は夢で。二度見たであろう光景だった。
「クリスマス……」
私とユズさんは、ページを開くたびに絵を隅から隅まで二度見渡す。
丁寧にラッピングされたプレゼント。
クリスマスまで一日ずつ窓をめくっていく、赤レンガの建物のカレンダー(ユズさんによると、アドベントカレンダーと言うらしい)。
パチパチと鳴る音と暖かさを感じてしまうほど、元気な火がある暖炉。
その前の両側にある、人をだめにするソファより快適そうな背の高いソファ。
どういう風に料理したらこんなに豪華になるかわからないほどの食べ物。
オーナメントやリースを全身にまとい、世界一豪華なモミの木になったクリスマスツリー。
プレゼントを待つせいで夜も眠れない子供。
いつの間にか眠ってしまい、そこにサンタさんがやってくる。
脇にある赤い大きな靴下、または寝ている子供のベッドの下に。
音も気配もたてずに、そっとプレゼントを置いていく。
朝に子供が起きると、そこにはずっと待ち望んでいたものがある。
いつの間にか、二人でページをめくる速度が速くなっていて、気がついたら本が終わっていた。
ユズさんの方をうかがうと、読む前の固い顔も、震える手も、すっかり消えていた。
「ふふ……とても面白かった」
「私も、そう思います」
子供のころに見た夢を、もう一度見る機会が訪れるとは思いもしなかったから。